愛と恋
「ぐぅ……これは……」
ミロクは苦しそうに呟いた。
「ま、間違いありません……宝雷の光です」
誰もが分かっていた事だが、答えたのはミラだった。
夜なのに王都を昼の様に照らす光が、大広場の方から放たれていた。
王国民全員の魔力を集める光。
王が神器を使ったのだと誰もが理解した。
しかし、暫くすると光は小さな雪のように王都へと降り注ぐ様にして消えた。
その直後、建物を壊していく轟音が城の方まで続いていった。
「レイナは……竜斗達は……負けたのか?」
「いや、恐らく負けたのは我らの王だ」
ミロクの元に、エンマはゆっくりと歩み寄った。
そしてミラも2人の元へと歩み寄った。
「で、ですがエンマさん……あの宝雷に勝てる人間など……」
ミラは疑心暗鬼だった。
竜斗達が強いのは知っている……だが、宝雷が負けるとは思えなかった。
「さあな……だが、もし宝雷が放たれていたのなら、間違いなく王都は半壊……いや、全壊していただろう」
「確かに……その様な様子もないな。だとすると最後の轟音……あれはレイナの攻撃か……」
戦った事があるからこそ、ミロクは最後の攻撃がレイナのものだと感じた。
「音は城まで続いたな……我らもいこう」
「うむ」
「はい」
エンマ達3人は即座に兵士達に指示を出した。
被害状況や、怪我人、情報収集、混乱しているであろう民達への説明……それらをどう対処するか、的確に兵士達に指示し、数人を連れて【真王城】へと駆けた。
一方、真王城の入口……
巨大な扉に埋め込まれるように激突したホウライ王・ジオは、その場で気絶していた。
沢山の建物を壊しながら吹き飛ばされ、最後に城の扉にぶつかり気を失っていた。
壊れた建物の残骸を道標に、竜斗、レイナ、シロは王城へと辿り着いていた。
◆
「終わったな」
「はい」
辺りは無音だった。
城には兵士など誰1人いなかった……倒れている王を除いて。
城を空けるほどジオにとっては、シロが大事だったのだろう。
俺とレイナは倒れているジオを見下ろす。
シロはレイナの後ろにくっついて覗き込むようにジオを見つめていた。
「さてと……捕縛系の神器もスキルもないし……どうする?」
「そうですね……」
俺とレイナがどうするか悩んでいると、ふとシロは力なくその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか、シロちゃん?」
「は、はい……何だか少し疲れたみたいで……」
シロは苦笑いしながら答えた。
無理もない……昨日から沢山逃げ回って、さっきも宝雷から魔力を徴収された感じだったし。
「一先ず宿に戻りませんか竜斗様?」
「そうだな……」
だがジオを置いてここを離れるわけには……
なんて言ってたら、大広場の方から数人がこちらに向かって駆けてきた。
「エンマさん達か」
「みたいですね」
エンマさん達と合流すると、3人の指示の下、数人の兵士達はジオを拘束した。
「俄には信じられんな、あのジオを……いや、宝雷に勝つとは……」
「まぁ、とっておきを使ったんで……」
「やはり最後の一撃はレイナだったか……」
「はい、どうしてもこの拳を叩き込まなければいけなかったので」
「う……」
なんて少し気の抜けた他愛の無い話をしていたら、ジオの目がゆっくりと開かれた。
俺達は警戒して、僅かに後退した。
でも……
「よもや……余が……宝雷が負けるとはな……」
少しばかり晴れやかな顔でジオは苦笑するだけだった。
警戒したのは懸念だったみたいだ。
「ジオ、悪いが拘束させてもらった。魔族博愛のこの国で魔族を使った実験をしていたのだ。王族の地位も剥奪するぞ!」
1歩だけジオに近づいたエンマさんはハッキリとそう告げた。
「よかろう……あの2人に守られたナンバー46を奪い返すのは余にはもう不可能だ……俺の夢も潰えた……好きにするがよい……」
神器を外されたジオは、兵士達に連行された。
俺達の横を通り過ぎる際、ジオはふとレイナを見つめた。
「お主が人間である事が惜しいな……魔族だったら惚れていたぞ……」
「…………今はこの様な姿をしていますが、私はれっきとした魔人族です」
レイナのこの言葉に、ジオは大きく目を開いた。
「くはーはっはっはっ!! よもや魔族だったとは! やはり余の魔族を見る目は間違っておらなんだか!!」
ジオは大きく高笑いした。
「ナンバー46……」
「!? は、はい……」
