再会2
「奴隷ですか……?」
予想だにしない居場所。ノームは思わず聞き返した。
「この街の端にあるドーレグ奴隷商にそんな少女がいたはずだ。白髪のポニーテールに小柄な巨乳か。俺が聞いた特徴と一致している」
「怖いわ。……それで、相場とかわかりますか?」
情報屋はノームがギルドのごみ箱に捨てた――あの紙に目を落として言う。
悪寒が走った。それでもノームは顔の筋肉を引き締めて、金額を問ふ。
「新品か」
「さあ。そこまでは」
「構わない。金貨百枚あれば、買えるだろう」
奴隷。それは、この国が正式に認めている制度だ。
死より酷なものはなし。……致し方ない手段といえよう。
奴隷は主に犯罪奴隷と借金奴隷に区別される。犯罪奴隷とは犯罪を犯して捕まり、奴隷に落ちた者を。借金奴隷とは生活が苦しくなった者の救済手段を。――それぞれ指す。
金と資源は有限である。売れ残った奴隷たちは、結局鉱山等の危険地帯で死ぬまで働かされることになるのは……致し方ない。
「参考になりました。それで報酬は?」
「金貨三枚だ」
奴隷になった――という考えは、欠片もなかった。
それは、見つけられなかったと同義である。妥当な金額だろうと、ノームはポケットから金貨を三枚取り出した。
「そいつは取り戻してからでいい」
「報酬とは別物だ。俺の芯を通すためのな。貴方も芯を通すなら、拾わなければいい」
「気に入ったぜ」
床に三枚の硬貨が散布する。
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「すみません。ここはドーレグ奴隷商で間違いないですか?」
「何用だ……へい。本日は何用でございましょう」
奴隷商へと足を運んだノーム。
入り口で待ち構えていた門番は、ひょろいノームをひと睨み。……だが、彼の持つ大金の入った袋を視界に入れると、門番は態度を一変させた。
手を揉み、中へ案内する。
ノームはとりわけ気にしない。
「私がここの主、ドーレグですが」
「クレハという奴隷を探しています。ここにいるとの情報を得たので」
「……あれか。おい、呼んでこい」
太ったおっさんがそこにいた。身なりや煌めく装飾品の数々、相当贅沢な生活をしていることが伺える。
門番に命令を下した。
「ですが……」
「あん?
早く持ってこい」
「整えるのに、少し時間がかかるかもしれません」
そんな会話が奴隷商の耳元で秘密裏に行われる。
「なにぶん時間がかかりそうなので、どうぞ腰かけてお待ちください」
「ありがとうございます」
二人は広い部屋にポツンと設置された椅子に腰かける。
「それで、店主。俺は先週、クレハを冒険者ギルドで見かけた記憶がありますが」
「それは解放期間だったからですな」
奴隷商が手を叩く。
首輪を嵌めた美しい女性が、台の上にお茶を出す。
初めは主に。次にノームにも……彼は手で拒絶を示した。奴隷は下がっていく。
ノームは純粋な疑問を唱えた。
お茶を一口飲んで、喉を温めた奴隷商が説明を始める。
「解放期間ですか?」
「あまり奴隷に詳しくないようで」
「初めてですから」
「貧しい者が奴隷になるのは、一つの救済手段であることはご存知ですかな」
「はい」
「だから、借金奴隷には拒否権というものがある」
「相手を選ぶ権利があると……」
知らない権利だ。
だが、ノームは何となく思い浮かんだもの自分の言葉で再構成する。
どうやら、正鵠を射ていたらしい。
「そうだな。けれど、奴隷は基本この館で生活しているために外の世界を知らない」
「はあ」
「例えば今の貴方の態度は丁寧だが、クレハとやらを奴隷にしたとたんに態度が豹変するかもしれない」
「……なるほど」
しねぇよ。そう突っ込もうとしたノームだが、初対面の相手にわかる筈がない。
むしろ印象を悪くするだけだ。
苦笑いの相槌にとどめる。
「ですので、奴隷という身分を隠して、外で生活させて、奴隷として仕える相手を選ぶ制度を私の館では使用しております」
「説明ありがとうございます」
耳聞こえのいい理論だと感じた。
「来たようです」
「そうか……だいぶ酷い有様だが」
「すみません。私の管理責任です」
門番に連れてこられた少女は酷い有様だった。
髪はクシャクシャで、瞳も輝きを失っている。体型も記憶にあるそれより幾分細くなっている。不健康さがにじみ出ていて、体中が傷だらけだ。服も最低限の恥部しか隠せていない。
「先生……」
記憶にある少女とは似ても似つかない姿が、……呼称が記憶にあるクレハと目の前の人物が同一人物であることを物語っている。
クレハと奴隷商の位置が入れ替わる。
奴隷商は醜い顔をさらに歪めて、門番を撃号する。
「おい、あれはどういうことだ?」
「拒絶されて、つい」
「ふざけるな!
