氷結と炎拳
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ザナードは息を切らしながら、額の汗を袖で乱暴に拭った。
「…………」
「…………」
ルナとファナも黙したまま座り込む。
決意を新たに迷宮攻略を再開してから、もうどれぐらい経ったか分からない。
ただ数度迷宮が揺れた事で、迷宮の階層が増えているのは分かっていた。
中々進まない迷宮攻略に焦りが見え始めていた……
「は、早く次の階層に……」
ザナードは体を奮い立たせるが限界だった。
その場に力なく座り込む。
「少し……休もうよ……」
「ええ、このままでは死んでしまいます、わ……」
ルナとファナ、二人の提案で再度休むことにした。
もう何度そうした事を繰り返しているか分からない……
迷宮攻略開始は問題なかった。
4人のコンビネーションは良く、絶対的強者が見守ってくれている安心感……
だが今の彼らには1人が欠け、見守ってくれる人もいない……
唯一、Aランクの魔物が出てこない……これだけが彼らにとって救いだった。
だが襲いかかる魔物は多く、次第に心も体も疲弊していく……
それでも進まないと死んでしまう恐怖と不安と戦いながら……彼らはゆっくりと歩を進める……
「立てれるか?」
「……ええ」
「……うん」
少しの休憩を取り、彼らはまた進み出した……
そして……
◆
「や、やったぞ!」
「こ、これって……!」
「ま、間違いありません! 【ボスモンスターの間】ですわ!」
彼らは遂に迷宮に追い付いた。
「……ど、どうする? あ、開けるか?」
ザナードは唾を飲み込みながら、扉を開けるか迷っていた。
「階層が増えてまだ1日経ってませんわよね?」
「う、うん……まだだと思う……」
「な、なら……もう少ししてから開けるというのは?」
「そう、だな……救援が来てくれるかもしれないしな……」
「う、うん……それに、少し休もう……ボスと戦ってもこのままだと絶対に勝てないし……」
3人は辺りを警戒しつつ休むことにした。
軽食を取り、水分を補給し、体を休めた。
◆
「それにしても……まさか俺達だけでここまで来られるとはな……」
「だね、リュートさんの鬼畜みたいなシゴキを経験してなかったら、とっくに折れてたかもね……」
「ちょっと! 私が知らない話は辞めていただけますか!」
3人は談笑した。
ボスモンスターの間まで辿り着き、少しだけ余裕が出てきたからか……
或いは、この先に待つボスと戦う恐怖を少しの間だけでも忘れようと無理をしてか……
そのどちらもか……
「なぁ……救援が来るとしたら誰が来てくれると思う……?」
不意にザナードは2人に尋ねてみた。
「四傑……は来てくれないよね……」
「ですわね……あの方々にとってAランクの迷宮など眼中にない筈ですわ……」
「ならリュートさんとかレーナさん?」
「どうかな……闘王祭が終わってまだそんなに経ってないし……あの人達こそSランク級の依頼ばかりだろ」
「そもそも……救援が来てくれるかすら……」
「「…………」」
「す、すみません……」
3人に不安が過る……
「まぁ来てくれるとしたらAランクのギルドの人達が妥当だろうな……」
「そうだね……」
「ですわね……」
だが3人は思った。
もし仮に救援が来てくれたとして……果たしてその人達でボスを倒せるのか?
