リップとデジャブ
俺の意識は未だ暗い水底の中にあった。
薄れ行く意識の中、最後に覚えていたのは、消えていくドラゴンの姿と、必死で自分の名を叫ぶレイナの声だった。
俺はやった……
精一杯生きた……
レイナとの契約は果たせなかったが、あの強大な竜種を倒したのだ……
きっと凄い神珠が手に入った筈……きっと有効活用するだろう……後悔はない……
ーむにゅー
!?
なんだ?
スライムか?
スライム如きが今更……ドラゴンを倒した今の俺に勝てない魔物はいないんだぞ……
そういえば【レイナの胸】は強烈だったな……出来るならもう1度だけ……いや、後悔はない!
ーむにゅむにゅー
しつこいスライムだな……
でも確かスライムアタックもこんな感触だったな……今さら言っても仕方ないが……
ーむにゅむにゅむにゅー
ええい!
ホントしつこいスライムだな!!
あっちに行ってくれ!!
静かに寝れないじゃないか!!
ーむにゅむにゅむにゅむにゅー
「んっ……」
なんだ!?
変な喘ぎ声だな?
このスライムは喋れるのか?
ーむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅー
「あっ……やっ……んっ……」
いや違う!
これはスライムの声なんかじゃない!
この声は……レイナの声だ!!
◆
俺は目を覚ました。
両の眼を見開くとそこには、俺の額にあったタオルを取り替えようとしていたレイナの姿と、レイナのスライムを揉みし抱く自分の右手があった。
「うわっ!? いや、違うんだ!!」
俺は勢いよく体を起こし、レイナのスライムから手を離した。
「……いえ、いいのです。この体は竜斗様の物なのですから、いくらでも……って、えっ!? 竜斗様!? 目が覚めて……?」
「さっきのは違うんだ! 無意識で……!」
俺は喋りかけてそのままベッドに倒れこんだ。
「あれ? 体が……重い……」
体が思うように動かなかった。
意識すると身体中に痛みが走った。
「っ……!」
「まだ動いてはダメです! 左手もまだ完全には復元できていないのですから!」
そうだ……確かドラゴンとの戦いで左手を吹き飛ばされたんだっけ……
俺は恐る恐る左手の辺りに目をやると……なんと左手があった。
ゆっくりと自分の左腕を見つめた。
おぉ、肩がある!
おぉ、肘もある!
おぉ、手首も……あっ……!
俺は勢いよく目をそらした。
手首から先は皮も血も肉もなく、ただ白いカルシウムだけが見えた……
「……でも凄いな。こっちの世界では無くなった腕も元に戻るんだな」
「これは、ルルという者の所持する神器の能力です」
「へ~そんな神器もあるんだ……」
なんだか人を操れるギ〇スを持ってるみたいな名前だなと、アホなことを考えてる俺のアニメ脳は相変わらずだった。
「ちなみにですが、ルルはララの妹ですよ。ララみたいに手を出してはダメですからね」
「は……? いやいや、みたいってゆうか手出してないから!!」
レイナはクスクスと笑っていた。
可愛い笑顔が見れて良かった。
「……でもホントに良かったです。竜斗様が目を覚ましてくれて……竜斗様、1週間も目を覚まさなかったので……」
少しだけ二人の間に沈黙が走った。
「……ごめん……でもあの時はああするのがいいって思ったんだ……」
「ああするのがいい!? ドラゴンとの一対一の勝負ですよ!! 竜斗様は自殺志願者ですか!? 信じられません!! 命がいくつあっても足りませんよ!! 大体っ……!」
突如スイッチが入ったかのように、レイナの説教は止まらなかった。
うわ~何がそんなに不味かったんだろ?
