王都と嘔吐
「ま、間違いない……これは、イカルガの神器だ……」
サクヤさんは震える手で【神鳴】を見つめる。
何度も何度も、神鳴を隅々まで確認する。
「これをどこで……?」
俺は説明した。
昨年……帝国と神国の中間辺りに位置する【城の迷宮】にて、羅刹と夜叉の【鬼種】が持っていたことを。
そして、その後は俺が使用していたことを。
ついでに全部説明した。
俺の事も、レイナの事も……
話終えた後、3人は唖然としていた。
信じ難いのか、直ぐには飲み込めなかった。
長い沈黙を破ったのはサクヤさんだった。
「…………ありがとう」
サクヤさんは小さく呟くと、神鳴をギュッと抱き締めた。
「サクヤさん?」
「2人のお陰だ……またこうしてイカルガに会えた……」
サクヤさんは泣き崩れた。
キョウとユイがサクヤさんの傍によると、言葉は発さずに俺とレイナに向けて首を横に振った。
それを見て、レイナは俺の肩に手を添えた。
コクリと頷いてから、俺とレイナは3人を残してギルド本部を後にした。
◆
ギルド本部を出た俺とレイナは暫く王都を散歩した。
夜風は冷たく、外灯や家の中の灯はどこもまだ点いていた。
真っ直ぐ西に向かって歩き、王都の中央辺りの【大広場】まで出た。
闘王祭後でまだ皆騒いでいるかと思ったが、意外にも静かだった。
「これからどうしますか竜斗様?」
レイナのこの問いは今すぐの事ではなく、これから先の事を聞いているのだと分かった。
俺は少しだけ思案してから口を開いた。
「そうだな……取り敢えずはまだ王国にいるつもり。ガルデアとフィラと話す事や聞きたい事があるし」
「そうでしたね」
「それに……」
「それに?」
「まだ何も解決してない」
「?」
レイナは僅かに首を傾げた。
「俺は……この国の王様に会わなくちゃいけない」
「…………それは、魔族の事ですか?」
レイナも薄々気付いてたみたいだ。
「この国、ホウライ王国は一見華やかに見えるかもしれないけど、多分それはこの王都だけだ」
「そうですね」
「地方に派遣されてるギルドは沢山あるし、奴隷についても調べないと」
「…………やはりオークションですかね?」
俺は頷いた。
「ああ。リリスとアザゼルがなんで逃げ出したかだ。二人共最初は人間である俺を怖れてた。きっと余程の事があったんだ。出会った時なんか凄く痛め付けられた痕があったし……」
「表向きは魔族博愛を掲げ、裏では奴隷としていた……という事ですね」
俺はまた頷いた。
「きっと全て、この国の王様に原因があるように思う」
「……分かりました。私は竜斗様についていきます」
レイナはニコリと微笑んだ。
「でも、どうやって会うかだな……」
「そうですね……ミロクさんやトーマス様に取り計らって貰いますか?」
「そうだな……いてっ!?」
レイナとどうするか悩んでいたら、突如、誰かがぶつかってきた。
割りと広い場所で話していたのに、何故ぶつかってくる?
ぶつかった相手は、その場で尻餅を着いていた。
小汚ないフードとマントを被っており、誰かは分からなかった。
「す、すみません……!」
今まで聞いた事の無いような透き通る女性の声だった。
女性は慌てているのか急いで立ち上がる。
「ほ、本当にすみませんでした……!」
女性は逃げるようにしてその場から立ち去っていった。
俺とレイナはそれを黙って見送った。
「……凄く綺麗な声でしたね?」
「…………」
「竜斗様?」
「…………気持ち、悪い」
俺は吐き出しそうになって手で口を押さえた。
やばい……
食べ過ぎたかも……
そんな俺の背中を、レイナは優しく擦ってくれた。
本当に申し訳ない。
すると、先程女性が来た方向から今度は何人かの兵士達が走ってきた。
「おい、アンタ達! さっきここにフードを被った女が来なかったか!」
「汚い格好で……って、天剣と拳姫!?」
「うおっ、マジか!?」
「す、すげぇ……」
「と、闘王祭観ました! 俺、めっちゃ感動しました!」
俺はレイナに背中を擦られながら兵士達を見つめた。
何?
こっちは吐きそうなんだけど……
「て、おい! そんな事より!」
「あ、そうだった!」
「す、すみません……さっきこっちに女性が来ませんでしたか?」
ん?
もしかしてこれは……テンプレの予感か!
どうするか……態度が悪かったら教えないが、割りと良い奴らっぽいしな……
でも、さっきの女性が逃げるとか訳ありっぽいな……
どうする……
う……そんな事より吐きそう……
「もしかして、凄く綺麗な声の方ですか?」
俺が吐き気と戦っている中、レイナが兵士達に尋ねた。
「そ、そうです!」
「見たんですか!?」
兵士達は食い気味にレイナに尋ねる。
「その方で合っているかは知りませんが、先程ここを通ってあちらに走っていきましたよ」
レイナは女性が走り去った方向とは逆を指差す。
「ほ、本当ですか!」
「すみません!」
「助かりました!」
兵士達は物凄く感謝しながらレイナが指差す方向へ走っていった。
「…………なんだか、悪いことをした気が……」
兵士達が良い奴らだったからか、レイナは罪悪感を感じたようだ。
「いや、いいと思うよ。俺もレイナと同じことをしたと思う」
「ですが、何だったのでしょう……?」
「さあ……う、おえぇぇ……」
遂に吐いてしまった……
婚約者の前で……
最悪だ……
「よしよし」
レイナは優しく背中を擦り続けてくれた。
「ごべん……」
こうして俺とレイナの闘王祭は、俺が嘔吐するという結果で幕を閉じた……
申し訳ありません。
やはり今回までを【闘王祭編】にします。
次話より、新章【王国編】にします。