高笑いが収まった直後、今度はシロに声をかけた。
シロはビクッと体を震わせたが、小さな声で返事をした。
「いや、今はシロだったか……確かに余は自分の都合でお前の体を何度も作り替えた」
「…………」
「だが……愛していたのは本当だ」
「…………」
「幸せになれ」
「!? 王……」
ジオの目は優しく、慈しむ様な目でシロを見つめていた。
本当に愛していたのだと分かった。
ただ、その愛が歪みすぎていたのだと……
「連れていけ!」
「「はっ!」」
エンマさんの指示で、ジオはどこかへ連れていかれた。
そして最後に……
「あの堕天族の女性……名は何といったか…………」
ジオはそう呟いた。
「レイズ……? ゼノレ……? ふ、思い出せんな……」
小声で聞き取れなかったが、顔は少しだけ悲しげだった。
◆
少しだけ落ち着くと、緊張が解けたのか、シロは眠るように気絶した。
「じゃあ俺達は宿に帰るね。シロも疲れたみたいだし」
俺はシロを抱き抱えた。
「ああ、すまなかったな……いや、感謝する竜斗……レイナ。お前達のお陰でこの国は救われた」
エンマさんが俺達に一礼すると、ミラもミロクさんも俺達に一礼した。
「まだですよ。恐らく貴族に奴隷にされている魔族はまだ沢山いる筈です。その人達を全て解放するまでは終わってません」
レイナの表情はまだ晴れていなかった。
「その辺りは任せてくれ。おおよその目星はついている。国境にいた為、中々、手が出せなかっただけで、密かに調べてはいたのだ」
ミロクさんは流石だった。
「ああ、ジオが魔族を集めて私室で……何かしていたのは知っていたからな。国境にいると見せかけて、その出所をミロクに調べさせていた」
「いや、そもそもオークションで魔族を扱ってんだから、その位は流石に気づくだろ……」
俺だって馬鹿じゃない。
いや、馬鹿だけど……流石にそれくらいは……
魔族を買う貴族を調べれば一発だ。
「返す言葉もない……」
エンマさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。
「で、ですが、魔族自ら自分を売る者もいましたし……貴族全てが王に献上していた訳ではないので……」
ミラが弁明する。
どうやらミラも貴族を調べていたようだ。
「まぁ結果、ミラは貴族に言いくるめられ……あまつさえ王の妃にまでさせられたがな……」
「す、すみません……魔族について問いただしていたら、何故か妃の話になり……しかも王がそれを承諾したので……」
マジかよ……
それで、そのまま妃にまでなったのか……
運がいいのか、悪いのか……
「ああ、そういやジオが言ってたな。ミラが邪魔だったから塔に幽閉したって……」
「は、はい……苦言したら、お怒りになられて……何も言い返せず、そのまま数年も……」
だって小学生か中学生かそこそこの女の子が、国の王様に楯突いた訳だからな……あの【王気】に当てられたら、そりゃ言い返せる訳もない……
俺なんか言い負かされたし……
まぁ何にせよ一応は解決か……
「それで、これからどうするのです?」
不意にレイナがエンマさんに尋ねた。
「どうする、とは?」
「王が失墜したのです……ミランダちゃんが女王になるのか、それとも別の誰かを新たな王に立てるのか……」
「難しいな……この国は、英祖ショーマが女王に見初められてから、その血を色濃く受け継ぐ者だけが王になれるのだ」
「なら……ミランダちゃんではないのですね?」
「そうなる……だが、幸か不幸か王には子供がおらん」
答えたのはミロクさんだった。
「何故、幸なのです? 王位継承は大事な事ですよ」
レイナにとっては納得出来ない発言だったようだ。
少しだけムスッとしたのが分かった。
「不忠なのは分かっている。だが、あの王の血を引く者がいなくて良かった……それが私の今の素直な気持ちだ。それに……」
「それに?」
ミロクさんは、ミラの頭にそっと手を添えた。
「好きでもない相手の子など生みたくはないだろ? おまけにジオ王とミラは親子程の歳の差があるしな」
「ミ、ミロクさん……」
ミロクさんは優しくミラに微笑んだ。
「それは……そうですね。私も竜斗様以外の人との子は生みたくありませんし」
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまった。
え、なんだこれ……
レイナは……やっぱ俺との子が欲しいのだろうか?
