本領発揮1
数分に及ぶダメ出しをくらったノームの瞳はやる気が漲っていた。
普段は冷静な彼だが、この時だけは熱血という言葉も似合う……なんてこともあるかもしれない。こびり付いた血を落とした短剣をしっかりと握る。
たった一回の魔物と戦いで、得たものは大きかった。
特に大きな一例を挙げるならば、間違いなく自分が行った解析のことであろう。所詮、自分が引き起こした冒険者革命は魔法を使った効率のいい倒し方でしかなかったと知れたのだから。
(命を懸けた戦闘を楽しいなんて思うのは無粋か……)
そう考えるノームだが、心は鳴りやまない。
きっかけを作ってくれた少女の後ろ姿を追う。
同じくセシルの心も踊っていた。 理解者が現れたからである。
魔法が使えないなら、それ以外を磨き、戦い方を工夫する。ノームは自分の心情を肯定してくれた。
幼い頃から魔法が使えないというだけで嫌というほど馬鹿にされてきた彼女が嬉しくなるのも無理ないだろう。
加えて、ノームが自分の剣の腕を腕を認めてくれていることも何となく察している。褒められ慣れていない部分を突かれて、動揺しているのだ。
(でも、強くならないと)
頬が上気しているのを自覚しながら、それでも必死に押し殺した。
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ケネルの森。新人冒険者がよく狩場としているスポットの一つだ。一般的には広大なためと噂されているが、ケネルの森では魔物が群れで行動しない。
エンカウントの殆どが一二匹である。
今回もその例に当てはまって、ノームとセシルはゴブリン二匹との遭遇した。
「バッと行きなさい」
「分かった」
ノームは乱立する木を上手く使いながら、ゴブリンとの距離を徐々に詰めていく。 残り数歩を一気に縮める。
反応しきれなかったゴブリンAは首を掻き切られる。血を噴き出しながら、絶命した。
仲間を殺されて怒ったゴブリンBはノームに飛び掛かり、棍棒を振るう。
セシルによって防がれる。
金属と棍棒が鳴り合い、踏ん張れないゴブリンは吹き飛ばされた。
「ありがとな」
「当然ですわ。二匹とも倒せるとは思っていませんもの」
セシルは背後にいるノームを小馬鹿にしながら、だが、視線はゴブリンBを離れない。
逃亡するゴブリンBの背中を突き刺した。
絶叫が轟く。
「凄い返り血ですわね」
「普通はこうなるはずだ。達人と同列に扱わないでほしい」
取れた? 取れてない。
ノームはセシルに確認しながら、顔面というパレットに赤色を可能なかぎり拭っていく。
その最中、
「返り血が付かないなんて別に普通のことですわ」
不意にセシルの口が動く。
「えっ?」
「遠距離魔法攻撃なら、返り血なんて付きようがありませんわ」
「その理論は可笑しい。それとこれとは話が違うだろ」
「貴方こそ可笑しいですわ」
本当に彼は可笑しい。
幼い頃、私が血塗れで家に帰ると、汚いと罵られた。それが悔しくて、倒しても返り血を浴びない位まで上達したというのに、周囲は当然だと興味を持ってくれなかった。
それなのに……ノームはあの人と同じだ。
私にディアを継がせてくれた師匠とーー。
セシルは生まれながらの貴族ではない。
貴族ならば、さいあく魔法道具で何とでも対処できただろう。平民では手の届きにくい高価な品物だが、貴族が買えないものではない。
冒険者ギルドに保管されている粗悪品でも、買い取ろうとすればCランクの報酬が丸々飛ぶ。
閑話休題。
「それで、血は取れたか?」
「知りませんわ」
セシルの中でノームと師匠の面影が重なる。
顔も容姿も比べるのも烏滸がましいほどに師匠が勝っているが、……目線を合わせづらい。
照れ隠し。セシルは会話を強制的に打ち切って、餌食を探しにかかる。
セシルの変化に戸惑いながら、短剣を腰のケースにしまったノームも頭に疑問符を量産を抑えて、追従する。
本日の成果はノーム四匹、セシル六匹の計十匹となった。
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同時刻、ある新人パーティーも切り上げの準備に入っていた。
「俺の水魔法にかかれば、ゴブリンなんて楽勝だな」
「さすが、ウォーレグさん。一人で十二匹は快挙っす」
「全くだ。今日はもう疲れたし、帰るぞ」
「はいっす」
