4人と悲劇
とある迷宮……
その迷宮は現在、29階層。
現在Bランクの迷宮である。
種類は【塔】で、魔物は【スライム種】。
そんな迷宮の最上階一歩手前の、28階層で魔物と戦っている一団の姿があった。
「でりゃああ!!」
声と共に勢いよく剣を振り下ろす少年ザナード。
相対していた魔物は一刀両断され、ゆっくりと消えていった。
「お疲れザナードくん、凄いよ一撃で倒すなんて」
「ああ、お前達の援護があればこそだ」
もう1人の少年カルラは、戦闘が終わるとザナードへと近づき、労った。
そこには以前のような確執はなく、友人と呼ぶに相応しい関係が築かれていた……いや、元の関係に戻っていた。
「これでBランクの階層も終わりですね」
「そうね、てか私達結構強くない?」
2人の少女、ファナとルナも疲れた様子もなく、余裕そうにしていた。
「ふふ、お見事です。これならAランクの魔物も問題ないでしょう」
4人の少し後ろでは正体を隠すように黒いフードとマントを被った男が、パチパチと拍手しながら4人を褒め称えた。
四傑が1人【死神】クウマ・ランドベル。
本来なら王院生である4人には、迷宮に入る資格はない。
それをギルドの受付嬢から強引に許可を取り、4人の迷宮攻略に協力しているのであった。
しかし、その甲斐あってか4人のランクは、4人ともがBランクへと至り、カルラとザナードに至ってはAランクに届きそうであった。
「次は最上階……ボスモンスターの階層になるので一旦休憩しましょう」
この勢いならBランクのボスモンスターも倒せる程であった。
クウマは時間を取り、迷宮の階層が増えるのを待つことにした。
4人は僅かな距離を取りながらも、固まるようにして床へと座り休憩をとった。
「でもクウマ叔父様……私達Aランクと戦えるの?」
「大丈夫ですよルナ、貴女達の連携は見事です。経験からAランクの魔物も問題ないと判断できます。まぁ最初は1体を相手にしてからですが……直ぐに対応出来るでしょう」
姪であるルナの質問に、クウマは本心からそう答えた。
「ああ、傲りでも何でもない。俺達は強くなってる!」
ザナードは握り拳を作り、自身の拳を力強く見つめた。
「そうだね、僕ら本当に強くなってる。スキルも増えたし、魔力が体に漲るのを感じるよ」
「ええ、まさかBランクにまでなれるとは……勿論、自信はありましたが、こんなに早くなれるとは……」
「もう私達、王院高等部の上級生にも負けないかもね」
迷宮攻略とはそれほどまでの自信と力を与えてくれる。
攻略すればする程、間違いなく強くなれる。
勿論、命の危険が伴うが……今の4人にそれはなかった。
頼っているわけではない……これまでも手を貸してくれたのは1、2回程だけだ。
だが、Sランクのクウマがいる……それだけで4人は安心して伸び伸びと戦えた。
結果、Aランクに手をかけ始めていた。
王院高等部で彼ら4人に勝てるのは、最早数人しかいないであろう……それも今現在である。
これからAランクを攻略すれば、王院どころか王国でも勝てる人間は限られるようになる。
暫くすると、迷宮が揺れる。
階層が増え、一気に妖しい魔力が迷宮を覆う。
これからはAランクの魔物が出てくる。
4人は唾をゴクリと飲み込んだ。
「さてと……」
4人が少しだけ攻略を躊躇する中、クウマは意にも介さず立ち上がる。
だが……クウマの顔が一瞬だけ、邪悪な笑みを浮かべた。
「おっと……どうやら迷宮攻略はここまでのようです」
「「えっ!?」」
4人は戸惑った。
確かに無理と判断すれば、迷宮を脱出する手筈になっている。
だが今しがた、クウマは問題ないと答えた。
4人は戸惑った……
「クウマ様、それは……」
「どうやら茶番はここまでのようです。お客様が来ましたよ」
クウマは入り口を指差した。
進むべき方角ではなく、先程自分達が入って来た方角であった。
ーカツカツー
ーカランカランー
足音は2つ。
ヒールの様な、硬い履き物で床を歩く高い音。
もう1つは厚底の下駄の様な音。
たかが、そんな音……だが4人に言い知れぬ不安を抱かせた。
Bランクの迷宮をたった2人で……?