そういや、気にしてなかったけど……人間と魔族との間に子供って出来るのだろうか?
ハーフの子とかいるのかな?
また今度、聞いてみるって事で……取り敢えず話を変えよう。
「じゃあ……取り敢えずは保留?」
「そうなるな」
「私はエンマが王になればと思っている」
ミロクさんから思いもよらない言葉が出た。
「……いや、俺は王の器ではない。クラフトの名を冠する王族はまだ他にもいる。それに俺のクラフトの血は薄い。誰も納得しないだろう」
そうか?
「神器【高天原】を有し、【宝雷】を扱える者なぞお前しかいない様に思うが……」
ミロクさんの言う通りだ。
「くどいな……」
「お前が王になれば磐石になる。そうすれば……」
ミロクさんは言葉を溜めた。
「「そうすれば?」」
全員の声が揃った。
「ミラを遠慮なく、息子カルラに嫁がせられる」
「ミ、ミロクさん!?」
「おぉ~そう言うことか……」
「お似合いですね」
「成る程……なら俺が王になるか……」
「エンマさんも何言ってるんですか!! 王位を渋っていたのに、そんな事で決めないで下さい!!」
「なんだ、ミラはカルラの事が嫌いか?」
「そ、そんな……き、嫌いではないですよ……幼馴染の1人ですし……大切な友人です……」
「なら……やはり竜斗が好きだからか?」
「なっ!?」
ミラの顔が真っ赤になった。
「な、何を急に……な、何故そこで竜斗様の名が……」
「照れるな、照れるな。ミラの竜斗を見る目を見たら直ぐに分かるぞ。おばさんを甘く見るなよ」
「いけませんよ! 竜斗様は私のです!」
レイナが力強く叫ぶ。
「わ、分かっています……ただ、少し憧れただけです……」
するとミラは懐から1枚のカードを取り出した。
【王院中等部リュートファンクラブ・ナンバー0001】
「マジか!?」
「むむ……」
俺が驚く中、レイナは渋い顔をする。
どうやら中等部で真っ先に発足させたのがミラだったみたいだ。
塔にいたが兵士達を使って、中等部に噂を流してファンクラブを広めていったそうだ。
人力SNSってところか……
「あの日……竜斗様がギルドの依頼でイエロースライムの探索で塔に来たときからです……ああ、この人は何て自由なんだろうと……あ、憧れずにはいられませんでした……」
ミラはほんのり頬を赤らめていた。
「そう、だったんだ……」
「で、でも別に好きとかそういうのでは! ま、まぁ少しは有りましたけど……」
「むむ……この子もやはり油断出来ません」
レイナは婚約者のくせに、ミラに嫉妬している。
だから俺はレイナ一筋なんだけどなぁ。
「私は……今は……再び王院に通いたいです。皆とまた楽しく過ごしていたいです。それに……」
「それに?」
「王妃としては不甲斐ないばかりでした。ですからもう一度己を鍛え直して、四傑の1人としてこの国を護っていきたいのです!」
目を見たら分かる。
ミラの覚悟は本物だ。
ミラももっと強くなれる。
だって潜在ランクがSSだし。
この国は変われる。
ミラの決意を聞いて、そう思わずにはいられなかった。
きっと大丈夫だ。
しかも上手くいけば、神国同様王国とも対等な関係が築けるかもしれない。
既にそんな感じすらする。
まぁ新たな王様次第だろうけど……
「兎に角……俺達は一旦宿に戻るよ。シロを早く休ませたいしな」
それに俺の腕も結構限界だ。
何回抱き抱え直してる事か……
腕が吊りそう……
「分かった……またこちらからも連絡しよう」
「まぁ四傑として忙しくなるし、暫くは無理だろうが……」
「そうですね、クウマさんにも連絡しなくては」
「……はい、何かあれば相談して下さい。これでも一応は魔族の王ですので」
「……じゃあね」
俺とレイナは3人と別れ、宿へと向かって歩いた。
ただ……まだ王国でしなければならない事があったと、ミラの最後の言葉で思い出した。
死神クウマ……
俺達の仲間であるアトラスの妹……アリス・ベルフェゴールを殺した人物だ。
ジオの話でも、ある日突然、人が変わった様だと話していた……
まさか……っ!
嫌な予感がする……
いや、嫌な予感しかしない……