軽蔑と蝿王
俺は、見渡す限りどこまでも白い世界の中心に立っていた。
(……ふむ。久しぶりだな)
最近はメッキリみなくなった夢の中だ。
俺は辺りをキョロキョロと見渡した。
(……白いな)
取り敢えず辺りは白一色。
いつものアレは姿を現してはいなかった。
(……てか普通に起きれないのか俺は?)
恐らく今回もスライムとか蚊とか何らかのモンスターが現れてきて、それを退治すると目が覚めてレイナにセクハラしてると思われる。
(もういいや……今更、品性とか問われても散々セクハラしてきたし。この後の起床時の俺のダメっぷりは最低ランクだからな。ルル辺りが「破廉恥」とか「死」とか「変態」とか言うんだろうな……)
想像してみたが、有り有りとその情景が浮かんできた。
少しだけ気持ちが凹んできた。
(……さてと、まだかな?)
現状俺は真っ白い世界の中心で立ち尽くすだけだった。
愛は叫んでません。
だが何かアクションしなければ夢からは目覚めれそうにない。
(……あれ?)
何も起きない。
まぁ実際には寝てるだろうから起きてないんだけど。
(あっ、今の上手くね?)
恥ずかしくて死にそうになった。
誰もいなくて良かった。
だが本当に何も起きなかった。
(夢の中じゃないのか?)
不安になってきた。
(レイナーーーー!)
叫んでみるが反応がない。
スライムも現れない。
起きれそうな気配もない。
ガチで不安になってきた。
先程よりも大きな声で叫んでみることにした。
(レイナーーーー!!)
それでも反応がない。
マジで不安になってきた。
(マジか……まさか本当に気づかない内に、どこか知らない場所に……しまっちゃうお○さんの仕業なのか? ぼ○ぼの君の妄想じゃなかったのか…………冗談はさておき、マジで困ったぞ……)
(どうするかな……3になった戦闘民族か魔人みたいに大声を出したら空間に穴が空くとか?…………試してみるか)
俺は深く息を吸い込み、叫んだ。
(スゥゥゥゥゥ、レイナアアアアアアッッ!!!!)
◆
俺は目を覚ました。
そして俺の置かれている状況に驚愕した。
なぜならそこには、レイナのスライムに顔を埋める俺の姿があるからだ。
まさかここまで直接的な行動をしてるとは露知らず、俺は少しの間フリーズした。
「あ、あの……竜斗様?」
レイナの顔は耳まで真っ赤になっている。
ここで俺は漸くスライムから顔を離しレイナの顔を見つめた。
「ああ、おはようレイナ」
俺は悟りを開き賢者へと至った。
このような状況でも動じることなく、何事もなかったかのように振る舞えるのだ。
これを賢者と言わずなんと呼ぶ。
「あ……おはよう……ございます……」
レイナは困惑しているようだ。
まさかの、された方があわてふためくという状況。
このまま話を剃らしてなかった事にしよう。
周りを見渡すと全員集合していた。
しかも、いつの間にか建物の中に移動したらしい。
ログハウスみたいな造りの家で、家の中は綺麗に掃除されていた。
ゼノとリリスは家の中にある椅子に腰掛けており、バアルはルルの治療を受けていた。
ゼノはニヤニヤとしながらこっちを見ており、リリスは両手で顔を覆い指の隙間からこっちを見ていた。
バアルは無表情で、ルルは嫌なものでも見るかのような侮蔑の眼差し。
ー我、動じずー
悟りを開いた俺には最早怖いものはない。
恐らく俺のクラスは【ZERO MASTER】から【賢者】になっていることだろう。
「ここは?」
俺は尋ねた。
冷静に何事もなかったかのように。
「あ、ここは村にある兄の家です」
リリスが戸惑いながらも答えてくれた。
「状態異常の領域は?」
畳み掛けるように尋ねた。
ここは話の流れを切ってはいけない。
「あれはバアルの神器だったみたいだ、俺らが通る時にはバアルが解除してくれた」
今度はゼノが答えてくれた。
「そうか……一応歓迎してもらえたって思っていいのかな?」
俺はバアルに振り向き尋ねた。
「ふん。妹の命の恩人じゃなかったら、誰がお前みたいな男の風上にも置けない変態野郎を村に入れるか」
バアルさんからキツイ一言頂きました。
「……本当に最低ですね」
ルルさんからも冷たい一言頂きました。
まさかの毒舌キャラが増えるなんて……
いや!
まだだ!
諦めるな俺!
心を強く持つんだ!
俺は自分にそう言い聞かせた。
「まさか妹を助けてくれたのが、婚約者の胸に顔を埋めて名前を叫ぶ変態野郎だったなんてね」
バアルから畳み掛けるように冷たい一言を浴びせられた。
返す言葉もない。
「あ、俺達の事説明したんだ」
俺の声は段々と小さくなっていった。
「お前が気絶してる間にな」
ゼノは相変わらずニヤニヤしていた。
「……で、どうですかねバアルさん?」
俺は恐る恐るバアルに漠然と尋ねた。
「ふん、僕は変態の下につく気はないよ」
即答だった。
どうやら俺が気絶してる間に、バアルに全部説明したようだ。
説明した上で拒否された……
寝ていたのにどうしろと言うんだ。
だが、今の俺にはバアルを説得出来る自信はない。
賢者タイムは終了したからだ。
俺のガラス並みに繊細なハートは完全に砕けた。
「…………」
涙が出そうになってきた。
男の子だもん……
「……でも、お前が他の人間とは違うってことは分かった。魔族に偏見も持ってないようだし……その強さもな」
「…………」
あれ?
いま俺、誉められた……のか?
