迷宮と神珠
ララと少しだけ他愛もない話をし、女子との会話スキルが【E】にはなったかなとか考えていたら、奥から2人が出てきた。
ガオウは見た感じ特に変わりはない……ただ手には何やら荷物を持っているみたいだ。
レイナは先程までの綺麗なドレスから動きやすそうな軽装へと着替えていた。長い髪も先の方で結んで纏めている。
「……竜斗様、ララと何かありました?」
「えっ、いや別に特にないけど……」
「……そうですか、先程より2人の雰囲気が良いような気がして」
確かに最初よりかは幾分、仲良くはなったが、そんな些細な変化に気づくとは、女とは恐ろしい。
レイナ怒ってる?
もしやこれが噂にきく嫉妬ってやつか!?
などと考えていたらララが口を開いた。
「そんな……竜斗様酷いです……2人が居なくなった途端あんな事をしておいて、何もなかったなんて……」
「へっ!?」
突然何を言い出すんだこの子は……?
「そんな! あんな事って……竜斗様不潔です……」
「はっ!?」
おいおい君も何を言っているんだ……?
「竜斗よ、男としてそれはどうかと思うぞ」
「なっ!?」
黙ってろ猫科人型動物(怒)!
ちょっと待て……俺は今、弄られているのか……?
俺の困った様子を見て3人はクスクスと小さく笑う。
彼女達なりに緊張をほぐしてくれたのかもしれない。
俺は咳払いをした。
「それで、準備はいいの?」
「はい、後は竜斗様にこれを」
ガオウは持っていた荷物から服と靴を取り出してきた。
その時、俺はようやく今の自分の服装に気づいた。
いつでも寝れますと言わんばかりの部屋着に、踝までしかない靴下だけだったのだ。
仕方なかったとはいえ、これでは今から行く迷宮で、殺して下さいと言っている様なものだ。
「そちらの服装が分からず、差し出がましいようですが、こちらで勝手に用意致しました」
「……いや、俺も助かった。着てるのは部屋着だったからこれで外に行くのはちょっとな……」
俺は急いでレイナとペアルックみたいな軽装に着替え、靴を履いた。
「では参りましょうか。報告によれば迷宮はここより数キロメートルの位置にあるそうです」
俺はレイナ達に案内されるように入り口(玄関)まで向かった。
入り口を出て外に出ると、そこは町の景色は見えず、道路一本分挟んで森が広がっている感じだった。
どうやら正面入り口ではなく、城の裏口から出てきたみたいだ。
こちらからの方が迷宮に近いのもあったが、まだ国民に人間を見せるのはどうかというララの判断らしい。
暫く3人で歩きながら俺は迷宮について説明を受けた。
・迷宮にはランクがあり、ランク毎に階層の数も増えていく。
ランク<E>はフロア数【1~4】
ランク<D>はフロア数【5~9】
ランク<C>はフロア数【10~19】
ランク<B>はフロア数【20~29】
ランク<A>はフロア数【30~39】
ランク<S>はフロア数【40~49】
ランク<SS>はフロア数【50】
※上記より上のランクは未確認。
・迷宮には種類がある。【塔】、【洞窟】、【城】等
・迷宮は1日毎に1階層ずつ増えていく。
・ランク<SS>の迷宮になると周辺地域に大多数の魔物が出没する。
※迷宮のランクが低くても魔物は低確率で出現し出す。
・迷宮にはその迷宮と同ランク以下の魔物が出現する。
・迷宮の最後のフロアにはボスモンスターと呼ばれる魔物が存在する。
・ボスモンスターを倒すと、その迷宮と同ランクの【神珠】が手にはいる。
・基本的に迷宮は攻略しなければ迷宮から出ることは出来ない。
※例外もある
説明を受けて俺は自分でも意外なことに気づいた。
頭の悪い自分がこっちの世界にきてから知った言葉をすぐに覚えられている事実に。
変な感覚だが頭の中にメモ用紙があってこっちの世界の知識を箇条書きで綴ってゆき、いつでも辞書みたいに言葉を取り出せる様な感覚に。
なぜか頭が良くなったような……
頭のいい奴って皆こんな感覚を持ってるのかな?
