水剣と黒煙
「よく頑張ったな」
俺は3人を誉めてあげた。
「うぐ、うぐ、えぐ……」
「うっ、うっ、うっ……」
「ふえ~ん……」
3人はいつまでも涙を流していた。
余程怖かったのだろう……
それでも3人は諦めずに最後まで戦った。
レイナの胸の中で泣くルナちゃんとファナちゃん。
レイナはそれを優しく抱きしめる。
俺はザナードくんの頭に手を添えて、優しくポンポンと叩く。
そして当然気づく……
カルラくんとクウマがいない事に……
「皆さん!!」
少し遅れてミラもボスモンスターの間へと到着した。
置いてけぼりにしたのは反省してる……けどお陰でザナードくん達を間一髪助けれた訳だし、許して欲しい……
まぁ気にしてる様子はないけど……
「ミラ!?」
「ミラさん!?」
「ミラ!?」
3人はかなり驚いたようだ。
昔からの知り合いが来てくれた事は嬉しいのだろうが、3人は恥ずかしさからか急いで涙を拭っている。
「良かった……本当に良かったです……」
ミラも安心したのか胸を撫で下ろす。
「ミラも、来てくれたのか……」
ザナードくんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
少しだけ落ち着くと、唐突にルナちゃんが謝り出した。
「本当に、ごめんなさい!」
ルナちゃんは頭を下げる。
それを見たザナードくんとファナちゃんも謝り出した。
「す、すみませんでした!」
「申し訳ありませんでした!」
きっと王院生なのに迷宮攻略に来たことを謝っているのだろう。
勿論ルールは守らないといけないが、俺は怒る気にはなれなかった。
だって……
「クウマのせいだろ?」
「ですが……」
「それよりも……」
俺は気になっている事を尋ねようとした。
その瞬間、地面のあちこちが光出すと、弾ける様に消え、1つの【神珠】が現れた。
恐らく光ったのはスライムの残骸だろうな。
「これが神珠……?」
「綺麗……」
「ええ、とても美しいですわ」
3人は見るのは初めてみたいだ。
俺はその神珠を手に取ると、ザナードくんの前に差し出した。
「えっ!?」
ザナードくんは、訳が分からず驚いている。
「これは君のだ」
「そ、そんな……ボスを倒したのはリュートさん達です……それに……Aランクの神珠なんて俺には……」
ザナードくんは何故か申し訳なさそうにして俯く。
俺はそれを見て首を横に振った。
「確かに規則を破って迷宮に来たことは反省しないとな。本当に死ぬところだったし。でも……そうだな……強くなりたかったんだろ?」
「そ、それは……」
「分かるよ、俺も強くなりたいし……焦ったんだろ?」
「リュートさんでも焦るんですか?」
「まぁ焦っている訳ではないけど……強くなりたいって気持ちは分かるよ」
俺は喋りながらレイナを見つめる。
レイナは目が合うとニコリと微笑んでくれた。
婚約者が頼もし過ぎるからな、俺ももっと強くなりたい。
うん、俺も焦ってるのかな?
「だから、これは君が受け取れ。Aランクになった時に、大事な人達を護れるように……」
神珠【剣/水/巨大化/A】
レイナに視て貰った結果がこれだ。
迷宮はザナードくんを選んだ……俺にはそう感じた。
俺は手に持つ神珠を再度ザナードくんに差し出した。
決心してくれたのかは分からない……
だがザナードくんは恐る恐る両手を差し出して、俺から神珠を受け取った。
「重たい、です……」
ザナードくんはうっすら涙を浮かべる。
うん、その感覚は分かる。
俺もマナさんから神珠を受け取った時にそう感じたからな。
ザナードくんはこれからもっと強くなれる。
俺はそう確信した。
すると迷宮全体が光出し、俺達は迷宮の外へと転移した。
◆◆
まるで何も無かったかの様に、既にそこには迷宮は跡形もなく消えていた。
空は明るく、陽が暖かかった。
「なんとか攻略できたな……」
「そうですね……」
だが肝心な問題が残ってる。
「そろそろ話してくれ、迷宮で何があった?」
「……はい」
周りを見渡すがルシーダさんの気配がないので、俺達はその場でルシーダさんを待ちながら話を聞くことにした。
「最初は順調でした……Aランクになる一歩手前の階層まで、ほとんど危なげなく攻略していました……」
「そしたら……いきなりでした……やつらが来たのは……」
ルナちゃん、ザナードくんの順に話してくれる。
「やつら?」
「はい、クウマ叔父さんが迷宮攻略を中断すると同時でした……見知らぬ女性が2人、私達の目の前に現れたのです……」
「そいつらは……本当にいきなりでした……1人の女性がスキルを唱えると突然カルラが苦しみ出して……」
スキルか……
「それで……」
ザナードくんが口ごもる。
「それで私とザナードさんは彼女に襲いかかりました……彼女を止めればカルラさんが助かると思って……」
今度はファナちゃんが説明してくれる。
「それから?」
「…………その、お恥ずかしい話、その後の記憶がありません……気づいた時には、クウマとその2人と……あとカルラさんもいなくなっていました……」
ふむ……
話を整理するとこうか?
