地下空洞と七大天使
【霊峰アルカ・地下空洞】
ーピチョンー
顔に当たる水滴で俺は目を覚ました。
「…………ん」
ゆっくりと目を開かせる。
記憶が曖昧で、まだ頭が回らない。
俺は何で寝てたんだ……?
てか……
ここ、どこ……?
重たい体をゆっくりと起こした。
「流石はスキル【天体】、治せない傷はないと言う事か」
少し嬉しそうに笑う女性の声に、思わず振り返った。
「いっ!?」
驚きのあまり一気に目が覚めた。
「マジかよ……」
驚かない方がおかしい。
だって俺の眼前にいるコイツらが、何でここに?
いや、逆か……
「目を覚ましたか」
「メタトロン……」
可愛らしい外見とは裏腹に、殺意が込められた声。
眼差しも俺を睨み殺しそうな程鋭かった。
「死んでくれて良かったのに」
「ラジエル……」
コイツの事はよく知らないけど、元の体の奴の事はよく知ってる。
ララやルルをずっと苦しめてきた元凶。
ただラジエル自身にもあまり良い印象はない。
「……しぶといですね」
「ネっ……ガブリエルか」
報告にあった通り天使に拐われたネムは、大方の予想通りガブリエルの転生体に選ばれてしまった様だ。
怒りで思わず身を乗り出すが、必死にその場で堪えた。
「天原竜斗」
「ラファエル……」
カルラくん。
いや、最早外見からは肌と髪の色しか面影がない。
どんどん別人になっていくみたいだ。
「まさかこの様な再会を果たすとは……」
「ウリエル……」
相も変わらず黒いマントに全身を包み、フードを被って顔を隠している。
コイツもメタトロンと同じように俺に殺意を向けてくる。
「……お久しぶりです」
「サンダルフォン……」
レイナに貫かれた腹は完治してるみたいだ。
何故だろう……この中で唯一コイツだけが、少しだけ好感が持てるのは。
それに、智姉の事も聞かないと。
俺の眼前に七大天使が立ち並ぶ。
かつてレイナ達、七大悪魔王が揃った時みたいに壮観ではある。
けど皆と違ってコイツらは俺に敵意を向けている。
一瞬たりとも油断出来ない。
そして……
六人の天使の真ん中にある大岩の上に座してる女性が……
「あんたがミカエルか?」
「そう名乗った筈だが?」
いや、知らねーし。
「まぁ朦朧としていたから仕方あるまい。少年、君をここへ運んだのはか弱い私だ」
「天使長ミカエル直々とか、光栄だね」
か弱いとか巫山戯てる。
どう見たってこの中でコイツが一番ヤバい。
他の天使すら霞むほどの圧倒的な威圧感。
まるで……
敵意を向けるレイナと対峙してるみたいだ。
「……なんだ、覚えているではないか」
「いや、全く記憶にないけど?」
「なら何故私が天使長だと?」
「……俺のいた世界じゃ、天使長ミカエルの名は有名だからな」
この言葉にミカエルの体が一瞬止まった。
「私の名は異世界にまで? いや、似て非なる私と同じ存在か……ふふ、それは面白そうだ。是非一度私に会ってみたいものだ」
ミカエルは小さく笑っていた。
少しだけミカエルの印象が変わる。
エンマさんのお株を奪う冷酷無慈悲なイメージだと勝手に思ってたけど……
おっと、油断は出来ない。
辺りを一瞬だけチラリと見回す。
恐らく洞窟……
ミカエル、いや天使達の後ろにある巨大な水晶みたいなのが照らしてくれてるからなんとか辺りが見えてるけど、それ以外の遠くの方は暗くて全く見えない。
つまり、近くに外への出入り口はないってことだ。
それに……
俺達の予測が正しかったのなら、きっとここは……
「霊峰アルカ……?」
「ふふ、正解だ。よく分かったな……」
ミカエルはどこか嬉しそうに答えた。
しかも場所を隠す気はないらしい。
まるで、質問したら全て答えてくれそうな感じだ。
「まぁ、そう予想はしてたからな……」
「なら、神聖な霊峰アルカを登ろうとしている者達は少年の仲間かな?」
「!?」
「図星か。31……いや32チームに別れて、霊峰アルカを囲むように登ってきている。気配からも人としては中々に鍛えられてる様だな。Sランク者は、3人か……我々を探しているのなら、少々力不足は否めんがな」
全部バレてたか。
ん?
