日記とショーマ・中
二話目。
『彼女……リーナと名乗る俺の奴隷と出会ってからの事は少し割愛する』
『兎に角、毎日が楽しくて多忙な日々を過ごした』
『濃厚過ぎて、1日1日が思いでの日々だった』
『リーナと共に依頼をこなす日々……』
『ゲームみたいに本当にステータスが有った事実……』
『ランク、クラス、スキル、神器……そして迷宮……』
『スキルを覚えて……ランクを上げて……神器を創造して……迷宮を攻略する日々……』
『そんな日々の中で出会った大切な仲間達……』
『ドワーフの爺ガルガン、エルフの美少女フィーネ、そして、ホウライ王国の王女ホウカ……数えればきりがない程の人達と出会った』
『だが楽しい思い出ばかりではなかった……』
『この世界……異世界アルカは魔族を嫌っていた……』
『沢山の魔族が、人間から迫害され傷ついている……』
『俺は皆と共に立ち上がった』
『帝国と神国と交渉し中立組織【ギルド】を作り、王国三大行事を立案し、奴隷制度の緩和、研究所を設立し【天魔戦争】を調べ始めた……』
『だが個人の力がいかに虚しいか、嫌という程思い知らされた……』
『小説みたいに何でも上手くいった訳ではない……』
『衝突もあったし、壁にもぶち当たった……』
『それを助けてくれたのは家族だった……』
『妻であるホウカと、息子のトウマだ』
『ホウカは俺より奴隷政策に力を入れ、トウマは俺なんかより遥かに優秀だった』
『立案するだけの俺と違って、トウマはそれらをどんどん改善していった』
『スキルもランクも高い……いつしか人々はトウマを【英雄】と呼び始めた』
『ホウカの血だろうか? 俺には勿体ない出来た息子だった』
『ある日、トウマがEランクの迷宮から帰ってこなかった……』
『怒りと悲しみで自分がおかしくなりそうだった……』
『トウマのランクはSランク……およそ人間が到達するには困難と言われるランクだ』
『古い文献を調べたりして照らし合わせた結果……ランクにはSSより上のランクZEROがある事が分かった』
『SSランクの魔物でさえ、人が倒すことなど出来ないランクなのに、ランクZEROとは一体どれ程なのだろうか……』
『そして、今思えば予兆はあった……』
『ある日を境に、妻であり妃であるホウカの様子がおかしくなった……』
『まるで人が変わったようだった……』
『体調も崩しやすく、よく頭痛で寝込んでいた……』
『俺は確信した』
『ホウカはホウカではなくなっていたのだ』
『トウマが迷宮から帰ってこない報告を受けても顔色1つ変えなかった……あんなに溺愛していたのに』
『おまけに……トウマに迷宮攻略を依頼したのはホウカだというではないか……』
『そして、ホウカは……俺達の前から姿を消した……』
「それじゃあ行ってくる」
俺は城の前で、長い時を共に過ごした仲間達と別れを告げた。
「……本当に行くのか?」
「せめて私達も……」
ガルガンとフィーネが、歯軋りしながら俺を見送る。
「皆だって家族がいるだろ……それにホウカを連れ戻すのは俺の役目だ」
ガルガンにもフィーネにも家族がいる。
ドワーフとエルフは、人より少しだけ長命だ。
見た目は俺とさほど変わらないが、まぁまぁ年を取ってる。
俺と同じで隠居みたいな生活を送っている。
今更、長旅には付き合わせれない。
「しかし……」
「帝国とも神国とも小競り合いはある。何かあった時は頼む」
「……了解した」
「……分かりました」
『俺はホウカを探して連れ戻す旅に出た』
『ガルガンとフィーネは最後まで付いてこようとしたが、なんとか納得し諦めてくれた』
『皆の幸せを邪魔するわけにはいかない……』
「……じゃあ頼んだよ」
俺はもう一人の人物に目を向けた。
「はい……この方は私が命を賭してお守りいたします」
