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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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暴威ごっこ~人間はよ、死ぬために生きてんだよ~

作者: ムラカワアオイ

「兄貴、もう、充分ですよ。許してやって下さい。こいつには、もう、充分ですよ、兄貴。オレも頭下げますんで、頼みます」

「お前、オレのことなめてんのか。オレの顔に唾、ぶっかけやがって。おいクソ野郎、殺すぞ。おいこら、中島貫太さんよ。ガキの頃から色々と世話になったな。オレの真似ばかりしやがって。お前も立派にチンピラ気取りか。えっ。分かるよな。コラ、このクソガキが。死ね。コラ」

 この中島という男。何でもオレから奪っていく。そして、オレの真似を得意とする。中島は一言も発せず、血まみれになるが、しかし、目だけが笑っている。そして、オレの偽物であるふしだらなこいつはとうとう、森岡組のチンピラになりやがった。

「藤本、道具出せ」

「それは、出来ませんよ。こいつ、もう、死にかけですよ」

「うるさいこと言うな。だったら、すっきり、殺せばいいじゃねえか。なあ、藤本、てめえも殺すぞ」

 オレは藤本の顔を殴り、腹を蹴った。そして、藤本のポケットの中にある、拳銃を取り出し、そして、オレは、中島を殺した。 流れる出す血。オレがこのヤクザ家業に就く前の話だ。十七歳の夏休みのことである。夜の京口町を歩いていると、何の前触れもなく、いきなり、こいつに金属バットでオレは頭を殴られた。それを楽しそうに見ていた中島貫太。

『今から、オレの学校の兵隊を全員、集めてやるからよ、斎藤ツトムくん、楽しいことをしようか』

 そして、オレはその兵隊にリンチをウケた。その時に鼻にかけられた、中島の唾の臭いが今でも軽いトラウマになり、臭った錯覚を覚える。生きる資格など、この男には存在しない。死んで正解。

「藤本、帰るぞ。それから、誰か若いのに、この拳銃、持って警察へ行け。と電話しろ。それから、タクシーを呼べ。山根会長にはオレからきっちり、報告するからな」

 藤本は困ったように顔を曇らせ、髪の毛をざわざわと触り、ため息を吐く。俺も調子に乗った。

「藤本」

「はい」

「お前、死にたいか」

「いえ。タクシー呼びます」

 車窓から京口球場のライトアップがきらきらきれいによく見える。藤本はびくびくと震えだす。

 家に帰り、ベッドで横になる。今宵は満月であり、ワインを飲む。こんな笑うオレは立派なヤクザで人殺し。

 ゆっくりと白く目障りな蛍光灯の光で目が覚める。目覚まし時計には十二時三十二分の表示がある。昼。カレンダーなど、このオレの部屋には存在しない。笑って言ってみた。

 「アイアム、ア、ジャパニーズギャングスター。サムライ」

 オレも馬鹿な男だ。バスタブに浸かり、歯を磨き、シャワーを浴びる。オレは、単なる、やくざ。斎藤ツトム。推測をしてみる。しかし、的確な答えが出ない。暴力の意味。死の意味。痛みの意味。誰の周りにも無意味なモノが多すぎる。オレが幼い頃から父母は喧嘩を続け、オレが暴威を覚えることは必須に近い。二十七歳になったオレは自分の尺にあわせて生きるようになった。そして、愛妻、斎藤奈緒子という大きな存在。ただし、危ない世界で息を出来るのはいつまでのことであろうか。インターフォンが鳴る。

『斎藤ツトムさんのご自宅でしょうか。キムライージーセンター様から代引きでお荷物が届いております』

「はい。はい」

 そういえば、ネクタイをネットで買ったな。二万と消費税か。思わずオレはこの馬鹿馬鹿しさに笑った。

 

「その中島ってのは、どこの誰だ、おい、斎藤。お前、嘘吐くなよ」

「森岡会のただのチンピラでして、会長を殺すと言ったので、私が先に何とかしました」

「それだけか」

「はい。その通りです」

「そうか。よくやった。今日はゆっくり休め。コーヒー飲むか」

「はい。ありがとうございます」

「それと、少し、小遣いやるわ」

 山根会長が自ら、コーヒーを沸かす。時計はPM二時四十七分。トイレにて小便を納めると腹が減った。会長と茶の間に座りテレビを点ける。3チャンネルでは競馬中継。会長は子供のようにテレビに夢中。会長は心の底からの競馬おたくである。会長とソファーで近況を話し、「失礼します」とオレは頭を下げて、藤本を呼んだ。

 

 家に帰ると、買ったばかりのネクタイを締めて、鏡を見る。青と白で構成されているネクタイ。いい買い物をした。インターフォンが鳴り、俺が奈緒子を確認して、鍵を開ける。奈緒子と結婚して、もう、五年か。オレは城北組のチンピラ、若頭。奈緒子は黙って晩飯を作っている。いつもなら「もう少し」だとか「すぐに出来るから」と、晩飯時を伝えてくれるのであるが、今日は嫌な事でもあったのか沈黙を守る。コンロの炎が赤かった。「何とか言えよ」発言をしない奈緒子に対して怒りを表した。奈緒子は何も言わず、味噌汁を作っている。しかし、口を利かない。オレは大声で喚いた。

「何でなんにも言わないんだよ、いい加減にしろ」

オレに反する奈緒子は相も変わらずこちらを見ないでいる。奈緒子の後ろで銃を撃った。

「何で、中島くんを殺しちゃったの。私、ツトムには話すわ」

「何をだよ。偉そうにしやがって」

「私、中島くんと昔、付き合ってたの。ツトム、この意味ぐらいわかるでしょ」

「奈緒子。お前のほうがオレより利口なことはよくわかる。悪かったな。こんな馬鹿やくざの夫で」

 オレは奈緒子を持ち上げ、強引にキスをした。奈緒子は言った。

「最低」

 と一言。また、インターフォンが鳴る。なんだよ。鬱陶しい。そこにあるのは女の声だった。

『夜分遅くに申し訳ございません。保健所の予防課の者ですが、お邪魔してよろしいでしょうか』

 保健所の予防課。何じゃそりゃ。まあ、いいわ。玄関のドアを開けた瞬間、声の主はナイフを持ち、オレの太ももを切り裂いた。

「お前なあ、正義の味方か」

「そうです。正義の味方です。殺しますよ。斎藤さん」

 痛い。血がじょうじょうと流れ、オレは、女の肩を銃で撃った。

「お前、誰の使いだ。言え。言わないと殺すぞ」

 その女は年にして二十代後半。二重瞼に大きな口、鼻が小さく、首に大きなほくろがある。

「はじめまして、仁大会病院、精神科の医師をしております、田中理香と云います」

「それで、オレになにか用事でもあるの」

「中島貫太さんがうちの病院の患者でした。この度は、厄介な患者を始末していただきありがとうございます。ついでにあなたも厄介そうなのでいっそのことですね、始末に伺いました」

 精神科医がナイフを持ち歩く。その田中はけらけらと笑う。これは満面の笑みなのであろうか。オレには何がなんだか全く意味がわからない。中島貫太とオレの始末か。わけがわからん。

「奈緒子、藤本を呼んでくれ」

「はい、はい」

 その田中が嘘か誠か、話し始める。

「中島がですね、入院中、斎藤さんの住所、生年月日、電話番号等々を大声で発狂しておりまして、更には、私達、スタッフ側にですね、斎藤ツトムを殺せと毎日のように言っておりました。それで、私は斎藤さんを殺しに来たわけです」

「お前、馬鹿か。お前、本来なら、刑務所行きだぞ」

「罪は償うつもりで犯行に及びました。私もやぶ医者呼ばわりされておりまして、いっそのこと、あなたを始末して、一生、刑務所の中でただで、ご飯を頂こうかと思っておりました」

