恐怖と帰巣
「なんとか間に合ったかな?」
俺は刀の峰の部分で肩をトントンと叩いた。
腕をぶった斬られたゼータと名乗る男は踞っている……名乗ってないけど。
「くぅぅぅ……ま、まさか、伏兵がいるなんて……」
痛みを堪えながらゼータは必死の形相をしていた。
どうやら前に両腕をぶった斬ったジェガンとは違うようだ。
あいつはのたうち回っていた。
そして俺はゼータを無視してルキウスの方を向いた。
「あんたがルキウスだな? まだ生きてるよな?」
「えっ? あ、ああ……」
ルキウスは突然自分に振られ呆気に取られたまま、曖昧に頷いた。
「よし」
そう言うと俺は刀をゼータの首に当てた。
「ルキウスに死んでもらう訳にはいかないんだよね、悪いけど連れてくよ」
ゼータは斬られた腕を押さえてる。
額からは尋常じゃないほど汗が流れていた。
それ以上に血が流れてたけど……
「まさか、私の腕を斬り落とせる魔族がいるなんてね……」
まだ余裕があるのか、ゼータは笑ってる。
(何言ってんだこいつ?)
心の中で呟いた。
「え~と……俺人間なんだけど……」
ゼータはギョッとし、勢いよく顔を見上げた。
「そんな……バカな!? いや、そうか……あなたスレイヤ神国の手の者ね?」
(何言ってんだこいつ?)
「なるほどね……私を殺して魔族を捕獲しに来たって訳ね」
(何言ってんだこいつ?)
「ん~……教えるつもりはなかったんだけど、勘違いされたままはなんか嫌だから言うけど……俺はルキウスを殺す気も捕まえに来た訳でもないよ」
俺は自信満々に言い放った。
「だ、だったら何故……?」
ゼータは不思議そうにしていた。
「ルキウスを俺の仲間にする為だよ」
俺はニィと笑って見せた。
「!?」
一番驚いていたのはルキウスの方だった。
「あなた……何言ってんの?」
ゼータは若干、体を震わせていた。
「えっ? だから言ったまんまだよ。理由は教えられないけどルキウスを俺の仲間にする為だよ」
俺は仲間のところを強調して言った。
「ふ、ふ、ふざけないで!! 魔族を仲間ですって!? あなた脳味噌に蛆でもわいてんじゃないの!!」
ゼータは怒りを露にして言い放った。
「失礼な」
俺は冷静に言い返す。
以前ほど魔族に対しての暴言を聞いても、それほど怒ることもなくなった。
こっちの世界の人間はこんなものだという事が良く分かった。予め分かっていれば、ジェガン達に会った時よりかは冷静でいられた。
すると、ゼータは【絶刀・天魔】をはねのけ後方に跳躍した。
しまった……
折角、刃を首に当てていたのに、余計な事を考えていた為反応が僅かに遅れた。
ゼータの片手には鞭の神器【カラミティ】が握られていた。
いつの間に……折角斬り落としたのに。
鞭の神器【カラミティ】、属性【風】、能力【増殖】、ランク【S】
カラミティに魔力が注ぎ込まれ赤く光輝く。
俺はそれを黙って見ていた。
「ふふっ、貴方もう終わりよ」
ゼータは不敵に笑った。
「お前っ! 早くその場から逃げろ! 奴の、奴の奥義がっ!」
ルキウスは必死に叫んだ。
俺がルキウスに目をやると、
「あら、余所見なんて随分余裕ね」
カラミティにはどんどん魔力が込められていく。
「馬鹿者! 奴の神器は魔力を込めると、その能力で増殖するだ!! 早く逃げろっ!!」
ルキウスは尚も必死に叫んだ。
「もう遅いわ、カラミティに最大の魔力を込めた私の奥義【カラミティ・エンド】からは絶対に逃げられない」
ゼータは鞭を一回だけ軽く振り、半身になって構えた。
「あ、あ……もう、ダメだ……」
ルキウスは嘆いた。
風属性か~なら弱点は炎属性だな。
◆
この世界には8つの属性が存在していた。
【炎、水、雷、地、風、光、闇】属性の7つ
それと、【次元】属性の計8つ。
相性で言うなら……炎<水<雷<地<風<炎。
光⇔闇。
7つとは別が次元属性になるわけだ。
俺が初めて戦ったランク【ZERO】の【風龍】に炎属性の【迦楼羅】で戦えたのは運が良かったといえる。
ーちなみにだが、皆が普段何気なく口にしている【竜種】やドラグナー国に存在する【竜種】と、竜斗が戦った【龍種】は全くの別物であるものとは、現段階では誰も知らなかったー
◆
俺は【絶刀・天魔】を両手でしっかり握り、剣先を地面につけないくらいの位置まで下げた。
そして、【森羅万象】で【炎属性】を付加させた。
【下段の構え】+【炎属性】
「死になさい、カラミティ・エンド!!」
ゼータが俺目掛けて鞭をしならせ、思い切り振り抜いた。
能力【増殖】により俺の眼前には無数の鞭が……それこそ巨大な壁と言ってもいいような広範囲の攻撃が繰り出された。
そして俺は刃を返すようにして天高く【絶刀・天魔】を振り上げた。
「下段・炎の位 虚爐那!!」
突き上げらた爆炎が、カラミティ・エンドを呑みこみ爆煙となって消えた。
辺り一帯に立ち込めていた煙がゆっくりと霧散していった。
「ハァ、ハァ、ハァ……嘘でしょ……」
ゼータは落胆の色を見せた。
