ケンカとトーク
俺は暗い次元の狭間の中にいた。
辺りを見渡すが闇、闇、闇、闇、闇。
闇の中を彷徨っていた。
地面はなく空に浮いているような、フワフワした感覚だった。
ふと、何かに当たったかのような感触があった。
後頭部に柔らかいクッションが置いてある感じであった。
(うん、これは夢だ……)
俺は呟いた。
(このクッションの正体は、毎回恒例の【レイナの胸】だな)
俺は自分の学習能力が覚醒したと自覚した。
(ならここは、このクッションには触れずにおこう。俺の品性が疑われるからな)
ぶ~~~~~ん……
(蚊がいる……)
俺は手で払いのける。
ぶ~~~~~ん……
(しつこい!)
何度も払いのける。
ぶ~~~~~ん……
(ホントにしつこい!!)
俺は両手で蚊を挟み込むようにして叩く。
ぶ~~~~~ん……
(……上等だ! やってやんよ!!)
俺は目をつむり、全神経を耳に傾ける。
ぶ~~~~~ん……
蚊は左右に揺れるように、不規則な動きで俺の周りを飛び回る。
(見える! 俺にも見える! ラ〇ァ俺も導いてくれ)
刮目!
目を見開くと同時に正面斜め上の頭上に向かい、最速で両手で挟み込むようにして手を叩く。
(捕った〇ーーーーー!!)
◆
--俺は目覚めた--
それは視たことのない景色だった。
寝転がったままスライムを両手で横から思いきり挟み込み、眼前には苦しそうに変形しているスライムがあった。
しかも正面や横、上からではなく、下からの眺め。
そして山脈の向こう側から声がした。
「竜斗様……痛いです……」
俺は慌てて手を離した。
そして勢いよく体を起こすと、案の定レイナであった。
レイナは自分の胸を抱え込むようにして押さえている。
「痛かったです竜斗様……押し潰す気ですか?」
「ごめん……寝ぼけてて……」
最悪だ……
俺は愕然とした。
後頭部に当たっていたクッションはレイナのスライムではなく、膝枕だったのだ。
そして蚊だと思っていたものこそ、レイナのスライムだったのだ。
俺は話題を変えた。
「こ、ここは?」
辺りを見渡すがどうやら森の中のようだ。
少しだけ離れた所に、灯りと声がした。
「ぐすっ、ここはアルカ大森林です。一気に城まで帰ろうと思ったのですが……なに分大所帯だったので、ゲート付近で夜営を張ってます」
確かに空には雷雲が立ち込めていた。
だが元から暗いアルカ大森林では朝か夜かあまりわからない。
「もう夜なの?」
「はい。竜斗様が倒れられた後、捕まっていた魔族の者達を助け、今我々とともにアルカディア国に向かっています。ですので時間がかかり夜になってしまいました」
「そっか……あの、みんなにされてた首輪は?」
「竜斗様が斬った……あの者の指に首輪の神器がありましたので、壊して解除しました」
「なら良かった」
「今はあちらで、皆と食事をしています。竜斗様も行きますか?」
「ああ。腹も減ったし俺も何か食べようかな」
◆
灯りの元までいくと、そこは食事というより宴であった。
火を囲むようにしてみんな、どんちゃん騒ぎであった。
捕まっていた時の無表情が嘘のような、明るい笑顔がそこにあった。
しかし1人の魔族が俺に気づくと急に黙りこんだ。
それに気づいた他の魔族も1人、また1人と静かになり、場が一気に静まり返った。
(うわ~居づらい……)
どうしようかレイナに尋ねようとした時、火を囲って座っていた1人の魔族が立ちあがり、俺の元に歩み寄ってきた。
その魔族は黒く腰まではあるであろう長い髪を風になびかせていた。
そしてこっちの世界で初めて見る着物を身に纏っていた。着物は白一色で、少し底の厚い黒の草履を履いていた。
背中からは、頭から地面まであるんじゃないかというような、長い羽が生えていた。
レイナの悪魔のような4枚の羽と違い、ゼノの白黒の6枚の羽とも違う、黒一色の長い鳥のような羽が生えていた。
肌は白く、艶やかというか、妖艶な大人の女性の色気があった。
彼女が俺の元までくると綺麗な透き通った声で話始めた。
「天原竜斗さんですね、この度は助けて頂き誠に有難う御座いました」
綺麗な声で一瞬ドキッとした。
「あっ、いや、そんな、お礼なんて、大丈夫です……」
焦った俺の態度を見て、レイナが目を細めて怪しむように俺を睨む。
「え~と……あなたは?」
「これは失礼いたしました。私はこの部族を率いる、八咫族のサラと申します。サラ・アスモデウスです」
俺はピクッと反応した。
アスモデウス……?
