野望と嘆き
遂にブクマ100件になりました。
読んで頂いてる皆様には感謝の気持ちしかないです。
まだ獣達も寝静まっている森の朝。
男は木で出来た簡易の椅子に座り、じっと虚空を見つめていた。
森の空は暗く、常に黒雲が空を覆っていた。
時折、雷鳴が轟くがイチイチ気にしてられない程、森の空は常に暗かった。
男は長い髪を後ろで束ねていた。
股を広げ右肘を腿の上に乗せ、右拳を握り締めていた。
体のあちこちには宝石が施された装飾品で彩られていた。
だが、そんな装飾品ですら霞むような、眩い5つの指輪。
男は、ふと自分の右拳を見つめ5つの指輪を眺めた。
(……この神器ならいける筈だ)
男は何度も瞑想を繰り返した。
男の態度は常に傲慢。
やる気は基本的に怠惰。
彼をよく知らない人間達の評価はこんなものだが、真実は違った。
男は常に精進を怠らない。
確かに誰彼構わず相手を見下す癖はあるが、それでも一度気にかけた相手には敬意を払う。
戦闘においてもそうであった。
傲慢な態度ゆえ相手を舐めてかかる癖があるが、1度負けた相手に勝算も無しに突っ込むような無謀な馬鹿ではなかった。
すると、瞑想を繰り返す男に別の男が静かに近づき話しかけてきた。
「どうだジェガン?」
漠然とした質問。
だが瞑想を終えたジェガンは静かに答える。
「ああ、問題ない。いけそうだぜオークスの旦那」
ジェガンが答えるとオークスは静かに笑った。
「そうか」
「で? 決行はいつだ?」
「そうだな……2日後といったところだ。あの国の状況や魔族の能力も概ね掴めてきた」
オークスは腕を組み冷静に分析し答えた。
「ならいい」
ジェガンもニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
ジェガンは、このオークスという男を信頼していた。
頭はツルツルで筋肉もムキムキで、どうみても無骨そうなこの男を。
オークスにはスキル【統率力】があった。
いうなら超絶スキル【王気】の下位版とでもいうべきスキルだ。
簡単に例えるなら【王気】を持つ者は支持率ほぼ100%の学校の生徒会長。【統率力】は自ら立候補したクラスの学級委員長といった感じだ。
スキル【統率力】は、皆を纏める力はあるが、決してその者に魅力が在るわけではない。
それでも、オークスは作戦立案実行を一手に担っていた。
ギルド【魔族狩り】の【序列5位・ナーガ組】の副リーダーとして。
ナーガ組のリーダーであるナーガは、ギルドマスターのお気に入りで、基本的には秘書のような役割をしていた。
そのせいか組内でナーガの不在が多く、管理はオークスが1人で行っていた。
数年前、副リーダーに選ばれた時、オークスはまず人員を大幅に削除した。
ジェガンみたいに戦闘に特化した者、バアルの【治癒】みたいに一部の能力に長けた者、或いは稀少スキルを会得した者、そうした者達以外を全て組より排除し、少数精鋭部隊を作ったのだ。
オークスは自分の力量を見極め、自分が管理出来る人数だけを徹底的に鍛えた。
単独行動を許さず、密に連携する事を重視させた。
人数は組のステータスでもあった。
それを大幅に削除したことで、周りからは誹謗中傷の的となった。
だがオークスはそこから、たったの数年でナーガ組を序列5位にまで、押し上げた。
当然、ギルド内でのオークスの評価は高くなり、ジェガンやバアル、ナーガにアーシャですらオークスに一目置いていた。
徐々に組の構成員も増えてきて、これからという時だった。
オークス達は災厄に見舞われた。
刀の神器を振るう少年に出会った。
オークスは戦慄した。
この世にこんな人間がいていいのかと……
空を斬ると部下だったザイガスという男の首が落ちた。
何が起きたか解らず、直ぐに撤退しようとしたが時遅く既にジェガンが戦い始めた。
しかし少年の動きは乱雑で、ジェガンは余裕そうだった。
自分の杞憂だと感じたが、魔族の雌が突如叫ぶと少年の瞳が強く輝いた。
と、同時にジェガンは両腕を斬られ敗れた。
撤退した後で、古い文献を調べると恐ろしい情報が手に入った。
【神眼】
金色に輝く瞳は、全てを見通すと云われている超絶特殊スキルだ。
全ての特殊スキル【魔眼】の頂点に君臨する瞳。
オークスは考えた。
何故、少年は魔族を仲間と呼んだのかを?
