便器と神器
迷宮攻略に行くことになり、とりあえずトイレに行こうと案内された場所は、凄くきらびやかでとてもトイレとは思えなかった。
ただ俺が一番驚いたのはトイレの広さや綺麗さではなく、その形状や使用方法だった。あまりにも俺が元いた世界のトイレと形状が酷似しており用途も一緒だったからだ。
後で聞いた話だが、なんでもドワーフ族のある兄弟が作ったもので、その利便性から瞬く間に世界中に広まったらしい。
人間たちもこの様なトイレを使っているのか聞いたが、人間との関わりは皆無で、分からないそうだ。いずれは調べてみようと思う。
トイレが済んで、2人に案内された部屋に入ると部屋中に沢山の指輪が入ったショーケースが並んでいた。
中央には兎人族と呼ばれるウサギの耳をした女の子が立っていた。
ウサ耳もいいな……とか考えながら、中央まで行くと俺が質問するより先にレイナが喋りだした。
「竜斗様、こちらにあるのがこの国にある全ての神器です。所持されてるものを除いてですが」
「へ~凄いな、神器ってこんなにあるんだ」
ざっと見た感じだけでも100個くらいはあるだろうか。数には驚いたものの、形状は全て指輪な為、驚きは半分だった。
「竜斗よこれから迷宮に行くわけだが、当然戦いになる。そこでだ、お主は神器と呼ばれる物を知っているか?」
「いや、俺のいた世界に神器なんていう物はなかったから、こっちに来て今知ったかな。まぁ戦うための手段としては武器と呼ばれる物はあったけど」
「武器? 聞いたことのない言葉だな……まぁ良いその武器と呼ばれる物を持ったことはあるか?」
後で聞いたところ、この世界には武器と呼ばれる物は存在してないようだ。言葉としても初めて聞いたみたいだ。
よくよく思い出したら俺のいた世界にも神器と呼ばれる物はあったが、こっちの世界の神器とは何か違う気がする。
どうやら単純に考えて、俺のいた世界での武器=こっちの世界では神器と思った方がいいみたいだ。
「う~ん……しいていえば刀かな?」
「ほう、これはまた珍しい神器の名が出てきたな。その細腕で剣術を嗜んでいたとは」
正確にいえば竹刀と木刀だが違いはない……はず……
「竜斗様のいた世界にも争いがあるのですか?」
「なくはないけど、俺のいた国は平和だったよ。剣道って言って刀を使った剣術の訓練をしてただけ」
「まぁそうなのですか、それは少しだけ意外でした。竜斗様はそんなモノとは無縁かと思ってました」
俺に対して戦闘は無縁と思っていたにも関わらず、いきなり迷宮に連れてく気満々のレイナの気が知れない……
レイナの言うそんなモノがどの程度の事を想像して言ったかは分からないが、あまり期待されても困るので、俺の剣術に対する評価は低くしてもらおう。
「まぁ俺に対しての印象は大体あってるよ。別に剣術っていっても真剣を使ってた訳じゃないし。竹刀って言う模造刀?みたいなので試合したことある程度だし」
「ふむ、だが全く経験がないよりかはマシだな。迷宮は力なき者が簡単に命を落とす場所だ」
マジか……
ガオウの言葉には説得力があり、俺は少しだけ怖くなった。
「姫様の魔力が回復すれば、お主の力量も正確に分かるのだがな……」
「魔力?」
漫画やゲーム等ではよく出てきた言葉だが、実際にこの世界での魔力の意味は分からない。
魔法があるのだろうか?
「魔力とは人の中に流れているエネルギーみたいなもので、神器を扱うにはこの魔力が必要不可欠です。ちなみに私たちは魔力の大きさをランクによって分けています。人によっては魔力がなくなると死に至る者もいます。迷宮については道中説明しますね。ララ!」
かなり物騒な話なのにレイナは説明を簡単にし、急ぐようにして兎人族の娘を呼んだ。
「はい、姫様」
まだ幼い少女の様な声だった。
しかしその声とは裏腹にどこか大人びた雰囲気が彼女にはあった。
「この部屋にある神器の管理を任せられている者です。ララと申します。天原竜斗様、以後お見知りおきを」
彼女は深々とお辞儀をした。
俺は軽く会釈をして返す。彼女の使う神器は〇ルメスとか〇ァンネルだな……とか、アホなことを考えていた。
「早速ですがララ、この中に刀の神器はありますか?」
「………………」
ララは目を見開き、何か検索するような感じで黙りこんだ。
「……ありました。1つだけございます。刀の神器【迦楼羅】、属性は【炎】、ランクは【B】です」
いい!
メッチャカッコいい!
名前も良いし、属性が炎とか、いかにも物語の主人公っぽい!