「あ、そう。その前にお前、傷は痛くないのか。オレ、めちゃめちゃ痛いんだけど」

「私は斎藤さんと違い、頑丈に体が出来ておりますし、先程、麻酔を自分でかけました」 

「狂ってる奴だな」

「あだ名は変人でございます」

「お前、医者なら、オレの傷を縫えよ」

「はい」

 なんだ。このやぶ医者。麻酔もかけずにオレの太ももを縫う。痛い、痛い。痛すぎる。痛くて仕方がない。藤本がやってきた。そして、この田中に言うことを言うのが舎弟の身分。

「おい、こら。兄貴をこんな目に遭わせやがって。指がなくなってもいいのか。この野郎」

「それは困ります。私は医者です。正しい者の味方です」

 藤本が今度は田中を両手で抱え、十本の指、全てを詰めた。オレは笑うしかない。

「リンゴジュースが飲みたいです」

 なんだ、こいつ。アダムとイヴか。よく分からないが。藤本は言う。

「毒入りだったらすぐ飲ませてやるよ」

「はい、喉が渇いているんです」

 藤本は常に持参している青酸カリ入りジュースをこの狂った女に飲ませた。そして、この田中は、泡を吹き、一気に死んだ。まあ顔だけは美人だったな。合掌するのも馬鹿げている。でもなあ。仏間の線香を田中に持ってきた。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

「なあ、奈緒子」

「今度は何ですか。ツトムさん」

 奈緒子も苦笑いをやめない。こいつ、馬鹿だなあと云った感じで田中を見ている。

「マルボウの石橋を呼んでくれ」

「もう、今日は、呼ぶ呼ぶ呼ぶって。まあ、あんたに嫁いだ私が悪いわ」

 石橋は所謂マルボウ。田中の事情を話し、金を包み、遺体を処理した。


「引っ越そうか。ツトム。人が死んだ家なんて、絶対イヤ」

「そうだな。会長に話しとくよ。しばらくホテル暮らしだな」

「はい。はい。いいね。ヤクザって。お金、いっぱい持ってて」

 藤本も笑う。まあいいわ。藤本に買いたてのネクタイを譲ることにした。どっかで損をしていなくては得が見つからないものだと親父がよく言っていた。

「兄貴、ヤクザって何なんでしょうね」

「そりゃ、オレにもわからん」


 オレの趣味は絵。奈緒子とホテル暮らし。暇だ。画用紙にリンゴの絵を描いているオレである。クレパスである。赤と白とピンクのクレパスを画材屋で買ってきた。店員さんの頭ははげていた。でもって幹を描くのだが何の為にこの行為をしているのかオレには、よくわからない。いや、暇だからだ。すると、バスルームから奈緒子が出てきて、オレにキスをした。セックスやって日が暮れて。明日は会長のお供だからな。気合いを入れ治さないと。


 えっ。まだ早朝四時かよ。起きてしまった。ま、いいわ。二階に自動販売機コーナーか。よし、コーラを飲もう。コーラが一缶150円だなんて。昔は100円だったんだよ。総理大臣よ。税金を下げろ。部屋へとコーラを飲みながら歩いて、鍵を開けると、奈緒子も起きていた。

「ツトムさ、この絵に何か、意味でもあるの」

「オレの心理状態を探っているわけであって」

「嘘ってまる分かりだよ。キスでもしとこうか」

 また、キスを交わすヤクザの夫と覚悟を決めたその妻。幸せだな。でも幸せってなんだ。これが幸せなのだ。

「笑いたい奴は笑え。信じる奴はオレのロックンロールにとことん、ついてこい」

とトイレでぶつぶつ独り言を言ってみた。


 オレは口笛を吹いて車を運転。会長のお供にも慣れてきた。お気に入りのお笑いタレントが司会するラジオ番組を聴いている。

『イエスたでーのシングルトップチェックヅラで悪いか』

と題したラジオ番組。そういえば昔、小学五年の夏休み、子供会のラジオ体操にオレは一度も参加したことがない。あ、検問だ。

「すみません。はあだけいいですか」

「はい。はあああああああ」

「はい。結構です。お気をつけて」

 アクセルを踏むと猫だ。急ブレーキ。参った、おかまをほられた。オレの額の具合が悪くなる。オレは怒るが、ほった相手はテレビで見たことがある俳優だった。

「いやあ、すまない。すぐ、ディーラーに電話をしてあげるよ。同じ機種をすぐに買ってあげるよ」

 俳優さんはスマホに向かい、検索し、電話をかけている。どきどきわくわく。

「あのサインをもらっていいですか。僕、あなたのファンなんです」

「ああ、いいよ。僕はマジックペンと色紙をいつも持ち歩いているのさ。どんな時もね」

 嬉しい。サイン入り色紙だ。やった。

「僕もドラマと映画、必要以上にこだわって頑張るから、君もお仕事を頑張るんだよ。では、また、テレビで会おう。必要以上にお仕事を頑張ろう。僕はテレビ局にタクシーで向かうよ。マネージャーと共にね。バラエティ番組の収録でね」

この俳優さん、ヤクザものを得意としていた。オレがヤクザに憧れた理由のひとつだ。

「ありがとうございます」

「では、必要以上にお仕事をするんだよ」

「はい」

「さようなら」

「はい、さようなら」

 良かった。嬉しい。必要以上にお仕事か。コーヒーを飲みながら。今は梅雨時。昔、ツユーズというバンドのヴォーカルをやっていたオレ。作詞作曲も経験した。そういえば中島貫太が、クリスマスライブを兵隊と呼ばれる馬鹿達と観に来てたっけな。オレを鋭く睨みつけていた。その夜、公園の自販機でミネラルウォーターを買っていると、中島に後ろから、性器を触られ、こいつ、最低だと何度も思った。そういえば、中島のあだ名は、「狂介」だったな。狂っている男だ。そうこうしていると、新車がやってきた。オレも狂っているのかい。教えて、聞かせて。新車はぴっかぴっかだ。アクセルオン。


「ご苦労様です。会長、今日のお供は」

「斎藤、金が要る。用意してくれ」

「はい。藤本とどうにかします。失礼します」

 金か。参った。本当に参ることだ。藤本と対策に追われる。田中関連で金を作ることにした。あの馬鹿女が勤めていた精神科。患者に暴力を振るって死亡させた。と聞いたことがある。とりあえず、そこの院長を利用することにした。精神っていったいなんだ。何なのだろう。どこからが正でどこからが異と呼ばれるものなのであろうか。そうこうするうちに仁大会病院の駐車場に車を停める。お仕事、お仕事。病院の受付嬢に藤本がピストルを向けては、「院長を呼べ」とさらりと言う。受付嬢は電話を手にして、「院長先生に来客です」とつぶやくように言った。この受付嬢、美人だ。かなりタイプだ。奈緒子と同じ香りが漂うのであった。やって来た院長は白髪の老人。白髪染め買ってあげようか。びくびくとする院長。言うべきことがある。これがオレ達の仕事。

「おい、お前等の噂、聞いたぞ。院長よ。てめえの所の今宮って医者、人殺しらしいな。お前も死んでみるか。まだ、あるぞ。老人の患者に暴力まで振るって霊安室って格好だけ付けて、飯も与えない。水も与えないって、ほんとか。それから、多めに患者に、薬出して、儲けてんだってな。医者はそこまで偉いってか」

「違います。一切そんなことはありません。私達を脅すのなら、すぐ、警察に行きます」

「だったら、刑務所へ行く前に死ぬか。オレ達は警察より優しいぞ。おい、藤本、道具、出せ」

 拳銃を院長の額の上に乗っけて、オレと藤本は笑う。院長の足元はがくがくとする。やっぱり、そうか。こいつら、やっぱり、やっていた。

「正直に言います。正直に言いますから、殺さないでください。すみません。あなた方の、言われている通りです」

「じゃあ、きちんと言え。レコーダーに向かって正々堂々と。ね。お医者さん」

 びくびくと震えだす院長。震えた声で院長はレコーダーに向かう。

「私の部下の者達が人を殺し、患者の老人に暴力を振るい、霊安室と呼ばれる部屋でお食事もお水も一切与えず、患者の皆様を苦しめました。すみませんでした。申し訳ございませんでした」