リーナは力強く答えてくれた。
その腕にはまだ小さな赤子が抱き抱えられていた。
トウマと嫁の子で、俺とホウカの孫……大事な宝だ。
嫁はこの子を生むと同時に無くなった。
そしてトウマも……
「リーナ……」
「はい?」
「俺と新たに契約を結んでくれ」
「えっ!?」
「必ず皆の元に帰ると誓う……だから、この子を絶対に守ってくれ」
「ふふ、契約などしなくとも私はショーマ様の奴隷ですよ。ですが、分かりました……必ずお守りすると誓います。だからショーマ様も、必ず私達の元にホウカ様と一緒に帰ってくると誓って下さい」
「ああ、必ずだ!」
俺は力強く頷いた。
『俺は孫をリーナと皆に託した』
『目指すはホウライ王国よりずっと南……商人からの目撃情報を頼りに目指した……』
『そして俺は今、この日記をアルカ大森林内で書いている』
『トウマの最後の迷宮攻略もこの辺りの筈だ……』
『何か分かればいいのだが、調べても特に手掛かりはない……』
『森林内には魔族の集落があり、今はそこを拠点にしている』
『村の名前はアルカディア村』
『世話になったお礼に、あちらの世界とこちらの世界で学んだ築城技術を提供した』
『漫画を書く上で調べた知識が役に立った』
『難攻不落の城になるだろう……多分』
『そして、通信の神器も設置しておこうと思う』
『商人に、この日記と通信の神器をリーナに渡して貰うように頼んである』
『何かあった時は、ここに逃げてこられる様に……願わくばそんな事は起こって欲しくないが……』
『そして、今この日記を読む者よ……』
『どうかこの日記を、俺の妹と弟に渡して欲しい……』
『俺が異世界アルカに転生したのなら、二人がこちらに来ている可能性もある……』
『俺なんかより、ずっとずっと強くて心配するのが烏滸がましい二人だ……』
『だが会いたい……』
『今になって無性に会いたくて堪らない……』
『こちらの世界に来てから、ずっと探し続けたが遂に見つけられなかった』
『だから俺の生きた証を……この日記を、二人に渡して欲しい……』
『二人の名は……』
『天原智歌』
『天原竜斗』
『愛すべき俺の本当の……いや、もう1つの家族だ』
『兄はここで沢山の人達と出会い、沢山の思い出と共に生きた……』
『智歌……すまなかった……』
『今思えば、俺は自分の夢ばかりを追い掛けて、お前の夢を応援していなかったかもしれない……俺が不甲斐ないせいで、お前は夢を諦めたのではなかろうか……』
『だから、これだけは言わせてくれ……』
『例えどんな道を選ぼうと俺はお前を心から応援している』
『竜斗は…………特に無いな……うん』
『なんかお前ならどこででも生きていけるような気がする……剣道が好きだったし……転生したのが俺ではなくお前だったらと最近よく思う……きっとラノベみたく魔王を倒す勇者なんかになっていただろうな……』
『……この世界にいるかは知らないが』
『智、竜、愛してる……』
『兄、天原翔馬より……』
◆◆
「あれ? あれ……」
大粒の涙が零れた……
「竜斗様……?」
レイナが心配して寄り添ってくれる。
「うぅ……翔兄……」
まさかだった……
転生者だとは思っていた……
ショーマの名を聞いた時も、もしかして……と思った。
でも……
本当に……
「やはり、お主の事じゃったか……」
後ろから、トーマスの爺さんが1歩だけ近づいて声を掛けてくる。
「ま、まさか本当に……」
「ああ、俄には信じがたい……」
ガルデアとフィラは驚いてる様子だった。
「だから、お主はクラフト家と雰囲気が似ておったのじゃな……英祖ショーマの弟なんじゃから当然か……」
爺さんが何か喋っているが、あまり聞こえない……
俺は今にも崩れそうな日記を大事に抱きしめた。