マイナス分はお前から徴収するぞ」
「くそ。わかってやすって」
門番はペコペコ頭を下げた。
ノームに抱き着いたクレハというと――。
「逃げられなかった。……よかった」
心地のよい表情を取った。
そんな彼女の乱れた髪を整えるように触りながら、ノームは苦言を呈する。
「奴隷に対して丁寧だとか優しいだとか、俺が感じたものは嘘だったようだな」
「違う。全てこいつの独断だ」
「俺には何方だろうと関係ない。説明してもらえると嬉しいんだが」
「それは……」
門番の口が詰まる。
「寝ている時に襲われて、……抵抗したら殴られちゃった。こんなひどい体でごめんね。でも、初めてだけは守ったから」
「別にひどくなんかないよ。可愛い」
「えへへ。褒められちゃった」
ノームの口から慰めが自然と零れ落ちた。
涙ながらに破顔したクレハ。抱きしめる力が強まる。
「管理責任怠慢だな」
「わかった。考慮しよう。だが、年頃の少女に初物となると、金貨二百枚はくだらない。金貨百五十枚といったところか」
「げっ」
相場よりも高い。口にしそうになる門番に肘鉄をかます。
「相場は金貨百枚くらいだと思うが。ちょうど百枚しか持ってきていない」
「なんだ奴隷について、お知りになっていたんですか。ですが、相場なんて関係ありませんよ。貴方は彼女が欲しくて、今は私の手の中にある。値段を設定するのはこちら側です」
「それもそうか。……俺の負けだ。だが、ここには本当に百五十枚しかない」
そう。クレハという特定の人物を指定した時点で、この場でのノームの敗北は確定していた。
相場なんて目安に過ぎず、……需用と供給のバランスによって左右される。
例えば、青い瞳をした小柄だけど、巨乳の少女――とノームが指定したとする。さすれば、クレハ以外にも当てはまる者があり、目当てがクレハだとしても、大事な客を逃がさないために相場以下で提供しただろう。
だが、欲しいのは彼女ただ一人。供給一なんて吹っかけられて当然だ。相場なんて関係あるはずが無い。
自分の浅はかさに気付いたノーム。手の力が弱まったのか、金貨の入った袋を落とす。
ズトンと重い音が鳴った。
「それなら交渉成立ですね」
「それだとクレハをこのまま連れて帰ることになるだろ。近くに協会があったはずだ。そこでの治療費と服を買うお金が必要だ。金貨百二十枚といったところか」
「確かに責任を取るなんて言っていしまいましたからね。服はこちらできちんとした奴隷用の服を用意しましょう。協会なら金貨十枚で治してくれるはずです。金貨百四十枚で手を打ちましょう」
「百三十枚」
「ダメです。御帰りください」
「……なるほど。わかりました」
――重い重い溜息をノームは吐いた。その後、彼はクレハを剥がすと、腰を落とし、袋の中から金貨を十枚を取り出す。
「百四十枚です。確認してください」
「おい、数えろ」「はい」
奴隷商とノームが見ている中で、門番は金貨を数えていく。
「百四十枚ちょうどでっせ」
「契約成立ですね」「はい」
ノームと奴隷商は握手を交わす。
【契約】
「ここに指を入れてください」
「わかりました」
奴隷商の詠唱すると、上向きに口を開いた悪魔の置物が現れる。
その暗黒の中にノームは指を突き刺すと、ピリッとした痛みをもらった。
指を抜くと、ノームの人差し指には不気味な紋章が浮かび上がっている。
「その紋章を彼女の奴隷の首輪に当ててください」
指示通りに動くと、首輪が光始める。
「では、血を入れてくれ」
クレハへの指示だ。
血を入れると、首輪の光が収まり、置物も消える。
「契約成立です」
「そうか」
再びクレハはノームを求める。
「服を用意しろ」
「在庫も全部」
「…………」
ノームはクレハの耳を押えた。
そして、自分の意識もクレハの方に集中させる。――逃げるように。
不思議に思ったクレハだが、抵抗はしない。より、身体を密着させる。
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「馬車を用意してあります。教会まで送りましょう」
「助かる」
「……これは?」
「持ってきた百五十五枚の金を全て吐き出すことになるとはな」
ノームは奴隷商に金貨五枚を手渡した。
「この金があれば、彼女にもっといい服が買えるでしょうに」
「別に家に行けば、まだまだあるから」
奴隷商は馬車に乗り込もうとしているクレハに視線を合わせる。
ノームは平然と言い切った。子供の頃にナイツオブノーネームとして稼いだ金はまだ残っている。
「そうですか」
「ああ。それを他言するなって金」
普通の冒険者はここまで大盤振る舞いはできない。ノームは口止め料を払ったのだ。
いい客ができた――とにやにや笑うが奴隷商。
立ち止まる二人を気にしたのか、それともいまだに奴隷商がノームと話していることじたい気に障ったのか、クレハが近づいてくる。
「肝に免じておきます。今後もこの館を御贔屓にお願いします」
「ああ」
奴隷商は頭を下げて、話を終わらせる。館の中に戻っていった。
(ああ……そうだな)
――ここで最後なら気付かぬふりで終わらせただろう。次会うときにはお前を潰す決心がついた時だ。何方に転ぶかは自分でもわからないが。
なるほど、お前は消されたいということか。
ノームの顔に浮かぶ不敵な笑顔。
それに気付いた者は誰もいなかった。
「何をあんな奴と話してたの。変なこと吹き込まれた?」
「何でもない」
――クレハに見せる顔は、すでに優しいものであったから。
序に彼女の心情は後者だったとも補填しておこう。
「嫌か」
「嫌だけど……もう大丈夫。先生が来てくれたから」
「そうか」




