想いと誓い
ーーアルカディア国・大通りーー
城から、外への入口まで続くメインストリート。
大通りの両脇には各商店や露店などが建ち並び、その裏には皆の住む家が建っていた。
アルカディア国は城を基点に、外周を円を描く防壁によって守られている。森に出るためには城の裏口か、この大通りからの正面入口の2ヶ所のみ。
ちなみに街の建物は、城或いはこの大通りに寄り添うように建てられており、城の付近から入口にかけて徐々に建物の数が減っていった。
そして、城や大通り以外の防壁付近には何も建っておらず、荒地があるのみだった。俺が城から街並を見下ろした際、小さい国だと感じたのはこれが原因だ。
防壁で囲まれているにも関わらず、建物が密集している為、視覚的に小さく感じたのだ。
レイナ達は小さい国と言っているが、それは人間の国や街と比較してで、面積としては決して狭いものではないと思う。
当然、密集された大通りは人で賑わっていた。
「前から思ってたけど、大通りは賑わってるね。いつもこんななの?」
「うん!」
「…………」
うん、ソラちゃん……小さい子に街の状況を聞くのは間違ってたな。
ガオウやレイナに今の質問をしたら、普段はこうで今日はこんなだって、もう少し詳しい返事がきそうだが、ソラちゃんに聞くのは間違いだったな。
いや!!
ソラちゃんが「うん」って言ったんだ、いつもこんな感じなんだきっと!
ソラちゃんを信じよう!!
「おう、ソラ坊お使いか?」
歩いていると、野菜を売っている店から声をかけられた。
「うん、そうだよボブおじさん」
ソラちゃんは元気よく返事をした。
俺は声のする方に顔を向けた。
野菜を売っていた魔族はガオウと同じ獅子族のおじさんだった。
ガオウの毛色は金色を薄くしたような色だが、ボブおじさんと呼ばれるこの人の毛色は茶色だった。
「おう、竜坊ホントにうちの店に来てくれたか」
竜坊……もしかして俺のことか……?
よく見たら迷宮攻略に赴く際に、「帰ったらうちの店に来い」と言ってくれたおじさんだ。
「はい、まぁ今日はソラちゃんの手伝いです」
「がっはっはっ、まぁ見ていってくれ」
豪快な人だ……等と思っていたら、ソラちゃんが財布らしきものを取り出し、中から1枚の白い紙を取り出した。
そして、その紙をボブおじさんに渡した。
「……了解だ! 袋に纏めてやるからちょっと待ってろ」
ボブおじさんは紙を見ながら野菜を袋に詰めていった。
どうやら買い物リストの紙だったようだ。
「終わったぜ、全部で10品だ」
俺が野菜の入った袋を受けとると、ソラちゃんが別の紙を取り出した。
その紙は先程の白い紙と違い何やら模様が描かれていた。
「それは?」
俺は尋ねた。
「そうか、竜坊は知らなかったな。こいつはこの国での金みたいなもんだ。まぁ正確に言うなら引換券だな」
「引換券?」
「ああ。この国では自分たちで物を作って、それを売って生活してるんだ。最初は物々交換だったらしいんだが、いらない物を交換に出されても困るからってな、姫様の祖父さん、先々代の王がこの【魔券】を発行されたんだ」
「へぇ~」
やっぱ通貨みたいなのあるんだ
「まぁお互いの利益が得れて等価交換になるなら、別に物々交換もありだがな」
「……さすが契約重視の魔人族だな。そういうのはきっちりしてるんだ」
「おぉ竜坊、ちゃんと分かってんじゃねぇ~か」
「分かってんじゃねぇ~か」
ソラちゃんも元気よく真似する。
「がっはっはっはっは……ソラ坊、おっちゃんの喋り方真似してたら、またマナさんに叱られるぞ」
「あぅ……」
やっぱ叱るんだ……
さっきは笑ってたけど、ソラちゃんの前であまり下手なことは言えないな……
俺は断固たる決意をする。
◆
お店を後にした俺達は、次に引換券屋らしき店に入り、マナさんに渡された風呂敷を、店主に手渡した。
「あらぁ~んソラちゃん、ママのお使いかしらぁん?」
「そうだよ、ジュンちゃん」
「えらいわねぇ~ん」
気持ちの悪い喋り方だった。
顔は蛙で、体は筋骨粒々で見た目は正直慣れそうになかった。
蛙人族という種族らしい。
蛙人族は皆こうなのか?
それともこの人が特殊なのかは分からなかった……
目からも反り返る程の長いまつ毛が生えていた。
オスなのかメスなのかもわからない。
両生類だからか……?
なんて阿呆なことを考えていた。
「で、こっちの男の子が噂の竜斗ちゃんね?」
「ど、どうも天原竜斗です。よろしくお願いします、ジュン……さん?」
「あぁん、堅い堅い、気軽にジュンちゃんって呼んで」
ジュンさんはノンノンと人差し指を左右に振っている。
「……ジュンさん」
「ジュンちゃんよ」
「ジュンさん」
「……私ん中の漢が出るぞ」
笑っていたが目が笑っていなかった。そして既に若干漢が出ていた。
「よろしくお願いしますジュンちゃん……」
俺の心は折れた。
「はい、よろしくねぇん竜斗ちゃん」
取敢えずの挨拶が済むとジュンちゃんは風呂敷を広げ中から服を取り出した。
「さすがマナさん、いつもいいセンスの服を作るわん」
どうやらマナさんは自分で服を作って、それを売っているようだ。俺から見てもいいセンスの服をしてる……智姉より全然上手だった。
「今回は5着だから、魔券は20枚かしらねん」
ジュンちゃんは、ソラちゃんに魔券を渡した。
ソラちゃんはそれを大事そうに財布の中にしまった。
野菜10品で魔券1枚、服1着で魔券4枚か。
野菜1品100円としたら、服1着で4000円?