ドラゴンとの勝負……それがどれだけ無謀な事か俺にはわかっていなかった。
ましてやそれが一対一でのドラゴンとの勝負……自殺志願者と言われても否定はできない。
……でもホントに良かった、またレイナの顔が見れて。
俺は説教をするレイナの顔を眺めていた。
レイナの喜怒哀楽全ての表情が愛しかった。
俺はそっと近くにあったレイナの手を握った。
「りゅ、竜斗様?」
レイナの説教が一瞬止まった。
「……聞いて……い、いるんですか……?」
「うん、聞いてるよ」
俺は微笑みながら、レイナから目を逸らさなかった。
レイナも目を逸らさずに、喋りながらゆっくりと顔を近づけてきた。
「わたし、もう少しで……契約(婚約)初日で……未亡人になるところ……」
「うん、ごめん」
お互いの息がかかるぐらいに2人の顔は近かった。
時間にして1秒くらいその場で静止した。
そしてゆっくりと口唇を交わした。
◆
暫くして俺が休んでた部屋にガオウと知らない兎人族の女の子が入ってきた。
女の子の背丈はララより少し低い感じだった。ララの髪がセミロングくらいに対してこの娘はショートといった感じだ。
「竜斗よ、目を覚ましたのか?」
「ああ、さっきな」
他愛もない会話をしながら俺はガオウの持ってきてくれた飯を掻き込んでいった。
飯を食べ終わると、レイナは俺の額にあるタオルと冷たいタオルを交換してくれた。
「姫様! そのような事は、姫様のすることではありません! 私達に任せてください!!」
突如ガオウの隣にいたウサ耳の女の子が怒鳴ってきた。
「そういえばそっちの子は?」
「はっ!? 大きな声を出して申し訳ありません竜斗様。私はこの国の治癒士、ルルと申します。竜斗様の治療を担当させて頂いております」
「あ~この子がさっき言ってた子か。ごめんよ。俺の腕を復元するの大変だったろ?」
「いえ大丈夫です。復元能力は私の誇りでもあるので、問題ないです……それに能力と言っても神器の能力であって、私は適性があっただけなので」
知らない言葉が目白押しだった。
「適性?」
「はい。神器の中には特殊な能力があり、そういった神器は誰もが使えるわけではないのです」
ルルは神器を発動させる。
籠手の神器【アスクレピオス】、能力【復元】、ランク【B】
籠手を装着したルルは俺の方に手を翳してきた。ルルの手は光だし、俺の左手も共鳴するように光だした。
光が収まると俺の左手は完全完治していた。
「おぉ~すげ~!!」
何度も左拳を握っては開いてを繰り返した。
「あと1日は安静にして無理はしないで下さい」
ルルは念のためと左手に包帯を巻いてきた。
3人が退出すると、俺はまた少し休むことにした。
◆
-コンッ-
誰かが俺の寝ているベッドを叩く音がした。
………………
………………
………………
-ゴンッ!!-
力強くベッドを蹴られるような音がした。
「何!? 地震!?」
俺は轟音に目を覚ました。
横には先程の女の子……ルルが立っていた。
「えっ、何!? どうかした!?」
「……少しよろしいですか? 竜斗様にお会いしたい方がおられるみたいで……来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ……別に構わないけど……」
俺は1週間ぶりに、体を起こすことにした。
まだ身体中が固かったが、思ったよりは動くみたいだ。
フラフラすることもない。
綺麗な廊下をルルの後ろについて歩いた。
「……………………」
「……………………」
--沈黙が続く--
気不味い……
何だこの空気……
あれ?
なんか前にもこんなことなかったか?
たまらず俺はルルに声をかけた。
「あの……?」
ルルからは返事がなかった。
「…………………………ちっ」
えっ!?
もしかして今この子……舌打ちした?
「……竜斗様にはハッキリと申しますが、私は人間が嫌いです。ヘドが出ます。根絶やしに出来たらと思うほどです。なんで姫様は人間と契約したのか意味不明です」
うわ~デジャブ感半端ない。
どこで聞いたんだっけ……?
「お姉ちゃんは騙されても私は騙されません」
そうだ!
ララだ!
この子ララと同じこと言ってるんだ……
でも確かララはこの後レイナをよろしくって言ってきたんだっけ……ならこの娘も?
……………………
……………………
……………………
……………………
沈黙が続き結局そのまま目的地らしき部屋についた。
ルルはお辞儀を1つし、そのまま立ち去っていった。
最悪だな……
とりあえずこの国にいる魔族と仲良くならなければ……
俺は心の中で決意し、ゆっくりと目の前の扉を開けた。
※レイナのセリフの中で、未亡人という言葉を使いました。他にいい言葉が思いつかなかったのでそのまま使いました。