「それで、ショーマはその後……」
レイナが俺の背に手を添えながら、3人に質問していた。
「分からんのじゃ……」
「……では何故アルカ大森林をお調べにならなかったのですか?」
「この日記が見つかったのは最近なんじゃ……エンマの家に隠されていたのじゃ」
「…………」
「そしてレイナ嬢の爺さん……ロウガ・アルカディアの名前を思い出してな……アルカディアはあると確信したのじゃ」
「……そうだったのですね」
「丁度、ミランダという後継者も見つけたし隠居して調べていたのじゃが、ジオ王が魔族を集めていた事もあり、迂闊な事は出来なかったのじゃ……」
「おまけにエンマさん達四傑がジオ王のせいで身動きが取れなかったもので……帝国や神国との戦もあり、我々も……」
フィラは申し訳なさそうに答えた。
「ではリーナは? その後どうなったのです?」
「…………」
「…………」
「…………」
3人は言葉を詰まらせた。
「?」
「……殺されたのじゃ、儂ら人間達の手によって……」
「なっ!?」
「…………」
流石にこれを聞いた時は俺も驚いた。
だがレイナは何故かあまり動揺していなかった。
「レイナ?」
「すみません竜斗様……私はリーナについて少しだけ知っています」
「そう、なんだ……」
「リーナは確かに人間達から攻撃されました。ですがその時はまだ死んでいません……詳しくは知りませんが、アルカディア国に逃のびたのです」
「なんと!?」
「そうでしたか……」
ガルデアとフィラは少しだけ安心した様な表情を見せた。
「そうか……だから闘王祭の時、エンマさんはレイナを渡せっていったんだな……リーナと同じサタンの名を持つから……」
それと賞金首を見つけたにしては、諦めが早いと思った。
冷酷無慈悲の剣とか呼ばれてるのに、お優しかったのはそのためか。
「リーナは何故攻撃されたので?」
「すまん、それは貴族共じゃ……ショーマ王もホウカ王妃、おまけにトウマ王子もいないのじゃ……その血筋を狙った邪な者達がいたのじゃ……」
「なっ……」
「私達の祖先も、家族を人質に取られてやむなく……」
「そのお陰で我々は今こうして地位を得ている……皮肉な話だ」
ガルデアとフィラは申し訳なさそうだった。
祖先が家族を守るために、仲間を裏切ったのだから……
「そこから台頭してきたのが、ジークハルト家とユレイナ家じゃ」
それって……
ザナードくんと、ファナちゃんの家か……
「……ではあなた方が知るリーナの最後は?」
レイナは意を決した様に尋ねた。
「凄まじかったらしい……赤子を守るため最後まで抵抗し、最後はまるで悪魔の様な強さで王国兵を殺したそうじゃ……」
「それって……」
「スキル【憤怒】ですね……闘王祭でミロクさんと闘った時に私がなった状態です」
「なんと!?」
「あれが!?」
「あれが……? 知ってるのか?」
「言うたじゃろ? 儂らは天魔戦争を調べておる……勿論、七大罪スキルも名前だけは知っておる……」
「そうでしたか……」
重たい沈黙が流れた後、レイナは最後の質問をした。
「では最後に……その時の赤子は?」
「……王国兵がリーナから奪った。その時の赤子が王になった時、周りからなんて呼ばれておったか知っておるか?」
いや……知らねぇけど、なんとなく察しはつく。
「傀儡王じゃ……」
やっばりか……
リーナは悔しかっただろうな……
翔兄との約束を守れず……どんな思いだったのかな?
胸が張り裂けそうになった……
すると、レイナも胸を抑えていた。
「大丈夫?」
「はい……少しだけ、やるせなくなったもので……」
レイナは苦笑いしながら答えてくれた。
魔人族は契約重視の魔族……
悔しいんだろうな……
「儂らからも最後の質問じゃ……お主ら、天原智歌には出会えたのか?」