六話 エルンスト王国の姫君について
正直に言って、俺はスキル習得について舐めすぎていたのかもしれない。
まさか、こんなに辛い目にあうなんて思わなかったもんだから……。
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話は数時間前に遡る。
「よし!皆、気合も入ったことだし!何か取得したいスキルがあったら言って欲しい!そのスキルに合わせた訓練法を伝授してみせよう!」
という、気合の入った騎士見習いの言葉をもらい、男子達は調子に乗ってしまっていたのだ。
あれこれいろんなところで言葉が飛び交い、「剣術スキルが欲しい!」とか、「俺は槍術を鍛えたい!」など、本当にいろんなことを要望に出した。
その結果ーーーーー
「よし!ならば、剣の素振りを三時間ぐらいしてみるか!」
ーーーーー地獄が始まった。
剣術スキルは何を行う上でも基礎として必要であるらしく、彼はどうしても俺たちに覚えさせたかったらしい。
そのため、どんな泣き言を言っても、弱音を吐いても、皆強制的に三時間、ずっと素振りをやらされることとなった。
「あ、あの……」
「ん!どうした!騎士団長!」
「あの、えっと、その……」
もじもじと可愛らしく顔を赤らめながら何かを必死に伝えようとする我らが騎士団長様。
てっきり、俺らはこの女の子がこの悪夢を終わらせてくれるのだと思った。
だがーーーーー
「こ、ここの振りが、あ、あまいので、もう一時間、え、延長で……」
「うむ、なるほど!これは済まなかったですな!よし、後一時間延長といきましょう!」
「「「……」」」
地獄に仏などありはしない!
俺たちは今日の訓練で、そう悟ったのだったーーーーー
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冒頭に戻り、俺たちは計四時間に及ぶ素振り地獄を見事にクリアした。
おかげで皆、スキル『剣術』が手に入った。
ーーーーーだが、俺は思ってしまった。
元から『剣術』持ってる人って意味ないんじゃなかろうか、と。
本多はもちろんのこと、『勇者』である光羽や、他の剣士職、そして……俺。
ふざけんなぁぁぁぁああああああッッッッ!!!
素振りしている途中で気付いた俺は、怒りのあまり剣をそのまま投げ捨てようとするところだった。
だが、騎士見習いと騎士団長の監視の目がある以上、俺にどうすることもできず、甘んじてその状況を受け入れる他なかった。
途中、騎士見習い&騎士団長の目を欺いてでも楽できないかな〜、と試行錯誤していたら、勝手に新しいスキルが手に入ったことを明記しておく。
ちなみにそのスキルの名は、『手加減』である。
なんかポケ○ンの技みたいだなぁ、と思ったりもしたが、こいつのおかげで大分楽することができた。
今日の訓練の報酬はこんなもんだろう。
あのスキル訓練の後、騎士見習いの人が、「これだけできれば上等上等!」と満足気にしながら帰って行ったので、今はこの場には騎士団長しかいない。
その騎士団長も、「あ、あの、じ、自主練習で……」と恥ずかしながら訓練場の隅の方に行ってしまったので、今はもはやただの休憩時間に成り下がってしまっている。
俺はクラスメイトの皆が和気藹々と喋りあっているのを、ボゥーと見つめながら今後の計画について考えていた。
ん?本多はどうしたって?
あいつは素振りを早々に終わらせて、魔法講座の方にとんでいったよ。
なんでも、「マッチの火ぐらいしかつかなくても良いから、できるようになりたい!」だそうだ。
というわけで、もともとあまり交友関係が広くない俺は、無理に他の奴らに話しかけることはせず、考える時間に割いているわけだ。
とりあえず、当面はーーーーー
「隣、良いですか?」
「へ?」
俺が色々考え込んでいるときに、不意にそんな言葉が響く。
俺は内心、誰だ?と思いながら顔を上げると、そこにはーーーーー
「えーと、お姫様?でしたよね?」
「あ、はい。まだ自己紹介がまだでしたね。私はマリストワール・エルンスト、と言います。以後お見知り置きを……」
「え!?はい、どうもご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いします」
いきなりこの国のお姫様がご挨拶するもんだから、びっくりしてしまい、思わず立ち上がってしまった。
俺は、“まだ”この国とは敵対したいわけではないので、できるだけ礼儀正しく見えるように挨拶を返す。
彼女はそんな俺の慌ただしい動作が面白かったのか、静かにクスクスと微笑みながら、同席を求めていた。
「はあ。と言いましても、ここは剥き出しのグラウンドなので、汚いと思いますし、ご見学なさるのならば、あちらのベランダの方がよろしいのではないでしょうか?」
「いえいえ、私は、貴方とお話ししたくて来たのですから、是非ご相席させてくださいな」
「……まあ、エルンスト姫がそれで良いとおっしゃるならば、構いませんが……」
「うん、ありがとうっ」
「どういたしまして?」
なんか一国の姫君が隣にいるというのはとても心臓に悪いのだが、こうなったら致し方ない。
できるだけ、相手の不快にならないような言葉を選んでサッサとご退場願う他ないようだ。
「それと……」
「はい?」
「私のことは、マリス、で良いですよ。親しい方には、皆そう言ってもらっていますから……」
「……はい、わかりました、マリス姫」
「うん、よろしいっ」
満開の桜のように綺麗なマリス姫の笑顔を間近で見て、少しドキッとする。
やばいやばい、落ち着かないと……。
俺は精神統一をして、静かに瞳を開けると、マリス姫との雑談に付き合ってあげた。
彼女は俺に、元の世界ではどのような暮らしをしていたのか?とか、このクラスメイト達はどういった関係の集まりなのか?とか、クラスメイト達のステータスはどんなものなのか?といったことを聞いてきた。
俺は、それらの質問に丁寧に応じていき、あまり知らない部分などは正直に知りません、で通した。
俺はここまで結構質問に応えた筈なのだがーーーーーそれにしては……。
「あの、では、ちょっと踏み切ったことをお伺いするんですが……」
「はい、なんでもどうぞ」
「ジン様のステータスはどのようになっているのですか?」
「……?」
……何を言ってるんだこいつは?
