獄炎と星雲
久々更新です。
「……えっと、あとどれくらい?」
俺は目の前を歩く4人に尋ねた。
俺達はアルカディア国を発ち、【バアル・ゼブル】が居るであろう村、リリスの故郷を目指していた。
国を発ってから数日が経過していた。
先ずはアルカ大森林を1日以上歩いた。
ルルが設置した転移門まで歩いた。
そこからスレイヤ神国領内に入り、またひたすら北東を目指して歩いた。
歩いて歩いて歩いて歩いて……ひたすら歩いた。
ドラグナー国はアルカ大平原の中を通って行ったので快適だったが、こっちはひたすら荒れ地が続いた。
名付けるなら【アルカ大荒野】だな……とか現実逃避してた。
荒廃した大地をひたすら歩いた。
心身共に限界だった。
「だらしねーな竜斗」
ゼノは軽口が叩けるくらい余裕そうだった。
だが……
「すみません……私もちょっと……」
「……うっ」
「……限界です」
レイナもルルもリリスも限界だった。
「……しゃーない、少し休むか?」
ゼノを除く4人が一斉に頷き、その場に座り込んだ。
ゼノは余裕らしく辺りを偵察しに行った。
「……ゼノって体力あるよな?」
「そうですね……ずっと情報収集の為、外に出ているので慣れているのでしょう」
レイナが答えてくれた。
「……何か聞こえる?」
俺は耳を立てて周りに誰かいないか探知しているルルに尋ねた。
「いえ、この辺りには誰もいませんね」
「了解……なら少しリラックス出来るな」
「そうですね」
「…………」
「大丈夫?」
俺は黙ったままのリリスに声をかけた。
「あっ、はい!? だ、大丈夫ではありませんが、大丈夫です!」
急に声を掛けたから驚いたのだろうか、リリスは若干顔が赤かった。
まさかな……?
俺達が水を回し飲みしていたら、ゼノが空から帰った来た。
スキル【飛翔】を使ったのだろう。
「何かあった?」
「ああ、あったぜ」
「何があったのですか?」
「町だ。数キロ先に人間の住んでる町があったぜ、姫さん」
「「!?」」
当然皆驚いた。
急に警戒心を強めた感じだった。
「どうする? 無視するのが当然なんだが、何か様子がおかしかったぜ」
「おかしい?」
「ああ、町の中の至るところから煙が上がってる。祭りって感じでもなさそうだ……黒煙だったし」
「……だったら、もう少し近くまで行ってみよう。ルルの【聴力】が届く位までで」
「そうですね……魔族が関与している恐れもありますし、行ってみましょう」
レイナは少しだけ思案したが、やはり気になるみたいだ。
俺達は辺りを警戒しつつ、ゼノのいう町に偵察しに行った。
◆
俺達は荒れ地にある、僅かな茂みに身を隠した。
茂みの中から町の様子を伺った。
遠目に見ても分かる。
あれは祭りなんかじゃない。
建物が破壊され、それによって生じた黒煙だ。
「ルル何か聞こえる?」
「はい、ちょっと待って下さい……今、会話の内容を整理してみます」
ルルが長耳をアンテナみたくピンと立てている間、沈黙が続いた。
「……なんとなくですが分かりました。どうやら魔族が町を攻撃したみたいです」
「やはりですか……」
レイナの予想通りだった。
「ただ……」
ルルは口ごもった。
「ただ?」
「少し説明しづらいのですが……魔族を匿っていた人間がおり、その人間をスレイヤ神国の軍人が捕らえに来て、魔族はその人間を守るために攻撃したと思われます」
「…………」
レイナは何か考え事をしている。
「どうするレイナ?」
「行きましょう」
「よし、なら俺だけで行く」
「!?」
「ちょっと待て竜斗、1人は危険だ!」
ゼノが反対してきた。
「何言ってんだ。俺は人間だから俺1人のがいいだろ? 皆がいた方が、多分余計ややこしい事になると思うけど?」
「それは……そうだな」
「何かあったら、すぐルルに合図送るよ。そしたら、ゼノかレイナのどっちかだけ来てくれ。リリスとルルを守る奴もいるからな」
「分かりました、気をつけて下さい」
「おう」
◆◆
スレイヤ神国、【ダーラの町】、中央広場。
町の中央は少し拓けており、普段なら人々が待ち合わせなどをするのに最適な憩いの場であった。
だが今日は違った。
待ち合わせの目印でもある大時計は針を止め、人々が腰掛けるベンチは粉々になっていた。
周辺の家や建物は、無惨にも壊されていた。
そこには1つの建物を背に、ある男女の姿があった。
そして、それを取り囲む無数の騎士たちの姿も。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
1人の魔族の男は息を切らし、自分の傷だらけの体を抑え、必死に何かを守っていた。
「おいおい、どうした魔族……まさかこの程度か?」
1人の騎士が魔族を見て嘲笑った。
「はぁ……はぁ……うっ…!」
魔族の男は、自身を支えきれずに膝をついた。
「ナスカ、もういいわ! 貴方だけでも逃げて!!」
魔族の男の後ろで守られている女は叫んだ。
着ている服はボロボロだが、どこか気品のある顔立ちをしていた。
「駄目です……お嬢様……諦めないで……」
ナスカと呼ばれた男は必死に声を絞りだし、お嬢様と呼ぶ女性を守っていた。
お嬢様は顔を歪めた。
どうすればいいか分からずに……
