闘王祭と武王③
翌日、王都クラフトリアの街中を歩き、俺達は闘技場を目指していた。
「いや~昨日のデモンストレーションも中々白熱したぜ」
キョウは朝早くからテンションが高い。
「へ~」
「そうそう、カルラくん達も結構凄かったんだから」
ユイもキャッキャッはしゃいでいる。
「将来を担う若者達を見て微笑ましくも感じたがな。私も年を取ったな……」
サクヤさんは、小さく笑みをこぼした。
「…………」
年か……
俺は昨日の衝撃の事実から、未だに立ち直れていない……
ついでにお金もない!
レイナにプレゼントしたくても買う金がない……
ついでにもう誕生日も過ぎてる!
「はぁ……」
また、ため息が出た。
「どしたリュート? 元気ないな、またレーナと喧嘩でもしたか?」
「いや、そうじゃないけど……キョウが敗けた日が、レイナの誕生日だったんだ」
「……なんか、トゲのある言い方だな……」
すまんキョウ、八つ当たりだ。
「へ~レーナ誕生日だったんだ。何かお祝いしたの?」
「いやそれが……俺知らなくて……」
「うそ!? 婚約者でしょ!?」
うっ、返す言葉もない……
「今からでもプレゼントしたらどうだ?」
「それが……」
俺は昨日の出来事を三人に教えた。
「な、なるほどね~」
「どうしようユイ……」
「なら皆でお金を出しあって何かプレゼントを贈るのはどうだ?」
「え、いいんすかサクヤさん!?」
「いいに決まってんだろ、レーナもお前も仲間なんだから。つーか、俺らにも祝わせろよ」
「キョウ……」
俺は嬉しくて、思わず泣きそうになった。
こんなことなら昨日の夜の内に皆に相談しておけば良かった。
「リュートくんの分のお金はいつでもいいから、何をプレゼントするか考えといてよ」
ユイはニパッと笑っていた。
ヤバい……ちょっと可愛いと思ってしまった。
「ありがと皆……闘王祭が終わったらお金は稼いでちゃんと返すから」
俺は皆に一礼した。
皆は照れ臭そうに笑ってくれた。
◆
闘技場の入り口まで来ると、流石に人で混み出してきた。
参加者や、ギルドメンバー、観戦者と……今日も闘王祭は盛り上がりそうだ。
「レーナどこかな?」
ユイは辺りをキョロキョロと見回した。
「控え室だろ?」
キョウは当たり前の様に答えた。
「これだけの人だ……集中するためにも静かな方が好ましい」
流石のサクヤさんも、今日の人の数には驚いている。
サクヤさんが言ったように、人混みに疲れたくないからか、レイナは朝早くに1人で闘技場へと向かった。
今日と明日の【武王の部】で、闘王祭の最後【闘王の部】への出場ギルドが決まる。
闘王の部は前年度の覇者、ギルド【拳武】との対戦だ。
レイナの戦いたい相手、【四傑】の一人、【拳聖】ミロクさんが率いるギルドだ。
レイナのこの戦いにかける思いは、計り知れない……
俺よりも楽しみにしている位だ。
今日の戦いで、コケる訳にはいかない。
まぁぶっちゃけ、俺はそこまで心配してない。
ハッキリ言って、レイナが敗ける要素が見当たらない。
不安要素を探す方が難しい。
「おい、あれ……ギルド【刀剣愛好家】だ」
「マジか!?」
すると、周りにいた人達が俺達に気付き始めた。
ザワザワとざわつく。
「て、天剣だ……」
「天剣のリュート……」
「クウマの記録を抜いた……」
「新たな天王……」
「「キャーー!! リュート様ーー!!」」
「Sランクだって噂だぞ?」
「マジかよ!?」
「それに剣王も……」
「か、貫禄あるな……」
「か、かっこいい……」
「サクヤさーん!」
「ユイちゃんだ……」
「はぁ、はぁ、はぁ、ユイたん……」
「あれだろ……【虹彩】のユイだ」
「ああ、輝王は残念だったな」
「キョウもいるな」
「漢だったぞキョウ!」
「鎧王惜しかったぞ!」
等々……
声をかけてくる者や、本人の目の前で噂をしてる奴等……サクヤさんは堂々としているが、キョウやユイは照れている。
俺は……どこか他人事に感じてる。
「ね、ねぇ……早く控え室に行こうよ……」