こんな質問、何を今更と言わんばかりに……俺は応える。
「あの、不躾ながらも申し上げますが、マリス姫?姫様はもう既に『鑑定』を使って見ているではありませんか?」
「ッア!??」
この時、初めて彼女の本当の動揺が見えた。
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な、なんでッ!?
なんで私がスキルを使っているとバレタッ!?
私は、動揺のあまり、思ったことをそのまま口に出してしまっていた。
対するジンは、相変わらず何を考えているのかわからない表情を浮かべて、朗らかに応える。
「?だって、そんなに観察するような目で観られたら……誰にだってわかりますよ〜」
「……」
わ、私が、観察するように観ていた?
そんな筈ない。
私のスキルである『無表情』は今まで誰にも気付かれることはなかった。
例え、実の父親でも……。
そ、それを会って十数分程度しかない彼が、見破ったというのか!?
ありえない!?
そう、普通ならありえない筈なのに、このさも当然のような顔を見ていると、今までの自分の功績が全て、瓦礫と化してしまったかのように自信をなくしてしまう……。
そして、事実、言い当てていた。
スキル名はちょっと違うけど、鑑定系のスキルを使ったことには間違いない。
このままでは私、いやひいてはエルンスト王国の信頼がなくなってしまう!
早く、早く何か弁明しなくては!
私が必死に頭を巡らせていると、ジン本人から話しかけられる。
「そんな、不安そうにしなくても大丈夫ですよ、マリス姫」
「……え?」
「いえ、私はもとより貴方様を害するつもりはありません。ただ、言ってくだされば自分で
お見せしますし……」
「え、っと、それは本当なの?」
「ええ、ですが、このことは内密にお願いしますよ?」
そう言って彼は私にカードを見せてくれた。
「……ッ!?」
そのカードの内容は驚くべきことに、勇者であらせられるシオウ様よりも高いステータスだった。
「ね?困りますよね?そんなステータスですと……」
「ええ、まさか、全てのステータスが百五十に達しているなんて……」
「はい、この通り勇者様よりも高いステータスとなってしまっているのです。ですが、ここは勇者様を祀っている国であります。そんな国の勇者様よりも高い者がいれば、その者は邪魔者以外の何者でもないでしょう。なので、私はこうしてできるだけステータスを隠し、マリス姫のような信用できる方にお話しした次第にございます」
「信用……」
「はい、信用です」
「そう……その言葉に、嘘はないの?」
「はい、全くありません」
「……」
私のスキルにも反応がない。
と言うことは、どうやら彼は本気で言ってくれているようだ。
この私を信じて……。
私はこの期待に応えなければならないと思った。
今までの、私を王国の付属品としてしか見てこなかった周りの奴らとは違い、ちゃんと私を見てくれている彼に……。
「わかりました、この秘密は死んでも守り通してみせます。」
「ありがとうございます」
「いえいえ、その代わりと言ってはなんだけど、一つお願いしても良い?」
「はい」
「私と二人きりのときは、素で話して欲しいの」
「……よろしいので?」
「うん、だって、そうして欲しいからっ」
「そう、か、わかり……ったよ。じゃあ、これからよろしくな、マリス姫?」
「ええよろしく、ジン」
こうして私は生まれて初めて、友達のような、そんな信頼をおける関係をジンと築いた。
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ひとしきり、語り合うと、彼女、マリス姫は「時間だから……」と言って少し寂しげに帰っていった。
彼女がいなくなったことで、やっと一息おける。
なんとか彼女をはぐらかすことに成功したが、もし昨日準備をしていなかったら……と思うとゾッとする。
マリス姫は俺に対してスキルを使うことに罪悪感を感じていたみたいだが、そんな必要は全くない。
なぜなら、俺もスキルを使っていたからだ。
スキル、『魔力視』
このスキルは、昨日の夜中に魔力を見ることができないか、と特訓したことで手に入れられた。
どうやら、『詐欺師』というジョブは鑑定系のスキルがジョブスキルらしく、意外とアッサリと手に入った。
熟練もお手の物といったところで、彼女の魔力が目に集まっているのがしっかりとわかった。
問題はどうやって彼女を抱え込もうか?ということだったが、若干人間不信っぽいし、俺がちょっと歩み寄って、信じてるアピールすればなんとかなるかな?と思ってやってみたらコロッと落ちたので、助かっている。
これで、この国の信用出来ないところの一つである、マリス姫の目は無事に回避できたわけだ。
彼女は随分と純粋な人付き合いに飢えていたみたいだから、このまま友達として付き合っていけば、なんとかなると思う。
さて、それでは次の問題に取り掛かるとしますかね……。
俺はまた、訓練場をボゥーと眺め始めたのであった。