魔物は強い……王院でも何度も習ったし、小さい子ですら知ってる当たり前の知識だ。
それを……足手纏いである自分達を含めて倒せるのだろうか……
そんな不安を抱えながら数時間が経った……
「…………行こう」
「……うん」
「……ええ」
ザナードの声で3人はゆっくりと立ち上がった。
結論から救援は来なかった……
このままではまた階層が増えてしまう……
次の階層も生き残れる保証はない……
Sランクになるかもしれない……
3人は遂にボスモンスターの間の巨大な扉を開けることにした。
◆
迷宮【35階層】
【天粘の間】
真四角の広い部屋。
奥には扉が1つ。
階層が増えればきっと上へと続く階段が現れるのだろう……3人はそう感じた。
「……あれ?」
「い、いない……?」
「もしかして……まだボスモンスターの間ではなかったのでしょうか?」
部屋を見渡しても、3人の視界に魔物の姿は写らなかった。
3人は少しだけ安堵した。
勿論そうならまだ進まないといけない訳だが、やはりボスモンスターと戦うのは怖かった。
「ふぅ……進むか?」
ザナードは1つ溜息をした。
「うん」
「ええ」
そうして3人が同時に歩を進めた瞬間だった。
ボト、ボト……
3人の前に天井から何かが落ちてきた。
「「っ!?」」
3人は警戒し、神器を発動させると、少しだけ後退りした。
そして入ってきた扉が轟音と共に自動で閉められた。
「くっ、やはりボスモンスターの間か!?」
「で、でも魔物なんてどこにも!?」
「お二人共、あれを!!」
ファナが天井を指差した。
釣られるように2人も天井を見上げると、そこには……
周りの色と同化した何かが蠢いていた。
【巨大粘性体・麻痺】
種類
【巨大スライム・亜種】
ランク
【A】
スキル
【麻痺】
【麻痺耐性】
【軟体】
【分裂】
「「っ!?」」
3人は声にならない悲鳴をあげた。
天井いっぱいに張り付いているスライム。
先程落ちてきた何かは、その一部だった。
落ちてきたスライムは這いずるように3人へと近づく。
天井に張り付いているスライムは、様子を窺っていた。
「や、やるしかない!」
「う、うん!」
「こいつを倒せば終わりですわ!」
3人は天井を警戒しつつ、目の前のスライムへと駆け出した。
「でりゃ!!」
ザナードは剣の神器で一刀両断する。
「はっ!!」
ファナは細剣の神器で華麗に斬り裂く。
「舞風!」
ルナは扇の神器を勢いよく扇ぎ、斬り裂く風でスライムを斬り刻んだ。
「いけるぞ!」
「ま、待って下さい!?」
斬り倒したと思っていたが、斬られたスライムは分裂したままウネウネと動き出した。
「くっ!」
「あ、見て!」
ルナは指さした。
自分が倒したスライムだけ分裂することなくそのまま消えていった。
「属性攻撃なら効くのか!」
「そうみたいですわね」
「それなら!」
ルナは神器に魔力を込めると再度スライム目掛けて扇いだ。
スライムは音もなく斬り裂かれ消えていった。
「や、やれるぞ!」
「ええ、なら私達も!!」
ザナードが剣に魔力を込めると、剣に水が纏わり出した。
ファナの細剣には雷が纏わる。
「水閻剣!!」
「雷華剣!!」
ザナードの袈裟斬りが、ファナの刺突がスライムを斬り倒す。
「いける!」
「ええ!」
「やれるよ!」
3人の眼に希望の火が灯った。
しかし、天井にはまだ沢山?のスライムが蠢いていた。
それでも倒せない訳ではない。
時間はかかるかもしれないが、勝算が全くない訳ではない。
一体ずつ、一体ずつ……
3人は自分達に言い聞かせながら冷静に目の前の敵に集中した。
落ちてきては倒し、落ちてきては倒し……それを幾度も繰り返した。
3人で庇い合いながら、上にも注意し、敵を少しずつ削いでいった。
そして……
天井いっぱいに張り付いていたスライムの大きさが半分になった時だった。
「あと……少しだ……!」
ザナードは奮起する。
「ええ……いけますわ!」
「カルラくん、待ってて……!」
しかし、天井いっぱいに広がっていたスライムの動きが突如変わる。
波打つ様にウネウネと動き出し、中心へと集まると、ボトリと地面へ落下した。
3人の前に、これまでとは比べるまでもない程、1つの巨大な塊へとなった。
「で、でかい……」
「これがAランク……」
「でも……後、半分だよ!」
3人は互いの瞳を見つめる。
まだやれる。
これを凌げば全て終わる。
3人は同時に頷く。
「いくぞ!」
「ええ!」
「うん!」
3人が目の前の巨大なスライムへと立ち向かう瞬間だった。
ーボトリー
1つの小さな塊が、1番後方にいたルナの背中に天井から落ちてきた。
「あああああああっっ!!」
ルナの体は痙攣するようにのけ反った。
「ルナ!?」
「ルナさん!?」
スライムは小さな塊を1つ天井に残していた。
まさか残しているとは思わず、形勢は更に不利になった。
3人でも一杯一杯だったのに、ここにきて1人が動けなくなってしまったのだから。