もしかしてと思い【神眼】を発動させた。
◆
【サラ・アスモデウス】(27)
種族
【八咫族】
クラス
【渡り鳥】 潜在【太陽の化身】
ランク
【A】 潜在【SS】
先天スキル
【属性<風華>】【飛翔】【舞踊】【感知】
後天スキル
【--】【--】
特殊スキル
【占術眼】
神器
【鎌鼬】<腕輪/?/?/C>
【百花繚乱】<鎌/?/?/A>
【花樹園】<胸当/?/?/B>
【8787】<袋/?/?/D>
【??】
【--】
【--】
◆
「いたーーーーーーーっ!!」
俺は思いきりサラさんを指差した。
俺が急に大声を出したから皆が一斉にビクッとなり驚いた。
「え~と……「いた」というのは私のことですか?」
サラさんが尋ねてきた。
「あっ! すみません……SSランクの方を見つけたのでつい……」
俺は慌てて指を引っ込めた。
「魔眼をお持ちなのですか? ですが私はAランクで、SSランクなんて……何かの見間違いでは?」
ゼノ、ガオウ、ルルも駆け寄ってきた。
「竜斗、本当か!?」
「ああ、間違いない! サラさんはSSランクだ」
「!? なんと……」
「そういえば竜斗様が以前お話しされた、SSランクになれる人のなかに【アスモ……】と仰ってましたね」
「ああ、アスモデウスだったんだ」
俺達はサラさんに視線を送った。
サラさんは「?」といった顔をしている。
「あの……一体何のお話を?」
俺達は、俺がこの世界に召喚されてきた辺りからの話を簡単に説明した。
「……なるほど、分かりました。俄には信じ難いですが異世界から召喚された人間なのですね。通りでこちらの世界の人間達とは雰囲気が違ったのですね」
「それで良かったらですが、俺達の仲間になってもらえませんか?」
俺はサラさんを勧誘してみた。
「………………」
サラさんは考え込んでいる。
「……なるほど、そういうことですか」
「へっ!?」
「あっ、いえ私達は魔族の国や集落を行き来する、渡り鳥のような棲む場所を固定しない魔族の集団なのです」
もしかして迷宮で話してた八咫族ってこの人のことかな?
「それが出来たのも私の特殊スキル【占術眼】で、行き先を決めていたからです」
「占術眼?」
「はい。占いに特化した魔眼といいますか……危険なものを察知でき、それを指針に行き先を決めていたのです」
「へ~凄いな」
「もちろん万能という訳ではありませんが、ある程度の危機はこの占術眼で回避してきました。ですが……」
「ですが?」
「今回は確実に安全な行き先が視えたのです。にも関わらず私達は昼間の人間に捕まってしまい困惑していたのですが、理由が分かりました」
「それって……」
「はい。きっとあなた方に出会うためです。いえ、もしかしたら竜斗様……あなたがいる場所こそ、魔族にとって1番安全な場所なのかもしれません」
「てことは?」
「はい、私達で良ければ是非……アルカディア国の民にして頂けるのでしたら、この身を粉にして尽くしたいと思います」
俺はレイナに視線を送った。
「勿論構いません。国民が増えるのは、どれだけ増えても構いません。ただ国の方針は改めて城に帰ってから皆で話し合いましょう。」
そうだった。
魔族の国を1つにしたり、SSランクの魔族を集めるのはまだ決定した訳じゃなかった。
でもSSランクになれる人が、仲間になってくれるのは心強く俺は少し安心した。
「……浮気はダメですよ」
突如レイナが訳のわからない事を言いだした。
「全くまたですか……」
ルル、君も何をいっているんだ?
「幼女から年上まで幅広いな」
チャラ男まで!?
「…………」
あれ?
