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かんさぁー  作者: おんじょ
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麻植心美はビターチョコ

 子供の頃、迷子になったことはあるだろうか。まぁ大抵の人はあると答えるだろう。

では、もっと掘り下げて、子供が迷子になりやすい場所はどこか?

 それは遊園地。あそこは特に危険だと俺は考える。子供が興味のあるものが多数あり、気になったものを片っ端から調べていったら、いつの間にかずっと近くに居たはずの親が居なくなる__想像に容易いシーンである。

 迷子になった子供は、酷く怯えるであろう。なぜなら大人と子供では見えている世界が違うのだから。

 まるで巨人のような通行人に押し流され、普段なら助けてくれる『親』という存在も、今ははぐれているので頼ることも出来ない。

 誰も頼る者がいないならば、一人でこの窮地を打破する方法を探るしかない。子供とは身体の発達が未熟であるから、遠くを見渡そうとしてみても、通行人が邪魔になり遠くを見ることができない。

 地図を探そうとするが、そもそも地図なんてどこにあるのか、そんなこと子供が分かるはずもない。そうやって自分一人の手に負えないと感じた時、彼や彼女らはどうするか____そう、答えはシンプル。彼らは『泣く』のである。

 余程の事がない限り、子供の泣き声を聞き付けた大人が助けに駆けつけ、何があったのか聞いてくれる。

 そこで大人に、自分が迷子であると話せば、心優しい大人と共に、子供は迷子センターに預けられ、最低でも数十分後には親が駆けつける。

 昔、何かの書籍で知った知識だが、子供の泣き声を、大人は無視することができないらしい。

 まぁ、そのせいで今の大人は子供の泣き声にストレスを感じ、鬱病などになってしまうのだが。まぁ大人のストレス病の話はまた後日。

 何はともあれ、なぜ今俺がこんな事を考えているかというと


「やっべぇ……迷った」


そう、道に迷ってしまったのである。

 別に俺は方向オンチな訳ではないし、かといって物凄く方向感覚が鋭い訳でもない。平々凡々、尋常一様。有り体に言ってしまえば、普通の感性しか持ち合わせていない。

 一般の人と同じく、太陽さえあれば、東西南北の感覚は掴める。

 一度行ったことのある場所であれば、時間はかかるかもしれないが、目的地につくことは可能だ。

後者は少しだけすごいかもしれないが、それが特殊な能力か? 超能力か? と尋ねられたら、みな首を横に振ることだろう。

まぁ、所詮その程度の能力では俺は一般人だと言い切っても問題はないだろう。


 では、例え話だが、先程述べたような一般人が一度も行ったことのない場所へ手ぶらで行こうとすれば、どうなるのだろうか?

答えは単純。確実に何回かは道に迷うだろう。

 さらに、俺が迷い込んでいるここは、従業員専用の通路なので、修理の優先度はあまり高くなく、ところどころ電気がつかない場所さえある。

したがって、ここで俺が伝えたいのは一つである。

「だれか……助けて……」

周囲は真っ暗で、ここがどこかも分からない。

つまり、考えうる最悪の状況である。

闇雲に動いてもさらに迷う気がしたので、ここは大人しくしておくことにする。


「いやー、参ったなぁ……携帯なんて寮に置いて来ちまったし、時間は……うっわ、やばいやばい! 集合時間過ぎてんじゃんっ! 」

 時計のバックライト機能を使い、時間を確認した俺はギョッとして、とりあえず今歩いてきた道を引き返そうとしたその時、カツン カツンと誰かの足音が聞こえてきた。

なんとなく息を潜め、だんだんと近づいて来る足音に耳を傾ける。

足音の感じからして、相手も一人きりのようだ。

相手が近づいることから、先ほどからしていたカンカン音の正体が下駄の音だと気付く。

 そこでやっと俺は安堵した。もし、相手がロシアのマフィアとかだったら、さすがにこの暗さでは話しかけにくい。

 出会い頭に喧嘩をふっかけられるかも知れないしな。

 くれぐれも、勘違いしないでもらいたいのは、お化けだと思ってびびっていたという訳ではないということだ……ホントに違うからなっ!?

 何はともあれ、相手が幽霊の類いではないと知りほっとした俺は、その足音の主に

「すいませーん! 新しく入って来た松 隆之介という者ですが! 『日本料理 酢橘』という場s____」と声をかけようとしたところ

「ひゃっ! 」ガラガラバタンッ

と可愛らしい驚きの声とともに、近くの段ボールと共に相手がぶっ倒れる音が聞こえた。


 あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

『俺は 奴に爽やかに声をかけたと思っていたら いつのまにかヤツは倒れていた』な……何を言っているのか わからねーと思うが 俺も 何をしたのか 分からなかった……


 なーんて言葉遊びをする余裕は、俺にはあったが、相手の女性はそんな余裕は無さそうだった。


 暗くてよく見えないが、あの感じからして、ろくに受け身も取れずに倒れたに違いない。

 このまま置いていくわけにもいかないし、この人からは俺の職場の場所を聞かねばならない。

そう思い、多少マシになればと女性の頭の下に俺の背広を敷いておく。その後、多少暗闇に慣れた目で、女性が倒した段ボールを片付けていく。

 全ての段ボールを片付け終わり、ふぅ、と一息ついていたら、ガサッと倒れた女性の方から物音が聞こえる。そろそろ起きたのだろう。とりあえず女性に近づき、脅かさないように猫なで声で


