竜騎士と決死隊
出発の朝、天候は晴れ……というわけにはいかず、その日もあいにくの黒雲であった。
雷は鳴っていなかったが、うっすらと霧がかかっていた。
俺、ガオウ、サラ、3人は普段の服の上に外套……まぁ平たく言えばマントを羽織り国の門に集まっていた。
見送りはレイナとゼノ。
「じゃあレイナ行ってくるよ」
「はい、お気をつけて」
俺とレイナは軽く挨拶を済ました。
「ではそちらも頼んだぞ」
「おう、任せとけ。おっさんもしっかりな」
「ぬかせ」
ガオウとサラ、ゼノも挨拶を済ませ、俺達はアルカディア国を後にした。
◆
俺達3人はドラグナー国に向けて旅立った。
位置はアルカ大森林より南方、アーク帝国領内。そして、アーク帝国とスレイヤ神国が戦争をしている、この世界最大の激戦区……を、素通りしなければならなかった。
簡単にこの世界を説明するなら、広大な北方をホウライ王国、東南をスレイヤ神国、西南をアーク帝国が占めていた。
アルカ大森林は、くしくもスレイヤ神国とアーク帝国の国境に位置し、西側には巨大な山脈【霊峰アルカ】が聳え立っていた。
となればアーク帝国とスレイヤ神国がぶつかる場所は自ずとアルカ大森林の南方になってくる。
名を……【アルカ大平原】
ちなみにアルカとはこの世界の古い呼び名らしい。
ドラグナー国はアルカ大平原の更に南方、アーク帝国内に位置していた。
俺達は前回の迷宮攻略の時と同じようにゲートを使用しアーク帝国内に来ていた。
後方には【霊峰アルカ】が悠然と聳え立つ。
「では行くか?」
ガオウが声をかける。
「おう」
「はい」
俺達は南に向けて歩き出した。
◆
カツ、カツ、カツ、カツ
1人の女性が風を切るように、綺麗な廊下を足早に歩いていた。
身に纏うは騎士の様な白い鎧に、真紅のマント。
真紅色の前髪は短く揃えられており、後ろ髪は邪魔にならぬよう纏められていた。
頭からは竜を彷彿とさせる角が生えており、臀部からはTレックスのような太い尻尾が生えており、歩きながら何度も床を叩いていた。
指には神器らしき指輪を5つはめていた。
その少し後ろを追いかけるようにして、1人の老齢の男性がついて歩いていた。
背は女性の半分ほどの蛙人族の老人であった。
黒い衣を纏い普段の歩くペースとは違い、汗を流しながら必死で女性に付いていこうとしていた。
「お、お待ちください陛下!」
「待たぬ!」
足は止まらずそのまま歩き続けた。
「ど、どこにいこうと言うのです!?」
「知れたこと、人間の元に決まっているだろう!」
「な、なりませぬ! ついこの前、戦を仕掛けたばかり。未だ兵の傷は癒えておりませぬ!」
すると、女性の足が止まった。
蛙人族の老人は説得に応じてくれたと勘違いし、同じ様にその場で立ち止まる。
老人が切らした息を整えていたら、女性は目の前にある階段を一気に駆け上がっていった。
「ひ、姫様!」
咄嗟に老人はかつての呼び方で女性に向かい叫んだ。
女性は階段を駆け上がり一気に城の屋上まで出た。
目の前には一頭の白い【竜種】の姿があった。
綺麗な鱗がキラキラと輝いており背には騎乗用の鞍が付けられていた。
更にその横には薄い紫色をしたドラゴンが四頭と、兵士と思われる竜人族の男達が4人並んでいた。
踵はくっつけたまま爪先は開き、腕は後ろで組まれていた。
女性は何も言わず白いドラゴンに近寄り、綺麗な鱗にそっと手を添えた。
(……すまない【ハクラ】、お前には苦労をかける)
心の中で呟くとドラゴンも察したのか長い首を曲げ顔を刷り寄せてきた。
女性は小さく笑った。
男達は黙ったままその場を動こうとはしなかった。
「お前たちにも苦労をかける」
女性が兵士達に声をかけると、1人の男が答えた。
「いえ、我々は女王陛下の手であり足であり剣であり盾であります。どこまでも陛下に付き従うだけです!」
「……今度こそ死ぬぞ?」
「構いません! この命、陛下のお役に立てるなら惜しくはありません!」
「……分かった、同行を許可する」
「「はっ!」」
皆が一斉にドラゴンの背にある鞍にまたがると、階段より息を切らしながら蛙人族の老人が登ってきた。
「ひ、姫様……」
女王は覚悟を決めているのか、全てを悟ったかのような穏やかな優しい笑顔をしていた。
「すまない、爺……私は行くよ」
爺の手は震えていた。
「な、なぜです……この国にはまだ姫様が必要なのです……」
女王は首を横に振った。
「爺も分かっているだろ。数年前より帝国と神国の争いは徐々にその激しさを増してきている。土地は荒らされ、この国の民も奴隷にされるか命を落としている」
「そ、それは……」
「今ここで少しでも人間を殺しておかなければ我々に未来はない」
「し、しかし…!」
「分かっている……この地に陣取っている【あの男】は強い。正直刺し違えることも叶わぬかもしれぬ。だからお前は弟とこの国の民を連れなんとか生き延びてくれ」
「姫様……」
