薔薇と失脚
意外にも作者お気に入りの話です。
まさか2時間で1回も止まることなく話が書けるとは思いませんでした。
この話を読んで、皆様のテンションが少しでも上がって頂けたら作者僥倖です。
竜斗達が羅刹王と夜叉姫を倒す少し前……
ある安静室で1人の男が目を覚ました。
彼の名はゼータ。
アーク帝国最高戦力【六花仙】と呼ばれる6人の内の1人、【薔薇のゼータ】と呼ばれる男だった。
「こ、ここは……?」
ゼータは辺りを見渡し小さく呟いた。
最強の1人に数えられるゼータにとっては今まで縁のなかった安静室。
怪我人が運ばれるこの部屋を見たこともないゼータにとっては、見知らぬ部屋だった。
ゼータはゆっくりと自分の知る最後の記憶を手繰り寄せた。
(確か……ルキウスと戦って……それから人間の若い男の子と戦って……そうだわ! 私は……負けたんだわ……)
少しだけ目には涙が滲んだ。
しかしゼータは即座に気持ちを切り替えて、ゆっくりとベッドから降りた。
身体中にはまだいくつか包帯が巻かれていたが、ゼータは気にせず【アーク帝国 天城】に向かった。
当然、通路には幾人かの治癒士達がおり、ゼータを止めるが、ゼータはそれを振り払った。
怪我如きでこの歩みを止めるわけにはいかなかった。
一刻も早く自分の知る情報を、自らが仕える偉大なる皇帝陛下に伝えねばと……。
しかし、そこでゼータの中で変な感情が芽生えた。
その感情により歩みを止めることはなかったが、若干緩やかになった。
ゼータは大通路に出ると歩みを止めた。
自分は既に【アーク帝国 天城】内にいるのだと気づいた。
華やかな大通路は普段よく目にしている光景で、自分が先程まで居た部屋や通路は長年いたにも関わらず自分の知らない所だったと気づいた。
(情けないわね……)
それは【天城】内の事を知らなかった自分を恥じたことなのか、強者がいるべきではない所から出てきた自分を恥じた思いだったのかは分からなかった。
ゼータはそのまま【王の間】を目指し大階段を昇って行った。
【王の間】の前まで来ると大扉の前に2人の兵士が立っていた。
兵士はゼータに気づくと一礼しそのままの姿勢を保った。
「ご苦労様」
ゼータの何気ない一言に兵士2人は驚きを隠せなかった。
王の間を守護する2人にとっては当たり前の事で今まで労いの言葉などかけてもらったことなどなかったからだ。
それも自分達が尊敬する六花仙の1人から。
確かにゼータは強者であるが自分の部下を労る傾向が他の六花仙より強かった。
ただそれを門番に言ったことなど1度もなかった。
兵士達は戸惑ったが、ゼータは自分がどれ程意外なことを言ったか気付かずそのまま扉を開けた。
「失礼します陛下……」
【王の間】は広く絢爛豪華だった。
奥には玉座があり、そこに座すのはたった1人……アーク帝国皇帝だけであった。
傍らには自分と同じ六花仙が1人……六花仙筆頭【桜花のセツナ】が立っていた。
扉から皇帝陛下までの赤い絨毯を空けるようにして二列になっている見知った顔達があった。
片方の列は大臣達。
そしてもう一列には六花仙の【桔梗】と【牡丹】の2人と、見知らぬ顔の2人の4人が立っていた。
(【百合】と【竜胆】は?)
