闘王祭と武王⑥
「っ!?」
レイナは焦った。
駆け出した瞬間に、己の神器【大和】が粉々に砕けたからだ。
当然その場に立ち尽くし、自身の両腕を見つめた。
しかし、相手は待ってくれなかった。
自分に向かってきていたレイヴンは、既にレイナの目の前に立ち拳を振り上げていた。
「しまっ!?」
「火の章、烈火豪拳!!」
レイヴンの強烈な拳を、レイナは両腕をクロスさせて受け止めた。
当然、生身の腕では完璧に防げる筈もなくレイナは軽く吹き飛ばされた。
ただ他の選手達とは違い、それほど吹き飛ばされる事もなく、舞台の端に追いやられただけだった。
「つ……」
レイヴンの使う炎属性の神器により、レイナの腕は軽い火傷をおった。
「流石だな……神器無しでも俺の攻撃を防ぐか……魔力の差が桁違いという事か……」
レイヴンはその場からは動かず、冷静に呟いた。
『な、な、な、なんてことでしょーか!! レーナ選手の神器が砕けてしまいました!! 駆け出した瞬間でしたので、レイヴン選手が何かしたのでしょうか!?』
『ふがふが』
解説のセルトスは首を横に振った。
『な、なるほど……恐らくレーナ選手の神器が既に壊れていたか、或いはレーナ選手の魔力に神器が耐えられなくなったと……?』
『ふが』
セルトスはクナの問いに首を縦に振った。
◆
【竜斗視点】
そうか!
レイナの本来のランクはSSランク……
Aランクの【大和】じゃ、レイナの強大な魔力に耐えられなくなっていたんだ……
くそっ!
予選の時の嫌な音は、大和が欠けた音だったんだ……
あの時気づいていれば……っ!
ま、まぁ神器はもう1つ選べるし、レイナなら大丈夫か……
◆
竜斗の思いとは裏腹に、レイナのショックはかなりのものだった。
普段のレイナからは想像も出来ない程、レイナは戦意喪失していた。
舞台に膝をつけ、愕然としていた。
「あ、あ……」
レイナはただただ自分の腕を見つめていた。
格下の相手から火傷を負った事にショックを受けたのではない。
大事な……本当に大事な神器が簡単に砕けたからだ。
「お祖父様の……お父様の……神器が……」
レイナの瞳から一筋の涙が流れた。
祖父から……父から……受け継いできた神器が砕けた。
これまで沢山の死線を共に乗り越えてきた神器が砕けた。
レイナは立ち上がれなかった。
「どうした? 神器はもう1つあるだろう? 丸腰の相手をいたぶる趣味はない。早く次の神器を発動させろ」
レイヴンはその場から動かず、そうレイナに促した。
「…………」
レイナは自分が許せなかった。
大切な神器が戦闘によって壊されたのなら相手が格上だったと諦めもつくが、自分の不注意みたいなものだったからだ。
何故気づかなかったのかと……
『レーナ選手その場から動けず!! レイヴン選手が神器を発動しろと仰りましたが……レーナ選手、神器を発動させる様子はありません!!』
『ふが……?』
『どうしたのでしょうか? まさか……神器がもうないのでしょうか……』
「……実況の言う通りなのか?」
「…………」
レイヴンの問いにレイナは黙ったままだった。
「下らん……強者だと思い楽しみにしていたのに、この程度とはな……」
レイヴンは呆れた。
そして……一気に魔力を込めると、レイヴンの籠手の神器から炎が倍近くの大きさにまで燃え上がった。
「戦意を失った相手との戦いほどつまらんものはない……悪いが決着をつけさせてもらうぞ!!」
レイヴンは駆けた。
あっという間にレイナとの距離を縮めた。
しかしレイナはその事にすら気づいていなかった。
「レイナっ!!」
「はっ……!?」
ふと、レイナの耳に大切な人の大きな声が届いた。
我に返り見上げると、目の前で自分に向かって拳を振り下ろそうとする、レイヴンの姿が目に入った。
「烈火落拳!!」
「くっ!」
レイナは転げるようにして横へと避けた。
レイヴンの拳は地面へと突き刺さり、レイナのいた辺りは粉々に砕けた。
「まだ無駄な足掻きを……! 抵抗するなら神器を発動させろ!!」
レイヴンは怒鳴りながらレイナを追撃した。
「火の章、烈火噴拳!!」
レイヴンの怒濤の攻めが、レイナを攻め立てた。
レイナは体勢を立て直せないまま、なんとか避けようとするが……レイヴンの攻撃はどれもレイナの体を捉えた。
『レーナ選手、ピーーンチ!! 辛くも避けてはいますが、どれも僅かに当たっています!! レーナ選手の綺麗な肌が焼けていきます!!』
レイナの体の至るところが赤みを帯びていた。
どれもレイヴンの攻撃によるものだった。
観覧席にいるレイナファンから、諦め混じりのため息がこぼれた……
そして誰もが思った……
やはり女性では武王にはなれないのかと……
◆
そんな中、一人だけレイナに対して苛立ちを覚えている者がいた。
