激突と遅刻
【帝国側】
「見えてきたな」
アーク帝国・皇帝アーサー・アーク・ベオウルフは呟く。
眼前に聳える【万里長壁】を見て。
騎乗するは愛馬・黒曜皇馬。
以心伝心なのか互いにこれが最後の戦だと感じていた。
「はっ、先遣隊はどうやら殺られたみたいです」
その少し後ろを六花仙の1人、【桜花】セツナが付き従う。
「流石、【拳聖】ミロクといったところか……一筋縄ではいきそうもないな」
「…………」
皇帝の微笑に対して、セツナは無言で答えた。
「出し惜しみはなしだ、【天宮軍】を!」
「はっ!」
皇帝は万里長壁へ向けて手を翳した。
セツナは一礼しながら力強く答えた。
皇帝とセツナの遥か後方……
万里長壁から見て、ギリギリ黒い何かにしか見えない位置……
そこから……
「破軍!!」
セツナが叫ぶと、皇帝の右翼に人間で構成された部隊【破軍】が転移してきた。
その先頭に立つは六花仙が1人、【桔梗】リリーメル。
「魔軍!!」
次にセツナが叫ぶと、今度は左翼側に魔族で構成された部隊【魔軍】が転移してくる。
先頭は同じく【牡丹】ゼロマル。
一部の魔族を除いてほぼ全員が首に神器が巻かれ行動を制限されていた。
「……凶軍!!」
セツナは少し躊躇いながら叫んだ。
最後に、最前列に転移してきたのは、魔物で構成された部隊【凶軍】。
スライム、鬼、蛇、猿、馬、鳥など大小様々な種族の魔物が咆哮しながら入り乱れていた。
先に現れた2軍と違って見えるところに指揮官はいなかった。
3軍合わせた【天宮軍】……魔物がその殆どを占めていたが50万は優に越える脅威の数だった。
「……壮観だな」
皇帝は小さく呟いた。
例え恐怖やスキル、神器で従えているのだとしても……そこにはかつて夢見た全ての種族が1つになっていたからだ。
「それにしても……見事な転移だったな。ゼータやクウマを彷彿とさせる転移者だな」
「……左様で」
セツナは皇帝に悟られない様にしていたが、僅かに動揺を隠せずにいた。
絶対に皇帝とクウマを会わせてはならないと。
愛する皇帝の望みを叶えるためにも、仲間である天使ウリエルに刃を向けないためにも、絶対に会わせないと強く誓っていた。
勿論、これ程の転移を一瞬で出来る者など限られている。
事実この転移を行ったのは死神クウマ……天使ウリエルだった。
「さて、王国はどう出るか……」
この戦は絶対に勝てるという自信からの発言だった。
遥か後方にあった部隊……それが王国側から見て僅か目と鼻の先に一瞬で現れた。
自分達がされたらどうしようもないと判断するしかないだろう……
それを王国がどう迎え撃つのか……少しだけ皇帝は楽しみだった。
◆
【王国側】
双国の国境に聳える【万里長壁】。
王国側の地上から、その頂上へと一気に跳躍する者の姿があった。
「ふぅ」
跳躍したミロクは、頂上へ到着すると小さく息を吐いた。
「遅かったな」
1人の男性が声をかける。
「すまない、軍の準備に手間取った。これ程の数の軍を指揮するのは初めてだったのでな。だが、いつでも出れるぞ」
万里長壁の頂上には、ミロク以外の人間が既に待機していた。
彼らは等間隔で立ち並び、帝国領を見据えていた。
「報告で聞いた通りだな」
「ええ、この眼で見ても未だ信じられません」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、クウマ……いや天使とやらの仕業じゃな」
「近年、魔物が迷宮外で多数見られたのは帝国が原因だった訳だ。あれだけの数の魔物をどうやって御していたのかは不明だがな」
立ち並ぶは、ホウライ王国【四傑】。
【英雄】エンマ、【聖女】ミランダ、【守護神】トーマス老、そして【拳聖】ミロク。
王国の歴史上、四傑が同時に戦に参加する事は殆んどない……何故なら必要なかったからだ。
それほどまでに四傑は強かった。
だが……今までの小競合いの戦程度なら1人だけでも充分過ぎる戦力なのだが、今回に限って言えばそうもいかなかった。