ゼータは少しだけ嫌な予感がしたが、そのまま皇帝陛下の元に歩み寄り、少し離れた位置で歩みを止めると、そのまま敬服し片膝を地につけた。
「よく戻ったゼータよ」
低い声で放たれるその言葉は威圧的で、ゼータは少し身震いした。
恐らく自分は今日ここで死ぬと……
「はっ、無様にも戦線を離脱し、剰え陛下に頂いた大事な兵達を……」
ゼータがそう言いかけると皇帝は軽く手を挙げそれを止めた。
「そんなことはどうでもよい、何があったか話せ」
「は、はいっ……」
ゼータは自分が体験した出来事を話した。
1人の人間の男の子に惨敗したことを。
その男の子が魔族であるルキウスを仲間にすると発言したことを。
刀の神器を所持している事を。
そしてスキル【王気】を<解放>させている事を。
「…………」
皇帝は黙ったまま目をつむり玉座に座していた。
幾人かの大臣達は「バカな」とか小声で話し失笑していた。
「陛下……どうやらあの2人や、兵達の証言と一致するようです」
「…………」
セツナは皇帝に話しかけるが皇帝は黙ったままであった。
「あの2人?」
ゼータは誰の事か分からずにいた。
「ああ、貴方は知らなかったわね。【百合】と【竜胆】は六花仙の称号を剥奪されたわ。今はそこの2人が新しい六花仙よ」
セツナは、ゼータが知らなかった2人に視線を送った。
ゼータは【桔梗】と【牡丹】の横にいる2人に視線を送ると、すぐに皇帝とセツナの方に視線を戻した。
「あの2人は?」
「今頃、敗戦処理の後始末よ。その後は……知らないわ」
「あの2人も敗けたというの!?」
「ええ。貴方が撤退する数日前に、フードとマントを被って顔は見えなかったみたいだけど、刀の神器を持つ輩に敗けたみたい」
「で、でもそれは、私が敗けた相手と一緒とは……」
「そうね、もしかしたらスレイヤ神国の者かもしれない。けどねゼータ。私は刀の神器を所持して、Sランクである貴方達を苦もなく倒して、城を真っ二つにする者がスレイヤ神国にいるとは到底思えないの」
「そ、それは……確かに……」
「第一スレイヤ神国の者なら死んでも魔族を仲間にするとは言わないし、貴方達が敗けたのなら大々的に攻めてくるはずでしょ?」
「そ、そうね……」
ゼータは納得した。
セツナは皇帝に視線を向けた。
「それと陛下……先日のギルド会議にて、スレイヤ神国側が妙なことを……」
皇帝は黙ったまま続けろと合図した。
「どうやら最近この魔族達が妙に活発化しているそうです」
セツナは、レイナ、ガオウ、ゼノの手配書を皇帝に渡した。
この手配書の中にサラの手配書が無かったのは竜斗達にとって運が良かったと言えた。
もしサラの手配書があれば間違いなく竜斗達と繋がりがあることを証明していたからだ。
竜斗とルキウス、サラの3人が一緒に居たところを多くの兵士に見られていたからだ。
しかし兵士達の報告からはサラについての報告は挙がってきていなかった。
竜斗に対して恐怖していた兵達にとっては、魔族の1人や2人はどうでもいいことだったからだ。
「……こいつらと、その人間が関わっていると?」
皇帝は口を開いた。
「まだなんとも……他にも仲間がいるかも知れませんがギルド会議には人間の話題は出てきていませんでした」
「……分かった。だがこの国がやることは変わらん! 敵が1つや2つ増えただけだ! そいつが魔族の味方をするなら魔族ごと奴隷にするだけ! 2国の手の者なら好都合だ、まとめて始末するだけだ!」
皇帝は玉座の肘掛けを叩き、勢いよく立ち上がった。
大臣や六花仙達も「オーーー!!」というように歓声を挙げた。
ただその歓声についていけなかったのはゼータ唯1人であった。
「してゼータよ……」
「は、はいっ皇帝陛下……」
「我が国に敗者は要らぬ! 本来ならこの場でその首を撥ねるところであるが、そなたの今までの功績を考えて国外追放を言い渡す!!」
