予想と復讐
ある国の、ある地域の、ある洞窟内の、ある一部屋。
1人の男が正面を睨み付けるようにして、椅子に座っていた。
その男の隣には、顔を隠すように白いローブを身に纏っている者が立っていた。
立っている者は座っている男に向かって両手を翳していた。両手からは白い光が放たれていた。
暫くすると光は収まった。
「終わりました」
白いローブの者は、座っている男に言い放つ。
座っていた男は自身の右手を見つめて、指を動かしたり関節を動かしたりして、右手が思うように動くか確かめた。
「わりぃ~な」
座っている男は、白いローブの者に感謝を述べる。
「いえ、構いません……しかしよかったのですか、左手はそのままで?」
「ああ……こいつは俺様の復讐が済んでからだぁ~」
座っていた男の左手は鋭利な刃物で斬られたかのように、存在していなかった。
先程の光により右手は復元してもらったばかりであった。
「まさかあなた程の方の腕を斬り裂ける者がいるなんて……」
「てめぇ~……それは嫌みかぁ~?」
その声には若干の怒気が含まれていた。
ローブの者は失言だったと焦る。
「い、いえ、そのようなつもりでは……」
すると洞窟内の部屋の入り口の扉が開かれた。
部屋に入ってきた男は落ち着いた物腰の、武人のような男だった。
その手には何枚かの紙が持たれていた。
「腕はもういいのか?」
心配しているのか、していないのか分からない落ち着いた声で尋ねる。
「……まぁな、それよりそっちはどうだったんだ?」
ローブの者は怒りの矛先が消えたのと、頼りになる人が来てくれた事で、そっと胸を撫で下ろす。
「ああ、収穫ありだ。驚くぞ、中々の獲物だ」
座っている男の目の前のテーブルに、持っていた紙を広げた。
「へぇ~こいつは中々……」
魔戦姫レイナ(魔人族)賞金5000000エン
獣戦士ガオウ(獅子族)賞金4000000エン
堕天使ルシファー(堕天族)賞金4000000エン
「魔人族に堕天族ですか……珍しい種族ですね」
白いローブの男は紙を覗きこむ。
「そうだな。観察眼で視れなかったのは残念だが、あの時いたのは間違いなくこいつらだ」
「間違いねぇ~」
「驚くのはまだだ。こいつら3匹ともAランクだ」
「なっ!?」
「ヒュ~~、俺と旦那と同ランクか」
「ああ。もう1匹いた兎人族のメスは、情報がないからもう少し調べないと分からないがな」
「旦那の予想は?」
「恐らく治癒師だな。それも特殊能力【復元】を所持している筈だ」
「なるほど、ならSランクの迷宮を攻略したのもあながち嘘じゃねぇ~かもな」
「ちなみにだが、俺達が捕らえていた魔族の中にも面白いのがいた」
旦那と呼ばれる男はもう一枚紙を取り出した。
渡り鳥サラ(八咫族)賞金3000000エン
「こいつもAランクだ」
「あぁ……そういや、いたな~こんな奴も。ザイガスの野郎が気に入ってたっけ」
「まぁ死んでは何の意味もないがな」
座っている男の眉が少し上がる。
我慢するかの如く右手が震えている。
「…………ゴクリ」
白いローブの者は唾を飲み込んだ。
「ちっ……この際、魔族の奴等なんかどぉ~でもい~んだよ! 俺はあの竜斗とかいう糞生意気な餓鬼の事さえ分かればな!」
思い出したかのように怒りがこみ上げ目の前のテーブルを叩いた。
「残念だがあいつの情報は全くない」
キッパリと言い放つ。
「あぁん? 旦那よぉ~何やってんだ?」
「仕方あるまい、情報そのものがないのだ」
ーブチッー
白いローブの者は確かに聞いた。
この時、座っている男の堪忍袋が切れる音を。
「ふざけんな!! あれから俺様がどれだけ屈辱に耐えてると思ってんだ! あいつを……あの糞生意気な糞餓鬼をこの手で八裂きにしてやるためだ! ただ殺すんじゃねぇ! あいつの目の前で魔族を切り刻んで! 切り刻んで! 切り刻んで! 許してくれと泣いて叫ぶまで切り刻んで、その後でぶち殺してやるためだ!!!!」
怒号が洞窟内に響き渡る。
