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英雄失格で、勇者からもほど遠い存在1

 ノームは小さい頃、遠くを意識しすぎて、近くの存在を目にかけてこなかった。――英雄失格である。

 そして、……勇者からもほど遠い存在だ。倒すべき存在、魔王に背を向けたのだから。


 アーデルに己の力を認められて以降、ノームはその力の殆どをアーデルに託す形で使用してきた。

 故に出ずっぱりの彼は多少抜けている箇所があるのも否めない。けれども、せめて自分で決定できるようになろうと人を見る力を重点的に付けてきた。

 そして、それなりのものだと自負している。


(義理は果たした)

 

 馬車に揺られながら、ノームは目を閉じた。

 ドーレグがいなければクレハと出会うこともなかった……というのも心苦しいことに事実である。

 

(次会う時は……ないだろうけどな)

 

 ――敵同士。きっぱりと別れ、もう会うことはないだろう。

 それは彼の中で、彼女の汚れた奴隷服を新調するよりも大事なことらしい。


「うん?

 ……そういえば、何で私が奴隷だって知ったの?」

「情報屋に聞いたから」

「嬉しい」


 黙りこくるノームの横に座りなおすクレハ。

 予想以上にノームが真剣だったことに感銘を受けたようで、ノームの左腕に抱き着く。


「それは良かった」

「うん、信じてた」


 彼女の持つ幸せがぽよぽよ跳ねる。

 暖かい感触を感じながらも、……ノームの内側は冷たくなっていった。


「俺に英雄は似合わないな」



====== ====== ======


「着いたぞ」

「そうですか。では彼女の傷の手当てをお願いします」

「この傷だと、そうだな。金貨十枚といった所か」


 教会に到着した二人。

 受付も通らずに、そのまま奥へと案内される。

 欠損部位の再生ならまだしも、複数の擦り傷を治す程度で金貨十枚はぼったくり。裏で繋がっていることなど容易に想像できた。


(吹っかけられなかっただけましか)

 

 手を出さない理由は至極単純。――力がないからだ。門番を任されている者が、単体のノームに後れを取る筈がない。


「これでいいか?」

「ああ」


 言い値を手渡す。引き下がった彼。

 術者と門番のにやにやする顔に怯えながら、クレハは前にでる。


【ハイヒール】


 胸に六角形のバッジ――教会の証を身に着けた男性は回復魔法を発動させる。

 彼女の身体が光の癒しに包まれた。


「終わったぞ」

「ありがとうございます」

 

 光が収まると、クレハの傷跡が消えていた。

 教会の威信にかけてなのか、しっかりと依頼は達成する。もしくは二人に鴨認定されたのか。


 ――そして、ノームはどちらの方が良かったのだろう。


「行くか」

「待って」

「またのご来店をお持ちしておりやす」

「記憶にとどめておきます」


 振り返るノーム。

 クレハは急ぎ走って、先行くノームに追いついた。

 

「服は一度家に帰ってからでいいか」

「うん」



====== ====== ======


「解放期間はどこに住んでたんだ?」

「家?」

「まぁ疑問形はいいとして、これからもそこに住むのか」

「ううん。……ここがいい」


 クレハが暮らしていた家は、解放期間中のために用意されたものだ。

 いうに及ばず、そこへ戻ることはできない。もじもじとした様子から判断すると、クレハは知らなかったと考えていいだろう。


「そうか」

「うん。先生の奴隷になったから」


 クレハはノームの制服を摘まんだ。

 

 ――二人が生活できるだけのスペースはあるか。

 自分の家を構えるだけの財力を持つノームだが、他の下級冒険者では無理な話だ。極力注目を浴びたくない彼は、宿で寝泊まりをしている。

 

 

「これは何?」

「ああ……それは」


 クレハの眼は歪んだ静止画を映した。

 もちろん、ノームの過去を映し出した魔法道具である。 


「命令だ。忘れろ」

「……はい」


 ノームがクレハを買ったのは抜け落ちた出会い、ラーミアとフォアラの助言があったから。

 奴隷として売り戻すことはないだろうが、現段階で話す気はない。

 ……むしろ。

 

 命令を下して、彼はクレハの記憶を――自身もそれで苦しんでいることを理解していながら――消滅させた。

 首輪に刻まれた文字が光る。それは奴隷契約の強制力が発動した証拠。


(これも何とかしなくちゃいけないな)

 タンスの棚を開けて、ある物を取り出した。


 