誰?
クウマ様はSランク……今、この迷宮に入れるのは6人の筈……なのに自分達を合わせたら7人いる事になる……
そんな事を4人は考えていた。
そして、4人の考えが纏まる間もなく、足音は止まり、重たい扉が開かれた。
「やれやれ、随分奥まで進んでいたな」
「申し訳ありません、前途有望な若者を育てておりましたので」
ヒールの様な靴を履いていた女性は、銀色の髪を靡かせながら男みたいな口調で喋っていた。
そんな彼女に対して、四傑であるクウマは敬語を使う。
「ふふ、心にも無いことを」
桃色の髪を纏め、紫色の着物を纏う女性は小さく微笑む。
「いえいえ、本当ですよ。彼らは強くなる。まぁ……これからの未来があれば、ですが」
そんな彼女にクウマは不気味に微笑んだ。
「「!?」」
4人はクウマから距離を取った。
4人は警戒した。
挟み込まれるような形で、二方向を見つめる。
「おや? なぜ逃げるのです?」
「お、叔父様……なんか……変だよ……?」
クウマの問いに、ルナは震えていた。
昔から違和感は感じていた。
ルナは小さい頃からクウマがほんの少しだけ苦手だった。
ルナが生まれる前のクウマの話は好きだった……ギルドに属し、四傑となり、王国を支えてきた英雄譚。
だが初めて会った時の印象は、そんな英雄譚からは想像できない程、妙に怖かったのを覚えている。
そして、その違和感は今……確信へと変わる。
「あなた……誰?」
「おいルナ……」
「ルナさん……それはあまりに失礼……」
しかし言葉とは裏腹にザナードとファナも、クウマを警戒している自分に気づいた。
「くくっ、感が良いのも考えものですね」
「「!?」」
「ですが、1つだけ間違っていますよ……私は紛れもなくクウマ・ランドベルです」
「う、嘘よ!」
「嘘ではありませんよ。まぁ多少中身は違いますが……」
「中身……?」
「無駄話はそれくらいにしろ」
銀髪の女性が一喝する。
「そうですね、時が惜しいので早速始めましょう」
桃髪の女性が一歩だけ前に出た。
4は人後退りする事も出来ず、その場で警戒した。
「スキル【天檻】」
女性が小さくそう呟いた瞬間、迷宮全体が黒く染まり始めた。
4人は警戒して、目を閉じ、身構えた。
そして恐る恐る目を開くと、そこは先程と変わらない迷宮だった。
だが次の瞬間、4人の前の空間に亀裂が走ると、巨大な何かがゆっくりと現れた。
「「っ!?」」
4人は声にならない悲鳴を上げた。
巨大な何かが、ただただ怖かった。
巨大な何かは黒色で、丸くフワフワと宙に浮いていた。
そして……その中心から巨大な眼がゆっくりと開かれていった。
その眼は、まるで蛇みたいな眼をしており、4人を鋭く睨み付けた。
「…………ここは…………現し世か…………?」
巨大な何かが声を発すると……
「おお、ラファエルさん! 私です! 私が分かりますか!!」
普段のクウマからは想像できない程、無邪気で嬉しそうな声が迷宮に響いた。
「…………我が友ウリエル、か…………それに…………メタトロン様と…………サンダルフォン様も…………」
「おお、記憶が!」
「僥倖だな。ウリエルの話では、龍の時には記憶が無いと聞いていたが……」
「当然です、私のスキル天檻に癒せない魂はありません」
「そう、だ…………我は…………悪魔に殺され……記憶を…………」
ラファエルと呼ばれる黒い眼だけの塊は、ゆっくりと呟くように記憶を整理していった。
「…………そして…………神眼を有する剣士に殺され…………っ!?」
ラファエルの中で全ての記憶が繋がった。
「そうだ!! 我は強き者と戦うために存在している!! あいつはどこだ!! 我を倒した強者、天原竜斗はどこだ!!」
ラファエルの咆哮は迷宮を揺るがせる程だった。
圧倒的魔力を含んだ怒号に、4人の体は萎縮する。