迷宮の説明を受けて、知らない単語が出てきたので、俺の頭の中の辞書を埋めることにした。
「神珠って何?」
「神珠ですか? あっ!? そういえばまだ説明していませんでしたね……」
俺はコクリと頷いた。
ガオウは先頭で草むらの木々を掻き分けている。
「そうですね……神器が宝石とするなら、神珠は原石ですね」
「どういう事?」
「簡単に申しますと神器は神珠から作り出されるのです」
「なるほど……つまり、迷宮に行ってボスモンスターを倒して、神珠を手にいれて、神器を作るわけだ」
「その通りです。まぁ作ると言っても持ち主の血を神珠に付けて持ち主の想像力で創造する簡単な作業ですけどね」
「……逆に凄いな」
もっと職人が手間暇かけて作るのかと思ったが、以外にも魔法みたいな不思議現象で出来るのか。
「ちなみに神珠にもランクがあり、創造の際も同ランクの神器しか作れません。今から行く迷宮はランク【E】なのでボスモンスターもランク【E】、手に入る神珠もランク【E】、出来る神器もランク【E】です」
「ふ~ん……そういえばなんでランク【D】じゃダメなの?」
「えっ!?」
「いや、だって数日待てば迷宮はランク【D】になるだろ。どうせならEよりDの神器の方がいいんじゃない?」
俺は当たり前の様な疑問を質問した。
「何言ってるんですか!」
レイナに怒鳴られた。
「確かにランクEの神器とランクDの神器とでは、【月とスッポン】、【人間と魔族】くらい差がありますが、その分ボスモンスターの強さも比較にならない程強くなるのです!」
レイナは拳に力を入れて力説してくれたが、最後の例えはどっちが上か俺には分からない……
「もちろん、私達がいればランクDでも問題はないです。迷宮が成長するまでの間にこちらの世界の事もきちんと説明出来ますし、私の魔力が回復すれば【魔眼】も使えるようになるので竜斗様の力も正確に測れます。ですが……」
俺はレイナの話を聞いて寧ろそっちの方が安全ではないかと感じた。
だがこれから先を考えると俺自身が死ぬ確率は下がるのではとも感じた。
確かにレイナが万全の状態でガオウもいれば敵は問題なく蹴散らせる。が、もし何らかの要因で2人から離れた場合俺は自分の身を守れるのか?
魔眼とやらで俺の力を見て、ランクがDより上なら杞憂で済む。
だが現在の予想通り俺のランクがDだとして、1人になった時俺は戦えるのか?
一番最悪なパターンは迷宮に行く前に、あの城で訳も分からず人間が嫌いな魔族に殺される場合だ。
それよりも先に、まだフロア数が1しかない一番簡単な迷宮で、ガオウたちの傍で安全にこっちの世界での戦闘経験を積む方が得策なのではないかと。
仮に1人になってもランクがEならなんとかはなるかも……
「分かった」
「えっ……?」
「レイナは俺の身を案じて急いで迷宮攻略に行くと言ってくれたんだな。こっちの世界では何が起こるか分からないし、習うより慣れろってやつだ」
「竜斗様……」
「その代わり迷宮攻略したら、きちんと【スキル】とか【魔眼】とかも説明してくれよ」
「はい、もちろんです」
ーーそんな2人の会話を聞きながらガオウは先頭で微笑み草むらを掻き分けていたーー
暫く歩くとガオウが立ち止まり、目の前には見たこともないような異様な建物があった。
これが迷宮……?
緊張から背中にはうっすら汗が滲んでいた。
巨大な扉の前まで来て、俺が手を出して扉を開けようとしたら、それを制止する声が聞こえた。
「待て竜斗!」
俺は慌てて手を引っ込めた。
「えっ!? 何!?」
「気をつけろ竜斗よ。迷宮に入れる人数は限られている。迷宮には最初に扉を開いた者のランクに応じて入れる人数が制限されるのだ」
するとガオウは扉の中央の辺りを指差した。
そこには青く輝く玉が埋め込まれていた。
「あれは?」
「さあな……我々も迷宮について詳しく知っている訳ではないが、あの玉の色で現在この迷宮に入れるかが分かる」
・青色……迷宮には誰も入っていない。
・黄色……入ってはいるが、まだ何人かは入れる。
・赤色……制限いっぱいまで入っている。
俺は心の中で、信号機みたいだな……と呟いた。
ちなみに、扉を開けた者のランクが【E】なら1人まで。
【SS】の者が開けたら7人まで入れるそうだ。
理不尽すぎる……
「あ~そういうことか」
つまり俺が扉を開けたら最悪2人しか入れない……それは不味い。
なんの為に急いで迷宮攻略に来たのか分からなくなる。
俺が納得するとガオウがレイナの方に視線を合わせる。
レイナが頷くとガオウが両手で扉に触れ、力一杯扉を押した。
ゆっくりと扉が開くとガオウが吸い込まれるように迷宮に入っていった。
扉についていた玉が青色から黄色へと変化した。
「行きましょう、竜斗様」
俺は頷きレイナと一緒に吸い込まれるように迷宮へと入っていった。
心の中であの玉に名称を付けていた。
【迷宮信号】と……