アーク帝国とホウライ王国③
【ザイル視点】
「うらっ!!」
俺の拳が弾かれる。
目の前に佇む巨大な魔物に傷を負わす事が出来ない。
【金剛スライム】
「か、硬ってぇ……」
きっと俺と同じ【鋼】の属性……
魔物にもいるのかよ……
「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どうやら僕はここまでみたいです……」
隣に立つガイス・ナイが地面に膝をつける。
全身を覆う神器が一斉に解除される。
「馬鹿野郎! だからいつも言ってんだろ! 完全神器発動は魔力消費が激しいって! こんな大規模な戦争が短期決戦になるわけないんだから、ちったー考えろ!!」
こんな時でもつい怒鳴ってしまう。
兜、鎧、籠手、具足、外套……全神器発動、そんなの魔力が持つ訳がない。
あの英雄ですらそこまではしない……
それをこいつは……だから肝心な所でダウンしてしまう……
「でも……竜斗くんは言ってくれました……カッコいい、と」
ガイスが苦笑する。
「馬鹿野郎、が……」
ガイスの肩に手を廻して抱える。
こんな馬鹿でも……ギルド【拳武】の次期エース。
死なせねぇ……絶対に死なせねぇからな!
「動くぞ!!」
近くにいる副マス・ラガンさんが叫ぶ。
金剛スライムが重たそうな体をゆっくりと動かす。
デカい、はそれだけで驚異だ……動くだけで周りにいる奴らが吹き飛ばされる。
「退避しろーーっ!!」
「「「うわーーーーっっ!!」」」
ありったけの声で叫ぶが、巨大スライムが動くだけで皆が吹き飛ばされる。
くそったれ、が……また何人も死んだ。
「ラガンさん!」
俺はラガンさんを呼んだ。
「どうしたザイル?」
ラガンさんが駆け寄ってくる。
この大戦が開始される前にラガンさんは既に鬼と一戦交えて、傷だらけだった。
それなのに今も気丈に振る舞ってる……
「俺に作戦があります……一か八か、それに賭けてみませんか?」
「……いいだろう、俺には妙案が思い付かん。かといってギルマスや英雄だけに任せる訳にはいかんからな」
ラガンさんも気づいてる。
確かにこんな化物、あの2人に任せるべきだ。
だが、それじゃあ駄目だ。
あの2人だけに任せてたら、あっという間に魔力と体力がなくなる。
それこそ、この戦争が一瞬で終わっちまう。
だからこいつは……この糞スライムだけは俺達で倒すしかない。
俺は作戦を耳打ちした。
「……了解だ、任せるぞ」
「うす、アイツの体に風穴開けてやります!」
俺とラガンさんが構えて、両腕に魔力を込める。
すると気づいたのか、糞スライムが向きを変え、俺達を標的に選んだ。
「メイ……パパに……力を……くれ!」
愛する妻と娘の顔が脳裏に浮かぶ。
ついでに娘が飼ってるイエロースライムの【ゼウス】も。
同類だが……遠慮する気はない!
俺は……生きて絶対2人の元へ帰る!
「行くぞ!! 地水剛拳・烈破水爆!!」
ラガンさんの渾身の一撃で、スライムが僅かに身を震わす。
全く効かない訳じゃない……だから、このまま畳み掛ける!