「では?」
ここでやっとレイナが口を開いた。
「……いいよ。僕達はアルカディア国の、レイナ姫の下に降ろう」
バアルはフッと笑うように答えた。
あくまで、俺にではなくレイナの下につくみたいだ。
まぁルキも一応そうだし……いっか。
もしバアルの立場だったら俺だって変態の下にはつきたくない。
ま、いっか……
俺は床で寝ていたので、レイナに支えられながら、ゆっくりと立ちあがった。
まだ体のあちこちから痛みが走った。
服がボロボロになっていたので、袋の神器から予備の服を取り出して着替えた。
着替え終わると、俺は家の外に出てみた。
真っ先に感じたのは風が気持ち良かったことだった。
両腕を伸ばして背伸びをすると、背骨がポキポキ鳴った。
「いいところだ」
「ありがとうございます、何もない小さな村ですけどね」
リリスは苦笑していた。
「いや、少しだけ祖父ちゃんの実家を思い出した。あそこも田舎だっし、空気が美味しくて落ち着くよ」
俺は大きく深呼吸した。
村の第一印象は【のどか】だった。
家屋と思われる建物がいくつかあり、近すぎず離れすぎずの距離をとっており、バアルの家はそれらを見下ろすように少し高い所に建てられていた。
そして村を囲むように林があり、林を抜けると崖になっているのだ。
そして林にはバアルの神器により状態異常の罠が設置されている。
かつてリリスは自分のスキル【状態異常無効】と【飛翔】を使って崖の下に降りたところを人間に捕まったそうだ。
バアルは何年もリリスを探したみたいだ。
「……昔の愚かな私を殴れたらと思います」
リリスは苦笑しながらボソッと呟いた。
「どうしてです?」
レイナがリリスに尋ねた。
「昔の私は……この村が窮屈で、嫌で嫌で仕方ありませんでした」
「いい所ですよ?」
「……そうですね、今ならそれが分かります」
リリスは人間にされた嫌な事を思い出したのだろうか、俯いた。
「……それは僕のせいだ」
すると家の中からバアルの声が聞こえた。
俺とリリスとレイナは、家の中の方へ振り向いた。
「どういうこと?」
「リリスをこの村から出さずに過保護に育てたのは僕だ。亡くなった父から、この村を引き継いでから僕はリリスをこの村に閉じ込めた」
バアルは未だ壁にもたれ掛かるように座り、ルルの治療を受けていた。
「そんな!? 兄さんは悪くありません! あれは私が……」
「いや、全部僕が悪い。僕がお前に嫌な思いをさせたから、お前はこの村を飛び出したんだろう?」
「違います! 私がワガママを言ったから……!」
話を整理すると、どうやらバアルは数年前に父親から【蝿の王】の称号を引き継ぎ、この村を守ってきたそうだ。
その際にリリスをこの村から1歩も出さずに閉じ込めるように守った、リリスはそれが窮屈で堪らなかったみたいだ。
バアルの隙をついて村から飛び出して、【飛翔】で崖の下に降りたところを奴隷商人的な奴らに捕まりホウライ王国に売り飛ばされた訳だ。
その後は人間の相手をさせられてから更にオークションに出品させられた。
その際に堕天族のアザゼルと共に逃げ出してドラグナー国を目指していた所を俺達が助けたわけだ。
「まぁ誰しも兄妹の事は心配になるよ」
俺は言ってて気づいた。
あれ?
喧嘩ばっかしてたけど、やっぱ智姉も翔兄の事が心配だったんだろうか……
ま、まぁニートの兄貴なら誰だって心配になるよな……
どこの世界でも身内は大事だって事だ。
「ふん、まさか人間の変態から慰められるなんてね」
「…………」
最悪だ……
バアルの中で俺は変態で認識されたようだ。
「……まぁ竜斗様は変態ですけど、きちんと私達を守っていますし、傷付けるような事はしませんからね」
ルルが小さく呟いた。
「!?」
まさかルルが俺を庇ってくれるなんて!
でも変態って……俺そんなに変態行動とったっけ……
確かにバアルと違って、今までのルルの冷たい言葉には若干、愛が感じられる。
そう感じるのは俺が変態だからか……?
「ま、まさかルル……貴女……竜斗様の事を……」
「だ、断じて違います!!」
レイナがワナワナと体を震わせながら尋ねると、ルルは食い入るように否定した。
「ほ、本当に?」
レイナは恐る恐る再度ルルに尋ねた。
「……全く、直ぐに色恋に持っていかないで下さい」
ルルは呆れたようにし、バアルの治癒を続けた。
まぁそれは置いといて話を変えるか。
「そういえば、バアルは既にSランクになってたような……迷宮攻略したの?」
「ああ。僕自身が行ったわけではなく、【寄生】した分身体が攻略したんだ。そしたらSランクになれた」
バアルは普通に答えてくれた。
斬られた腕もほぼ復元されてきている。
斬ったの俺だけど……
「へ~便利だな【寄生】って」
「まぁ僕より上のランクの奴には寄生出来ないんだけどね。今は3体ほど寄生……!?」
バアルは話の途中でハッとなり勢いよく立ち上がった。
「しまった!」
「きゅ、急にどうした?」
「……ぶ、分身体の1体が今、魔族の国を攻めてるんだ……」
「「なっ!?」」
全員が驚愕した。
「すまない……リリスを探すために、ギルドの人間の1人に寄生してるんだけど、そのギルドが今魔族の国を攻めようとしてるんだ……」
バアルは罰が悪そうな顔をしていた。
「ま、まさか【機械国】にか?」
ゼノはバアルにそう尋ねたが、俺は嫌な予感がした。
「違う……」
バアルは小さな声で否定した。
「ま、まさか……」
「…………アルカディア国だ」
戦慄が走った……