恐らく【神眼】で、あの魔族達を仲間にするだけの価値があると判断したからだ。
少年はSランクの迷宮を攻略したできたそれは間違いない。
ザイガスは、ランクは低かったが稀少なスキルをいくつか所持していた。
稀少という程ではないが【魔眼<地>】もその1つで、あの地下迷宮が49階層だったのをザイガスに確認させたし間違いない。
恐らく少年はSランクになれる魔族を【神眼】で視たのだ。
目的は判らないが少年はSランクになれる者を探しているのだと。
オークスは関わるべきではないと判断した。
自分の目標はギルド【魔族狩り】の副マスターになること。
ジェガンやバアル、自分の卓越した頭脳ならそれは可能だと。
誤算があるとしたら、それは自分達がSランクに成れなかった事だ……だが焦燥はしていなかった。
Sランクは至高の存在……そうそうなれるものでもない。
だがその強さは理解していた。
1度だけギルドマスターの戦いを拝見したことがあった。
一言でいうなら化け物。
少年は恐らくSランクだ。
仲間と呼ぶ魔族も恐らくSランクだ。
実際にアルカディア国周辺にて情報を集めると、Sランクの魔族が最低でも3匹はいる。
勝てる訳がない。
だがそれは何の対策案もしていない場合だ。
策はある!
相手の能力も把握した。
後はそれにあったメンバーと神器が到着するのを待つだけだ……抜かりはない。
この戦いが終われば自分は間違いなく最高幹部の一翼を担える。
(俺はまだ上にイケる!!)
オークスは腕を組んだまま不敵に笑った。
(喰えないおっさんだ……)
ジェガンも頼れる男を見つめ不敵に笑ってみせた。
◆
そんな2人から少し離れた場所で、白いフードを被った男は切り株の上に座り込んでいた。
ギルド【魔族狩り】の【ナーガ組】、治癒士【バアル・ゼブル】だった。
彼は一言で言うなら不幸な男だった。
特に何の才もない男だった。
家も貧しく、その日その日をなんとか生きてきた男だった。
いや唯一、【復元】と呼ばれるレアスキルの持ち主だった。
そんな彼は、偶然ある町でオークスとジェガンに出会った。
それは丁度オークスがナーガ組の副リーダーになった時だった。
彼はオークス達に拾われた。
彼はオークス達に感謝した。
自分にも価値があるのだと認識できたからだ。
彼等の役に立ちたい!
そう思い、自分の名を名乗ろうとした矢先だった。
オークスとジェガンに出会って数分後、彼は意識を無くした。
そんな彼の意識を乗っ取ったのは、妹を探していたレアスキル【寄生】の持ち主【蝿の王バアル・ゼブル】だった。
不幸にも彼は、バアルの【宿主】の1つに選ばれたのだ。
それからの数年は全て、バアルがしたことであり、彼の意識は未だ暗い水底の中にあった。
それは今もであった。
今バアルは同じく【寄生】した分身体と念話をしていた。
(……本体から連絡がきたよ、数名が村に近付いてきてる)
(大丈夫?)
(大丈夫?)
(大丈夫?)
(今のところは……村人も避難させてあるみたい)
(そう)
(気を付けないと)
(そうだね)
(大丈夫)
(だって本体はSランクなんだもの)
(そうだね)
(そうだね)
(ところでそっちは大丈夫?)
(……最悪だね、2日後に魔族の国を攻撃するよ)
(例の国だね……)
(…………)
(…………)
(リリスを見つける為とはいえ、心が痛むよ)
(……でも僕達は今までも沢山の魔族を裏切ってきた、今更……)
(……ごめん、そうだね)
(本体が言ってた、リリスを見つけたら今度は魔族を助けるって)
(引き篭もるのは辞めるんだね)
(そうみたい。村の周囲の森の結界を強化したら償いの旅に出るみたい)
(そう……)
(沢山の魔族を奴隷として捕らえたからね……)
(今度は1人でも多くの魔族を助けるみたい)
(それで許されるとは思えないけどね……)
(そうだね……)
(ただの自己満足だね……)
(それでも……)
(それでも……)
(僕ら、ろくな死に方しないだろうね……)
(かもね……)
(…………)
(…………)
(取り敢えず村の方は大丈夫だと思う。先日の【Sランクの神珠】も渡しといたからね)
(うん)
(気を付けてって、伝えといて)
(了解)
念話はそこで途切れた。
「一体いつまでこんなことを……っ!」
バアルは両手で顔を覆い、踞るようにして、誰にも聴こえない小さな声で呟いた。