愛馬と花園
新章にしようか迷ったのですが、取り敢えず今回までが【王国編】です。
今回は皇帝視点のお話です。
俺は今夢を見ている……
いつからだろう……
愛おしい夢が悪夢に変わったのは……
俺達は誓い合った……
いつかこの世界を1つにすると……
そしてその時こそ一緒になると……
「アリス……」
目の前に立つ女性の名を呼ぶ……
彼女は微笑みながら振り返る……
彼女はあの日のまま変わらず美しい……
旧き友アトラスの妹……
だが今の俺の隣に、二人はいない……
あの日……
王国が俺から全てを奪った……
人も魔族も彼女の想いを踏みにじり裏切った……
赦せない……
護ると誓ったこの世界が憎くて仕方ない……
もういい……
疲れた……
彼女のいない世界に未練はない……
全部……壊してやる!!
◆
「とも……か……」
不意に目が覚めた。
気付くとベッドに寝ており、うまく力が入らない。
「陛下、お目覚めになられましたか!」
すると聞きなれた声が俺を心配していた。
「セツナ、か……?」
「はい、我が王よ!」
彼女は一定の距離まで近づいてきた。
「俺は……寝ていたようだな……?」
「はい、お倒れになられてから一月も……」
「む、そんなにか……」
自分でもよく生きていたなと感心する。
最近はずっと体調がよくなかった。
何度か吐血したこともあった。
最後に気を失ってから一月か……
だが何故だろう……
未だに力は入らないが、妙に落ち着けている。
体調も……悪くない。
「む、誰だ?」
不意にセツナ以外の気配を感じた。
「お初にお目にかかる、皇帝よ」
褐色の肌の男が、セツナの少し後ろから現れた。
誰だ?
だがどこかで見たことがあるような……
「陛下、この者がスキルを用いて陛下を癒しておりました」
「そう、か……」
一瞬、感謝の言葉を述べようとしたが何故か言葉に出来なかった。
「ではセツナ……我はこれで……」
「ええ、ご苦労様です」
そう言うと男は退室していった。
この国のナンバー2を呼び捨てか……
何者だったのだ?
「奴は何者だ?」
セツナに問いただした。
「……へ、陛下を治せる者を探してきました。彼は……山奥に住んでおり世情に疎い者です……」
「そうか」
嘘だな。
相変わらず嘘が下手な奴だ。
まぁ、何か事情があるのだろう……詮索は野暮か。
「それで……戦の準備は?」
「はっ。【天宮軍】、【天災】共に万事整っております」
あれらを制御させてみせたか。
セツナの評価を更に1つ上げねばな。
本当に俺には勿体ない右腕だ。
「神国に動きは?」
「ありません。少し警戒が強いように感じますが、問題はないかと」
「王国は?」
「我が国との国境にて軍を展開させております」
「悟られたか……?」
「恐らく……ただ、軍自体は以前から展開されており、こちらの作戦にまでは気づいていないようです」
ん?
嘘……か?
「予定通り、か……」
「左様です」
「なら……」
「はい、後は陛下次第に御座います」
いよいよか……
これで全て終わるな……
人も、魔族も、大地も、空も……
生きとし生ける者全てに平等なる死を……
アリス……
これで全て終わる……
「……少し一人にしてくれ」
そう呟くと、セツナは一礼し部屋から退室した。
それを見届けてからゆっくりと上体を起こした。
「っ」
まだ力が入らず、体が少し震える。
だが……楽になったのは確かだ。
セツナの治癒のスキルでも治せなかったのに……
あの褐色肌の男、一体どの様なスキルを……?
「まぁ、どうでもいいか……」
どうせもうじき全てが終わる……
気にしてもせんないことだったな。
アリスはいない……
アトラスとは袂をわけた……
六花仙も3人を残すのみ……
もう何もない……
いや……
そう言えば、アリスの探し人がいたか……
だがこの数年手がかりすら掴めなかった……
もはや無駄な事だろうな……
アリスは、英祖ショーマを気にしていたが既に死んでいる。
それにその息子の英雄トーマもこの世にいない……
他に可能性のある人物はいない……
これで……
王国を滅ぼせば思い残すことはないな。
「智歌……俺も直にそっちへ行く……」
俺はそう呟くと、ベッドから起き上がった。
「セツナ、リリーメル、ゼロマル!」
俺はそう叫ぶと服の仕舞われている棚へ向けて歩きだした。
最後にあの場所は見とかなければ……
着替えを終え廊下へ出ると、先程呼んだ3人が片膝を着けて頭を垂れていた。
「最後に見に行く場所がある、付き従え」
「はっ」
「はい」
「御意」
俺は3人を付き従えて【天城】の廊下を闊歩した。
思えば、六花仙は本当によくやってくれた。
願わくば軍を離れて欲しかったが……
ゼータとオロス、イルミナはどこか遠くの地で平穏に暮らしてくれればいいが……
セツナは最後まで俺に付き添うと言った。
リリーメルはセツナを尊敬しているから軍を離れないだろうな。
ゼロマルは……智歌のせいだな。
忍者だったか?