「藤本、ちゃんと録音したか」

「はい。きっちりとレックしました」

「何ならこいつ、殺すか」

「やめてください。やめてください。お金なら、払います。それにもっといいお話があります」

「金になるのか。その話」

「はい。だから私を殺さないでください。お願いします。頼むから、お願いします」

「院長。今、ここにある金も全部、持ってこい。じゃないとどうなるか分かるよな。ちくっちゃうぞ。皆々様に」

「はい。わかりました。すみませんでした」

 へなちょこ院長先生。儲かる話をありがとう。初めて、耳にした言葉を検索してみる。『フリースクールモラル』何じゃそれ。不登校児や高校中退者を集めてつるませて、バンドや芝居やスポーツをやらせては、何せ、自由だ。自由だと訴える、少年少女の溜まり場。月謝六万五千円也。それだけではない。馬鹿げている馬鹿達。『少年少女自由カウンセリング』と称してかなりの大金を稼いでいるらしい。カウンセリング料金一時間一万円也。甘え、病んでいるとアピールする、少年少女達。そこのケツを仁大会病院が持っているとのこと。よく分からないことが多いこの世の中。オレ達はヤクザ。会長からの指令には忠実に従わなくてはならない。これは金になる。藤本とモラルへと車を走らせる。二人のヤクザが会話することは善と悪は紙一重に尽きるということ。

『フリースクールモラル代表 長谷川哲夫。未成年のシンナー吸引、喫煙、飲酒を認め警察と衝突』

 馬鹿だ。みんな。ここで、生きている奴は皆、馬鹿者だ。

 大きな交差点を三つ過ぎると日常から異なる建物の前に車が停まったのである。助手席の扉を開ける。弱った。立眩みである。三階建ての高い屋根。建物すべてが黄色。建物の一番上には十字架があり、その下には「I。M。Free!」黒と赤のスプレーで刻まれているのだ。自らの口が自然にぱっくりと開いてしまう。

「これがモラルか」

 オレがそう言うと藤本は大声で笑いだす。

「自由なんでしょうね。ここの皆さんは。世の中、みんな、病んでますからね。さて、オレ達もお仕事ですね。いきますか。兄貴」

 モラルと印されている玄関の黄色いドアを開けて見えたモノはボロい。穴だらけのソファーが目立つ。テレビが3台もある。びっくりした。何故だか、やせ細った、髪の色が赤い少年がオレにいきなり言うのである。

「初めまして。僕、僕。英雄を英語にするとヒーローですよね」

「ああ、ごめん、ごめん。オレ、日本人だからさ、英語は分からないんです」

 笑える少年。おかしいと思う事が一つ。この少年は瞬きをしないのだ。その少年はオレに一度、目をやり、

「僕もお、お兄さんも、ふ、ふ、不審者だね。バイバイ。また、電話します」

「オレはお前からの電話には絶対に出ないよ」

 とぼろくそに言ってしまうのであった。

 一歩二歩、殺風景なモラルの中へとヤクザが二人、歩き出す。少年少女達にじろじろと見られる。バンドをしていた頃を思い出した。その頃に頭の中でよく感じた、『注目されると、快楽に繋がる』という心境によく似ている。

「あの人、ちょっとやばいよ。もしかして、裏社会人。やばいよ。長谷川さん、すぐに呼んできて。見るからにヤクザだよ」

 弱そうなお嬢ちゃんが二人、ぶつくさと話している。

「ヤクザで悪いか。甘えたが。コラ」

 藤本は大声で言う。オレ等のネクタイ派手ですか。如何にもやくざって感じがしますかねぇ。お嬢ちゃん。

「やめとけ。藤本。こいつら、ガキだ。お嬢ちゃん、オレ達、お仕事で来たの。ヤクザも今はサラリーマン。長谷川さんを呼んでくれるかな」

 彼女に軽く言ってみると、「はい」と可愛く応じてくれた。洗脳されてるだけだよ。長谷川さんに。お嬢ちゃんや皆々さんは。

 フリースクールの短い廊下でオレ達が存在する不思議。みしみしと音が鳴る階段には落書きが一段一段スプレーで刻まれている。

「はじめまして。私が長谷川です。ここの代表兼塾長をやっている者です」

 鏡に向かいネクタイを締めている男は胡散臭いとしか言いようがない。象のような顔の中年男。

「お前もネクタイしてるんだろう。仕事をしてる男の証明だろうが。オレ等も一応、ビジネスマンだ。目を合わせて挨拶するのが、働く男だろうが」

 オレが喚き散らすと、その長谷川は洗脳モード。明らかに洗脳。胡散臭いおっさんだ。

「それはすみません。謝ります。しかし、知りあった日に暴言を言われる理由はありません。ビジネスでしたらお茶でも入れさせていただきます。お二人との出会いに心から感謝します」

 オレもオレなりに、笑うが、こいつを理解することは不可能なのである。

「お前、金に執着して、もの凄く、胡散臭い商売を、やってるらしいな。裏でも表でも。長谷川さんよ」

「もの凄くと、言われましても困ります。実際、私の通帳をお見せすることは、出来ませんが。あなた方にはモラルがないのですか」

「おい、金を出せ。長谷川さんよ。お金と命、どっちが大事なの。こういう仕事をしててよ」

「命です。生命がある。これは素晴らしいことです」

「だったら、金を出せ」

「はい。まあ、あなた方のような商売をされておられる方々はお金にしか執着をしないのですね。よく、わかりました」

「それはこっちの台詞だろうが」

 長谷川は金庫を開け、札束を八つ、オレに手渡し、オレに握手を求めた。洗脳野郎が。

「お前、ヤクザをなめてんのか。殺すぞ。コラ」

「私は死にません」

「あ、そう。人間、誰だって死ぬんだよ。藤本、もう、始末しとけ。長谷川。お前、飴ちゃん、好きか」

「禁煙してからは飴をよくなめます」

「何なら、美味しい飴ちゃん、最期になめとけ。藤本、長谷川様のお口に一発、飴ちゃんを」

「はい、分かりました」

 銃声が響き渡り、長谷川は死んだ。これが人間のモラルとルール。藤本が言った。

「生まれ変わったら、ヤクザには絶対なりたくないですよ」

「オレもだよ。さて、調べるか。洗いざらい。オレ、刑事じゃないんだよ。裏社会の人間だよ」

「兄貴。生まれ変わったら、田舎で警察官でも細々とやりますか」

「オレは、画家になりたいよ」

「兄貴はやっぱり、変わりませんね。おそらく、生まれ変わっても」


 オレと藤本はフリースクールの全室を調べた。少年少女は少しずつここの間抜けな脳裏に染まるんだろうな。オレの価値観っていったいなんだろう。アイアムアジャパニーズギャングスター。そうこうすると、またまた、大きな悲鳴もこだまするのであった。「警察、警察だ。警察と救急車を呼べ。長谷川さん。長谷川さん」長谷川さんはもう死んだ。『モラル。音楽室』と落書きされているドアの向こうから、何処かで聴いた曲が聴こえる。ドアを開けるとシンナー臭い男が五人。こいつら、皆、ありがちな兄ちゃん。特にギターをぶらさげている男は、瞳一つにしても危なく今にも殴られそうな勢いで演奏をしている。