「全員、俺の後に続けーっ!!」
その場にいる全員に聞こえる様に叫びながらスライム目掛けて駆ける。
ありったけの魔力を拳に込めて。
「喰らいやが……っ!?」
渾身の一撃を繰り出す瞬間に、俺は拳を止めた。
何故なら、瞬きもしてないのに、俺の目の前にいた巨大なスライムは影も形もなかったからだ。
そこにいたのは……
「ミロクさんっ!?」
「む、すまんな。どうやらお前の獲物を取ってしまったようだ」
どうやら、俺が攻撃する前にミロクさんの一撃でスライムは呆気なく倒されてしまったようだ。
「はは、俺の覚悟って……」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「油断するなよザイル、まだ敵はいるんだ!」
そう言いながらミロクさんは既にその場を後にしていた。
「すげぇな、俺達のギルマスは……」
魔力やらの心配をしていたが、どうやら杞憂だったみたいだ。
SSランクになってから、あの人の強さはとうとう人間を逸脱したようだ。
「こりゃ、来年の闘王祭が楽しみだな」
◆
【エンマ視点】
「はぁ、はぁ、はぁ……これで、終わりだ……」
俺は息を切らしながら、剣を地面へと突き刺す。
白き虎を倒し、青き竜を倒し、今やっと紅き鳥を倒せた。
俺の具足の神器の能力は【浮遊】……これで空を舞う竜に近づき簡単に斬り倒した。
だが紅き鳥に大分苦戦してしまった。
どんな強烈な一撃を喰らっても何度も蘇る鳥……恐らく不死鳥と呼ばれる魔物だ。
奥義【次元殺界】による無数の剣撃で漸く倒せた。
完全に消滅させるまで斬るか、水属性による攻撃が攻略のポイント……この歳で知ることになるとは……
「だがこれで……」
顔を上げ辺りを見回す。
どうやらミロクの方も片がついた様だ。
次に万里長壁の頂上を見上げた。
あれは……鬼種か?
どうやら侵入を許した様だが、ミラの【アマテラス】が動きを封じている……あれなら援護は無用そうだ。
直に仕留めるだろう。
「これで一先ず…………っ!?」
なん、だ……?
この異様な魔力は……
スキル感知もないのに、どす黒い魔力を感じる。
大気が……震える……
◆
【トーマス老視点】
「む、こりゃいかんわい」
羅刹と夜叉の、2体の魔物との戦闘で気づかんかったとは……一生の不覚じゃわい。
「囲まれておるぞい!!」
下で戦うエンマとミロクに聞こえるよう大声で叫ぶ。
う、ムセそうじゃわい……
戦況がまた変わる。
魔物の侵攻を抑え、Sランク級を退けた……だが、いつの間にか下で戦う王国兵は、囲まれてしまった。
正面を魔物、左右を人間と魔族によって。
後ろは儂らがおる【万里長壁】。
こりゃやられたわい……
皇帝め……無策かと思いきや、ここで囲んでくるとは。
だが恐らくSランクは、皇帝の馬とここにいる鬼種のみ……一体どうする気じゃ?
「師匠……嫌な予感が……」
弟子である【聖女】ミラも察しておる。
だがこの鬼を放っておけば儂らの王が……いや、儂らの国は滅んでしまうわい。
「む、大気が……?」
空気が震える。
どす黒い雲が戦場の空を覆う。
今度は一体何を……
「アレを呼んだか……」
「世界が滅びますよ……」
羅刹と夜叉がボソリと呟く。
Sランクの鬼をもってしてビビらすとは……
「ミランダ……結界にありったけの魔力を込めておけ」
「は、はい……」
鬼達は囚われたまま抵抗する気はないようじゃ。
なら万が一を考えて防御に専念……
「な、なんじゃあれは……?」
空を見上げる……
この歳で、腰が抜けそうになるわい……
◆◆
【帝国側】
「さてと……アレが来るとなると、次も用意しておけよ」
「分かっております……」
皇帝はこの日の為に用意してきたものを次々と転移させてきた……
そして、その中でも特に凶悪なものをこれから転移させる……
「流石の四傑でもアレは止められぬだろうからな」
皇帝はアレの為の抑止力も用意させる。
「御姉様……アレを転移させます……そちらの準備は?」
セツナは小声で通信の神器の向こう側にいる者に指示を出す。
◆
「いつでもいける」
御姉様と呼ばれた、天使メタトロン。
暗闇の中、何かに座り、ただ待つ。
◆
「……陛下、いつでもいけるそうです」
セツナは皇帝を見上げる。
「よし、アレを転移させろ!!」
皇帝は王国に向けて手を翳した。
その瞬間、アレが戦場へと舞い降りた。
アーク帝国・天宮軍・凶軍・十凶……
最凶の一体……
SSランクの魔物……
【尾を呑み込む蛇】
神世歴1000年、この年……
本来、迷宮の最奥にて侵略者を待ち受ける筈の厄災が、世界へ顕現された……