いつもならガオウが「それは男として……」とか言ってくるのに今回は黙ったままだ。
俺はガオウを見た。
ガオウはチラチラとサラさんを見ている。
俺は確信した。
ついでにゼノも確信した。
俺とゼノはガオウの側に寄り、耳打ちした。
「応援してやるから、頑張れよ」
「っ!?」
「なんだそういうことかよ。サラさん綺麗だからな~頑張れよ」
「なっ、馬鹿、違うぞ!?」
「いやいや、その反応でもうバレバレだから」
「ぐっ!!」
「質問で~す。サラさんは男いるんすか?」
ゼノがストレートに聞きやがった。
でも今回はナイスだ。
「……いえ、私はまだ未婚で、特定の殿方もおりませんが……」
俺達はまた小声で話し出した。
「ゼノやるな」
「いやいや、聞いただけだから」
「き、貴様ら……」
「はいはい、嬉しいくせに」
「相手はいないんだ、頑張れよ」
「…………」
ガオウは口ごもった。
すると火を囲っていた魔族の男達が険悪な顔で立ち上がった。
「黙って聞いてりゃあんたら、うちらのサラ嬢を狙ってるのか?」
「サラさんは俺らのマドンナなんだ、手を出したけりゃ俺らを倒すんだな!」
「そーだ、そーだ!」
どうやらサラさんは彼等から相当好かれてるようだ。
「あんたらっていうか、狙ってるのはガオウのおっさんだけどな」
「!?」
ゼノが爆弾を投下した。
ガオウの顔は真っ赤になってた。
「なっ、ちがっ、違うぞ! 我は決して……」
ガオウは口ごもる。
「上等だ! 今までもサラ嬢の周りに群がる蝿は俺らが追い払ってきたんだ!」
「行くぞ野郎共!」
「おーーーー!!」×多数
もはや取っ組み合いの喧嘩だった。
さすが魔族、喧嘩も派手だ。
ガオウは群がる男衆を投げ飛ばす。ゼノは華麗に躱していく。
俺は達観していた。
すると、
「いてっ」
何やら物が飛んできて体に当たった。
「……上等だ、やぁぁぁってやるぜ!!」
3対多数の喧嘩は朝方まで続いた。
でも心なしか皆笑っていたように感じた。
皆も俺が人間とか関係なく接してくれたように感じた。
◆
俺達が取っ組み合いの喧嘩をしている中、ガールズトークが行われていたことに気付かなかった。
「本当、男って野蛮で下品です」
ルルの厳しい一言。
「ふふっ、そうですか? ルルも、もう18なのですから、恋くらいしなくては」
「私はいいです」
「レイナ様はおられるのですか?」
サラはレイナに尋ねた。
「はい、私は竜斗様と契約いたしました」
「まぁそれはおめでとうございます。人間と魔族なんて素敵です」
「はい」
「……まだ(仮)ですけどね」
ルルはボソッと呟いた。
「……何か言ったかしらルル?」
レイナは笑顔だったが明らかに怒っていた。
「い、いえ、何でもありません……」
ルルは焦って否定するが、柔らかい頬はレイナに力強く引っ張られる。
「いたぁいれぇす、ひめぇしゃま……」
「これぐらい当然です、ちゃんと聴こえていたんですからね」
「すびませぇん……」
「ふふっ、楽しいですね」
「サラさん?」
「サラで構いません姫様」
「なら私のこともレイナで構いません」
「……ならレイナは、竜斗様のことを実際どう想われているのですか? 先程はああ申しましたが、人間と契約するなんて……」
サラは真面目な顔で質問した。
レイナはルルから手を離しサラに向き直った。
ルルは相当痛かったのか頬を擦っている。
「ちゃんと好きですし、愛していますよ。ハッキリいって……」
「ハッキリ言って?」
「一目惚れだったんです! だって竜斗様カッコいいんですもん! なんであんなにイケメンなんですか!? もう人間とか魔族とか関係なく、超どストライクだったんです!」
「……………………」
ルルは力説するレイナを見て若干引いていた。
サラも表情には出していなかったが、心の中で聞くんじゃなかったと後悔した。
「それに……」
「それに?」
「竜斗様も仰ってくれました。人間も魔族も関係ないって……わ、私の事が欲しいと……それで、ああこの人には種族なんて関係ないんだって。きっと魔族の幸せも考えてくれる素敵な人なんだなって」
レイナは真面目に照れたように答えた。
「そうですか……レイナがそう言うなら安心しました。では私達はあの方と共にいれば何も心配いりませんね」
「はい。ですが竜斗様に手を出してはいけませんよ! あの方は私のモノです」
「ふふっ、それは残念です」
「いけませんよ! ガオウで我慢して下さい!」
「姫様……それはガオウ将軍に失礼です」
「あら、ガオウさんも素敵な殿方ですよ。私逞しい方は好みです」
「!?」×2
夜も更けていく…………