 狂え。若者よ。そうすると藤本が怒りを見せた。こんな奴らにいくら言っても無駄だよ。学習能力なんて一つも兼ね備えていないのだから。

「おい、お前ら、シンナーなんかやりやがって。それも自由か。ただ、勝手なだけだろう。え、こら。産んでもらった、母ちゃんのこと、考えろ」

 藤本はギターを持つ男の瞳を見て言った。素直に答えるギタリスト。

「うん。僕たち、死にたいの。お兄さんもシンナーしますか。気持ちいいよ」

 五人とも藤本に一瞬にして、愉快に殺された。オレはフリースクール「モラル」のモラルが分からない。別に分からなくても死にはしないだろう。さてと、仁大会病院へ向かうとするか。

「おう、藤本。オレが運転するわ」

「兄貴、さっきはすみませんでした。ガキは殺しちゃまずいですよ」

「死にたいガキを殺しても罰はあたらない。気にするなよ。金の話、もっとでかくするぞ。それから、長谷川とガキの始末に、若いのに出頭するように、電話しとけ」

「はい。分かりました」

 

 さっき、モラルにいた大柄な少女から聞いた、『モラル内でいじめに遭い自殺した、十六歳の少年がいたこと』を仁大会の院長に話す。さらには、モラルの長谷川がいじめを一切、止めずにいたこと、注意も何もしなかったこともその少女から聞いた。

「おい、院長。長谷川が少年一人、殺したらしいな」

「いえ、違います」

 と、土下座をしながら言うのである。精神科っていったい、なんだ。わけがわからん。院長に優しく言ってみた。

「お前、喧嘩、売ってるの」

「いえ、違います」

「そのいじめた連中の住所を教えろ」

「ご勘弁してください。それは、個人情報ですので」

「やっぱり、お前も、死ぬか」

「それは出来ません。儲かるお話をさせていただいた私は医者です」

「おい、分かってるよな。カルテ出せ。勿論、全員の」

「出来ません。私が捕まってしまいます」

「お前ら、霊安室に、モラルに、薬に、常識ないのか。え、こら。金が一番大事なのは、オレ等、ヤクザも同じだ。おい、お前、服を脱げ」

「どういうことでしょうか」

「いいから、裸になれよ。院長。じゃ、ないと殺すぞ」

「は、はい。住所、言いますから裸になるのは、ご勘弁ください。住所、言います。言います」

「じゃ、バイバイ。院長。明日、さっきの病院の秘密、警察の人間に送っとくわ。ありがとうな。院長」

「約束と違うじゃないですか。勘弁してくださいよおお」

「オレ、約束守れない人間なんだ。行くぞ、藤本」

「分かりました。今、二千万、ありますから、今回は、目を瞑ってもらえませんか」

「二千万じゃ足りないな。倍出せるか。院長よ」

「はい、分かりました。ですから、モラルと我々のことは、警察に言わないでください。お願いします」

「藤本、四千万ありゃ、会長も、頷いてくれるよな」

「はい、充分だと思います。大きな宝くじ、当たりましたね」

 藤本は嬉しそうにスーツケースに札束を放り込む。会長はいい顔するだろう。雨が降り出した。着信あり、奈緒子。かけなおすオレ。

『いいこと、教えてあげようか』

『なんだそれ』

『私、妊娠したよ。ツトム君』

 妊娠。オレ達に子供か。やった。奈緒子、愛しているよ。オレはネクタイを一度、触り、思わず、空を見上げるのであった。らんららんらん。

「兄貴、何かいいこと、あったんですか」

「藤本、キスしていいかな」

「なんですか、それ」

「次、コンビニがあったら寄ってくれ。コーヒーが飲みたい。それと、煙草を久々に吸いたいわ。お前のおごりでいいか」

「いいですよ。わかりました」


 コンビニ店員のレジの不細工なおばちゃんに言われる。

「あんた、いくつなん」

「十六です」

「老けてる十六やね。煙草、売られへんわ。あんたには。うち、捕まってまうわ」

「嘘、嘘、きちんとした成人。未成年じゃないよ。おばちゃん。あんた、不細工だね」

「まあな。おばちゃん、昔はきれいやったんやで」

「嘘吐け」

「はい、450円。兄ちゃん、お仕事の帰りかなんかなん。仕事、何しとん」

「市役所の人間です」

「役人さんか。頑張りや」

 この店、よっぽど、客が来ない。不細工なおばちゃんはどういう訳か、「日本」という国を否定していると手振り身振りを大袈裟に話し始めた。しかし、「反抗」を始めるにはどうすればいい。けど仲間がいない。世の中は恐い。地球には嘘しかない。この様に考えているうちにノイローゼを患ってしまい、おばちゃんはバイトを始めたらしい。意味不明。このおばちゃんは話に話す。コンビニには夢がある。この夢の中で生きてみたいと面接を五回も受け、やっと、採用された。おばちゃんはすっかりこの空気にはまってしたが、「何度もクビになりかけたんやで。おばちゃん、不細工か」とオレはおばちゃんに「不細工だよ」と何度も言っても、結局、おばちゃんは不細工である。それにカレーの臭いが漂いオレと藤本は途方に暮れる。

「おばちゃん、言いたいこと、まだあるの」

「現代人はな、悪口しか、よう言わんねん」

「あ、そうですか。そう、思ってるのは、くそばばあ、お前だけだよ」

「あんた、役人さんやろ。市役所に抗議の電話するで」

「おう、しろしろ。どんどん、かけてこい。ここには二度と来ないからな。カレーでも食っとけ」

 それにしても客が一人も来ない。オレは元気だ。煙草が美味い。オレはパパになるんだよ。事務所へ向かうさなか、ロックンロールを聴きながら、少年だったあの頃を思い出す。オレも、もうすぐパパ。パパだよ。


「ご苦労だったな」

 山根会長の口からもカレーの臭いがする。会長はカレーが好きだ。よっぽどといっていいほど、好んでいる。会合の後は、必ず、会長がオレ等や若い者にカレーを押し付けるように食べさせる。藤本がスーツケースを開けると、会長は満面の笑みであった。

「おい、藤本。全部でいくらだ」

「きっちり、四千八百万になります」

「そうか。二百万、とちょい。お前らに小遣いだ」

「ありがとうございます」

「斎藤、藤本、今日は家に帰ってゆっくりしとけ。後は若いのにやらせるからよ」

「はい、失礼します」

「斎藤」

「はい、どうかされましたか」

「オレが作ったカレー、持って帰れ。かなり美味いぞ」

 カレーカレーカレー。山根会長の作ったカレーで何度も食あたりをした経験あり。

「会長、ありがとうございます。おい、藤本、車、回しといてくれるか」

「はい、わかりました。会長、失礼します」

「藤本、お前の分のカレーがなくてすまん」

「いえ、会長。お気持ちだけ頂いておきます。失礼します」

 藤本と事務所を出ると女が一人、立っていた。「お前、誰だ」と言うと女はガムを噛み続け一言、言った。「見学」。女の顔は猫顔だった。「ヤクザを見学か」「そう、ヤクザを見学」「あ、そう。気をつけろよ。この世界。ヤンキー学校じゃないんだからな」猫顔女は喪服を着て、「あ、そう」とだけ言い残し、事務所から、山根会長がじきじきに出て来られ、この女にキスをした。

 

 ホテルに帰り、抱き合う、夫婦という名の愛。良かった、良かったよ。奈緒子と結婚して本当に良かったよ。オレが夫の、斎藤ツトム。愛すべき妻、斎藤奈緒子。オレはジャパニーズギャングスターなのである。

