帰還と敬礼
夜が明け、俺達は飲み食いしたゴミを片付け、城へと帰った。
昨日の喧嘩が嘘のように、皆何事もなかったかのように楽しく話ながら帰路についた。
そして……アルカディア国が見えてきた。
「見えてきました。あれがアルカディア国です。小さな国ですけど……」
レイナが自分の国を紹介する。
「いえ、充分大きい方です。私達が回ってきた国は、基本的に国というより小さな町や集落でしたから、アルカディア国は大きいです」
サラが答える。
俺達が国の門までくると、ララとシューティングスターが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ姫様」
「帰りましたララ」
「皆様ご無事でなによりです」
「お出迎えありがとう、シューティングスター」
「ですが……人数が増えているようですね?」
「ええ。迷宮攻略後に人間達から竜斗様が守った者達です。この国に住むことになりました」
「左様ですか……しかし現在この国には彼等が住める空き家は無かったかと……」
「ええ、私もそのように記憶しています。ですからいつもの手筈で」
「了解いたしました」
シューティングスターはレイナに一礼する。
「では、皆さん私について来て下さい!」
シューティングスターは手際よく、皆を街の中へと連れていった。
「あっ、サラはちょっと待って下さい」
レイナはサラだけ呼び止めた。
「サラには一応ララやルルと一緒にお世話係という形で城に住んで頂きます」
「わかりました」
「実際にお世話してもらう訳ではないので……」
「いえ、そこは民としてきちんとお仕えしたいと思います」
「いいのですか?」
「ええ」
「……分かりました」
「えっと、いいかな……話戻すんだけど、皆の住む家がないって言ってたけど、どうするの?」
俺はレイナに尋ねた。
「はい。今までもこうした魔族の皆さんには、取り敢えず今ある各家に一緒に住んで頂きます。その間に新たな家屋を建てて、完成したら移り住んでもらうようにしているのです」
「なるほど……って、よく考えたら俺はいいの?」
「はい、竜斗様は特別ですので」
「……ゼノやガオウも城に住んでるのか?」
俺はゼノとガオウに尋ねた。
「バカを申すな、どこの配下が姫様と同じ城に住むというのだ」
「俺達もちゃんと家があるぜ」
「城に住むのは姫様と、お世話をするララやルルといった者達、それに当番の兵達だけだ」
「なら俺も家を宛がわれた方がよくないか? 魔族の皆が共同で生活してるのに、俺だけ特別扱いで城に住むのはちょっと気が引けるな……」
「う~ん、確かに不満を漏らす奴等が出てくるかもな」
「うむ、まだ正式に結婚した訳ではないからな」
「ですが、竜斗様の身になにかあったら……」
レイナは俺の心配をしてくれた。
「大丈夫じゃね? ウロボロスやドラゴンを倒す竜斗を襲う奴はいないと思うけどな」
ゼノは簡単に答える。
「ですが……」
「多分大丈夫だって、それに何かあれば城に逃げ込むから(笑)」
俺は適当に答えた。
「でも本当に大丈夫でしょうか? こう言っては失礼ですが、竜斗様と共同で住んでも良いと言う魔族がいるのでしょうか?」
「あっ……」
ルルがズバッと痛いところを突いてくる。
確かにその通りだ。
俺がよくても向こうが嫌なら、共同で生活なんて出来る訳がない。
「……分かりました。もし竜斗様を受け入れても良いと言う者がいれば、その家に。誰もいなければ城に住むということで」
レイナは条件を出してきた。
「えっ? ゼノやガオウの家じゃダメなの?」
俺は素朴な質問をした。
「悪いな。俺んちは今、無理だ」
ゼノはダメ。
「うむ。我が家にもまだ、前に助けた魔族の者が住んでおる」
残念ながらガオウもダメ。
ーーしばし沈黙が流れたーー
「で、ではシューティングスターさんにそのようにお伝えしますね」
ララは居たたまれなくなったのか、そう言って街の中に入っていった。
後は一緒に住んでもいい魔族が名乗りを挙げてくれるのを待つだけか……
◆
俺達が軽い雑談をしていたら街の中からララが戻ってきた。
「どうでした?」
レイナが尋ねた。
「はい。一軒だけ一緒に住んでも良いという魔族がおりました。シューティングスターさんより、その家の地図を預かってきました」
俺は内心安心した……もしいなかったらどうしようかと……
それだとアルカディア国全員から嫌われてることになる。
てか、一軒って!
これはもう嫌われてるようなもんだな……
「分かりました……では竜斗様は取り敢えずその家に。皆も1度解散し、5時間後に城の会議室に集合ということで」
「了解」
「おう」
そう言って皆それぞれ解散していった。
◆
俺は地図を頼りに、一緒に住んでも良い魔族の人の家に向かった。
何度か狭い路地の間を入り、目的の家に到着した。
小さいが2階建ての洋風な家だった。
「ここか……」
俺は緊張してきて、唾を一飲みした。
チャイムらしきものはないので、ドアを軽くノックした。
ま、まさか、いきなり襲われるなんて事はないよな……?
「はい、開いております」
家の中から綺麗な声が聞こえた。
女性の声?
俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
「失礼しま……」
俺の腹部目掛けて、突如小さな物体が突撃してきた!
「ぐへっ!?」
ホントに襲われた!?
そんな事を思いながら玄関先に座り込んだ。
小さな物体はお腹の辺りに乗っかったままだ。
「お兄ちゃん!」
そう呼ぶのは、見たことのある小さなエルフの女の子だった。
「ソラちゃん!?」
太陽のような眩しい笑顔が輝いていた。
「こらこらソラ、はしたないですよ。それに竜斗さんが困ってるからどきなさい」
ソラちゃんのお母さんが腰に巻いてるエプロンで手を拭きながら迎えてくれた。
「は~い、お兄ちゃん入って!」
俺は起き上がり、ソラちゃんに手を引っ張られながら家の中へと入っていった。
◆
部屋の真ん中には四角いテーブルがあり、ソラちゃんと母親が隣り合わせに座る。
俺は向かい合うようにして椅子に腰かけた。
「自己紹介しますね……ソラの母でマナと申します」
「この子は娘のソラです……この子の自己紹介は必要なかったですかね?」
マナさんは笑いながら話してくれた。
「いえ、そんなことないです……あっ、自分は天原竜斗です」
「はい、存じております」
「知ってるよ」
マナさんはクスクスと小さく笑っていた。
ソラちゃんは元気よく、足をバタバタさせながら答えてくれた。
俺は頭をかきながら照れたような仕草をした。
「でも良かったんですか? 俺なんかが一緒に住んでも……」
自分で提案しときながら、少しびびっていた。
やはり、昨日の人間達を見ると、魔族が人間を嫌う理由もわかる。
そんな自分が一緒に住んでも良いものなのか。
「構いませんよ。竜斗さんが他の人間と違うのは分かってますし、それに姫様の婚約者というのも知っているので、安心してここにいて下さい」
「はい、ありがとうございます。新しい家が建ったらそちらに移るつもりなんで……」
「あらあら、新しい家が建っても順番を待ってる魔族は数多くいるので、だいぶ先になりますよ?」
「マジか!?」
「はい、マジです」
マナさんはクスクス笑う。
「マジです!」
ソラちゃんが元気よく真似する。
「ですから自分の家だと思ってゆっくりして下さい」
「す、すみません、お言葉に甘えます……」
正直すぐ出来るものかと思っていたが、順番待ちか……それなら家が建って順番が来るよりも、レイナとの結婚の方が先かも……
「では2階に一部屋空いているので、そちらの方に。最低限の家具などは置いてあるので、好きに使ってください」
「ありがとうございます」
◆
俺はマナさんに2階の部屋へと案内された。
中は、ほぼ何も置かれていない部屋になっていた。
あるのは、木で出来た小さい本棚。
3段になっている小さい引き出し。
机と椅子。
それにベッドだった。ベッドには既に布団が敷かれていた。
後は部屋の端から端にかけて1本の棒が通っており、ハンガーらしきものが3つかけてあった。
服をかけるものかな……?
俺はそのままベッドに仰向けになるように横になった。
「ふぅ……色々あったけど……初めて落ち着けた気がするな」
俺は目を閉じて考え事をした。
そういえば、こっちの世界の買い物とかってどうするんだ?
ザイガスが奴隷を高く売るとか言ってたから通貨はあるんだろうな……魔族の国ではどうなんだろ……人間と一緒の通貨使ってんのかな?
あっ、でも確か最初の頃に人間との交流は皆無って言ってたから、人間と同じ通貨使っても意味ないな……
考えるのめんどくさいな……
こっちの世界にきて頭良くなったつもりでいたけどダメだ……俺やっぱ根本が馬鹿だな……
後でレイナ達に聞こ。
しばらくすると部屋のドアを叩く音がした。
「お兄ちゃんいる?」
「ソラちゃん? いるよ」
ドアが開くと、ソラちゃんはドアノブに手をかけたまま部屋の前で話しかけてきた。
俺は体を起こした。
「お昼御飯どうするのってママが」
「あっ、俺も貰えるの?」
「うん。それでご飯食べる前に、お使いに行ってきて欲しいなって」
「ああ、飯食べれるなら全然手伝うよ」
これでこの国の買い物の仕方も分かるな。
「ならお兄ちゃんはソラのお使いのお手伝いね」
俺は勢い良く敬礼した
「了解であります」
「なにそれ~!?」
ソラちゃんは面白がって真似し始めた。
ソラちゃんと階段を降り、マナさんから風呂敷に包まれた荷物を受け取った。
どうするのか分からなかったが敢えて聞かなかった。
「ではよろしくお願いしますね」
マナさんにそう言われると、
「了解であります」
と、ソラちゃんが元気よく敬礼した。
「あらあら、この子はすぐに面白いことを真似して」
マナさんはクスクスと笑う。
「す、すみません……」
俺は恥ずかしさと申し訳なさが入り交じっていた。
「いいんですよ、ではいってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
「行ってきま~す」
俺は片手に荷物を持ち、もう一方はソラちゃんに手を引かれながら、こっちの世界での自分の家をあとにした。
かなり無理矢理感がある話になってしまいました。