白いローブの者は、男の怒り狂う様を見て、早くこの場から立ち去りたかった……その怒りの様を見て一歩後退りした。
武人のような男は腕を組み微動だにしない。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
「……落ち着いたか?」
「あぁん……喧嘩売ってんのか旦那?」
「まぁ聞け。確かにあの小僧の情報はないし、こいつらの居場所も分からないが、面白い情報を1つ入手した」
「面白い情報?」
「ああ、どうやらスレイヤ神国が今度大規模な軍の遠征を行うらしい」
「遠征ですか?」
ローブの者が尋ねる。
「ちっ……今それが関係あんのかよ。どうせアーク帝国との戦争だろ?」
「やれやれ……話は最後まで聞け、これはSSランクの極秘情報だ」
話を聞いていた2人の動きが止まる。
自分達の所属するギルドでも滅多にない極上の情報だったからだ。
この情報だけでもかなりの金が舞い込んでくるほどだからだ。
もちろんこの情報が、意図的に流されたものかは彼等に知る由もなかった。
「ボスの情報によればスレイヤ神国の大規模な遠征が今度アルカ大森林に向けて派遣されるらしい」
「アルカ大森林……あの広大な未開の森ですか?」
「そうだ……戦争にしては変だと思わないか?」
先程まで怒り狂っていた男は嘘のように冷静になり、1つの結論に至った。
「魔族か?」
「ああ恐らくな、ボスもそう言っていた」
「旦那の予想は?」
「十中八九間違いない、あそこの女王は狂ってるからな」
「?」
ローブの者は訳が分からなかった。
理解できないまま、話がどんどん進んでいく。
「ったく、理解してんのかぁ?」
男の口調が段々と元に戻っていく。
「い、いえ全く分からないです」
「いいかぁ~、スレイヤ神国の女王は狂ってるほど魔族を殺す事に飢えてる。そんな女王がぁ、アルカ大森林に大規模な軍を派遣するってことはだ……」
「あっ!?」
「そうだ、間違いなくいる……アルカ大森林に魔族が」
「ゴクリ……」
ローブの者はまた唾を一飲みする。
「そして俺の予想では、アルカ大森林にいる魔族は恐らく……」
「こいつらって訳だ」
「なら当然あの小僧も一緒の筈だ」
「くっ、くっ、くっ、くっ、くっ、さすが旦那だ」
「やれやれ、少しは感謝しろよ」
「何言ってんだ、俺様はいつも旦那に感謝してるぜ。魔眼がないのが勿体ないくらい旦那の予想は当たるからな」
「で、どうするジェガンよ?」
「……軍の遠征はいつか分かるのかオークスの旦那?」
「正直そこまでは分からん。ただ神国内でもかなり意見が別れてるみたいだ。戦争中なのに遠征するのかしないのかでな」
「なら、まだ時間はあるな……だったら俺様はSランクの迷宮に行く」
「!?」
「ほう……珍しいな、お前が王道で強くなろうとは」
「うるせぇ……恐らくあの餓鬼はSランクだ。迷宮攻略後であの強さだ。魔力全快ならハッキリ言って勝ち目がねぇ」
オークスはジェガンという男を見下してはいない。
ギルド【魔族狩り】の同じ幹部として、怒りに身を任せる事も多々あるが、己と相手の力量を正確に計り、同じ鉄は踏まない事を知っているからだ。
オークスは小さく笑う。
この男とならお互いまだまだ強くなれるし、美味しい思いが出来ると。
「いいだろう。その迷宮攻略、俺も手伝ってやる」
ジェガンは少し考えた。
「……Sランクの神珠は俺様が貰うぞ」
「構わん。その代わり俺の迷宮攻略も手伝って貰うぞ。もちろんSランクのな」
オークスはニヤリと笑う。
「食えねぇオッサンだ」
ジェガンも不敵に笑う。
「もちろん、てめぇも手伝えよバアル!」
「えっ、わ、私もですか?」
急に自分に振られ白いローブの者は戸惑った。
「当然だぁ~、うちのギルドで1番の治癒師はお前だからなぁ~」
「えぇ~……」
ジェガンはバアルを一睨みした。
「……わ、分かりましたよ」
バアルは貧乏クジを引いたと観念した。
「頼むぜぇ~治癒師バアル・ゼブル……」