「会長が作ったカレーを捨ててくれ」

「はい。ツトムさん。私、もうすぐ、ママよ。愛してるわ。ツトム」

 幸福、至福。ここにあり。頑張れ人間。夢を見ろ、少年少女。自殺などするなよ。わかってるよな。この時代。そして、オレと奈緒子はキスを繰り返し床に就いた。


 次の日、藤本と昼食中。パスタをファミレスで食らう。

「藤本、お前、結婚しないのか」

「いや、オレはなんか独りの方が」

「あっちのほうも独りなのか。いい歳こいて」

「はい。なんだかんだ言いながら、独りです。兄貴、こんな話はやめましょうよ」

「お前、ホモじゃないよな」

「いえ、違います」

 そうこうしていると、店の奥の方からでかい声が聞こえた。

「おい、酒、買ってこい。酒を飲ませろ。この店の悪い噂を流すぞ。くそ店員が」

 ヤンキー風の男と女。オレは楽しく飯を食いたいだけなのによ。ロングヘヤーでやたらと口がでかい、清楚な感じの店員は、頭を下げ、「申し訳ございません」を繰り返すのみ。「藤本、帰るぞ」

「まだ、飯は残ってますよ」

「ヤンキーとヤクザは違うんだよ。藤本、ガキの世話はもう嫌だよ」

「わかりました。車、回してきます」

 オレが会計を済ますと、ヤンキー女は、オレに向かってこう言った。

「おい、チンピラ、どけや」

 なんだ、こいつ。まあいいわ。無視、無視。えっと、二千円ちょいか。はいはい。

「おい、チンピラ、無視すんのかよ」

 無視無視と言えなくなってきたオレの脳裏、オレの性格、オレの心。

「お前、城北組をなめてんのか。え、こら。姉ちゃん。オレ達、ヤクザなもんでな。酒がそんなに飲みたいなら、うちの事務所で杯、交わすか。馬鹿にしてんのか、こら」

「すみませんでした。誠、帰るよ。このお兄さん、城北の人だって。まじ、殺されるよ。お兄さん、まじ、すみませんでした」

「お前、いくつだ。姉ちゃんも、兄ちゃんも」

「中三です」

「そうか、送っていこうか。家まで。お兄ちゃん、お姉ちゃん。お酒は二十歳になってから」

「いえ、結構です。本当にすみませんでした」

 お兄ちゃん、お姉ちゃんは、オレに土下座して店を出た。オレもたまには酒が飲みたい。ああ、ステーキでも食べるか。

 さて、さて、少しの間、奈緒子を抱けない現実。藤本と大人の玩具の秘宝館と呼ばれる店へと車を走らせる。

「奈緒子さん、おきれいですね。性格も素晴らしいですし、なんだか、今を生きる素敵な女性ですね」

「お前よ、その台詞、ドラマの観すぎかよ。オレは奈緒子をとことん愛しているんだよ。世界中の誰よりもな。奈緒子は最高だぞ」

「は、はい。わかりました」


「いらっしゃいませ」

 臭い。ほんとに臭いロングヘヤーの髭を伸ばした歳がいくつか分からぬ男がレジに座ってへらへらと笑う。男の臭さが辺りを狂わせる。

「藤本、帰るぞ。臭すぎる」

「待たんかい。店、入って、買い物もせずにお前ら、痛い目に遭いたいんか。こら。酒や酒や。オレは酒飲み店長や。酒、買ってこい」

「藤本、帰るぞ」

 オレがそう言った瞬間に、店長がオレに向かってナイフを投げた。オレの右腕にナイフが命中。痛え。すると、藤本が店長の肩を拳銃で撃ち抜く。

「お前のバックはどこの誰だ。言え。言わないと殺すぞ」

 藤本が店長に言った言葉。また、オレは痛い目に遭った。最近、ハッピーだけど、少し、運勢が悪いオレ。

「平野組の安塚です。喧嘩だけは絶対にしないでください。お願いします」

 オレは言うことは言わないとすっきりしないタイプのヤクザ。

「てめえが売った喧嘩だろうが。安塚って奴を寄こせ。いかくさ親父が。その方が夜もよく眠れるぞ。安塚を呼べ、この野郎が」

「は、はい」

「城北、なめてんのか。死にたいのか、この妄想野郎。えっ。毎晩、マスでもこいてんだろうが。てめえ、臭いぞ。安塚って奴も臭いのか、こら」

「胡散臭いだけです。喧嘩は、ほんまにやめてください。お願いします。その安塚だけで勘弁してください。お願いします。ほんま、この通りです」

 この男。オレに向かってぺこぺこと頭を下げる。てめえが売った喧嘩だろうが。こいつら、何なんだ。何者だ。まあ、オレ等もヤクザ。一瞬、コーヒーが飲みたくなった。奈緒子、愛しているよ。この世で一番。小学校の頃に書いた作文。「僕は何かでイチバンになりたいです」イチバンが一番いい。そうすると、太ったハゲの親父がやってきた。こいつが安塚か。見るからに胡散臭い男だ。藤本が言った。

「てめえ、俺達のこと、コケにしやがって。どうだ。城北と喧嘩するのか。てめえはたこ焼きでも食ってろ。ハゲが」

 藤本が放つ鉄砲玉で、安塚というこのくっさい男のくっさい車のバックミラーが粉々に。

俺も言うことは言う。

「お前、あれだろ。ヤクザ映画かなんかの観すぎで、単にヤクザに憧れただけだろう。この世界、なめてんのか」

「いやいや、オレはなめてへんで。お前らのほうがなめとんちゃうんか。城北さんよ」

「お前、うちの喧嘩を買うってことで間違えないな」

「まあ、簡単に言えばそうやね」

「お前、ケツを出せ。気持ちいい愛がたっぷりつまった、プレゼントしてやるからよ」

「オレもヤクザやさかいに死ぬのはいつでも、死ねる。お前らも呪われて、きっと死ぬわ」

「おう、そうか。お前、ケツの前に耳出せ」

「はいはい」

 なんじゃこの男。自殺志願者か。きっと、せこい商売でもやらかしてたんだろうよ。本当に胡散臭い。俺と藤本は、安塚の耳にライターで火を点けた。あぶりにあぶり、焦げ臭い。髪の毛も燃える。安塚は、何故だか、喜んでいる。何やねん。このおっさん。くすくすと笑いだし、

「気持ちええわ。最高や。オレ、昔、大阪でうどん屋やっててな。その時に客で可愛い姉ちゃんがおったんや。それが、今のかみさんや。オレ、バツ三やねん。三人と結婚したんや。その時、地球の時代はもう、終わったわと感じたわ。笑えるやろう。お前ら、オレをはよ、殺さんかい。ケツなら出すで」

 藤本が撃ったピストル。安塚も死んだ。胡散臭いおっさん。謹んでお悔やみ申し上げます。どうか、ご家族の皆さん、お力落としのないように。

「おい、店長。平野に伝えとけ。全面戦争に持っていきたくなかったら、そうだな、一億位は包めと。わかってんのか。お前も耳を焼かれたいか」

「ほんま、勘弁してください。お願いします」

「だから、耳を焼かれたいか」

「嫌です。もう、怖いです。平野に伝えるんで、耳を焼かないでください。ほんま、お願いします」

「包むか死ぬか。どっちがいい」

「包むようにちゃんと伝えます。せやから、せやから、戦争だけは、しないでください。お願いします」

 涙ながらに独り立ち尽くす、臭い店長。

「お前が売った喧嘩だろうが。コラ。てめえ、名前は」

「私、高岡といいます。もう、怖いです。嫁も子供もいるんです。許してください。お願いします」

「オレ等もお前をいじめはしない。そこまで落ちぶれてないからよ。心配するな。ようは金だ。それだけでいい。おい、藤本、医者、行こう」

「はい。兄貴。わかりました。このチンカス野郎。兄貴にこんなマネしやがって。命があることを神に感謝しろよ」

「ほんまにすみませんでした。ありがとうございます。ほんま、ほんま、ありがとうございます」

 泣く泣く喚く、このイカクサ男。気分を変えよう。そっと、煙草でも吸うか。傷が痛い。そういえば、昔のツレで、ホモ野郎がいた。確かにいた。確かにホモだった。その男は、ダジャレしか言わずにカラオケ屋でオレの膝を触っては、ウインクを残した。きっと、今でも延々とダジャレを言っていることだろう。嫌な思い出だ。藤本の運転で病院に着く。医者に金を渡す。

