浴場と欲情
俺達はドワーフ兄弟に呼び出されてアルカディア城の正面大扉に向かった。
正面大扉前には既に幾人かの仲間が集まっていた。
「遅くなってごめん」
「ああ大丈夫、俺らも今来たとこだ」
答えてくれたのはゼノだ。
「あら? ラス、どうしたのその顔……?」
サラは大きく顔を腫らしたドワーフ族の男の顔を見て吃驚していた。
「なんでもないです……気にしないで下さいサラ」
答えたのは俺と一緒に来たレイナだった。
「くくっ……なっ、俺らが言った通りだろ」
ゼノは笑っていた。
こうなると予想してたみたいだ。
「ふふっ、そうだな」
ルキも笑っていた。
ルキとゼノからは何か変な空気が流れてるように感じた。
大扉前には既にゼノ、ルキ、サラが集まっていた。
少し遅れて俺とレイナと、顔を腫らしたラスが来たところだ。
ラスの弟のカルはガオウ、ララ、ルルを呼びに行ったみたいだ。
改めてラスの顔を見ると酷いもんだ。
レイナに殴られた顔がパンパンに腫れていた。
まさか、実際にこの眼で〇斗百裂拳を見ることが出来るとは……レイナ恐るべし!
もしレイナが神器を発動させていたら、「ひでぶ!」な状態になっていた事であろう。
そして当のレイナだが、イチャイチャタイムを邪魔されてハブてており、頬を膨らませブスーとしている。
可愛い……
暫くするとカルが、3人を連れてきた。
「ど、どうしたのですかその顔!?」
当然の様にルルがラスの顔に驚く。
神器を発動し治癒しようとするが、レイナが制止させた。
あんたは鬼か!!
「ラ、ラス兄!?」
カルが叫びをあげる。
「いっ、一体誰が……!?」
カルの叫びを制止させたのは意外にもラスだった。
「……ばびぼ言うば」
何を言ってるか分からないが、何が言いたいかはよく分かった。
「それで……我らに見せたいと言う、完成した物とは?」
ガオウが兄弟に尋ねた。
「こ、こっちです」
◆
兄弟に案内されながら俺達は街の中に向かって歩き出した。
途中すれ違う人達は俺達を見て驚いた。
当然だな。
街の中をアルカディア国、最高戦力が闊歩してるのだから。
別に威張ってるつもりはないけど……だが、かなりの街の人達の目を引いたようだ。
着いた先にて人だかりが出来ていた。
少し恥ずかしい気持ちもあったが、気にせず眼前の建物に目を向けた。
俺たちの目の前の建物はどこか見たことあるような建物だった。
屋根の上には巨大な筒があった。
煙突……?
「こ、ここは……」
ルルがとても嫌そうな顔をしていた。
知っているのか?
俺達は人だかりを残して建物の中に入っていった。
天国と地獄を見ることになるとは露知らず……
◆
数分後……
今、俺(達)は窮地に立たされている……何故こうなった?
目の前を飛び交うは無数の桶の嵐。
身に纏うは腰に巻くタオル1枚。
そして逃げ惑うは腰タオル1枚の裸の男3人。
「あの馬鹿兄弟め!!」
俺は桶を避けながら叫んだ。
ピンポイントで狙ってくる桶をなんとか躱す。
が、徐々に桶を躱しきれなくなってきた。
痛い、躱す。
痛い、躱す。
痛い、痛い、躱す。
痛い、痛い、痛い、躱す。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……
ゼノとガオウは既に無数の桶の中に沈んでいる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は必死に命乞いする。
「問答無用!!」
「破廉恥です!」
「変態……」
「出てゆけ!!」
「死……」
等々……
桶と一緒に飛び交う女性陣の罵声と暴言の数々。
彼女達もまた胸から下を大きなタオルで巻くだけで、その下は……
中々、眼福……
しまっ……!?