3人?
確か天使捜索のSランク者は、ギルドへ依頼したオロスとイルミナって人だけの筈。
俺の知らない所で誰かが動いてるのか?
「皆に手を出すなら先ずは俺が……」
「ふふ、そう勇むな少年。少年、君にはいくつか聞きたいことがある」
「……だから俺を生かしたのか?」
「まぁそんな所だ。それに人を殺せとはアルカ様に言われてないからな」
段々思い出してきた。
確か俺はあの黒いのに……
て事はコイツらに……いや、ミカエルが俺を助けてくれたのか。
「いいのかよ、ここにいる何人かとは少なからず因縁があるんだけど?」
「なんだ、少年は我々の敵なのか?」
まさか……
俺の事を知らないのか?
メタトロンやウリエルがいるのに、か?
俺はチラリとメタトロンを見つめた。
「……まさか、復活して直ぐにここを飛び出すとは思わなかったぞ。しかも、まさかよりにもよってコイツをここへ連れてるとはな……」
メタトロンはやれやれと言った感じで説明してくれた。
「おまけにラファエルのスキルまで使って助けろ、とはな……我々は見殺しにするよう促したのだが……感謝しろ天原竜斗、慈悲深い我々のリーダーにな」
「ん、サンキュー」
「「…………」」
「何?」
そんな皆して黙ってこっち見んなよ。
照れるだろ?
俺が感謝したのがそんなに意外か?
「ふはははははははっっ! 実に面白い!! 我々天使を前に怯まないだけでも称賛に値するのに、臆することなく対等に話してくるとは!! 少年、私はお前が気に入ったぞ!!」
「そりゃどうも……」
皆が黙するなか、ミカエルの笑い声だけが洞窟?に響いた。
「それで?」
「ん?」
「少年よ、君は我々の敵か?」
「…………」
その眼差しはまるで俺を値踏みするみたいだった。
笑ってはいるが眼は笑っていなかった。
「メタトロン様や同胞から君の事は聞いている。幾度も刃を交え幾度も争ったとな。そして今この状況で君はなんと答える?」
「敵じゃない」
俺は答えた。
「命乞いか?」
「違う、あんたらも知ってる筈だ。俺は何度もあんたらと戦った。その中で俺が命乞いした事があったか? 命乞いするなら初めからしてる」
「なら敵ではないという証拠は?」
「…………それは、ない。けど、」
「けど?」
「……これ言ったら多分あんたら怒るよ」
「我々が怒る事なのか?」
「多分……いや、絶対ぶちギレる……」
「…………よし、怒らないとミカエルの名に誓おう。話してみろ」
とは言ってるが多分……
戦闘は避けられそうもないな。
幸いにも魔力は満タン。
なら……
俺は覚悟を決めた。
「えっと……多分あんたらはアルカって神様に踊らされてる」
洞窟?内に天使の怒りの魔力が充満した。
いや、霊峰を一瞬で吹き飛ばしそうな程だった。
岩の壁に無数の亀裂が走る。
今にも洞窟が崩れそうだった。
「やめろ、ミカエルの名に誓って怒らない事を約束した」
「ですがミカエルさん!! コイツは、コイツは事もあろうに!! アルカ様の神託を!! 至高なる使命を全うする我々を!! 神託を全うする我々、いや!! 全ての天使を愚弄したのですよ!?」
ガブリエルが叫ぶ。
ガブリエルの言葉はミカエルを除く6人の天使の代弁だった。
6人の殺意が、俺に向けられる。
「彼は馬鹿ではない。彼は言葉を選んで喋っている。その彼が我々は踊らされてると言ったのだ。なら先ずはその理由を聞こうではないか」
「くっ、はい……!!」
ミカエルは冷静にガブリエルを宥めた。
ガブリエルは渋々納得?してくれた。
だけど……
「…………ぅ!」
馬鹿か俺は……
ミカエルが俺を見つめる眼差しを見て、6人の殺意とか……アホか。
6人じゃなかった……
ミカエルが一番俺に殺意を向けていた。
その殺意が大きすぎて逆に気づかなかった。
「話してみろ天原竜斗」
「…………」
【少年】呼びがフルネームへと変わる。
