紋章駆動エルバイサー
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―emblem on
○○'s memory emblem
黄昏の中、猫は走った。
彼の元へ、早く、速くはやく。
この体がどうなろうとも、彼にこれを届けなければならない。
四肢は既に感覚がなく、思考も鈍くなっているようだ。
それでも、ただひとつの任務をこなそうと小さな身体で必死に走り続けていた。
可愛らしいカラダに見合わない鋭い牙でしっかりとモノを銜えながら、猫は大柄な少年の前へと立ちふさがった。鍛えられた体つきが服の上からでもわかるが、顔のあどけなさから高校生くらいだろうと推測できる。
「君、どうしたんだい」
不憫に思い抱き上げた少年が震えながらいう。とても、つめたい。
例えるならば、除夜の鐘が鳴る直前に感じる、あのしんとした冷たさに近いのだろう。だというのに神々しく、そして凛々しい瞳に少年は姿勢を正さずにはいられなかった。
そして、猫は銜えたモノを少年に差し出す。
「これをくれるのかい」
不思議な石だ。琥珀色で五角形をしている。英語で刻まれている文字以外には傷一つついていない。大切に運んできたのだろう。
とてもいい匂いがする。ヒマワリ畑と快晴の空が少年の頭をよぎった。
「君、死んでしまうのか」
少年は声をかける。
「それを受け取ってくれるのならば、心置きなく」
猫は答えてくれた。
骨まで染み入るような凛とした男性の声だ。
「ようやくなのか。そういってしまうほど、君は激しく、雄々しく、そしてやり遂げたのか。」
どうしてだろうか。少年と猫は昔なじみのようにわかりあえているようだった。
「あなたは・・・ツルギ・・・?」
そのかぼそさに背筋がジンとしながらも、少年は口を開く
「アオノ ツルギ だよ 俺の名前 合っているよ」
「よかった・・・ツルギ・・・ま・・・に――私は間に・・合ったのか?」
少年は一瞬口を開きかけ、戸惑う。何に?と聞こうとしたのだが、安心させようと別の言葉を口にする。
「ああ、そうさ君は間に合った。俺は受け取る、これが何かはわからないけれども、絶対に手放したりしない」
「でも・・・もん・・・しょ・・・おしえなきゃ・・・」
「大丈夫 大丈夫だよ 」
その問答の後、安心した表情を浮かべながら猫は徐々に消え去った。少年は涙を流しながらそれを見送る。
「これはなんだ 君は誰だった なぜ傷ついていた なぜ俺は泣いている 」
ふらふらと立ち上がりながら呟く。今日、彼は一人でここに来た。ただ学校へ行き、帰り、食膳に日課のランニングをしていただけだ。
何かを貰う予定も、話す予定もなかったのに
―なぜか
「既視感がする この状況に 憎悪がする 何かが憎くてたまらない お前なら知っているか?」
振り返り、いつの間にか居た人影に視線を刺しながらいう。どこから現れたのかはわからない、知る必要もないとツルギは思っていた。
人影は日本語でない言葉を並び立てたが、言いたいことはツルギに伝わった。
「日本語で話せよとはいわない。これが欲しいことくらい、わかるから」
果たして託されたのか、それとも勘違いなのか。どちらにしても心に響き、あらゆる感情を刺激しながら体中を駆け巡る。焦燥とも激情とも・・・いやこれは決意なのか。
さあ、すべてを受け入れようとツルギは心の底でつぶやく
彼は普通に過ごしていただけだ。今のこの出来事も、私達同様なにも理解していない。にも拘らず、既視感に身を任せることにこれっぽちも戸惑いなどみせない。
ビュウウと風が鳴く、荒川沿いの河川敷。黄昏はもう既に終わりかけで、長く伸びた二つの影は闇に紛れようとしている。
そして対峙する少年二人。
ツルギの手に握られた琥珀色の意思からはエメラルドの淡い光を放ち始めている。相対する少年は、ぱっとみラテン系のようだ。ツルギと比べると小柄で、金髪の無造作に切られており、首からは赤い球をぶら下げている。小ぶりの林檎飴くらいの大きさだが、中には炎が煌いている。
言うまでもなく、二人は初対面だ。
ツルギの質問には少年は何も答えないし、ツルギもそれ以上は何も言うつもりはないらしい。
―代わりに、不意打ちが来た。
ツルギの右腕に衝撃が走る。だがたじろぎもせず、そのまま右腕を翻して足首をつかみ、地面へたたきつける。そして顔面を踏みつけようとするが
「チィ」
相手は舌打ちをしながら飛びのいて距離をとった。牡鹿の様にしなやかなバネに身体能力の高さを感じさせる。
「ハポネスのブジュツ? でも、タツジンってカンジじゃないよね」
ニヤニヤしながらツルギに話しかける。芝生がクッションになったのだろうか、ダメージはほぼ無いようだ。
「素人で悪かったね、あんたは違うみたいだが。」
顔を引きつらせながらツルギは強がる。
相手は息を吐きながら、滑らかな動きでナイフを取り出して構える。一方でツルギは逃げる機会を伺っていた。
数秒膠着する河川敷。何かがおかしいとツルギは気が付く。こちらを素人というからには何かの訓練を受けていることが察せるし、武器も持っている。なのになぜ一気に決めてこない。
「ン、エンブレムを出さねぇのか?」
相手は怪訝な顔をして、ツルギの様子を伺っている。
「エンブレム?」
と聞き返すツルギだが、石に注がれる視線に気が付き閃いたようだ。
(これのことか・・・武器なのか?)