う~ん高いと捉えるか、安いと捉えるか……
相場が分からん。
まぁどちらにしろ、あの家に厄介になるなら俺もお金を稼がないといけない。
最悪稼げなくても、せめて裁縫道具や布なんかをマナさんにあげられたら良いのだが……
◆
俺とソラちゃんは店を出ると、真っ直ぐに帰宅した。
マナさんに買ってきた野菜を渡すとマナさんはすぐに調理に取りかかった。
ソラちゃんは鞄や財布を定位置らしき場所に戻すと、マナさんの手伝いをしだした。
俺もテーブルを拭いたり皿を並べたりとソラちゃんの手伝いをすることにした。
マナさんが出来た料理を盛り付けると、日本のどの家庭でもあるような感じで3人とも席につき「いただきます」で食べ始めた。
そしてマナさんの料理はとても美味しかった。
パンに野菜スープ、サラダ、フルーツとどれも家庭の味がした。
ご飯を食べ終わるとマナさんは洗い物をしている。
ソラちゃんと俺はソファで、まったりしていた。
すると向かいの棚の上に綺麗な宝玉が目に入った。
「……あれは【神珠】ですか?」
「ええ、そうです」
マナさんは洗い物の手を止めて話し始めた。
ソラちゃんはスヤスヤとソファで眠りだした。
「……亡くなった主人の形見なんです」
マナさんは洗い物が終わったらしく、紅茶を入れて持ってきてくれた。
「あっ、すみません……」
俺は2つの意味を込めて謝った。
紅茶を入れてもらった事と、ご主人さんのことで。
「ふふっ、いいんです」
マナさんは小さく笑った。
俺は紅茶に口をつけた。
「あれは……この子が生まれて暫くしてです。魔族の人が【ホウライ王国】の奴隷として連れていかれるという情報を手に入れたので……急遽、姫様やガオウ将軍達と共に人間達から魔族の人を助けに行く救助チームに参加したのですが、主人はその時に命を落としました」
「…………」
俺は黙ってマナさんの話を聞いた。
マナさんは寝ているソラちゃんの頭にそっと手を置いた。
ソラちゃんを見つめるマナさんの瞳はまさしく母親のそれだった。
「作戦は最初順調だったそうです。予めいくつもの神器【ゲート】を設置して、奴隷商人に強襲をかけて何人もの魔族の人を助け出せることが出来たみたいです…………ですが、突如たった1人の人間が現れ状況は一気に悪化したそうです。姫様ですら苦戦を強いられ、姫様を庇ったガオウ将軍は重症でした……救助チームの多くの人が命を落としました。姫様とガオウ将軍を逃がそうとした、この子の父親もその時に命を落としました……」
マナさんはソラちゃんの頭をゆっくりと撫でている。
ソラちゃんはムニャムニャと気持ち良さそうに寝ている。
「この神珠はその時に、その人間から奪った神珠だそうです。主人は奪った神珠を姫様に渡して、激怒したその人間に殺されたそうです」
「…………その人間は?」
「姫様たちの話では、どうやらホウライ王国の者で奴隷の受取人みたいだったそうです。その時に【魔眼<人>】を使った者の情報では、その人間は【Sランク】だったそうです…………それ以来、Sランクの人間には最大級の警戒を行うようになりました。ゼノ様も国をよく空けるようになり、Sランクの者を探すようになったそうです」
「そうだったのか……」
「竜斗さん」
「はい?」
「良かったらこの神珠を使っていただけませんか?」
「えっ!?」
突然のマナさんの申し出に頭がついていかなかった。
「棚の上に飾られているよりも、誰かに使っていただけた方が主人も喜ぶと思うのです」
「……でも魔族の人ならともかく、俺は旦那さんを殺した……同じ【人間】ですよ?」
マナさんは首を横に振った。
「竜斗さん達が迷宮に赴く日、この子が初めてあなたに近づいた時……正直私は怖くてたまりませんでした」
「…………」
「一瞬、娘まで失うんじゃないかと…………ですが、あなたとこの子の会話を聞いて、ああこの人は大丈夫……この人なら娘を守ってくれると……私の杞憂だったと悟りました」
「たったあれだけで?」
「はい、あれだけで充分です」
マナさんはニッコリと微笑んだ。
「ですから竜斗さんにこの神珠を使って、どうか私達を……いえ、この子を守って頂けないでしょうか?」
「……いいんですか?」
「はい」
マナさんは神珠を手に取り、その手をそっと俺に差し出してきた。
俺は両手でそれを受け取った。
それはとても重いものだった。
ソラちゃんの今は亡き父親と、マナさんの想いが凝縮されてるような感覚で手にズシリとのし掛かった。
「……大事にします」
「はい」
「きっとソラちゃんもマナさんも、この国のみんなも守って見せます」
「はい」
俺の中で守りたいものが増えた。
レイナもソラちゃんもマナさんも、魔族のみんなも守ってみせると改めて誓った。
「あっ、でも無理はいけませんよ」
俺の覚悟を挫くような優しい声でマナさんは注意してくれた。
「……了解であります」
マナさんはクスクスと笑っていた。