「頼む爺。弟が生き延びてくれればドラグナー家の血が途絶えることはない。弟はまだ幼い。だがいつの日かこの私より立派で勇敢な竜の戦士になってくれる筈だ」
「…………」
「そんな時、傍で支えてやれる奴が必要であろう? 私は爺より他に頼りになる者を知らぬ」
「…………ずるいですぞ姫様」
女王は小さく笑った。
「不甲斐ない私を許せ。これからは弟の支えになってやってくれ」
「……心はいつでも姫様と共に」
女王は頷いた。
「お前達! 準備はいいか!」
「「はっ! いつでも!」」
女王は天を見上げた。
「竜騎士……マモン・ルキウス・ドラグナー、出る!!」
掛け声と共に一斉にドラゴンが天高く羽ばたいた。
城の上空でしばしルキウスは自分の国を見下ろした。
ルキウスは覚悟を決めると、白い竜【ハクラ】に合図を送った。
ルキウスがアーク帝国の一陣があるであろう北を向くとハクラは更に翼を羽ばたかせ北に向かい飛翔した。
ルキウスは振り返らなかった……
残りの四頭の竜も後を追うように飛翔した。
ハクラを先頭に綺麗なV字の隊列が組まれた。
(……後は任せたぞ弟よ。願わくば良き師に巡り会ってくれれば良いが……)
ルキウスは切に願った。
いつの日か弟が立派な竜の戦士になり、国の道標になってくれることを……そして後悔もした……自分は人の上に立つ器ではなかったと……
5年前、ルキウスは若干15歳。
アーク帝国とスレイヤ神国は長年争い続けていたが、ドラグナー国の被害はそれほどでもなかった。
しかし突如アルカ大平原に派遣されてきたアーク帝国のSランクの騎士が3人来たことにより、ドラグナー国の情勢は一気に変わった。
騎士の1人がドラグナー国付近に陣取ると、自国の地は荒らされ多くの兵士達は捕獲され戦争の駒にされた。
なにより酷かったのは、一気にドラグナー国を滅ぼすのではなく、生殺しにするようにじわじわとドラグナー国を蝕んでいったのだ。
甚振るように徐々に徐々にと……
ルキウスはそれを5年間耐えた。
まだ幼かった少女は父を殺されると即座に王位に就き抵抗した。
もしかしたらルキウスが抵抗しなければドラグナー国はすぐにアーク帝国の隷国になり今よりかは楽だったかも知れない。
ルキウスが自分に人の上に立つ器がないと感じたのは、そうした思いがあったからだ。
だがドラグナー国の民はそんなことは微塵も思ってはいなかった。
幼い少女に全てを背負わせ、それでも自分達の為に戦う彼女の姿を見て何度救われただろうか。
ルキウスの後ろに続く4人の兵士達も同じ気持ちだった。
自分達の為に戦ってくれたこの幼い少女が5年間恥辱に耐え、今こうして最後の戦いへと向かった。
ハッキリ言って勝ち目はない。
自分達は4人ともBランクであり、女王はAランク。
対するこの先に陣取るアーク帝国の騎士長はSランクであり付き従うは数百、数千とも言われる歴戦の戦士達。
先の戦いで多くの同胞が死に、今やマトモに戦えるのは自分達だけであった。
どう転んでも勝てるわけがない。
兵士達の思いは1つだった。
ーーああ、これで全てを背負った幼い少女は楽になれると……そして自分達は少しでも少女の最後が輝けるように、自分達の命を散らすだけだとーー
そんな兵士達の想いにルキウスも気づいていた。
自分には勿体無い兵士達だと。
そしてルキウスは感じた……
もし【あの者】が自分達の上に立っていたらと……
自分と同じくらいの歳の【魔戦姫】と呼ばれる魔人族の女性。
懸賞金を懸けられているにもかかわらず、未だその存在を明かにしていなかったことを。
もし彼女が自分達の王であったなら今とは違った……少しでも魔族が幸せに暮らせる未来だったのではないかと……
(確か私と同じAランクだったな……名前は……レイナだったか? ふふっ、1度手合わせ願いたかったものだ)
ルキウスはまた小さく微笑んだ。
ドラゴン達が飛翔していると、1人の兵士が叫んだ。
「陛下! 見えてきました!」
「……わかっている!」
ルキウスは我に返り、前方を確認し大声で答えた。
アーク帝国の一翼が陣取る地の真上、遥か上空に到着するとしばしその場で待機して下を見下ろした。
(せめて【あの男】だけでも……)
ルキウスは心に誓い、目で兵士達に合図を送った。
兵士達は頷き臨戦態勢に入り、それぞれ神器を発動させた。
最後にルキウスも槍の神器を発動させた。
槍というよりかは、中世ヨーロッパでよく用いられたランスであった。
刃はなく円錐形の形をしており刺突に特化した接近戦闘用の神器であった。
槍の神器【ドラゴンテイル】、属性【水】、能力【噴射】、ランク【A】
ルキウスは、スーーーっと息を吸い込むとそのまま大きく叫んだ。
「行くぞっ!!」
「「はっ!!」」
一斉にドラゴン達は一気に下降を始めた。
戦闘機のように風を切り、決死隊の如く突っ込んだ。
彼女等5人の最後の戦いが始まった……
ーーこれがルキウスと竜斗が出会う数十分前の出来事であったーー