じりじりと近づいてくる。逃げる選択肢が不思議と消えていく。どうしてこうなったと頭が痛くなりもしない。ごく自然に、すべきことと知っているようにただ対峙する。
(通り魔か強盗か……まぁいい)
知らず、石を握った手から血がにじんでいる。強く握りすぎていたからか、それとも馴染み具合を確かめるように石のまわりを赤黒い液体がぬるりと覆っていく。
ツルギは気が付かないが、ミルクを求める赤子の様にエンブレムはそれを吸い込んでいた。
「エル…シッド…起きろ」
金髪の少年がそう呟きながらナイフを首飾りに突き立てる。不思議なことに、中の炎が少年を包み込み、そのまま大きな騎士の様な塊になった。
「出さねぇならそれでもいい 楽だからな」
突如流暢な言葉で語り始め、西洋の剣をどこからともなく抜き出した。
機械とは何か違う気がするが生き物でもない・・・神聖さと畏怖がまじりあうこの気持ち悪さ。
正体はともかく、大きい。10mほどあるだろう。
だというのにツルギは冷静に考えた。
(エルシッドとは名前だろうか・・・これも名前を呼べばいいのか?)
ツルギはエンブレムと呼ばれたモノに刻まれている、瑠璃色に光る文字を読み上げた。
「divine blue of ELENA type ・・・カノープス?」
読み終わるや否や、突然猫の事が頭によぎるツルギ。
―ツルギへの譲渡確認
対面するエルシッドへの憎悪も増していく。
―戦闘許可を発行します
「呼んだ ならば 来い!」
意識が飛び、瑠璃色の何かに神経のすべてを撫でられる様な感触が末端まで覆いつくす。
意識を取り戻すが、体が動かない。必死にもがくものの、脳の命令が手足に届いている感じがしない。最中、対峙する巨兵と目が合い、ゾクッとするツルギ。恐怖ではなく疑問がそうさせた。
(目が…合った?)
同じように巨大化していたのだ。そう気が付いた瞬間、大地が逆転し、大きな衝撃が走る。
「ぐぁっ・・」
何故と考える前に声がする。
「ソードで切り付けられましたが、損害は軽微です。バイサーは既に起動しています、命令を。」
冷静な女性の声が響く。懐かしいような気がするも、思い出せないようだ。
「体を動かすイメージを持ってください。脳のパルスをしっかりと機体まで流し込むのです。」
直後から申し訳程度に体が動きはじめる。厳密には【機体】が。
「巨大化ではなく、乗り込んだ訳だ」とツルギが呟くと、「はい」とだけ帰ってきた。
「簡潔に教えてくれ。現状がまったく理解できない。」
「私はエンブレムと呼ばれる物質の意思です、名はエレナ。わかりやすく言うと、あなたは私を託され、それを奪わんとする輩を相手に―」
瞬間、エルシッドが上段から斬撃を振るう。無抵抗に受けてしまい、衝撃が走る。
「話が長い!そして体が痛い! なのに動けない! どうにかしろ!」
ツルギは叫んだ。
「・・・・・・・・そういわれても」
こうしている間にも戦闘は行われていて、斬撃の雨を浴びている。防ごうとするも、鈍くて間に合わない。
すると
「マスターの脳内データとリンク終了。パルス感知ほぼ100%です」
身体の感覚が戻ってきた。だが、痛みも大きくなっている様で顔をゆがめるツルギ。そんな彼をよそに
「乗っているコレは紋章駆動兵器バイサー。機体名はカノープス」
エレナは機体データを表示する。エメラルドに藤の指し色が入っていて、人型をしている。左手に備えられた大籠手は青空の様な澄んだ色をしていた。
「身体のように動かせます、原理は深く考えないでいいです、とにかく体を動かすイメージを。機体特性も後で話します、とにかく撃退してください。大丈夫、私はほとんどの機体よりも頑丈です、体当たりだけでもかなりの威力かと。」
「こう…か!!」と足を踏み入れながら肩をねじ込むツルギ。
そのまま腰を左側にひねりつつ、重心をずらして弾き飛ばす。そう!とエレナは喜びの声をあげるが、無視。弾き飛ばした勢いを利用して、地面に相手を叩きつける!