クウマに誘われ迷宮攻略をしていたら、突然女性が2人現れた。
んで、スキルを唱えたらカルラくんが苦しみ出して、気づいたらここにいる3人を残して消えていた……と。
「竜斗様……」
「分かってる……間違いなく天使だな」
この時点で迷宮に七人いる。
クウマが最初に迷宮に入ったのならSSランク以上は確定している事になる。
邪眼の可能性も捨てきれないが、カルラくんだけ連れていったのなら……天使で間違いない。
「天使ってあの……神話に出てくる天使の事ですか?」
「ああ」
俺は3人に簡単に説明してあげた。
天使について、ランクZEROについて、迷宮について……
あと、俺の名前も。
「し、信じられませんわ……」
ファナちゃんには信じ難い事だった様だ。
「竜斗様だったなんて……」
あ、そっちね……
この子結構神経図太いな……
天使より俺の方が気になるなんて……
「あ、そう言えば!」
ルナちゃんは何かを思い出した様だ。
「クウマ叔父様が言ってました……自分は正真正銘クウマだけど中身が違うと……」
はい、確定!
「そう言われれば…………確か、ラファ……とかウリ……とか、言ってたような……」
「なっ!?」
まさか天使、ラファエルとウリエル……か?
でもガブリエルの話だとラファエルは俺が倒した筈……どういう事だ?
生きて……いたのか?
でも龍は確かに倒した筈だ。
それにザナードくん達の話だと、あともう1人いる……
くそっ!
訳が分からないぞ!
すると俺達の目の前の空間が揺らいだ。
誰かが転移してくる……
ルシーダさんかな?
「遅かったですね、ルシー……ダ…………っ!?」
ミラが声を掛けるが、現れた人物の姿を見ると、言葉を詰まらせ驚愕した。
「ルシーダ!?」
ミラがルシーダさんの側に駆け寄る。
転移してきたルシーダさんはボロボロの傷だらけだった。
ルシーダさんはその場に倒れこんだ。
「う……も、申し訳……ありません……ミランダ……様……」
「一体どうしたのですルシーダ!?」
ミラは治癒の神器を即座に発動させる。
「うっ……む、謀反です……ク、クウマ様が乱心……されました……」
「「なっ!?」」
ルシーダさんによると、攻撃が開始されたのは昨日の夜からとの事だ。
クウマと謎の人物達による王都襲撃……
エンマさんとミロクさんが交戦しているが劣勢との事だ。
ルシーダさんは隙を見てなんとか転移してきたそうだ。
「竜斗様あれを!」
レイナが南方を指差す。
「っ!」
遠くの方で微かに黒煙が上がっているのが分かる。
王都が燃えてるんだ。
「っ戻ろう!」
「はいっ!」
「で、ではこれを……王都への転移神器……です……」
「分かりました」
レイナが転移の神器をルシーダさんから受けとる。
レイナは急いで神器に魔力を込め出す。
「俺とレイナは先に王都に戻る! 大変だろうけどミラはここで皆を護ってくれ!」
「わ、分かりました」
「待ってください! わ、私も……私も戻ります!」
振り向くとルナちゃんが強い眼差しでこちらを見つめている。
余程カルラくんが心配なのだろう……
でも……
「……ダメだ」
「な、何故です!?」
「相手は間違いなく天使だ……どんなスキルを持ってるか分からないし、レイナや俺レベルの強さなんだぞ……正直ルナちゃんは足手纏いだ」
「っ…………」
ルナちゃんはしょんぼりして俯く。
「ルナ……竜斗さん達に任せよう」
「ええ、そうですわ……私達がいて、万が一人質にでもされたら、それこそ本当にお二人の足を引っ張りかねませんわ」
