約束と発見
いよいよ書きたい話(新章)に突入しました。
視点がコロコロ変わる話です。
すみません……
銭湯での大惨事から数日後、俺は穏やかな日々を過ごしていた。
今は自分の家(正確にはマナさんの家)のソファでゴロゴロしていた。
お昼御飯を食べた後という事もあり、睡魔が襲ってきたのだ。
更に俺のお腹の辺りで寝ているソラちゃんとルークを見ていたら眠くなるのは当然だった。
2人とも涎を垂らして本当に気持ち良さそうに寝ている。
こらこら……
マナさんはカチャカチャと食器を洗っていた。
そして今日はアルカ大森林では珍しい、黒雲が晴れてお日様が差すという非常に珍しい日だった。
そんな食器を洗う心地良い音と、陽気な天気が重なり、俺の意識も段々と遠のいていった。
◆
辺りが赤く染まり出した頃、俺はソラちゃんとルークに起こされた。
「んあ……もう朝?」
「まだ夕方だよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんまだ寝ぼけてる」
俺は辺りを見渡した。
確かに窓から差す光がなくなり、外は夕暮れになろうとしていた。
俺は背伸びして、背骨をポキポキと鳴らした。
気づくと、いつの間にか毛布が掛けられていた事に気づいた。
俺は毛布をその場で畳むと、ゆっくりと立ちあがり夕食作りをしているマナさんの方に歩き出した。
「よく眠れましたか?」
「すみません、毛布まで掛けて頂いて……」
「いえ、いいんです……それより夕食まで、まだ少しかかるので2人を銭湯に連れていってあげて下さいますか?」
「はい、了解です」
「わーい、銭湯~」
「銭湯だ~」
2人は大はしゃぎだ。
あの悲惨な大事件の後、馬鹿兄弟は直ぐに壁を作り、男女の浴場を別けた。
その甲斐あってか浴場は瞬く間に人気となり魔族の間でも当たり前の物へとなった。
俺は着替えやタオル等を袋の神器の中に入れて、2人を連れて銭湯へと向かった。
ソラちゃんとルークは大はしゃぎで、街の中を駆け回っていた。
見てて微笑ましくなる仲良しコンビだ。
ルークは現在俺と一緒でマナさんの家で暮らしている。
ルークが俺と離れたくないと言った時の、ルキの顔は今でも覚えてる。
本当に殺されるかと思った……
銭湯の前まで来ると、見知った顔が3人程反対側からやって来た。
「あージュンちゃん!」
「ボブおじちゃん!」
「リリスお姉ちゃん!!」×2
ソラちゃんとルークは決めてたんじゃないかと言うくらい、息ピッタリに3人の名を呼んだ。
「あらん、ルークちゃんにソラちゃん……皆もお風呂ん?」
相変わらず蛙人族のジュンちゃんの喋り方は気持ち悪かった。
「うん、そうだよ」
ソラちゃんは元気よく答える。
「ガーハッハッハッ、なんだ、なんだ、皆も銭湯か!!」
獅子族のボブさんは、図体も声も豪快だった。
「お風呂、お風呂!」
ルークも元気いっぱいだ。
「ふふっ、こんばんは竜斗様」
「こんばんは? リリス」
「竜斗様も銭湯ですか?」
「ああ、マナさんに頼まれて2人を連れて……リリス達も?」
「はい、とても気持ち良いのでちょくちょく来ているんですよ」
リリスは嬉しそうに笑っている。
「なら、皆で行きましょん」
「おー」
「おー」
ジュンちゃんの掛け声で皆で銭湯に入ろうとした時だった……突如、一人の竜人族の兵士が息を切らしながら俺達の元に駆け寄ってきた。
「竜斗様!」
兵士は俺の名を叫んだ。
「んっ?」
「こ、ここにおられましたか……し、至急お城の方まで……お、お越しください……」
兵士は両膝に手を置いて急いで呼吸を整えようとしていた。
「何かあったの?」
「ゼ、ゼノ様が見つけられたそうです!」
「……まさか!?」
俺は一瞬何の事か分からず戸惑った。
「はい! 爆炎王の住む村を発見したそうです! で、ですので至急お城の方に……」
リリスは持っていた袋を落として口に手を当てた。
信じられないといった顔をしており、うっすら涙を浮かべていた。
「リリス!」
「は、はい!」
俺が彼女の名を呼ぶと、彼女も勢いよく返事を返してきた。
「ごめん、ボブさん、ジュンちゃん……ソラちゃんとルークをお願いします!」
「え、ええ……それは別に構わないけどん……」
俺は袋の神器から2人の荷物を出して、ジュンちゃんに渡した。
「えー……お兄ちゃん一緒に入らないの?」
「入らないの?」
2人は若干拗ねたような、寂しそうな表情だった。
「ごめんよ、また今度一緒にゆっくり入ろうな」
俺は2人の視線に合わせるようにしてしゃがみ込み、2人の頭に手を置いた。
「ぶー……約束だよ?」
「ああ、約束だ」
「絶対だからね!」
「絶対だからね!」
「ああ、絶対約束だ」
俺は2人と指切りすると、ゆっくり立ち上がった。
「行こうリリス!」
「は、はい!」
俺はリリスの手を引いて、城に向かって走り出した。
◆
【リリス視点】
街の中を疾走する私と竜斗様だったが、次第に私は竜斗様のペースについていけなくなった。
「す、すみません……竜斗様……さ、先にお城の方に……行って貰えますか……」
私にとっては完全にオーバーペースだった。
本当ならスキル【飛翔】を使えば済むのだが、以前羽をボロボロにされてからか……【飛翔】が上手く扱えなかった。
「でも……」
「い、いいんです……わ、私は後から教えて頂ければ……」
しかし……折角、自分の兄の居る、自分の居た村が見つかったのに、その内容を後から知るのは何だか少し寂しく思えた。
どうせなら皆さんと一緒に話を聞きたい。
だが……竜斗様の足手纏いにもなりたくない。
「…………」
竜斗様は少し黙った後、私の手を更に強く引っ張り自分の方に引き寄せた。
「きゃっ!?」
気づくと私は竜斗様に抱き抱えられた状態だった。
これってまさか……お姫様抱っこ……?