ユイは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせていた。
小さくキョウの服を引っ張っている。
「そうだな、レーナがいるだろうし……混雑する前に行くとしよう」
サクヤさんは冷静だった。
てか、既に混雑がおき始めている。
俺達は人混みを掻き分けるように控え室を目指した。
◆
「いや~参った参った……俺らも有名になったもんだぜ」
キョウは嬉しそうに笑って喜んでいる。
「私は恥ずかしかったよ……なんか変な人もいたし……」
ユイは未だに顔を真っ赤にさせて俯いている。
【虹彩】……恐らくだが、ユイの二つ名だ。
前に誰かがAランクになると、自然と付けられるって言っていたが、ユイはBランクで付けられたと思われる。
凄いな、流石はユイ。
「ふむ、だがギルドに入りたいと言う奴はいなかったな……」
サクヤさんはマジで残念そうにしている。
まぁ、新メンバーは闘王祭が終わってからの気がする。
もうここまできたら、仮に敗けても入りたい奴等が殺到しそうだ。
敗けるつもりはないけど。
「その様な事があったのですね」
レイナはソファに座って、のん気に笑ってる。
控え室に到着すると、レイナは至っていつも通りに過ごしていた。
聞けば、精神統一は既に済んだとの事。
後は、いつも通り……だそうだ。
そんな風に皆でのんびり話しながらでも、遠くから歓声が聞こえる。
既に【武王の部】は開始され、順調に進行されていた。
時間もお昼を回った。
レイナの出番は、10グループ中10グループ目……ユイの時と同じで最後のグループだ。
出場者は割と多いが、綺麗に10グループに分けたそうだ。
で、各グループで勝ち残った1人……10人で明日の決勝を行うそうだ。
ルールは籠手と具足の神器から2つまでで、相手を戦闘不能にするか、「まいった」と言わせるか、舞台から落とすかだ。
そして……相手を殺してもオッケーだ。
レイナは殺すは気は更々無いらしい。
超~上から目線。
でもそれだけ自信があるのだろう。
時折レイナと目が合うが、ニコリと微笑んでくる。
気負ってる様子はない。
「さて、と……」
レイナは飲んでいたお茶の湯飲みをテーブルに置き、立ち上がった。
時間だ……
武王の部の予選は30分までと制限時間もある。
歓声と時間からそろそろだと判断したみたいだ
「では、ちょっと行ってきますね」
レイナはニコリと微笑んだ。
まるでコンビニに行くような感覚で、部屋を後にしようとした。
「頑張ってレーナ」
「頑張れよ」
「ふむ、悔いのないようにな」
3人が簡素だが激励の言葉を送る。
「行ってらっしゃい」
「はい」
レイナは控え室を後にした。
俺らはそれを見送ってから観覧席へ向かうことにした。
◆
『さあ皆様、本日の【武王の部】もいよいよ最終、第10グループ目となりました!! 改めて実況は……失恋したにも関わらず、その日にいい人と出会ったと幸せそうに報告する同僚に、怒りが込み上げてくるクナでお送りします!!』
うわ……
『解説は朝から変わらず、ギルド【剣爛舞踏】のギルマス……セルトスさんです!』
誰だよ……
『…………?』
セルトスさんは高齢のせいか、耳が遠いご様子だ。
『いや~セルトスさん、第9グループも白熱した戦いでしたね! セルトスさんとは年も近いトーマス様が率いるギルド……【風林火山陰雷】のレイヴン選手が、5分と掛からずに相手選手を次々に戦闘不能にしてみせました!』
『はごはごがはががごばがご……はが!』
爺さん、入れ歯が外れてるぞ……
まさか……入れ歯まで神器とか言わないよな?
『成る程……最終グループに登場する、ギルド【刀剣愛好家】のレーナ選手が勝ち残れば、明日の決勝が楽しみと……確かにその通りです!』
『ふが!!』
分かんの!?
すげ~なクナさん……
てか、喋ってる量と合ってない気が……
『今年の闘王祭は既に4つの部門が終了し、内2つずつの王を先程述べた2つのギルドが獲得しています!』
『ふがごぐはがご!』
だから分かんねえって!