俺は腰に手を当て、片手で軽く刀を持ち、まるで何事もなかったかのように、力を抜いて適当に立っていた。
かたやゼータの神器は先端より半分ぐらいが焼け焦げ塵と化していた。
最早、鞭とは分からない物になっていた。
「なっ……なっ……なっ……」
ルキウスは開いた口が塞がらなかった。
俺の後ろにいたハクラは傷ついて動けずにいたが、じっと澄んだ瞳で、息を切らしながら俺を見つめていた。
「あ、あなた……貴方一体何者なの!? こんな、こんなこと……こんなこと有り得ない! 有り得ないわっ!!」
ゼータは叫んだ……自分の目の前で起こったことが信じられずに。
「いや……有り得ないって言われても困るし……」
俺は適当に受け流した。
「わ、私は偉大なる皇帝陛下に仕える【六花仙】が一人、【薔薇のゼータ】よ! この世で最強の一人なのよ!!」
「知らんがな……」
俺は無表情で答えた。
そして同時に思った。
Sランクでもピンキリだ。
レイナ達の方が断然強い
「ま、まだよ! まだ終わってないわ! 貴方達!!」
ゼータは叫ぶと手にしていた転移の神器を発動させた。
ルキウスの時に使った、対象の位置と入れ換える転移の神器とは別の強制転移の神器であった。
ゼータの後方には自分の城があり、その間くらいの位置に、突如多数の兵士達が転移されてきた。
その数は百や二百を軽く超えていた。
先程のBランク以上の兵士達を含め、下位ランクも含んだ全兵力がそこにはあった。
「なっ!? まだこれだけの兵士が……」
ルキウスは驚愕した。
「貴方達! あそこにいるゴミ共を一斉に攻撃しなさい! 生かす必要はないわ!」
ゼータは俺達の方を指差し、兵士達に指示した。
兵士達も各々神器を発動させた。
「皆殺しよ!!」
ゼータの掛け声と共に兵士達は一斉に突撃してきた。
一閃
ゼータの真横に剣閃が走った。
と、同時に地面を切り裂く衝撃も巻き起こった。
ゼータは勢いよく後方に振り返ると自分の目を疑った。
兵士達の半数は動かなくなり、自分の城は綺麗に縦に斬り裂かれていたのだから。
「お前ら、それ以上動くな!!」
俺の一喝で誰も動けずにいた。
神器を地面に落とす者。
体を震わせる者。
城を茫然と眺める者。
その場にいる誰もが恐怖していた。
ルキウスでさえ恐怖していた。
今日自分達は死ぬのだと……そんな顔だ。
「わ……私のお城が……皇帝陛下に頂いた……私の兵が……あなた……あなたほんとに……何者なのよ……」
ゼータは恐る恐る俺に向き直る。
「あなた……そのオーラは……まさか!?」
ゼータの放心した精神が、奇しくも俺を見ることで我に返った。
俺の体から、薄い金色のオーラが輝いていた。
「貴方、まさかそれ……【王気】なの!?」
「「えっ!?」」
全員がゼータの言葉で我に返り、俺を見つめた。
この世で3人しか所持していない、超激レアスキル【王気】。
俺自身も気づかなくて、改めて自分の体を見回した。
「これが【王気】なのか?」
俺にとっても初見であった。
「しかも、兵達の恐怖からして貴方……【王気】を<解放>させてるわね?」
「ああ、そういえば【王気<解放>】とか出てたような……」
俺は以前見たステータスを思い出した。
◆
ゼータの心の中は色々な感情でごちゃ混ぜになっていた。
腕を斬られている痛み。
六花仙としてのプライドを傷つけられた怒り。
目の前の人間に対する恐怖。
そして、この事を敬愛する皇帝陛下に伝えなければならない使命感。
(あれは人を惹き付けるスキル……そして<解放>は敵対するものを屈服させられるスキル……まだ上手く使いこなせてはいないようね……<覚醒>させる前になんとかしなければ……)
ゼータの所持する神器は6つ……その内4つが転移の神器であった。
対象と自分の位置を入れ替える神器。
部下達を強制転移させられる神器。
迷宮から脱出出来る神器。
そして本国まで帰還できる超長距離転移の神器。
自身最大の攻撃神器【カラミティ】は通用しなかった。
部下達も動けない。
ならば、この場より立ち去り皇帝陛下に、この人間の情報を伝えるのが第一優先事項。
ゼータはそう考えた。
そして自分が使える転移は4つある。
1つ目は斬り落とされた腕についており、現在使用不可。
2つ目と3つ目は意味なし。
となればゼータの選択肢は自ずと決まってきた。
(あの神器しかないわね……魔力全快でギリギリなのに、今の私が発動させたら……下手したら死ぬわね……)
門の神器【帰巣本能】、属性【次元】、能力【転移】、ランク【S】
ゼータはかつてないほど集中した。
それはSランクの迷宮に挑んだ時以上の物だった。
竜斗の目を見つめる。
竜斗もゼータから視線を外さずにいた。
一瞬の静寂が流れた。
そして、その時はきた。
「姫様~~!!」
遠くから聞きなれない声がし、竜斗は一瞬後方を振り向いてしまった。
(今よっ!!)
ゼータは神器を発動させ、目の前に現れた門をくぐり、その場から姿を消した。