「りゅ、竜斗さ……きゃっ!?」
「気をつけて、もっと急ぐから舌噛むよ」
「は、はい……」
宣言通り竜斗様の走りは、どんどん速くなっていった。
正面を向くと目を開けるのが辛かった。
仕方無く竜斗様の方を見るしかなかった。
私を抱き抱える手は力強いのに、それでいて決して怖くない優しい手だった。
私が知っている人間の手は恐怖の対称でしかなかった。
私に触れる人間の手が気持ち悪かったのを今でも思い出す。
でも、この人は違う……
はっ!?
ダメです!
竜斗様にはレイナ様という素敵な方が……
「…………」
私は少しだけ下から竜斗様の顔を眺めた。
でも私が勝手にお慕いするだけならいいですよね?
たとえ……この恋が実らなくても……
◆
暫く走ると俺達は城に到着した。
リリスを降ろすと、急いでゼノがいる場所に向かった。
そこは、いつも会議や話し合いに使う部屋だった。
俺は勢いよく扉を開いた。
「【バアル・ゼブル】が見つかったって本当か!?」
中にはレイナ、ガオウ、サラ、ルキ、ララ、ルル、ローゲ……そしてゼノがいた。
「ああ、見つけた」
ゼノが答える。
「本当か!?」
「ああ、だが問題が一つある」
「?」
「村は見つかったが中々難儀な場所だ。位置はここから北東、スレイヤ神国とホウライ王国の国境の山岳地域だ」
ローゲがテーブルの上に地図を広げて場所を指差してくれた。
「ここです」
「そうか……そこはそんなに大変なのか?」
「いや、場所だけなら問題ないんだが……村の周囲に強烈な結界が張ってある」
「結界?」
「ああ……結界と言うよりかは領域に近いな……そこに1歩でも踏み込むと、たちまち状態異常の嵐だ」
「なんでそんな……第一、そんな場所からどうやってリリスは出られたんだ…………!?」
言ってて俺は気づいた。
「……蟲人族のスキルか?」
「ああ、そうだ。蟲人族には先天スキル【状態異常無効】がある」
「恐らくリリスちゃんはそれで何ともなく村から出て、周囲をうろうろしてた人間に捕まったんだろう」
前に1度リリスを神眼で視た時に【状態異常無効】のスキルがあったが、まさか蟲人族の先天スキルだったとは……
「で、メンバーはどうする竜斗?」
俺は暫く考えた。
「よし……メンバーは俺とレイナ、ゼノとルル……それとリリスだ!」
「!?」
「ちょっと待て! リリス殿には危険だ! いつ人間に出くわすかもしれないと言うのに……」
ルキはテーブルを叩いて俺の案を否定してきた。
「分かってる。でも、もしかしたらバアル・ゼブルを説得するにはリリスが必要かもしれないだろ?」
「それは……確かにそうだが……」
ルキは口ごもる。
「それにリリスを連れてくのに、もう1つ理由がある」
「それは?」
サラが尋ねてきた。
「簡単だよ。そこが本当にバアル・ゼブルがいる場所かどうかだ」
「うむ、その通りだ」
ガオウは納得してくれた。
「確かに……村を発見してもそこが本当にリリスが居たところとはかぎりませんからね。別の魔族の集落の可能性もあります。確認の意味でもいてもらった方が……」
レイナも納得してくれた。
「リリスどうする? 行くか行かないかは君が決めてくれ。無理強いはしない。最悪君がこの国に居る事だけでも伝えるし、国の外に出るのが……」
「行きます!!」
リリスは俺の質問を遮って答えてくれた。
「私なんかで、皆さんのお役に立てるなら……私は皆さんと一緒に行きます!!」
「いいんですね?」
レイナが念を押した。
「はい!」
リリスは力強く答えてくれた。
その眼は真っ直ぐレイナを見つめた。
「分かりました……では爆炎王の村へは私と竜斗様、ゼノとルル、そしてリリスの5人です! 国の防衛はガオウ将軍を筆頭にルキとサラです! 何かあった時の避難の誘導はローゲとララに任せます! いいですね?」
俺「おう」
ガ「了解」
ゼ「了解だ」
ル「心得た」
サ「任せて下さい」
ロ「ゲロゲーロ」
ル「了解です」
ラ「はい」
リ「が、頑張ります」
なんか変な返事が混ざってたけど……まぁいいか、皆の思いは1つだ!
次はいよいよ6人目の悪魔王だ!
◆◆
同時刻。
アルカディア国……外壁の、更に外の森の中。
妖しく動く4つの影があった。
4つの影はお互いが聞こえる範囲の本当に小さな声で話した。
それはララとルルの【聴力】でも聴こえない距離で、国の外での出来事だった。
「見つけた!」
「遂に見つけたぞ!!」
「ど、どうする? 侵入するか?」
「バカ言え! 見つかったらどうする気だ!」
「ジェガンさんとオークスさんより強いかも知れないんだ。俺達が敵う筈ないだろ!」
「……わりぃ、そうだったな」
「撤退しよう」
「そうだな……お2人からも絶対に手を出すなと言われてる」
「よし……ならこの近くに転移門を設置して撤退だ、いいな?」
「おう」
男達はそう言い残し、静かにその場から離れていった。