ゴォォォン と轟音が響き、荒川の水面も揺らめく。
倒れたエルシッドから「ぐぅあ…」とくぐもった声がした。
「カノープスだっけ?頑丈なのに痛みが伝わるのはなんでだ?」
「脳が誤認しているのです。」
「なるほど、わからん!」
軽快にに返事をしてツルギが足に力を込める。
「だけどコツはつかんだ」
幅跳びの要領だ。轟音と共にに震動が走り、河川敷のグラウンドに大穴が空く。
カノープスは射られた矢の様に相手へとびかかり、そのまま左手にある大籠手で頭部を狙った。鈍い金属音が響く。
だが、エルシッドに届かない。金属が間に挟まっていた。どこからだしたのか、一振りの剣を防御に使われたようだ。
(返しの一撃が来る!)飛びのこうとするツルギだが一閃が僅かに速かった。腹部に鋭い痛みが襲い掛かる。
「いってぇ!これ、機体が無事でも俺がもたないってば!」
思わずボヤいてしまう。だが止まれない。エルシッドは切っ先を向け突進してくる。籠手で受け流し、体を回転させて足払いを仕掛けるが、それも躱されて逆に一太刀浴びせられてしまう。ひるんだ隙に二、三と斬撃を浴びさせられる。それでもエレナの言うことに偽りはない。
「こいつ、硬いな。コラーダがへし折れそうだ。」
舌打ちをし、切り付けてくる相手の様子からも機体【カノープス】の頑強さは伺える。だが痛い。身体を揺さぶられる苦しさと何故か機体から伝わる痛みが徐々にツルギの思考を奪っていく。
(ちっ、これじゃじり貧だ)
徐々に連撃を浴びる。最初の一撃を当てたら逃げればよかったとツルギは後悔する。
「エレナ、武器はこれだけなの!?っていうか籠手だよね、ガントレットだよね!?ビームの出るやつとか、お約束だろ!?」
「お約束の意味が分かりませんが、その籠手は立派な武器ですよ」とエレナ。
「真面目に―」
「真面目です。その籠手は【衝撃の紋章】を蓄積できるんです。放出先は右手にします!なんとか一発入れてください。」
動揺するツルギだが、強く右拳を握る。歯を食いしばりながら、上段で切りかかるエルシッドに突撃する。
「ハンッ」と嘲笑いながらふるうその斬線は予想通り左肩に降りかかる。
―そう、予想通り。
「我慢すればどうということはない…ってか!」
ツルギは涙目で叫び、そのまま黒い刃をがっちりと固定する。もちろん機体の首と肩で挟んでいるののだが、コックピット内のツルギの首筋にあざが浮かんだ。
痛みに悪態を吐きつつ、大ぶりの一撃を右拳で叩き込む。武器を破棄して避けようとするエルシッドを左手でつかみながら、拳が敵機腹部を直撃する。
「バースト!」とエレナが叫ぶのと直撃は同時だった。鈍い音とは裏腹に、相対する大騎士はその身をひしゃげた。破片が飛び散るものの、みぞれの如く大地に届く端から消えていく。
「…!……nana de puta!!!!!!!!」
よろけながら川の中へと飛び込む相手を追うことはできなかった。なぜなら、川の中には大きな裂け目ができていて、どこへ通ずるともわからない不気味な裂け目だ。躊躇するうちにそれは消えてしまい、ツルギは大地に膝をついた。
―emblem out El-Baiser mode off
いつの間にか身体は元に戻っていて、猫を抱き上げる辺りとほぼ同じ体勢だった。
もっとも違うことはいくつかあった。節々が痛んだし、辺りは騒ぎになっていてとても喧しい。琥珀色の石はエンブレムというのも理解したし、意識は飛びそうだった。
それなのに不思議と、警察官らしき男が近づいてくる様子も、野次馬がカメラを起動している様子も良く見えた。
―それらを出し抜いて少女が一人、風のように飛び跳ねてくるのもよくわかった。
連続写真を連想させる、重力を無視した緩やかな着地。目の前には手があり、目を合わせようと顔をあげた瞬間、鉄橋を電車が走り抜けていく。
その光に照らされた彼女の髪は蒼色で、とても美しかった。
あんなに神々しい蒼は見たことがない。今後見たとしても、それはきっと地球を見た時だろうと後にツルギは語ってくれたのだが・・・。
【DIVINE BLUE emblem】はつづく
つづく
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