「あんまり無茶したら駄目ですよ」

 医者は苦く笑う。医者もビジネスの時代になってきましたね。テレビではニュース。

『フリースクールモラル塾長生徒殺人事件、仁大会病院問題の謎に尾崎キャスターが斬れる。暴力団関係者の計画的犯罪か』

と題してでかでかと報じられている。思い当たる人間は、ずばり、オレ達。この尾崎というキャスター。元弁護士で、反論の天才と言われているらしい。こいつらのほうがヤクザだろうが。何様のつもりだ。この格好だらけの男。いや、やっぱり、オレ達がヤクザだ。

『十代の未来ある少年が、たかがヤクザに殺されたわけです。許せない犯行ですね。私達は本当に心から思います。少年少女に自由を。この長谷川さんという素晴らしき人材。この人の死を無駄にしてはいけないのです。不登校、高校中退。彼等のためにご尽力された、長谷川さんをはじめ、多くのスタッフの皆様、ご家族の皆様に謹んでお悔やみ申し上げます。暴力団を追放しましょう。それにしても仁大会も仁大会です。患者を死に追いやる行動。彼らの死を無駄にしないようにしましょう』

 CMか。こいつ、いかにもナルシストっぽいな。尾崎、お前も死にたいのか。その前に、少し寝るか。藤本もいびきをかき、ソファーで寝てやがる。こいつには感謝しないとな。オレの一番の理解者かもしれないのがこの藤本。杯を交わした兄弟だ。次のお仕事は平野か。それにしてもこの時代、全てが狂っている。中島も田中も。安塚にしろ、高岡にしろ。オレ達だって狂っている。そろそろ、一億辺りを頂こうか。病院前のコンビニで寝酒を買い、オレは眠った。

 夢を見た。オレは独り、雲に乗っていて、その雲には、ハンドルが付いている。そうしたら、満月がオレの視界に入り、オレは満月に吸い込まれ、奈緒子が赤い大きなキャンディをなめている。奈緒子とキスを交わすと青いハカマを着た侍姿のオレが鏡の中にいる。そうすると眠りから覚めた。けっ、寝てから二時間しか経ってない。オレは医者が入れた日本茶を飲む。藤本はぐっすりだ。死か。ヤクザをやってるんだ。死ぬ覚悟は、いつだってできている。でも、オレにも子供ができる。また、煙草に手をやる。

 高校に上がった頃だ。オレの腰ぎんちゃくのような男がヤクザのバイクを盗んでしまった。ヤクザから暴行を受け血まみれになった、その腰ぎんちゃく男。その男には知的障害があった。入学式が終わった後にすぐに喧嘩を売られて、オレは自転車置き場でそいつをしばいた。そうすると、今度はオレを尊敬すると言い出した。オレがバイトをしていたガソリンスタンドにもそいつは面接を受けに来た。面接には受からなかったが、結局、そいつは高校を中退して、旅人になったと噂で聞いた。アジア、ヨーロッパを横断したとのこと。本当に想う。幸福ってなんだろう。オレは再び、寝酒をあおり、少々の眠りに就いた。

 

 山根会長と大前という若頭補佐。二人は曖昧な関係。大前は近頃、オレによく愚痴を言うようになった。

「何で、ヤクザ、やってんだか、わけわかんなくなるよ。ツトムや藤本はイイよな。会長に頼りにされて。オレなんぞ、庭の掃除役だぜ。いい歳、こいてよ」

 毎度こんな調子である。確かに大前は会長から、からかわれているような気がする。

「ヤクザなんて、結局、金だろうが。会長も、金、金、金って、異常だよ。ツトムさ、煙草、持ってる」

「ああ、あるよ。まあ一服して落ち着けよ」

 大前は確かにどんくさい。イイ奴だけど、ヤクザとしてのノリがないのである。凄みもない。頼りない。ルックスからしてそうだ。メタボのダサい親父といえば、その通りだ。

「お前は会長に可愛がられていいよな。オレを見てみろよ。朝から夕方まで庭掃除だ。お前と藤本は好きな事をある程度、出来んだから幸せ者だよ。ああ、煙草もまずいや」

「そうだな。そりゃそうだ。でもな、でもだよ。デカい仕事にはリスクがあるだろう。見たらわかるだろう」

「いいよな、ツトムと藤本は。会長から頼りにされて。オレ、ほんとワケわかんなくなるよ。また、庭掃除か」

 と、くる。大前は病的に狂っている。自律神経もやられたらしい。確かに山根会長は金への執着心が強い。オレ達は単なる捨て駒なのかもしれない。

 

 大前の愚痴を聞いたあと、藤本と平野組の対策に追われる。この平野という奴も馬鹿げている男だ。携帯で検索してみる。

『平野成介。元小学校、校長。児童に、暴行をくわえる事件多数。校長時代、児童にヤクザになれと指導。「ヤクザ教室」という授業を行い、校長を辞職。以後、指定暴力団、平野組を立ち上げ、元教え子達を主な組員に仕立て上げる』

 馬鹿者が。学校でヤクザ教室かよ。こんな校長はいらないんだよ。馬鹿が。

「兄貴、こいつ、相当に馬鹿ですね」

「異常だよ。こいつ。本当に狂ってるよ。馬鹿ばっかりじゃないのか」

「オレもそう思います。さて、平野組まで行きますか」

 藤本がギアを変えて走り出す。すると、携帯電話がいきなり鳴った。大前か。何だろう。

『ツトム、大変だ。会長が、マンションから飛び降りて、かなりやばいことになってる。事務所にテレビや警察も来てる。ツトム、すぐ事務所に帰ってこい。頼むぞ』

『分かった。すぐに帰る』

「兄貴、どうしたんですか」

「事務所に帰るぞ。急げ。山根会長がマンションから飛び降りたらしい」

「分かりました。飛ばします」

 誰かが仕組んだのか。オレの頭の中は推測だらけだ。山根会長にもしものことがあるとしたら、かなり、大きな事になる。

「藤本、赤信号、無視しろ。次もだ」

「はい。わかりました」

 平野か。それとも、森岡か。会長が自ら、飛び降りる理由などない。推測の繰り返し。そうこうしていると事務所が視界に入る。テレビカメラや一眼レフを持った記者が多くいる。フラッシュがたかれる中、事務所に入る。いったい、どういうことだ。悔んでも悔みきれない。事務所の横には山根会長の自宅マンションがある。警察官や救急隊員がわんさかといる。クソッ。オレ達、何をやってきたんだ。大前が汗だくになりやって来る。

「ツトム、心当たりはあるか。会長の周りで」

「分からん。会長はどこの病院だ」

「松川医院に搬送されてる。ツトム、オレはどうすればいい」

 すると、藤本がいきなり大前の顔を殴って大声でこう言った。

「このクソ野郎。お前が付いてて、こんな始末か。お前、それでも、若頭補佐か。お前、ヤクザだろうが。コラ」

 今度は倒れこんだ大前が立ち上がり、藤本を睨み付け、大袈裟に言う。

「藤本、悪かったな。ドス、持ってこい。ケジメは付ける」

「大前、やめとけ。こんな時は、もめてもしょうがないだろうが。なあ。藤本、松川医院に急ぐぞ」

「はい。わかりました」

「大前。事務所の警備と連絡、しっかり頼むぞ」

「わかった、ツトム」

 多くの報道陣に囲まれる中、藤本と車に乗り込む。

「出ていけ、ヤクザ」

「暴力団反対。この街から今すぐ立ち去れ」

 等と大声で中傷されるオレ達。なめてんじゃねぇ。お前等にも仕事があるだろうが。ヤクザ映画は面白おかしく、認めても、オレ達、本物には反対か。お前等、オレ達みたいに毎日、体、張って生きてるのかよ。