だから、誰にも想像出来なかった……
四傑が揃うと一体どうなるのか……
地上にて待機する兵士達……誰もが唾をゴクリと飲みこんだ。
敵の数も生半可な数ではない……だが四傑が揃って戦をすることもない……
両者がぶつかればどうなるのか……もはや常人にとって未知の領域だった。
「ふん、あれが帝国自慢の【天宮軍】か……」
不意に四傑の丁度中心へと転移してくる者がいた。
ホウライ王国・真王ジオ・H・クラフト。
転移を行ったのは英雄エンマの片腕ルシーダ。
そしてジオ王の少し後ろには綺麗な出で立ちに鎧を纏った、【ナンバーズ】が2人……顔は真っ白な綺麗な包帯でグルグルに巻かれていた。
「「陛下!」」
4人は一斉に片膝を着けようとしたが、ジオ王は小さく掌を見せそれを制止させた。
「……ふむ、魔物か。厄介なモノまで投入してくるとはな……アーサーめ、余程本気と見えるな。それに……」
「ええ、驚愕の数です。20万や30万ではすまないかと……」
ミラの額から僅かに汗がつたう。
「こちらは?」
「ふぉふぉ、10万がやっとですかのぉ」
王の問いにトーマス老が答える。
「……魔族の格言に【戦は数】とあるが、ここまで差があると嫌と言うほど痛感させられるな」
「「…………」」
王の呟きに四傑は黙り込む。
「だが切り札ならこちらにもある……それに、人の格言だと【戦は個】だ。雑魚がいくら群がろうと強者の前では無力」
「「…………」」
「四傑よ、我にそれを証明して見せろ!」
王の激が飛ぶ。
勿論、敵の中に雑魚がいないわけではない。
だが王は信じていた。
四傑が揃えば、この世に倒せぬ敵はいないと!
「ふぉふぉふぉ、以前みたいに信頼されぬのも問題じゃが、ここまで過度に信頼されるのも困りもんじゃな」
「ふふ、全く師匠の言う通りです」
「まぁ、こちらの切り札が来るまでの露払いといくか」
「兵士は一人一殺で、我々が一人五~十万倒せばいいだけの事だ。あの2人を待つ必要はないな」
「…………」
王は赤面した。
カッコつけたのに、四傑は軽く微笑んで流したからだ。
それを見ていたナンバーズ2人も包帯の下で優しく微笑んだ。
そして四傑は号令を待つ。
真剣な眼差しで、自分達の王を見つめる。
これより先は命のやり取り。
最強に属するが、死なない保証はない。
だから待つ。
自分達を鼓舞してくれる、王の声を。
王は咳払いを1つすると、真剣な眼差しで前を見つめた。
そして帯刀していた剣を抜く。
国の至宝、【宝雷】を。
そして掲げる。
天を衝くように高く。
「聞け! 王国を護る勇敢な兵達よ! 眼前にて相対する敵は強大にして凶悪な者達だ! 一歩でもその侵入を許せばたちまち我らが領土は蹂躙されるだろう! そなた達が一歩でも退けば、それは家族が、親友が、恋人が、一人殺されると思え! 我には聞こえる……そなた達の、祖国で待つ愛する民達の声なき悲鳴が……誰にでも恐怖心はある……だが! 恐れる事は何もない! そなた達には我がついている! 四傑が! かの天剣が! かの拳姫が! 英霊達が! そして、味方する国もある! 進め! 恐れず立ち向かえ! 我が約束しよう! 勝利はホウライと共に!!」
「「勝利はホウライと共にっ!!」」
「「勝利はホウライと共にっ!!」」
「「勝利はホウライと共にっ!!」」
王の初めての号令に、兵士達は力強く神器を掲げる。
王の言った通り、恐怖はある……
だが……それでも……
心に誓う……
愛する人達を護ると……
兵達は進む……
竦みそうになる足を必死に堪えて……
「開戦だっ!!」
王の言葉と同時に先頭より順々に兵達の転移が開始される。
転移した壁の向う側は、恐怖の塊で一杯だった。
眼前にて待ち構える視界一杯に拡がる魔物達。
それでも兵達は進む。
自分達を鼓舞するように発動させた神器を掲げ叫んだ。
そして駆ける。
愛する者達を護る為に!