同時に、聞き慣れた名を耳にして戸惑ってもいた。
「安心して下さいラファエルさん、彼の者ならホウライ王国にいます」
「そうだ、ミカエルを復活させる前に戦わせてやる」
「ですから先ずは新たな肉体を得て転生を果たしましょう」
3人はラファエルを宥める。
「…………了解した」
ラファエルは落ち着くと、目の前にいる少年少女を見つめた。
「「っ!?」」
4人には何の事か分からない。
ただ、どうしようもなくヤバイとだけ察していた。
しかし、4人に逃げ場はなかった。
前には得体の知れない何かと怪しい2人組。
後ろには四傑のクウマ……それになんとかクウマを突破したとしても先に待つのはAランクの魔物……攻略できるとは思えなかった。
4人は神器を発動させた。
何にも出来ない……
だが何もしないわけにはいかない……
「勇ましいですね」
クウマは4人を見て小さく微笑む。
「……どの肉体か分かるか?」
「はいメタトロン様、天眼を使えば我に相応しい肉体が誰なのかは一目瞭然です」
「ならいい」
メタトロンは腕を組み、目を閉じた。
最早、見なくとも結果は分かりきってる……そんな態度だった。
「では始めますよ……我らが神がお造りになられた迷宮よ、我が声に答えよ!」
サンダルフォンは両手を広げて、天を仰ぐように叫んだ。
「我が友ラファエルを現世に顕現させる為、その力を我に貸せ!」
サンダルフォンが叫ぶと、呼応するように迷宮全体が怪しく光出した。
「スキル、【天生】っ!!」
迷宮から発せられる光がラファエルに集約される。
そしてラファエルは爆発するように弾けた。
「「うわぁああっっ!?」」
「「きゃあぁぁああっっ!?」」
弾ける光に飲み込まれながら、4人は身構えた。
「…………あれ?」
しかし、先程同様特に変わった様子もなかった。
寧ろ、目の前のいた怪しい何かは無くなり、安堵した程だ。
4人はキョロキョロと辺りを見回す。
だが本当に何事もない。
そんな4人の様子を見て、クウマ達3人は、ただ静かに不気味に微笑んだ。
ードクンー
鼓動する。
その者の体の内側から、別の命の鼓動が鳴る。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!」
突如、その者は叫ぶ。
押さえられない鼓動に、胸が締め付けられる。
あまりの激痛と苦痛に地面に倒れ、もがき苦しんだ。
「カルラ!?」
「カルラくん!?」
「カルラさん!?」
近くにいた3人は心配する。
しかし、尋常ではない苦しみ方をしているカルラをただ心配する事しか出来ない。
「何かが、何かが僕の体の中にっ!! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、助けて!!」
まるで体の中を虫が這いずり回る様に、魂が何かに侵食されていく。
カルラはのたうち回る。
「お前らぁああ!! カルラに何をした!!」
苦しむ友人を見ていられず、ザナードはメタトロンとサンダルフォンを睨み付ける。
「ふふ、何と言われましても……説明したところで、あなた達に理解できるとは到底思えませんが?」
サンダルフォンは小さく微笑む。
「ええ、よくわかりました……あなた方が私の大事な人を苦しめているという事を……」
ファナの体が怒りからワナワナと震える。
「ファナ……あなた……」
ルナは苦しむカルラを抱きしめながら、ファナを見つめた。
「スキルとか言ってたな……だったらお前らを倒せばカルラは助かる筈だ!」
「そうですわね……何のスキルかは知りませんが、発動した者を止めればカルラさんの苦しみは収まる筈です」
ザナードとファナは神器を構えた。
ザナードは剣を、ファナは細剣を。
そして、アイコンタクトするとサンダルフォン目掛けて駆け出した。
刹那、2人は奇妙な感覚に陥った。
一体いつの間に……?