あ、これダメだ……
油断した俺も遂に桶を防ぎきれずに、敢えなく沈黙した。
少しすると……落ち着いてきたのか慣れてきたのかは分からないが、少しだけ女性陣も冷静になった。
俺達はラスとカルの馬鹿兄弟を呼び出した。
俺は痛みを堪えながら2人を呼び出し正座させた。
2人を囲うのは、この国の最凶戦力(女性陣)。
「で、ここは?」
女性陣の低い声。
かなりドスがきいていた。
恐い……
「よ、浴場です……」
2人は恐る恐る答えた。
「「よくじょう?」」
俺を除く他の皆は知らないようだった。
俺達がいる場所を簡単に説明したら、ここは大衆浴場。
いわゆる銭湯だ。
魔族は基本的に水浴びか清拭しかしない。
お湯に浸かる習慣がないのだ。
というより、お風呂そのものがない。
「はい。俺達は普通水浴びなんかで体を洗いますが……それだと体が冷えると思って……」
「だったらお湯で水浴びしたらどうかなと思い……今回、初めてこれを作ってみました」
「何が浴場ですか! こ、こんな如何わしい物を作って……」
レイナの拳が高く振りかざされた。
「ある!」
俺は叫んだ。
「りゅ、竜斗様?」
皆は一斉に俺に振り向いた。
「大衆浴場は俺のいた世界にはあるんだ。いつかは作って欲しいと思ってたけど、まさか自分達だけで作るとは思わなかった」
俺は胡座をかき、堂々とドヤッた。
皆は互いの顔を見合わせていたが、驚きを隠せない様子だった。
兄弟は「兄貴~」とか言って嬉しそうにしていたが今は無視。
「こ、こんな破廉恥な場所が在るわけ……」
「但し!」
俺はララの言葉を遮った。
「但し、これは混浴っていって男女が一緒に入る非常に珍しい物なんだ。普通は壁を作って男と女で別れて入るのが一般的なんだ」
皆から、ちらほら「それなら……?」とか聞こえてきた。
「あぁ~なるほど……だから以前、ルル殿に試して頂いた時、あんなに怒られたのですね」
馬鹿兄弟が何やら言い始めた。
「!?」
ルルはビクッとなり驚いていた。
なるほど。
これで以前俺が「大浴場……」とか呟いた時に、様子がおかしかった説明がつく。
ルルは1度ここを試そうとした訳だ。
「もぉ~ルル殿がここは最低だって言い出して、誰も利用してくれないから困ってたんすよ」
2人は完全に開き直っていた。
「なっ!? そんな……いきなりこんな破廉恥な所に連れてこられたら誰だって……」
「何言ってんすか……竜斗兄貴のいた世界にもあるのに、この世界にあっても不思議はないんすよ。それを試す前からあんなに騒いで」
「………………っ!」
ルルは黙ったまま体を震わせた。
怒りが頂点に来たようだ。
2人はルルの様子に気づかず、そのままルルを責め立てていた。
自分達の前にいるのが籠手の神器を発動させたルルしかいないことに気づかず……
「大体……えっ……?」
ようやく2人は自分達の眼前で振りかざされる拳に気づいたようだ。
南無……馬鹿兄弟……トイレとお風呂を作った偉大なお前達の事は忘れない。
安らかに眠ってくれ……
この後は悲惨だった。
馬鹿にされたルルにより、2人は殴打、治癒、殴打、治癒を延々と繰り返された。
辺りが血の海になったのは言うまでもない。
◆
そして俺達は、血ダルマの2人を置いて、お湯に浸かることにした。
今回は特別に皆タオルを巻いたままだ。
本来なら神聖な浴場では最大の禁忌だが、皆初めてということで大目にみよう。
「はぁ~……生き返るぅ……」
俺は多分この世界に来て、かつてない程の間抜けな声を出した。
「これが浴場なのですね……」
「体が温まるな」
「……き、気持ちいいです」
「ふふっ、あの2人には感謝しないとですね」
「……ビバ!!」
不意にゼノが叫んだ。
「!?」
皆は一斉に驚いた。
「ふっ、なんだ突然訳のわからん声を挙げてから」
ルキは小さく笑った。
「いや、何となくそう叫びたくなったんだ」
「……わかるぞゼノ。我もまさに、今そう叫ぼうとした所だ」
みんなは笑いながら楽しく、大浴場を満喫してるようだ。
これなら馬鹿兄弟が壁を作ったら、魔族の皆からも人気が出るだろう。
浴場に浸り始めてから、暫くして……
「……B……いや、Aか……?」
俺は一人小さく呟いた。
「どうした竜斗?」
不意にゼノとガオウがお湯を掻き分けながら俺の近くによってきた。
2人は俺を挟むようにして横並びになった。
俺達はキャッキャと騒ぐ女子ーズを見ていた。
「……いや皆、出るとこ出てるなぁ~……って」
「あ~そうだな……姫さんなんかSランクはあるんじゃないか? 皆タオル越しだからなんともいえないが……」
「……最強ランクだな」
「ふむ……それならサラ殿は、更にその上をいっているな」
どうやらガオウもおかしなテンションになったようだ。
だがこの場においてガオウをからかう奴はいない。
俺達3人はもれなくおかしなテンションになっていたのだ。
「……最凶ランクだな」
「おっさんは巨〇好きか……俺はそこまでなくてもいいぜ」
「それならルキくらいはどうだ? C……いやBはあるんじゃないのか?」
「……最高ランクだな」
「それならララちゃんも姫さんと同じくらいはあるだろ?」
「……同率ランクだな」
どうやや大きさでいうなら、
【サラ>レイナ≧ララ>ルキ>ルル】
の、ようだ。
だが敢えて言おう!
スライムは大きさが全てではないと!!
「でもやっぱ、レイナのスライムが最強……ん!?」
いつの間にやら女子ーズが全員こちらを睨んでいた。
片手はタオル越しにスライムを抑え、もう一方の手は桶を強く握りしめている。
「死……」
「死ですね」
「死だな」
「死だと思います」
「死ね」
どうやら兎人族のララとルルに全部聴かれていたみたいだ。
恐るべし……スキル【聴力】!!