こいつも酔狂な奴だ。
俺なぞに忠誠を誓わなくてもよかろうに……
「【魔軍】はゼロマルが指揮しろ、【破軍】はリリーメルだ」
俺は歩きながら今後の指示を出す。
二人は小さな声でそれを承諾した。
む……
「【凶軍】はどうするか……」
「恐れながら……先程の者と同様、優秀な人材を見つけたのでその者に管理させようかと……」
「ふむ、そうか……」
信じられんな。
セツナが言うのだから間違い無いのだろうが……
あれらを制御出来るのか……何者だ?
「【破星】と【凶星】は?」
「それも、です……ある、王国に恨みのある者があれらを制御させてみせました。私に任せて貰えれば、その者に直接指示を出します」
「そうか……なら【天災】はセツナ、お前に一任する」
「はっ」
この国にもまだそれだけの逸材がいたか……
治癒に長けた褐色の男に、凶軍を制御出来る者、それに【天災】を操れる者、か……
能力でいえば【六花仙】を超えているな……
だがこれで全てが整った……
後は……開戦するだけだな……
それで……終わる。
◆
暫し考え事をしながら、勝手知ったる我が城を歩き、俺は城の外へと出た。
目指すは城の近くに建てられた、ある建物……
小屋と呼ぶにはあまりに綺羅びやかで豪華な建物だ。
「暫くぶりだな、元気にしていたか?」
俺は僅かに微笑みながら、その小屋にいるモノに尋ねた。
「ブルルルル……」
そいつは少し嬉しそうに鳴く。
【黒曜皇馬】
Sランクの【馬種】の魔物だ。
人の倍を遥かに超えるデカさ。
体の表面は黒銀に輝き、見るものを圧倒する美しさだ。
迷宮で出会い、今まで共に戦地を潜り抜けてきた、俺の愛馬だ。
何故だろうな……
スキル【服従】もないのに、何故かこいつは俺に懐いた。
騎乗を許したのは俺と智歌のみ。
全く……
魔物にも酔狂な奴がいると、今でもそう思う。
そういえば……
ドラグナー国には【竜種】がいるんだったか?
馬種は人間に懐き、竜種は竜人族に懐く、もしかしたらそれがこいつらの【特性】なのかもな。
俺は愛馬の体をそっと撫でる。
相変わらず綺麗だ。
「すまない、最後に【あの花園】を見に行きたい……また俺を乗せてくれるか?」
智歌が死んでから何故かこいつは走るのを辞めた。
背に乗ることは出来ても、こいつは走らない。
Sランクゆえ世話係以外の奴は近づかないし、こいつに命令出来る者などいない。
とんだじゃじゃ馬だ。
だが、最後にもう1度だけ……
俺をあの花園へ連れていってくれ……
「…………ブルル」
黒曜皇馬は首を下げた。
いいのか?
自問自答しながら俺は愛馬の背にまたがる。
「!!!!!!」
すると黒曜皇馬が今まで発したことのない声を出した。
まさか……
また共に駆けてくれるのか?
駄目なら、3人を連れて行こうと思っていたが……
杞憂だったか。
「直ぐ戻る、暫し留守を任せる」
手綱を握りながら方向転換し、3人を見下ろす。
「「はっ」」
3人が頭を垂れたのを確認すると手綱をギュッと握りしめた。
黒曜皇馬はそれを感じると、久方ぶりに駆け出した。
スキル【跳躍】があるからか、その脚力は凄まじく、瞬く間に帝都が視界から消えた。
「ははっ、相変わらず凄まじいな」
俺もこいつもSランクだ。
だが本当に戦えば、俺は一瞬で負けるだろう。
実際こいつを止めれたのは、アリスしかいなかった。
アリス……
そんな事を考えていたら、目的の花園へと到着した。
帝国三大景観の1つ、【アークの花園】。
季節に関係なく様々な花が咲き乱れる場所で、北にある【機械国】との丁度中間地にある。
黒曜皇馬は到着すると、その歩みを緩めた。
告げてもいないのに、こいつはゆっくりと目的の場所まで歩く。
まだ覚えてくれていたか……
花園を抜けるとそれはあった。
緑の草原にぽつんとそれはあった。
一本だけ立つ名も無き木と、小さな泉。
アリス……いや、智歌との思い出の地だ。
父である先代皇帝の目を欺き、よく城から抜け出してきた。
セツナとゼータが隠れて付いてきた来た事もあった。
「いい風だ……」
「ブルル……」
空気の澄んだ気持ちのいい風が吹く。
「…………」
少しだけ迷う。
「智歌……これで良かったか?」
俺は約束を違えた。
和平ではなく、争いの道を選んだ。
だが……
「説教なら、そっちに行ってから聞いてやる」
後悔は……ない。
あの日、全てを滅ぼすと決めた。
俺を止める者もいない。
だから……
「智歌……愛していたぞ」
俺は最後にそう呟き、花園を後にした。
まだ描きたい奴等が結構いるのですが、あまり大筋と関係ない話は書きたくないもので……
取り敢えず次話より新章突入です。