戦闘が終わって
「戻るか」
「そうですわね」
ノームとセシルの二人は、滅びた村を去る。
「ご苦労だった」
「ああ。もう帰って大丈夫か」
「大丈夫だ。ギルド近くまで送ろう」
アーデルは同行せずに、遠くから魔法発動を見守っていた。馬車に戻ってきた二人を労う。
「少し言っておきたいことがある。人を呼んでくれ」
「承知した」【召喚:伝令】
ノームはアーデルの耳元でぼそっと呟いた。
アーデルの魔法で呼び出された二羽の黒鳥が飛び立つ。その姿をノームに促されて、先に搭乗したセシルは認知できない。
慣れた――と物語る彼女だったが、疲労は誤魔化せないようだ。ぐったりと横たわっている。
「膝枕、してやろうか」
「はっ?」
「結構、心に染みたからな」
「……バカ。それでもスペースがないのでしたら、仕方なく許可しますわ」
「遠慮しておく」
セシルの態勢が変化した。
自分に背を向けるセシルにノームは……突き放した言い方をする。
「慣れなくていいなんていえない。平気でいてくれなきゃ困る」
「もちろんですわ。これが最初で最後でしてよ」
――そして、それは信頼の証でもあった。次も、その次も頼ることになるとノームは間接的に告げているのだから。
故にセシルはひっそりとほほ笑む。
彼女は気付いていた。自分がこんなにも疲れている原因の一割は、少なくとも一割はノームに甘えたことによるおもはゆい気持ちだということを。
特に手入れを心がけてきたその髪に触られても、嫌な気分にならなかったということに頭の回転が使われている。
「わかっていると思うが、この件は他言無用だ」
「もちろんですわ」
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「あ、発見。もうどこ行ってたの?」
「えっ、どうしましたの?」
冒険者ギルドに戻ったセシル。そして、彼女の姿を見つけると、駆け寄ってくる七八人の集団。
新人研修会に参加していた同期の顔もちらちらとある。セシルは首を横に倒した。
「祝勝パーティーさ。君たちの姿が見えなかったから、半分ほど帰っちゃたけどね」
「ちょ、先輩。それ言わない方がいいんじゃないですか?」
魔法剣士の格好をした爽やかイケメンが事態を説明する。
最後の一言を余計だと茶化した、紫色のローブを羽織る小さな少女。
「そうかな。僕は君を褒め称える人はもっといるよと伝えたかったんだけど」
「どちらにせよ、早く始めましょうよ。お腹すきました」
――皆が一様に明るい。
セシルは、彼らが共闘しようと申し出てくれた人々だということを、ようやく思い出した。
「あれでも、少年の方が居なくないですか?」
「えっ、……先程までは確かに」
「ってことは逃げられちゃったのかな。ならこれ以上探すのも失礼か」
「主役はいますし。やっとご飯です」
セシルは慌てて周囲を見回したが、ノームの姿はない。
目立つことが嫌いなんだろうと魔法剣士はセシルの様子を見て、そうかみ砕いた。彼女の背後に回り、ギルド内のある一角へと誘導していく。
(探した方がいいですわよね。……でも)
セシルがその場を後にする……中々できない。
次々に運ばれる料理や盛り上がっている彼らを見て、出にくい状況であることも確か。
「過去何て気にすることは無いよ。魔法に頼り切っていた自分の剣が恥ずかしいくらいだ」
「そうですよ。私も魔法がないと、何もできないです~。尊敬します」
「やっぱり弓とか難しいのかなー。ご飯まだいる?」
けれど、それだけじゃない。この場にいる者達とも分かり合いたいとセシル自身が心の何処かで欲しているからだ。
――うん?
迷っていると、セシルはその時初めてポケットに何かが入っていることに気付いた。
『急な用事ができた。戦闘ではないから、心配しないで楽しんでくれ。
―ノームより―』
セシルの意識は収束していく。
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「団長の召喚魔法はやっぱり便利だ。幻影とは違って消える瞬間までは確かに存在しているからな。手紙とかを残しやすい」
実は、ギルドまでセシルと一緒に行動していたのはアーデルの呼び声に答えた召喚獣だ。
【召喚:偽装】。偽装前の姿は影のように千変万化する。セシルがローブ少女に発見されたその瞬間に正しくセシルの影の一部となるように溶けた。
因みに手紙を書いたのはこの召喚獣である。
「本当によかったのか?」
「ああ。俺が感心しているのはセシルの努力であって、魔法革命を引き起こした張本人である俺が、素知らぬふりして魔法のない時を語るのは烏滸がましいからな」
「……そうか」
魔法革命。……それは一般的に従来不確かだった、一つの属性における段階上下の繋がりと隔たりを纏められた用紙が発表された日のことを指す。
第一段階、第二段階、第三段階と順を追っての上達を可能にさせる。また、今はこの魔法を練習して――最終的にはこれが使えるようになりたいと目標設定がし易い。加えて、隔たりも明確であるために余計な手間が省ける。
以上が主な恩恵だ。結果として、魔法上達速度が飛躍的に跳ね上がったのは言うに及ばない。その栄誉を賞して名付けられたのが、もどり、魔法革命である。
然れども、発展には暗い面があることもまた自明。魔法が使えない者をより一層貶める風潮となった。
差別を肥大化させた自分だからこそセシルの心意気は誰よりも尊敬しよう。だが、過去を忘れて、魔法を使えなくてもやっていけるなんて軽々しく言うことはできない――というのがノームの理論だ。
それは事実だが、悲しいことに全て勘違いでもある。アーデルは単純に、称賛の輪から外れることに対する確認を行ったからに過ぎないからだ。
『俺には似合わないから』と返ってくるはずだった答えが予想外で、戸惑いを隠せない。
自分のことより、他人を優先しているのだろう。そう溜飲を下げた彼も同じ理論で言葉を失った。
「召集理由はついてからでいいか?」
「そうしてくれ」
時間だけが経過して、……二人はそれ以降無言のまま集合場所に到着する。
「遅いじゃないか」「それで要件は何でしょうか?」
「忙しいところを態々すまない」
先客がいた。
書類に目を通しているラーミアとフォアラを目視したノームは頭を下げる。
「今回集まってもらったのは、本日倒した魔族についてだ」
「聞こうか」
切り替えて、アーデルは席に着く。