【王の間】がどよめいた。
もし【竜胆】と【百合】と同じ処罰なら敗戦処理の後、密かに国内での処罰が言い渡される筈であった。
それが国外追放であったからだ。
国外追放がどれ程危険か……それは機密情報を漏らすのと同義語であったからだ。
それが只の一般人や兵士達ならまだ問題ないが、追放されるのが六花仙の1人なら大問題であった。
当然、王が預かり知らぬところで追っ手を差し向け秘密裏に処罰する所だが、相手は【薔薇のゼータ】と呼ばれる強者。
勝てる相手も限られてくる。
「へ、陛下!? それはっ!?」
当然セツナは皇帝の処罰に反対した。
「セツナ!!」
ゼータは叫んだ。
【王の間】は静まり返った。
「私がアーク帝国を裏切ると? 本来ならこの首を喜んで陛下に差し上げます……しかし陛下の命は国外追放。ならばその処罰も甘んじてお受けします」
「しかし、貴様……!?」
「大丈夫よセツナ。仮に私がホウライ王国かスレイヤ神国に行ったとしても厚遇は期待できないし、皇帝陛下に剣を向けることもしないわ。当然、情報もね」
「ゼータ……お前……」
「安心してセツナ。私はこの先絶対に皇帝陛下に牙を向けることもしないし、情報も明け渡さないわ。それは六花仙として絶対に誓うわ」
場は騒然と静まり返った。
そしてゼータは【王の間】を後にした。
◆
「よろしかったのですか陛下?」
セツナは皇帝に尋ねた。
「ゼータが、我が国にとって不利益な情報を他国に明け渡すと?」
皇帝は聞き返した。
「しかし、もし万が一……情報を喋らせるような神器や状況を考えると……」
「それも問題ないだろう。そのような神器は知らぬし、状況もゼータを追い詰められる者がそれほどいるとは思えん。まぁ先程の人間が気がかりではあるがな」
皇帝は小さく笑った。
「…………」
「なんだ? まだ不満か桜花よ?」
「いえ……」
「そういえばあの男とは軍の養成所からの同期であったな? あの男が信じられぬか?」
「それはないです。ゼータは皇帝陛下に絶対の忠義を尽くしていました。本当に裏切ることはないでしょう……」
セツナはキッパリと断言した。
「なら問題はないな」
皇帝は笑いながら【王の間】を後にし、自室へと向かった。
しかしセツナは一抹の不安を覚えた。
ゼータの国外追放が、どれだけアーク帝国に損害を生むか分からなかった。
(とりあえず新しい【薔薇】を選抜しなくては……さよならゼータ……)
桜花のセツナは、ゆっくりと皇帝に続くようにして歩き出した。
◆
ゼータは家を引き払った。
簡単な荷物や神器、神珠を持って自分の建てた家を後にした。
豪華な家具などは自分の家に奉仕に来ていた者に分け与えた。
そして意外にもゼータに2人の魔族が付き従った。
ゼータが飼っていた奴隷の魔族だった。
奴隷といっても別段どうこうするわけでもなく、身の回りの世話をさせていただけの存在。
お世辞にも扱いが良かったとは言えないが……
2人はエルフと竜人族の女の子だった。
2人はゼータを慕っているわけではなかったが、過酷な労働や戦争に投入されるよりかはマシだと思い、ゼータについていくことを決めた浅はかな考えの持ち主であった。
当然、ゼータもそれが分かっていたが敢えて止めなかった。
無償で世話をしてくれる者は有り難かったのもあったが、何よりゼータの中で魔族に対する考え方が徐々にであるが変わってきていたのだった。
「本当にいいのね貴女達?」
ゼータが尋ねると、魔族の2人はコクリと頷いた。
「さてと……何処に行こうかしら……」
ゼータは空を見上げて呟いた。
「取り敢えず……真っ直ぐ東に行ってみようかしらね」
ゼータと2人の魔族は東に向い歩き出した。
奇しくもアーク帝国から真っ直ぐ東に向かうと……そこは【霊峰アルカ】の麓。
竜斗達がよく転移している場所であった。