ウォーレグとは、先日行われたノームとセシルとの決闘に水を差してきた人物だ。ウォーレグの水魔法に心を打たれたのだろうか、子分が二人いる。
荷物を持たせ、身軽になったウォーレグは偉そうに馬車に乗り込んだ。
自慢話に花を咲かせて、岐路を行く。
「何だ、セシルじゃねぇか」
「ちっ。話しかけないで」
冒険者ギルドに戻ったウォーレグパーティーはノームとセシルに出会った。
混んでいるために依頼処理にノームに並んでいるのはノームだけ。セシルは食堂の方で寛いでいたのだ。
表情は打って変わり、今では嫌悪感を隠し切れてない。
「可愛い顔が台無しだぜ。そろそろ俺の女になる気になったか?」
「来ないで」
近づいてくるウォーレグにぴしゃりと言いつけた。
机の上に置かれている剣に手を伸ばした。
「あん。俺とやろうってのか?」
「この距離じゃ、私の剣の方が早いわ」
「へへん。離れたくないってことじゃねえか。胸がないのが残念だけどよ」
ニヤリ。ヴォーレグはゲス顔でセシルに近づいていく。丁寧に手入れされて、絡み一つない彼女の証に触れようとする。
その汚い手をセシルは払った。鋭い眼光で睨みつける。
「俺に勝てないことくらいわかってんだろ。汚れセシルさんよ。今更綺麗面したって無駄だぜ」
「ひひっ」
やっぱり、弱いままだ。
汚いと言われるのが嫌で、形だけとはいえ受け継いだ貴族に相応しくありたくて、身だしなみを整えても過去は変わらない。
自分よりも弱い人を見つけて、相手を見下しても過去は変わらない。
セシルとヴォ―レグは同じ村出身である。
魔法が発展したこの世界では、魔法に恵まれなかったものの扱いは酷い。耐え切れなかったセシルが勝負を挑んでもその度に地面に倒れ伏してきた。
「安心しろよ、ちゃんと可愛がってやるから」
過去の敗北が頭の中をぐるぐる巡った。
恐怖がセシルの涙腺を刺激する。肩を震わせて、一粒の涙が机を濡らした時、ーー場外から声がかかった。
「何やってるんだ」
ノームだ。何か胸騒ぎがした彼は列を外れた。最悪な現場を目撃したノームはヴォ―レグにタックルをかました。
机を巻き込んで、ヴォ―レグはふっとばされる。
「おい、どうした。セシル」
「無理だよ」
「そうか、だけど安心しろ。お前は強い」
ウォーレグが起き上がる。
「いて―じゃねえか。……って、俺の魔法で伸びてた奴か」
「だからその時のお返しだと思ってくれ」
「ふざけんじゃねえ。ま、セシルの仲間がお前だったのは傑作だけどよ」
ゲラゲラと大声で笑った。
「大丈夫だ、セシル。お前は少なくとも俺を動かすだけの力はある」
「何よそれ?」
「笑っている方が可愛い。大丈夫だ、セシルならできる」
よほどツボに嵌ったのか、ヴォ―レグは暫く動かなかった。
その空きをノームはセシルを励ますのに消費する。後ろ手でセシルの手を掴んだ。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ」
「……頑張れよ」
けれど、ヴォ―レグも何時までも笑ってくれるわけじゃない。
一瞬で憤怒に変わり、魔法を放つ。
水魔法第二段階、【ウォーターボール】だった。
【ウォータードラゴン】ではギルド内に迷惑がかかると思ったのだろうか、それとも単に無詠唱で発動できるものを選んだのか、……後者であることは言うまでもない。
壁になるべくセシルの前にどんと構えた。その姿はやはり師匠に通じるものがあって、セシルにできるという気持ちが満開に開花する。
(変換記号なしだからな。……これ位しかできないが)
ノームが【ウォーターボール】を避けようとはしなかった。
巨大な水の塊は彼の体に当たると弾ける。
それに乗じて、セシルが前に出た。
--加速する。
「えっ?」
ヴォ―レグはセシルが奴を盾にする可能性も僅かながら考えていた。奴が避ける素振りを見せなかったので、二発目の魔力を込めていく。
それが完了する前に、セシルの剣はヴォ―レグの首筋数ミリまで迫った。
そんな見込みは、それこそ刃と己の首との距離もない。本人すらも驚いていた。
知るのは倒れたノームだけである。
「ちょっと何やってるの?」
受付嬢が二人の喧嘩を止に入り、頭が追い付かないままセシルは剣を降ろす。
「覚えてろよ」
ヴォ―レグと終始傍観していた子分ABはギルドを去る。
セシルは緊張から解放されて、へたり込んだ。