俺は心の中でオモチャを見つけた子供みたいに、はしゃいでいた。
「良い神器ですね。ランク【B】で属性付きですか……しかし竜斗様の実力も見たいので、出来れば低いランクの神器が良いのですが……1つしかないのでは……でも、使いなれてない神器だと……」
レイナはブツブツと呟き、話が進みそうにない。
「あの、だったら片刃の剣はありますか?」
俺はレイナの独り言を遮り質問した。
正直言うと【迦楼羅】がいいが、話が進みそうにないし、自分でもこの世界で自分の剣道がどこまで通用するのか試してもみたかった。
本当は【迦楼羅】がいいが……
「…………剣の神器はいくつかありますね。 その中で片刃であり、刀の形状に近く、最もランクの低い神器はこちらです」
ララは少し離れたショーケースから1つの指輪を取り出し持ってきてくれた。
「それを指にはめ、【発動】と念じてみろ」
ガオウから説明を受け、適当に指輪を右手の人差し指にはめて、【発動】と念じてみた。
すると、指輪が光だし指輪だったものが剣へと形を変えた。
「スゲー……」
俺はその剣を両手で持ち、綺麗な銀色に輝く刀身をみつめた。剣と言うよりはデカイ包丁みたいな形状だった。
「剣の神器【銀叉】、属性・能力は【無】、ランクは【D】です」
ララがこの神器を解説してくれた。
「丁度いいですね……どうですか竜斗様?」
【迦楼羅】に比べて能力はかなり劣るが、レイナは納得してた。俺は【銀叉】を両手で軽く振ってみた。
「ちょっと重いけど問題ない。多分戦える」
「ではこれにしましょう。その神器は竜斗様に差し上げますので、好きな様にお使いください」
凄く嬉しかったが、どうせなら迦楼羅が欲しかったとは言えなかった……
とりあえず俺は先程ガオウから説明された通り心の中で【解除】と念じ銀叉を指輪に戻した。
銀叉は持つと少し重かったが、指輪になると驚くほど軽かった。
質量的にどうなってるか不思議だったが難しいことは分からないのであえて聞かなかった。
勝手に魔法みたいな不思議現象だなと納得した。
「でも良かったです。竜斗様のランクが最低でも【D】はあるということが分かりました。もし魔力がなかったら修練から入るところでした」
レイナは何気にさらっと重要なことを言った。軽く説明を受け俺は話を整理してみた。
・<人物>、<迷宮>、<神器>にはランクがある。
・ランクは最低【E】~最高【SS】。
※上記より上のランクがあるが未確認
・神器は自分のランク以下までしか使用できない。
※自分より上のランクの神器を使用すると命を削り、最悪死に至る。
・迷宮には、迷宮と同ランク以下の魔物が出現する。
・自分のランクに見合った数の神器を所持できる。
例:【E】なら1つ、【SS】なら7つ。
つまり神器【銀叉】を使用できた俺は今のところ最低でもランク【D】の魔力があり、神器を2つ所持できるらしい。
もし俺の魔力が【D】より下だったらどうする気だったのか怖くて聞けない。
レイナとガオウの指を見てみると2人とも指輪を5つずつ所持している。
つまり2人とも最低でもランクAはある。
もっと詳しく聞きたいが2人とも急ぐようにして、ここ【神器の間】の更に奥の部屋に行き迷宮攻略の準備をしに行った。
「……………………」
「……………………」
THE沈黙
今この部屋には俺とララの2人だけ。
正直かなり気不味い。
今まで剣道一筋で、趣味も漫画やゲームといった俺は、どちらかといえばオタクよりの人間だ。
女子からも少し距離をとられていたから彼女なんかいたことがないし、当然何を話したらいいか分からない。
天原竜斗(18)
種族:人間
性別:男
魔力:D
神器:銀叉
女子との会話スキル:G(Eより下)
自己評価してる場合か!
等と頭の中でノリツッコミしてた。
落ち着け俺……こんな時は姉貴が言ってたことを思い出すんだ……
「あんた顔はいいんだから、キモ兄みたいになったらダメよ。ちゃんと女の子とかと話して、きちんと彼女作りなさい。2次元の女が彼女とか言ったらおしまいよ」
とか言ってた気がする。
ゴメン智ねえ、女子との会話スキルが低いまま婚約者は出来ました(笑)
またまたアホなことばかり考えていたらララの方から話しかけてきた。
情けない……
「竜斗様……」
「は、はい!」
俺は勢いよく返事した。
「私は人間が嫌いです……ヘドが出ます」
うわ~……きついのきた……マジでこっちの世界の人間はどんだけ魔族から嫌われてるんだ?
「私だけではなく、魔族はみな人間が嫌いでしょう。人間が好きな魔族は姫様を含め恐らく極僅かです。なぜ姫様は人間を信じようとされているか不思議でなりません。根絶やしに出来たらと思うほどです。おまけに人間と契約まで……信じられません」
ララからの人間に対する印象を聞いてマジでこの場には居たくなかった。
2人とも早く来てくれ、俺は強くそう願った。
「ですが……姫様のあんなに楽しそうな顔を見たのは初めてです。まるで暗闇の中から光を見つけたかのように嬉しそうに……」
そうなのだろうか?
やはりあの大粒の涙はどうしたらいいか分からなくて不安でいっぱいだったのだろうか……俺なんかでもあの子の光になれるのだろうか。
ララの話を聞いてそんなことを感じた。
「……ですから竜斗様、姫様を、あの人をどうかよろしくお願いいたします」
ララはヘドが出るほど嫌いな人間に深々と頭を下げてきた。
「……俺はこっちの世界について何も知らないけど、俺に何が出来るかも分からないけど、でも、レイナとレイナが守りたいモノを守れるくらいには強くなるって約束します」
俺は改めて決意した。レイナが守りたいモノを守るのがどれだけ大変かもわからずに。
「……少しだけ期待してます」
俺はララがちょっとだけ嬉しそうに笑ったように感じた。