「くそったれ!」
ザナードは盾の神器を発動させると、ルナの背中にくっついているスライムを払いのけた。
「ルナさん!?」
ファナはルナの傍に駆け寄った。
「あ、あ……ご、め……」
ルナは倒れ込み、2人に謝ろうとするが、上手く喋れないでいた。
「よ、よくも……!」
ファナは無謀にも1人でスライム目掛けて駆け出した。
「よせ、ファナ!? 1人じゃ……!」
ザナードが制止させようとするが遅かった。
3人には分からなかったが、スライムは自分の体を圧縮させる様に力を込めると、一気にその力を解放させた。
それはまるで散弾銃の様に、小粒になった自分の体を飛散させた。
「くぅううっ!!」
ザナードは盾を構えて自分とルナを護るので精一杯だった。
だが……
「きゃああああっっ!!」
至近距離だったファナはモロに直撃した。
無数の飛散する小粒のスライムがファナの体に触れる度に、ファナの体が痺れる。
殺傷能力はそれほどない……だが、ファナの体を動けなくさせるには充分であった。
ファナの体も麻痺し、ガクガクと震えると、その場に倒れこんだ。
「ファナーー!!」
ザナードは叫ぶ。
しかし無情にもスライムは巨大な体をゆっくりと動かし、ファナへと迫る。
スライムはファナに迫りながら、まるで手でも生やすかの様に体の形状を変化させる。
そしてそれをゆっくりと振りかざすと、勢いよくファナへと振り下ろした。
鞭の様に靭やかな巨大なそれは、一撃で人を殴殺するのに充分だった。
「水閻剣!!」
ファナに振り下ろされる前に、ザナードはそれを斬り落とした。
「うわっ!?」
だが勢いは凄まじく、斬ったザナードの方が吹き飛ばされた。
「~~~~~~~~~!!」
スライムは声なき悲鳴をあげる。
痛覚があるのか、スライムは不規則に自分の体を変化させる。
まるで痛みを堪えるかの様に……
「どうだ……みたか……!!」
吹き飛ばされたザナードは、ゆっくりと体を起こす。
スライムは未だ反撃してくる様子がない。
ザナードは好機と捉えた。
「これで、最後だ!!」
ザナードは剣を力強く握り締め、渾身の魔力を神器に込めた。
「うおおおおっっ……」
剣を振りかぶりながら、スライム目掛けて突撃する。
「水閻……っ!?」
止めを刺そうとした瞬間、ザナードの動きが止まる。
「あ、な、そ、そんな……」
ザナードの手から剣が滑り落ちる。
ザナードはゆっくりと自分の脚を見下ろした。
そこには、針で貫かれた様に血が滴る自分の脚があった。
そして貫いている物の先をゆっくりと見つめていった。
針は巨大なスライムから伸びており、スライムが針の様に鋭く形状を変化させているのだと窺えた。
ザナードは地面に両膝を着けた。
「ごめ、んな……カル、ラ……2人を……守れ、なかった、よ……」
ザナードは意識を朦朧とさせながら、小さく苦笑いした。
「ザナー……ド……」
「ザナード、さん……」
ルナとファナは倒れこんだまま、ザナードを見つめる。
最早、3人に立ち上がる力は残っていなかった。
そしてスライムは3人に止めをさす。
ウネウネと体を変化させると、3人を覆うように広がっていった。
まるで巨大な津波の様に……
そんな光景を見ながら、ザナードはゆっくりと横へと倒れかかる。
「…………カルラ…………みんな…………ごめん…………」
「カルラ、くん……」
「カルラ、さん……」
自分達を飲み込もうとするスライムを眼前にし、3人は最後にそう呟いた。
そして、ザナードが地面へと倒れ込む瞬間だった……
「もう大丈夫だ!」
「!?」
ザナードの体を支える者がいた。
ザナードは涙した。
いや、ザナードだけではなかった。
ルナもファナも、嬉しさから涙した。
もう来てくれないのだと諦めていた。
それでも……それでも……助けは来てくれた。
「リュート、さん……!」
ザナードは絞り出すように助けに来てくれた人の名を声に出した。
「極みの位 氷・終天!!」
竜斗はザナードを片手で支えたまま、もう片方の手に握られている刀を横薙ぎに振るった。
一瞬だった。
津波の様に迫り来る巨大なスライムは、無数に斬り刻まれると、斬られた先から一瞬にして凍りついた。
「レイナ!」
竜斗は叫ぶ。
「はい!」
後方から竜斗達を飛び越える様に跳躍するレイナ。
その手には籠手の神器が発動されていた。
「久しぶりだけど、耐えろよ!」
竜斗はレイナの方に手を翳した。
「くっ……やはりキツイですね!」
レイナの神器に炎が纏われる。
「終わりです! 烈炎龍拳!!」
レイナの炎拳が凍りつくスライムに振り下ろされた。
レイナの炎拳により、一瞬にしてスライムは灰燼と化した。
凍てつかせただけでも充分なのに、そこに更にレイナの拳も加わった。
スライムよりも上位に位置する2人の攻撃は通常の攻撃でも充分な為、【炎属性】付加は全くもって不要であった。
スライムが可哀想と思える程、完全なる過剰攻撃だった。