「起きましたかぁ~?先程は~すみませんでしたぁ~」と声をかけると


「え!? あぁ……こちらこそすみません。誰も居ないと思って油断してしまいました。」と最初は驚いていた女性も謝ってくる。


 それにしても……めっちゃ綺麗な声だな。

話を始めた女性は透き通るような綺麗な声だった。

 俺は、その声を聞いただけで心臓がバクバクと早鐘を打ち出した。だが、正直こんなことしている暇はない。来て早々、先輩方に目をつけられるのはあまりよろしくない。この会社に骨を埋めるつもりの俺としては、先輩方への心証は出来るだけ良いものにしておきたい。

 そのためにも心を無にして、俺は本来の目的を彼女から聞き出す。


「あ、あの! 『日本料理 酢橘』っていう場所に行きたいんですが! 場所…… 分かったりしませんかね? 」とどもりながら尋ねると


「あら? あなた、『酢橘』に向かうの? 私、あそこでウェイトレスやっているのよ。良かったら送っていこうか? 」と彼女は答えた。


 これがまさに神のお告げというやつか! 俺に彼女について行けと、そう言っているんだな!

 ならばついていくしかあるまい!

などと自分で勝手に盛り上がり、彼女に

「本当ですか!? ぜひお願いします! 迷ってしまって困ってたんです! 」と感謝を述べる。


「いいのよ。私も一旦帰るつもりだったしね あ、だけどもう少し待ってくれる? 目がまだ慣れてなくて……」と彼女は申し訳なさそうな声を出す。そこで俺は、なぜ彼女が倒れるほどびっくりしたのか、納得した。あぁ、見えて無かったのかと。

だが、ここで彼女の目が慣れるのを、待っている時間はない。

「俺が、明るいところまで誘導しますんで行きましょう! 」と言いながら背広をさっさと拾う。


「え! ちょっと! 」

と彼女は戸惑っているが、関係ない。

強制的に手をつかみ、ずんずん進んでいく。

手、柔らかいなぁーなんて考えながら歩いていると、次第に明かりが見えてきた。

 掴んでいた彼女の手をほどき、歩きながら軽い話題を振ってみる。

「そういえばお名前聞いてませんでしたね。ちなみに俺の名前は松 隆之介です! よろしくお願いします! 」と出来るだけ若者っぽく自己紹介をする。


「あぁ、こちらこそよろしくね松くん。____あれ? 松? あれ? むむむぅ……」歯に何かがつまったような顔をしながら、しきりに首を傾げている。

 そんなことをしていたら電気がついてる通路まで出てこれた。俺に出来るのは、明るい場所まで彼女を送り届けることだけである。ここからは彼女に任せるしかない。

「すいません。ここからの道案内お願いしても良いですか? 」と彼女の方を振り向くと、下から見上げている彼女と目が合う。

今まで暗くてよく見えなかったが、パッチリとした栗色の瞳、雪のように白い肌。そしてそれらを引き立てる緑の色留袖。

全てが彼女のために存在するのでは無いかと思うぐらいに似合っている。

俺が彼女に見とれていると、唐突に履いていた下駄を脱ぎ出した。

あっけにとられる俺に彼女は


「あの……少し屈んでもらえない? 」

と言ってきた。

 こ、これは!? まさか、感謝の口づけとか!?

そんな……心の準備が出来てないよぉ~とか、そんなあり得もしない妄想をしつつ、にやけながら少し屈むと、何故か強張っている彼女の顔が近づいて来る。

 え! まじで!? キス!?

なんて考え、年甲斐もなく緊張して目をつぶる。

そうして待っていると、


バッコーン!!ガラガラ


「うごぁ!」

 凄まじい音と共に、左の頬に衝撃が走り、思わず後ろへ倒されてしまう。

え!? なに!? どういうこと!?

あれ? 口の中、何か足りなくない?

何が……って、そこに落ちてるのって……俺の歯!?

歯が無くなったと自覚したことにより、痛みが襲ってくる。

痛い、痛い痛い痛い痛いっ!!

歯が無理やりとられた痛みによって、のたうち回っている俺の視界の端に、右手に下駄を装備した、彼女が立っていた。そして彼女は

「あぁ、自己紹介を忘れてたねぇ。私の名前は麻植心美(あさうえ ここみ)。今日からお前の担当だから、よろしくな。ところで……配属初日からサボりとはいいご身分だなぁ~? 」と彼女は、新しい玩具を見つけた子供のように、楽しそうに嗤っていたのだった。

こんなはずでは……こんなはずではなかったんだ……


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