彼は座っていた席から立ち上がると、どこかに向かって駆け出した。
◆
意外な結果となった。
レイヴン自身でさえ、自分は負けるだろうと思っていた。
ギルマスであるトーマスにも言われたが、予選でのレイナの戦いぶりを見てそう確信していた。
だが強者との戦いによって、更に強くなるにはどうすればいいか、見えてくるものがあるのではと感じた。
楽しみだった……
だが蓋を開けてみれば何のことはない……
強者であるレイナは神器が1つ砕けただけで戦意喪失……
自分の攻撃をまともに防ぐことも出来ず、徐々に追い詰められている。
つまらなかった……
「これで、終わりだ……!!」
「っ!?」
レイヴンは勝利を確信した。
次の一撃で完全にレイナを捉えられると断言できた。
その時だった。
『なにやってんだレイナ!!』
観覧席から一際大きな声が聞こえた。
誰もがその声の主に振り向いた。
レイナもレイヴンも。
声の主は実況席からクナのマイクの神器を取り上げて叫んだ。
「竜斗……様……?」
レイナは若干満身創痍だったからか、まだ呼び慣れてはいないからか、今まで通りの呼び方で声の主を見つめた。
レイヴンも既の所で攻撃の手を止めていた。
そして竜斗を鋭く見つめた。
「リュ、リュートさん、マイクを返し……」
『ふざけてるのかレイナ!! ミロクさんと戦うんだろ!? ミロクさんに勝つんだろ!? こんなところで敗けていいのかよ!! みんなで闘王の部に出て、ギルド【拳武】に勝って、刀剣愛好家を最強のギルドにするんだろ!!』
竜斗の怒号が闘技場に響いた。
闘技場は静まり返った。
誰もが黙って竜斗の言葉を聞いていた。
『皆で勝つんだろ……だから……ちゃんと戦って、レイヴンに勝て! みんなに、本当はレイナがどれぐらい強いか見せつけてやれ! レイナは……俺の婚約者だろ!!』
「「「っ!?」」」
竜斗の最後の一言に、一部の奴らを除いて誰もが驚愕した。
とりわけ……竜斗ファンとレイナファンは開いた口が塞がらなかった。
竜斗はマイクをクナに返すと、クナの横の空いていた席に座り込んだ。
◆
「だ、そうだ……どうする? まだ戦う意志があるならきちんと戦え。戦う意志が無いなら舞台から降り……!?」
レイヴンはレイナから距離をとった。
尋常じゃない程、体から汗が吹き出した。
畏怖した……
目の前で黙りこんでいる女性から発せられる魔力に恐怖を感じたからだ。
「私は……私が許せません……」
レイナはゆっくりと歩を進めた。
「お祖父様とお父様から受け継いだ神器を簡単に壊してしまった自分に……皆さんに勝利を誓っておきながら戦意喪失した自分に……」
レイナは魔力を解き放った。
ビリビリとした圧迫感が闘技場を覆った。
観覧席にいた殆どの人が息苦しさを感じ、声すら発する事が出来なくなった。
それは1番近くにいたレイヴンが誰よりも感じていた。
「…………っ!」
レイヴンは、歩み寄ってくるレイナを見て後退りした。
「そして……何より許せないのが……竜斗様に不甲斐ない姿を見せてしまった、自分自身に!!」
レイナは神器を発動させた。
具足の神器【銀鶴】を。
誰もがその美しさに見惚れるところだが……今の観客達には恐怖感しかなかった。
レイナの脚に集約された魔力が、怖くて怖くてたまらなかった。
「だから……貴方には悪いですが……圧倒的な攻撃でこの汚名を晴らさせて頂きます……」
レイナは鋭くレイヴンを見つめた。
そして一瞬だけ地面に力を込めると、一瞬にしてレイヴンの目の前へと距離を縮めた。
竜斗並の速さであった。
レイナが力を込めた箇所は小さなクレーターとなっていた。
「!?」
一瞬にして目の前に現れたレイナに、レイヴンは戸惑うことしか出来なかった。
完璧に目で捉えられたのは竜斗だけ。
辛うじて……僅かに見ることが出来たのは……観覧席にいたミロクとミラ。
そして……怪しい人物が一人……
「これが、最後です……!」
レイナは半身になり脚を拡げて腰を落とした。
「ま、まだだっ……!!」
戸惑いつつも、レイナ目掛けて拳を突き出せたレイヴンは流石と言わざるを得なかった。
だが……
ーー魔神脚ーー
そんなレイヴンよりも圧倒的な速さでレイナの蹴りが放たれた。
速さは重さとなり、重さは衝撃となり、レイヴンは蹴り飛ばされた。
蹴り飛ばされたレイヴンは観覧席に突っ込むとそのまま気を失った。
観客達は……驚く事しか出来なかった。
いつの間に……?
どうやって……?
そんな事すら考えることが出来ず、頭が真っ白になっていた。
竜斗だけが安心してレイナを見つめていた。
ミロクだけがレイナに向けて不敵な笑みを浮かべていた。
ミラだけがじっとレイナを見つめていた。
そして……怪しい人物だけがレイナを見て歯軋りした。
この日、レイナは7つ目のスキルを覚えた。
七大罪スキル【憤怒】を……