◆
【帝国側】
「…………いい声だ。あれが真王、ジオ・H・クラフトか……もっと早くに相対したいものだったな」
皇帝はほんの僅かに身震いした。
数多くの戦に参加したが、ここまで心を震わせた敵がいただろうかと……
後悔はないつもりだったが、少しだけ後悔した。
憎い敵がいるホウライ王国……その全てが憎かった。
だが、あそこまで勇ましくぶつかってくる敵はいない。
ならこちらも、自身が他国に誇れる【六花仙】6人でぶつかるべきだった。
だが……今の自国の戦力は、自分の声など届かぬ知性なき魔物が殆んどだった。
「残念だな……」
少しだけ後悔した……
「陛下……こちらは……?」
セツナは皇帝に促す。
自分達の号令はどうするのかと。
「言ったところで無駄であろうな……八割が奴隷と魔物では、我の声が心に響くことはない」
「…………」
セツナは目を閉じた。
そんな事はない……と。
少なくとも自分やリリーメル、ゼロマルは奮起する。
それに数は少なくとも、破軍は長年帝国に仕えてきた者達ばかりだ。
必ず皇帝の声は響く……
だが……セツナは無言を貫いた。
どうせ、これで全て終わりなのだからと。
セツナはゆっくり眼を開くと、前方に手を翳した。
「進め!! 開戦だ!!」
前列の魔物達がゆっくりと歩を進め始めた。
カレらに恐怖心はない。
眼前に立つモノを貪る……ただそれだけだった。
今、歴史上類を見ない、かつてない大戦の幕開けとなった。
血と涙が入り交じり、腐臭と異臭が空気を漂い、地は裂け、天は焼かれ、生きとし生けるモノ全てが死に絶える……
そんな争いが……
◆◆
【??側】
「急ぎましょう、竜斗様!」
「分かってる、レイナ!」
アーク帝国とホウライ王国との戦が開始される少し前……
王都クラフトリアより、真っ直ぐ2国の国境に向けて駆ける者達がいた。
2人は目的を果たし帰還したが、王都には僅かな兵やギルドに属する者達がいるだけで、もぬけの殻に近かった。
結界が張られている為、帝国側もそう易々と直接転移は出来ない。
その為……ほぼ全ての戦力が国境に集まっていた。
だから……
「ったく、少しは転移出来る奴を残しとけよな!」
竜斗は駆けながら愚痴る。
「竜斗様……それは遅れた私達に問題があるのでは……?」
迷宮攻略に勤しむあまり、つい王都から離れてしまった事が原因だった。それも帝国とは逆方向……
その為、情報を知るのが遅れ……結果、王都に戻った時には既に戦のため誰もいなかったのだ。
「うっ、返す言葉もない……」
提案者は竜斗。
「……ですが、そのおかげか収穫もありました」
「だよね」
大きな戦が始まるのに2人は冷静だった。
それもそのはず……迷宮攻略はそれほどまでに2人を強くしたからだ。
「まぁ遅れた分はキッチリと取り返しましょう」
「だな」
2人は駆けた。
驚異の速さで。
あれれ?
既視感……かな?
主人公が遅れて助けに……なんか、こんな展開ばかりな気が。
でも作者の中では熱くなる展開なんで、悪しからず……
いよいよ帝国編が始まりましたが、実はクライマックス(あくまで帝国編の)だったりなんかしたりして……