「…………うん」
ザナードくんとファナちゃんの説得で、ルナちゃんは納得してくれたようだ。
「竜斗様、いつでもいけます」
レイナの魔力が貯まったようだ。
「よし、なら行ってくる!」
「竜斗様……お願いします」
「カルラを……頼みます……」
「カルラくん……」
「レイナ様もお気をつけて……」
皆の声援を受けて、俺とレイナは頷いた。
そして俺はレイナを見つめた。
レイナはまた頷くと、神器を発動させた。
◆◆
王都クラフトリア、中央【大広場】……
俺とレイナは王都に転移した。
「おわっ!?」
「竜斗か!?」
転移すると、いきなしエンマさんにぶつかりそうになった。
エンマさんはボロボロだった。
しかも、その後ろには同じ様にボロボロなミロクさんや、兵士達に、ギルドの人達もいた。
「レイナ……来てくれたか……」
ミロクさんが嬉しそうに弱々しく呟く。
本当に安堵した様な表情で、弱々しいミロクさんを見ていられなかった。
いや、安堵したのはミロクさんだけではなかった。
兵士達も俺とレイナが来たことが余程嬉しかったみたいだ。
助かった……そんな表情をしている。
「酷い……」
周りを見渡すレイナが悲観そうに呟いた。
仕方ない……
ボロボロなのは皆だけでなく、街全体がだったからだ。
至るところで建物は燃え盛り、黒煙が舞い、遠くから悲鳴が聞こえる。
「ミラは……いないのか?」
エンマさんが尋ねてくる。
「ああ、ルシーダさんを治癒している。それにザナードくん達もいるから連れてこなかった」
「そうか……彼らは助かったか……」
エンマさんはミラがいない事を残念そうにしたが、ザナードくん達の無事を確認すると少し安堵した様だ。
「それよりも一体……っ!?」
状況を聞こうとしたが直ぐに止めた。
それが出来ない程、嫌な気配を感じた。
レイナも感じ取ったのか、直ぐに俺達は身構えて警戒した。
「またきた……!」
「もういやだ……!」
「やめてくれ……!」
兵士達の体が尋常じゃない程、震え出した。
それぐらい怖い体験をしたのだろう。
「見つけたぞ…………天原竜斗おおおおおおおお!!」
大気が震えるほどの怒号が響く。
現在俺達は大広場中央で、円を組むような陣形だった。
そして、そいつらは現れた。
街の方からの正面と、左右からの三方向から。
「なっ……!?」
信じられなかった……
だって、なんで……?
迷宮はランクAだった。
ランクZEROの迷宮じゃないのにどうして……
まさかもう……
そもそも、こいつは俺が倒した筈だ……?
どうやって?
俺は正面から来る少年を見つめた。
嘘だ……
嘘だ……
嘘だ……
信じたくなかった……
だが無情にも神眼は、彼のステータスを正確に俺に視せる……
「カルラくんっ!?」
俺は叫んだ。
目の前に立つ少年は普段と変わらない……
幼さの残る顔に、褐色の肌……
足には見たことのある、義足代わりの神器……
でも中身はもう既に違っていた……
◆
【ラファエル】
種族
【天使】
クラス
【七大天使】
ランク
【ZERO】
先天スキル
【属性<天風>】【天翼】【天拳】【天速】
後天スキル
【天体】【天鋼】
特殊スキル
【天眼】
神器
【風蓮脚】<具足/風/無/D>
【風乱拳】<籠手/風/無/C>
◆
「会いたかったぞ天原竜斗」
彼からは見たことのない不気味な微笑み……
「くそっ、たれ……」
カルラくんはもう天使になっていた……
どうしたらいいんだよ……