「兄貴、エンジンかけます」

「急いでくれ」

「わかりました。急ぎます」

 オレ達の車に続く、パトカーやテレビカメラを持つ、連中を乗せた車。奈緒子のことを想う。複雑な気持ちになる。産まれてくる子供のことも。オレがヤクザだという消せない現実。オレは人殺し。そういう男が父になっていいのかと、自問自答。脳裏に過ぎる、一生、消せないレッテル。走る道は三車線となり、オレ達の右にパトカー、左に大きなテレビカメラを操る男達。どちらにも強く睨まれるという現実。大前から着信。

『どうした』

『今、病院から電話があって、会長が亡くなったそうだ。ツトム、オレ、オレ、どうしたらいい』

 大前の震えた泣き言を聴く必要などありはしない。一方的にオレは電話を切って、それを粉々に踏みつぶした。そして、オレは最悪のシナリオを藤本に話した。

「もう、急ぐ必要はない。冷静に聞けよ。山根会長が死んだ」

 頭をむさぼる藤本。大変な事が遂に起こってしまった。とても、大きな事だ。藤本は言う。

「オレ、大前の兄貴を殺します。あいつが付いてて、これじゃ、話にならないです」

「好きにしろ。とりあえず、病院だ。煙草あるか」

「はい」

 煙草で誤魔化す。されど、誤魔化しキレない現実。藤本も煙草に火を点け、ため息を吐く。また、推測を始める。城北に恨みがある奴。おそらく、平野だろう。森岡ではない。安塚のかたきか。狂った連中は平野の人間だ。森岡は城北に喧嘩を売るほど馬鹿じゃないはずだ。中島は、所詮、チンピラ。これから、城北の内輪、おじき達の話をオレがまとめることになるだろう。事が大きくなる。おそらく、大前に死んでもらうことになる。指の一本や二本でケジメをつけるということにはならないだろう。誤魔化しきれないヤクザの世界で息をするのは容易いことではないんだ。オレと藤本の指も飛ぶことだろう。病院に着き、オレと藤本は正面玄関に入る。テレビカメラはオレ達を追う。こいつらには関係ない事だろうが。この時代、テレビなどには用はない。受付嬢に聞く。

「山根会長の病室はどこだ」

「山根様なら、もう、霊安室にご遺体を安置致しました。しかし、ご遺体がもう見るに見れない状態でして、あと五分ほど致しましたら、警察の者がご遺体を引き取られると聞いております」

 制服の警察官がオレの背中にやってきた。こいつらにも用など無い。ふざけるな。お巡りが。

「お前ら、何しに来た。警察なら警察らしく、ねずみ取りでもやっとけ」

「それは、こっちの台詞だ。やくざならやくざらしく、指でも詰めとけ」

「何だ、城北に喧嘩、売ってるのか。こら、こんな時によ」

「このチンピラが。逮捕するぞ。この野郎」

 いきなり銃声が響き渡る。さっきの受付嬢がピストルを持つ光景がそこにはあり、藤本の胸を弾丸が直撃していた。血を流し、一気に倒れこむ藤本。いったい、どういうことだ。

 ぐったりと息を引き取った藤本。オレは。オレは。なんてことだ。藤本までも死に追いやってしまった。返す刀で、受付嬢の右目に、銃口を向けた。こいつの最期に聞くべきことがある。それに、こいつ、どっかで見た。そうだ、こいつ、喪服の猫顔女だ。畜生が。

「お前、誰の使いだ。言え。それから、お前、会長に何をした」

「私の担任は平野先生でした。山根会長とはキスを交わしただけの関係でございます。私は単なる、元風俗嬢です」

 やっぱり、平野か。オレの放つ、弾で猫顔女は死ぬ。霊安室に急ぐオレ。警官が鬱陶しい。オレの横で歩数を合わせて付いてくる。看護婦が扉を開け、そこには、ぐちゃぐちゃになった会長の姿があった。無残だ。残酷すぎる結末。人生の中で、初めて、自らの手で死にたいとオレは思った。その横を死人と化した藤本を乗せる担架が白衣の男達によって運ばれる。そして、同様、オレが殺した猫顔女の遺体も。

「城北も、もう終わりだな。お前らに罰が当たってるんだよ」

 と大声で笑う。お巡りを殴った。足でそいつの顔を蹴りまわり、こいつの右腕を折ってやった。

「てめえ、一回、死んどけ」

 オレはそいつの心臓、ペニスをぶち抜いた。オレは下唇を噛み、車へと戻った。


 オレはこの世界に身を投じた人間である。避けられない現実。藤本が遺していった携帯が鳴る。着信、飯永組組長、飯永一郎。電話を耳にあてる。

『おい、斎藤。ニュース、観たぞ。どうなってんだ。山根とオレが親子の杯、交わしたことはお前も承知だろうが。それから、お前、兄弟の藤本を見殺しにしたようなもんだろうが。どこの誰だ。糸、ひいてるのは』

『平野です』

『そしたら、お前が先に何とかすれば事は起こらずに済んだんだよ。お前も杯を交わした人間の一人だろうが。それ相当の覚悟は出来てるんだろうな。斎藤よ』

『はい。全て、私の責任です。私が何とかします』


 オレが事務所に帰る。そして、その出来事も起こってしまった。大前が首を吊って死んだ。死人、死人と事は運ぶ。飯永組長を乗せた車が事務所に着いた。オレはすぐさま、飯永組長に殴られ、蹴られた。もう、めちゃめちゃだ、何もかもが。

「斎藤、指ぐらい、分かってるんだろうな。ケジメ、きちんと付けろよ」

「はい。分かりました」

 テーブルの上に置かれた包丁を取り、オレは自ら左手の小指と薬指を詰めた。指二本を飯永組長に差し出す。

「これでよろしいでしょうか」

「分かった。斎藤、ケジメはケジメだ。平野とかいう面倒くさい奴を片付けろ。わかってるのか」

「はい、カタは充分に、付けさせてもらいます。組長、失礼させていただきます」

 飯永組長とオレという名のチンピラのやりとり。もう、やってられない。されど、あの時、オレが山根会長に付いていたら、山根会長は死んではいない。

 オレの正直な、腹の中。もう、兄弟も親子もない。限界だ。結局。オレはただのチェスの捨て駒のようなもの。都合よく使われるだけ使われ、後は捨てられるチンピラにしかすぎない。飛んでしまった、奈緒子との結婚指輪を拾う。二人の約束の指輪。オレは奈緒子の元へと急いだ。痛みまみれである。奈緒子はこうなったオレのことも愛してくれるのであろうか。

 

 二人の仮住居であるビジネスホテルに着く。ため息を吐きながら、二人の部屋へと急ぐ。ドアを開けた瞬間、奈緒子はオレを抱きしめた。

「ツトム。私はツトムを独りにはさせないよ。産まれてくる子供も。きっと」

「すまない。奈緒子。オレは指をなくした」

 オレは泣いた。涙に暮れた。奈緒子とのキス。本来のキスの意味を知る。オレの左手を見た奈緒子は、包丁をすぐさま手にして、自分自身の左手の小指と薬指を詰めた。

「私もツトムと同じになっちゃったよ。カップラーメン、さっき、コンビニで買ってきたんだ。ねえ、食べようよ」

 奈緒子の左手から流れ続ける血をなめた。もう一度、愛すべき人にキスをする。やくざなんて、クズみたいなものだ。金、金、金。成り上がりたい奴等の腐った駆け引き。殺し合い。藤本も大前も会長も死んだ。オレは銃口を自らの耳に当てるが、死ねない。腐りきった男であるオレ。されど、平野の仕事が待っている。左手を見ては、親父とお袋のことを想った。


 平野組の事務所まで車を走らせる。煙草でも吸うか。コンビニに寄る。缶コーヒーと煙草を買う。藤本や会長はあの世で、オレを見ているだろうか。煙草の煙が舞い上がる。そして、また、オレはアクセルを踏んだ。