「取り敢えず、予定通り服を買いに行くか」

「いいの?」

「ああ。問題ない」

「ありがとう」


 奴隷に服が与えられることは珍しい。

 先生ならと信頼していたクレハだが、値切りの言い訳だったかもという暗い思考も存在していた。


 ――はしゃぐ。

「このシールは?」

 ノームが貼った魔法道具に気付いたよう。

 対象の姿を消す効果、ナイツオブノーネームのオリジナルだ。


「その物騒な首輪をどうにかしたくてな」

「うん」


 ノームはポリポリ頬を掻いた。

 奴隷なんて目立つものを侍らせておくことはできない。


「奴隷だってことを知ってる奴はいるのか?」

「いないと思う。誰にも言ってないから」

「そうか、なるべく内緒の方向で。俺がお金を持っているってことも」

「どうして?」

「命令だ」


 なぜか泣きそうな顔をするクレハを命令で押さえつけた。

 二人は服屋へ出かける。


「好きなものを選んでくれ」

「先生に選んでほしいな、なんて。

 …………それ、本当に見えてるの?」

「ああ。でないとまずここには来れなかっただろ」


 今のノームは絵柄のない仮面を装着しているのだ。

 もの言いたげなクレハの目に、実際に言葉になっていることは置いておくとして、彼は正論で応じた。


「だったら私の服、選んで」

「うーん。俺の服のセンスは壊滅的だから……候補の中から俺が選ぶってのはどうだ?」

「わかった。ちょっと待ってて」


 クレハは手に取り、鏡の前に立ち、戻す。このサークルを周回し続けた。

 借金奴隷にならざるを得ないほど貧しい星に生を受けた彼女。ずらりと並ぶ服の行列に、呆気にとられるのは仕方ない。それでも最大限良いものを選んでいく。

 手間を惜しむことなく、全てをひっくり返すかの如く一着衣着を見比べていった。


 流石に見ていられなかったののだろう店員が額に汗を溜めながら、近づいてくるが……ノームに静止させられる。


「これでいいだろ?」

「仕方ないですね」


 金貨三枚。店員に握らせた。

 散財のし過ぎだと……ノームも気に留め始めたが、試行錯誤するクレハの様子を見ていると、なぜか懐かしさに溢れてくる。


「先生、決まった。この四つ」

「了解」

「どれがいい?」


 四つとも明るい配色で、クレハに似合っている。

 白を基調として、薄緑の線が入ったワンピースは活発な彼女が着れば、人目を引くこと間違いなし。

 その他の服も長時間選び抜いた甲斐がある代物だった。


 けれども悪い言い方をすれば、たとえ何を選ぼうとも、関係ない。

 ――ノームの答えは決まっている。


「なら、全部買おう」

「……約束が違う」

 

 奴隷らしからぬ態度ではあるが、それだけノームに心を開いていると好意的な解釈もできよう。

 クレハは頬を膨らませて、詰め寄った。


「だが、服は何着あってもいいだろ」

「そうかもしれないけど、納得いかない」


 挙句は命令するまでに。


「何でもいいから一着選んで」

「……わかった」


 人目がある。

 命令権を行使しては、首輪を隠した意味がない。 

 お面を被っているといっても、これ以上注目を浴びるのは御免だ。

 

 一周したノームの手には、一着の服が。


「これも気に入ってたんだ。ありがと」

「そうか」

 

 何となく顔の動きでわかった。

 

「えへへ」

 

 ぽんぽん。ノームはクレハの頭を優しく叩く。

 心底嬉しそうに、クレハはだらしない顔をした。


「これ着てっていい?」

「ああ。そうだな」

 

 試着室で奴隷服から着替える。選ばれたのは、ノームが手渡した服でした。

 水玉模様のシャツ。ズボンもそれに合うようにきちんと着こなされている。

 

 会計を済ませた二人は、

「こんなにいいの?」

「お腹すいてただろ。俺の方こそ悪いな」

「全然」


 その足で食堂に入る。

 腹を満たしてから、帰宅した。




「今日は楽しかった」

「それは良かった。それでそろそろ済ませておきたいことがあるんだが」


 ベッドで遊ぶクレハにノームは声を投げた。

 空気の変化を感じ取った彼女は、……顔を赤らめる。


「ちょっと待って」

「できれば早い内に」

 

 深呼吸をして、覚悟を決める。

 腕を広げた。

  

「いいよ。来て」

「来て?

 聞きたいことがあるんだが……」

「えっ?

 てっきりそのエッチなことじゃないの」

「いやいや。俺も聞きたいことがあるって言わなかったか?」

「言ったけど、……ばかっ」


 枕が空気の抵抗を受けながらも、真っすぐに進んで行く。

 ノームの顔面にぶち当たった。

 運動能力を全て吐き出した枕はそのままノームの足元に落下する。


「あ、ごめん。大丈夫だった?」

「大丈夫だ。ウォータードラゴンに比べたらなんてことない」

「そんなこともあったね」

「聞きたいことが、その件と関連してくるんだが」


 ノームの喉ぼとけが動く。

 クレハも今度はきちんと感じとれたらしく、ベッドに座りなおした。


「実は訳あってそれ以前のクレハとの記憶を無くしてしまった。いつ、どのように出会ったのか、将又幼い頃からの知り合いなのか、何で俺のことを先生と呼ぶのか。教えてほしい」

「なんで――」

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