ミカエルの本気が窺える。
冗談でした~、なんて言ったらミンチにされるな。
「レイナとアトラス……知ってると思うけど悪魔から転生した2人は七大罪スキルに目覚めてる」
ガブ・サン「「なっ!?」」
ウリ「くっ、サタンはともかくベルフェゴールまで目覚めたのか……」
メタ「確かベルフェゴールのスキルは【怠惰】か……まさか怠惰がいきなり目覚めるとはな……怠惰が目覚めるのは最後だと思っていたが……」
ミカ「相当ベルフェゴールを怒らせた様だなウリエル」
ウリ「も、申し訳ありませんミカエルさん……私の失態です……」
なんかよく知らんが俺を無視して話始めた。
しかも相当アトラスのスキルを警戒してるみたいだ。
確か、時間がどうとかってスキルって言ってたな。
天魔大戦で身を以て喰らった訳だから警戒してない筈がない。
まぁ今はその話は置いとくか……
「続きいい?」
「ああ、すまんな」
「で、2人はスキルに目覚めた時こう言った。夢或いは精神世界で前世の自分……つまり悪魔だった自分に出会ったと」
メタ「成る程、七大罪スキルは継承型のスキルだったか。自分をスキルの一部に組み込み、来世へと情報を紡いでく……」
ガブ「ならやはり我々が直接滅殺しなければなりませんね」
ラファ「悪魔の魂を滅する事が出来るのは我々天使のみ、なら直接戦闘はやはり避けられぬか」
サン「やれやれ、言葉と表情が合ってませんよラファエルさん」
また話がそれた……
こいつら聞く気あるのか?
いや多分無いんだろうな……
でも話さないと俺達は前に進めない……
「そこでサタンとベルフェゴールはこう言ったそうだ……【アルカ様】、と」
「「っ!?」」
お、少しは聞く気になったか?
「なぁあんたらこれ聞いてどう思う? 俺は、俺には、悪魔達が、あんたら天使が信仰するアルカって神様を裏切ったとは思えないんだけど?」
「で、出鱈目だ!!」
「バカな、有り得ない!!」
「ここへきて虚言か天原竜斗!!」
「信じる信じないはあんたらに任せるよ。俺もレイナとアトラスから聞いただけだし……でも2人は言ってた、アルカ様って言った時の悪魔の声はとても切なそうだったと」
「つまり、何が言いたい?」
「つまりだ。俺はアルカって神様はいい神様だと思ってる。人にとっても悪魔にとっても天使にとっても。そんな神様が悪魔だけを滅しろなんて神託を出す方がおかしいって」
俺はミカエルの目を真っ直ぐに見て答えた。
「それは、奴ら穢らわしい悪魔共がアルカ様のお造りになられた人を喰ったから……!!」
「何故喰った?」
ガブリエルが叫んできたから今度はガブリエルの方へ振り向いた。
「そ、そんな事、我々が知るか!! 穢らわしい悪魔どもが考えてることなど……っ!!」
「じゃああんたらは、ある日悪魔達が人間を喰って、ある日アルカが悪魔を殺せって言ったから言われるがまま戦ってんのか……」
もしかして知ってるかとも思ったんだけどな……
今度はメタトロンの方へ振り向いた。
「メタトロン……」
「なんだ?」
「あんたは前に王都で自分は全てを知ってるって言ったな」
「…………ああ」
「あんたは知ってんのか?」
「いや……我も、知らん」
そうか……
じゃあ本当にこいつらは何も知らずにただ魔族と戦ってんのか……
メタトロンも知識はあっても理由までは知らないのか……
「お前は知っているのか天原竜斗?」
意外にも尋ねてきたのはラファエルだった。
「いや、俺も知らない。けど……」
「けど?」
「知れるかもしれない」
「どういう事だ?」
だから俺は天使達に聞かないといけない。
あの人の事を知っているかどうか……
そして、アイツの事を知っているかどうか……
これは……賭けだな。
「だから、俺はあんたらに聞かないといけない……」
「何を?」
「……神眼の、アルキウスって人を知ってるか?」