 クソの平野組。テナントの階段を登る。壁には、色とりどりの絵画がずらっと並んでいる。きれいごとか、平野先生よ。ヤクザはヤクザなんだよ。「平野興業」と書いてあるドアを開ける。五人のチンピラが一言も発せずに、おしるこを食べている。いた、いた。胡散臭く、『僕は権力者ですよ』と顔に書いてある、くっさい親父。

「お前が平野か。なめてんのか。コラ」

「やあ、君が斎藤くんか。おしるこを作ったんだ。君も食べていきなさい。甘くて疲れがとれるよ」

 こいつも、いかにも、臭い男だ。良い人を演じている、ただの、汚い野郎だ。偽善者そのものだ。オレも言うことを言わなくては。

「うちの連中、よくやってくれたな。先生よ。てめえはせいぜい、黒板の前に立ってろ。指出せ、コラ」

 チンピラ達は、何も言わず、おしるこを美味そうに食べている。なんじゃ、こいつら。平野は言う。あほだ。この男。

「僕はね、優秀な校長先生でね。いじめをなくすために努力したんだ。誰も斎藤くんをいじめはしないよ。今日はおしるこを食べて、休みなさい」

「馬鹿か、お前。誰が食うか。このナル野郎が。殺すぞ」

 平野の顔つきが一瞬で変わった。こいつ、何者だ。

「斎藤くん。人に殺すって言っちゃダメでしょ。僕がお前を殺す」

「やってみろよ。このダメ教師が」

 平野が撃った弾丸はオレの頭の上をかすめた。こいつのせいでめちゃくちゃになった。こいつさえ、いなければ。恥を知れ、この野郎が。

「てめえ、城北、なめてんのか。けじめ、つけろ。おい、平野、けじめ、つけろ」

「僕は全ての人々に優しい人間なんだ。君以外にね。どうする、斎藤くん。本当に殺しちゃうよ。僕等は夢を追いかける少年少女のために日夜、努力しているのさ。君も僕の教え子にならないかね。そうそう。君のライバルの中島貫太くんも僕の教え子でね。中島くんをよく痛めつけてくれたな。責任とって、斎藤、お前も死ね」

 何なんだ。こいつ。また、中島かよ。もう、いいわ。お仕事、お仕事。平野の鼻に銃口をあてる。もう、いいわ。平野を撃ち殺した。平野の血がオレのネクタイに付いた。チンピラ達はオレを囲む。

「先生になんてことをするんだ、コラ、城北よ」

「はいはい。これはビジネスなんだよ。はい、五人ともあの世でおしるこ、食っとけ」

 オレは瞬時に五人のチンピラの心臓をめがけてピストルを撃った。倒れこみ、死んでしまった五人の男。嗚呼、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。お前等、生まれ変わったら、絶対ヤクザにはなるなよ。血の匂いが臭い。すると、ひとりのハゲヅラの男がドアを開けて、とぼとぼと歩いてやって来た。

「あんたが片づけたの、兄ちゃん」

「そうだよ」

「兄ちゃん、お金、欲しくないか」

「まあ、そうだな。オレ達、ヤクザだし。お前、誰だ」

「このビルの管理人。名刺、これ。福沢といいます。兄ちゃん、どこの誰。煙草、持ってる。一本、恵んでよ」

「煙草はやるけど、オレがどこの誰だか、関係ないだろう。あんたには」

「僕もあんたに殺されるの」

 ややこしい奴だな。本当に疲れるわ。煙草に食らいつく、オレと福沢。金だけもらって帰るとするか。

「いくら、あるんだ。福沢さんよ。ややこしいこと、オレ、嫌いだからよ、その金に裏も表も、ないだろうな」

 福沢は笑って、平野のズボンから、黄色い財布を取り出した。金持ちの黄色い財布。笑えるわ。ヤクザって。

「はい、半分こしようか。兄ちゃん」

「はっ。半分こ。まあ、それでいいけどな。いくら、あるの」

 札をコンビニ店員のように数える福沢。この金、もらっても、別に罰は当たらんだろうと思った矢先、オレの背中に銃声あり。またかよ。おい。

「お前が城北の斎藤か。まだ、懲りてないのか、おい、こら」

「てめえはどこの誰だ。平野か。えっ。撃ち殺すぞ」

「まあ、そう、興奮するな。オレは中島貫太の弟。兄貴を殺してくれてありがとな。あれ、ただの馬鹿だからよ。怒るどころか感謝する。ありがとな」

「それで、弟さんよ。お前の欲はなんだ。金か。出世か。オレか」

「まあ、とりあえず、お前の髪を切ってやるよ。オレ、元美容師なもんで。アイビーは入れましょうか」

ぷちっ。と俺の本能がキレた。貫太くん。今から、オレは君の弟さんを、全人類の平和のために射殺する。

「お前も死ね。弟さんよ。バイバイ」

 オレは銃口をこの馬鹿な弟に向ける。その時だった。背中に大きな痛みが走る。

「お前ら、グルか、福沢」

「まあ、そうだな。死ぬのはお前だ。斎藤くん。お前の背中にはナイフでも刺しておいたよ。死ね。死ね。チンピラが」

 背中から流血する。オレはこのまま死んでしまうのか。しかし、オレをこの二人に向けてピストルを弾いた。倒れこむ、福沢と、中島の弟。携帯に手をやる。奈緒子。

『奈穂子、迎えに来てくれ。もう、限界だ』

『わかった、すぐに行く』

 血が。オレの生きている証の血が、流れに流れる。横たわる、不様なオレというヤクザが一匹。オレだって、子供の顔は見たい。こんなところで死ぬわけにはいかない。上着のポケットから煙草を取り出す。そして、意識がだんだんと途絶えていく。



「斎藤、分かるか。もう、大丈夫だからな」

 ここはどこだ。飯永のおじきがオレの視界に入る。いったい、ここはどこなんだ。

「おじき、奈緒子は」

「今、事務所で待ってもらっている。斎藤。良い仕事したな。これ、持って帰れ」

 おじきは、札束を五つ。オレの顔の横に置いた。

「おじき、ここはどこなんですか」

「病院に決まってるだろうが」

「どこの病院、なんですか」

「何、間抜けなことを言ってる。仁大会病院だ。お前、何も覚えてないのか」

「はい。全く。何故、私が仁大会病院に運ばれたのですか」

「少し、休め。これ、睡眠薬だ。眠れ、斎藤」

「だから、何故」

おじきの目の色が変わった。少しずつ、辺りを見渡す。どこかで見た男が、黄色い注射を持ち、笑う。こいつ、院長だ。

「斎藤さん。もう、終わりですね。ここはうちの病院の保護室です。所謂、あなたのための牢屋です。あなたは死ぬまで、ここで辛抱してください。では、治療を始めますので隔離いたします」

 飯永のおじきが続けて俺に大笑いしてこう言う。

「斎藤。悪いがお前はただの捨て駒だ。ここで長たらしく生きるか。それとも、今すぐ、楽にしてやろうか」

 キタナイ、汚すぎる、ヤクザという名のこの世界。

「おじき、オレを殺してください」

「いけませんよ。斎藤さん。私達は医者です。一分一秒でもあなたに、長生きしてもらわないと困ります。私は、次のクランケがありますので。では、さようなら」

「待て、待て。オレは病人でも何でもない」

「斎藤、よくやった。その分、よく眠るんだな」

 鍵が閉まる擬音がしては、おじきと院長が笑いながら、去って行った。

「待て、オレを殺せ。おい、おじき、院長よ。待てよ。待て、この野郎が」


 オレは、もう、終わり。奈緒子、子供のことを頼む。誰よりも愛している。誰よりも。


 オレは、さっさと死ぬことを選び、上着を脱ぎ、首にそれを巻いた。

 オレは、捨て駒ヤクザ、斎藤ツトム。

 オレは、死んだ。









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