駆け出す前には間違いなく、2人は少し離れた入り口前に立っていた。
なのに……
一歩を踏み出した時には、腕を組んでいたメタトロンが既に自分達の真横にいた。
メタトロンは腕を解き、両手を広げると、2人の顔を掴んだ。
速すぎて見える筈もないが、その時の2人にはまるでスローモーションの様にゆっくりと感じ、そのあまりに滑らかで美しい動きに見惚れた。
「がっ!?」
「きゃっ!?」
ザナードとファナは気づくと顔を掴まれたまま、地面に叩きつけられた。
そして、そのまま両脇の壁に投げ飛ばされた。
「がはっ……」
「かはっ……」
壁に叩きつけられた2人は、そのまま気を失った。
「えっ……?」
ルナには何が起こったか解らなかった。
2人が駆け出したと思った瞬間には、壁に叩きつけられていた。
そして眼前には、自分を見下ろすメタトロンの姿だけがあった。
ルナは震える体で、必死にカルラを抱きしめた。
「ルナ……ちゃ…………逃げ、て…………っっ!!」
ルナを心配してカルラは必死に逃げるよう声を出すが、痛みは収まらず、苦しくてたまらなかった。
「神様! 神様! 神様! 神様!」
ルナはカルラを抱きしめたまま、小さな声で祈るように叫んだ。
カルラを、皆を助けて欲しい……そう神に願った。
「安心しろ娘……唯一神アルカ様の神託は絶対だ。その者の体は我らが友のものとなり、これからは悪魔を根絶やしにする為、世界の平和を護る者となる…………む?」
「ふ、ざける、な……っ!」
カルラは立ち上がろうとした。
痛みを堪え、大事な人達を護る為に立ち上がろうとした。
「カルラくん……」
ルナの瞳には涙が流れていた。
「お前達が何をしようとしてるのかは知らない……僕に何をしたのかも、知らない…………でも……ルナちゃんや……皆は……僕が護る!!」
カルラは胸を押さえながらも、しっかりと立ち上がった。
「流石はラファエルの肉体に選ばれし者……強靭な精神力だ……だが……」
「……何を……訳の分からない……事を!!」
カルラは発動していた籠手の神器にありったけの魔力を込めた。
その魔力は自分のだけではない、ラファエルの魔力も込められており、レイナやミロクにも劣らない程だった。
「天羅零拳!!」
カルラは母ミロクと同じ技を繰り出した。
突き出される拳はメタトロンを捉えていた。
勝てると確信した。
だが…………
「っ!?」
「……カ、カルラくん…………なん、で…………」
気付くと突き出された拳は、大事な護るべき人……ルナの腹部を貫いていた。
突き出された拳には生暖かい血が滴り落ち、ルナは大量の血を吐き出した。
「う、う、うわぁああああああああああああああああああああああああっっ!!!! なんで、なんで、なんで、どうして!? 嫌だルナちゃん! 嫌だ、死んだらダメだ!!」
カルラは崩れ落ちるルナを必死に抱き抱える。
「我は知識の源……全てを知る、【天智】メタトロン。如何なる攻撃も我の前では無力」
カルラには理解できなかったが、メタトロンはルナを盾にした。
その速さは尋常ではなかった。
カルラが気づけなかったのも無理からぬ話だった。
「殺してやる! 殺して…………がああぁぁっ!!」
カルラは血の涙を流し、メタトロンを睨み付けた。
だが身体中をあまりの激痛が走り、意識が保てなかった。
「誰か…………助けて…………誰か…………ミラちゃ…………母上…………誰、か…………リュートさん…………助け……て…」
カルラは悔しさと悲しみで血の涙を流した……
大事な人を傷つけた己に……
絶望する程の強さを持つ敵を前に、無力な自分に……
カルラは……
ただただ涙した……
そして糸が切れる様に、プツリと意識を失った…………