「さすが魔人族だぜ、契約に縛られてるって訳か」
騎士の1人が1歩前に出た。
手には剣の神器が握りしめられていた。
「お願いもうやめて! 私達が何をしたというの!?」
お嬢様は騎士達に懇願した。
「おいおい何言ってんだ? あんた馬鹿なのか? 魔族と一緒にいる、それだけで罪に決まってんだろ」
「しかも、まさか魔族の男と駆け落ちなんかしたんだ……重罪だな」
「たまにいるよな? こういう異端者が……」
「まぁ、おかげで俺らは楽しめる訳だけどな」
騎士達は下卑た笑いで2人を嘲笑した。
「そ、それでも栄誉ある神国の騎士なのですか!?」
お嬢様が叫ぶと、騎士達の表情が変わった。
「……あんた、今俺らを馬鹿にしたのか?」
低く威圧的な声で騎士達は、ゆっくりと2人に歩み寄っていった。
「お嬢様逃げ……!」
ナスカがお嬢様を庇うより早く、騎士達はナスカを蹴り飛ばした。
「がっ……!」
ナスカはその場に倒れ込んだ。
「ナス……!?」
そしてお嬢様がナスカの元に駆け寄る早く騎士達は、お嬢様を羽交い締めにして捕らえた。
「くっ……は、離しなさい! 無礼者!!」
お嬢様は1人の騎士に捕まれながら、体をバタバタとさせ暴れた。
「ネム……お嬢様……!」
ナスカは必死に倒れながらネムの方に手を伸ばした。
それを見た騎士の1人が嘲笑う様にしてナスカの手を踏み砕いた。
「がああぁぁぁぁっっっ!!」
あまりの痛みにナスカは叫んだ。
「ナスカっ!」
ネムがナスカの名を叫ぶと、また別の騎士がネムの前に立ちはだかった。
「無様だな」
「ったく、本当に駆け落ちなんて出来ると思ってたのかよ?」
「くくっ……本当、頭のネジぶっ壊れてんじゃないのか?」
「だな」
騎士達は代わる代わる罵声を浴びせた。
「貴方達! こんな…」
ネムの前に立っていた騎士は、片手でネムの頬を挟み、言葉を遮らせた。
「黙ってろ異端者……お前はここで倒れてる穢らわしい魔族を殺したあと俺達の相手だ」
「…………」
騎士の威圧的な態度にネムは恐怖を覚えた。
そして自然と涙が零れた。
騎士は仲間に顎で合図を送った。
合図を見た1人の騎士は頷くと槍の神器を発動させた。
槍を両手で持ち、今から刺すといわんばかりに振りかぶった。
「ナスカっ!!」
「ネム、お嬢様……」
2人はお互いの名を呼ぶと、涙を流しながら見つめあった。
「じゃあな、穢らわしい魔族……来世では人間様になれるよう祈りながら死にな」
「えっ、死ぬの?」
「ああそうだ」
「なんで?」
「なんでって……今から殺すからだよ」
「なんで殺すの?」
「そりゃ穢らわしいからさ」
「穢らわしいと殺すの?」
「ああそうだ」
「ふ~ん」
「ふ~んって……お前さっきから何言って…!?」
槍を振りかぶっていた騎士は魔族を見ながら、聞き慣れない声と会話していた。
そしてふいに気づいた……自分は誰と会話していたのかと。
周りにいた騎士達も驚くほど間抜けで、自分達の中に見知らぬ男が、いつの間にか居たことに気付かなかった。
「だ、誰だてめぇ!?」
騎士達は一斉に神器を構えて、見知らぬ男に刃を向けた。
「穢らわしいなら殺してもいいんだな……なら浄化しないとな……」
男は刀と籠手の神器を発動させた。
男は刀を納刀させたまま左手で鞘を持ち、右手を柄に添え腰を落とした。
【居合の構え】+【炎属性】
「【抜刀・炎の位 魔愚魔】!!」
男が刀を抜くと、燃え盛る刀身が騎士達を襲った。
「ぎゃああぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぁぁぁぁああああ!!」
「だ、だべがぁぁぁ!?」
まさに地獄絵図だった。
黒炎に燃える騎士達は叫びをあげ、地面を転げ回り、次第に灰になっていった。
生き残った騎士は2人。
ネムを羽交い締めにしている騎士と、ネムの眼前に立つ騎士だけだった。
男は2人に向き直った。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
羽交い締めにしていた騎士は恐怖のあまり、捕まえていた手を放した。
そして2人ともその場を後にした。
いや、なりふり構わず我先にと逃げ出した。
「ゼノ!!」
男は何やら叫んだ。
手には今だ燃え盛る刀を手にしていた。
すると男はナスカに歩み寄り、もう一方の手を差し出した。
「大丈夫か?」
ナスカは戸惑った。
眼前に立ち、手を差し出すこの男は何者なのかと。
ナスカにはこの男が神か悪魔にしか見えなかった。
差し出された手を拒めば、今度は灰になるのは自分の番だと勘違いした。
◆◆
町から逃げ出した騎士2人は、自国スレイヤに向かって息を切らしながら走った。
すると前方に6枚の羽を生やした男が、双剣を手に立ち塞がっていた。
「堕天族……か?」
「どけぇぇぇ!!」
騎士2人は走りながら神器を発動させた。
お互いの距離が近づいていく。
「……双天剣技・双極星雲」
堕天族が小さく呟くと双剣から黒い光が放たれた。
騎士2人あまりの眩しさに目を閉じた。
2人はゆっくり目を開けると、目の前の堕天族はいなくなり代わりにどこまでも広がる漆黒の宇宙を見た。
そして自分達が既に斬られていた事にすら気づかず、そのまま息絶えた。