『ふむふむ……そうですね。つまり今年の【闘王の部】は、既に【刀剣愛好家】か【風林火山陰雷】のどちらかと決まっております!』
『ふがががが……ふが!』
…………
『ですが、【武王】という称号を手にするのはまだ誰になるのか分かりません! 本当に楽しみだと!!』
『ふがふ!!』
もう好きにしてくれ……
2人の会話?は暫く続いた。
観覧席は2人のトークで盛り上がった。
『ごほん、ではそろそろ……武王の部、予選10グループに出場する選手をご紹介していきます!!』
『ふがーー!!』
2人の有難い会話で、闘技場のボルテージはマックス。
そしてクナさんは次々と選手を紹介していく。
紹介された選手達は各々パフォーマンスをしながら、中央に設置された舞台へと上がっていく。
ふむ……聞いていると、【一意専心】ってギルドに所属している奴等が大半だった。
しかも17人全て屈強そうな野郎共だ。
背なんて、レイナをゆうに超える大男がほとんどだ。
『そして……最後はこの選手!! 誰が呼んだか……ギルド【刀剣愛好家】、【拳姫】レーナ・サタルディア選手だーー!!』
レイナが18人目として、最後にゆっくりと登場した。
クナさんの実況と同時に、観覧席のあちこちで一斉に横断幕が広げられた。
【レーナ】
【拳姫】
【レーナ・ラブ】
【レーナ様】
そして、書かれてる文字と同じことを野郎共が叫ぶ。
野郎共は熱狂している……
いや……最早、発狂に近い……
『いや~凄い盛り上がりです! これはリュート選手の時以上の盛り上がりではないでしょうか!?』
『ふがーー!!』
『時にはお店の売り子、時にはギルドの一員、時には野郎共のアイドル……そして、今日、いよいよ、その実力が明かされる事となります!!』
いやいや、『時には』の使い方おかしくね?
常にギルドの一員だし……
俺が心の中でツッコむ中、レイナは悠々と舞台へと上がっていく。
キョウとユイも声を張り上げて応援している。
『それにしても……まさか女性の身で、この野蛮な【武王の部】に出るなんて……私には正気の沙汰とは思えません』
『ふごががふごが、ふふごがががごがこが……』
『なんと!? 女性選手は数十年前のミロク様が出場して以来、片手で数える程しか出場されていないのですね!!』
『ふーがふが、はがご!』
『しかも、【武王の部】で決勝に出場出来たのは、ミロク様ただ1人!! これは、可憐なレーナ選手には厳しい戦いになると!?』
『ふがが』
爺さん……
いい加減、目の前に置いてある入れ歯を口に入れようぜ……
◆
「ったく……拳姫だか何だか知らねぇが、女が武王に出てくんなよ……」
「全くだぜ」
「倒してもこっちが批難されるだけだっての」
「頼むから無駄な抵抗だけはすんなよ」
「そうそう、怪我しないように優しく突き落としてやるから」
「へへ、そう言うこった」
舞台上では……歓声によりかき消されていたが、野郎共がレイナに対して嘲笑を浴びせかけていた。
だが……
「お構い無く。私の目的はミロクさんなので、早々に終わらさせて頂きますね」
レイナは、意にも介さず淡々と答えた。
「ふざけやがって……」
「上等だ……!」
「その可愛い顔をグチャグチャにしてやる」
「先ずは嬢ちゃんからだ」
「おい!」
「なるほど……」
「へへへ、後悔すんなよ」
最後に入場したレイナは舞台の端に立っていた。
舞台の上でまばらに立っていた他の選手達は、開始前にも関わらずゆっくりとレイナを取り囲むように立ち並び始めた。
勿論、ズルではない。
だが観客達からは、か細い可憐な女性を、屈強そうな漢共が取り囲み、一斉に襲い掛かる様にしか見えなかった。
当然、観覧席からはブーイングの嵐が巻き起こる。
「ふざけんな、それでも男か!?」
「そーだ、そーだ!!」
「正々堂々戦え!!」
「いや……拳姫様の綺麗なお顔にもしもの事があったら……」
「ああぁ……レーナ様はなんで武王なんかに出たんだ……?」
『こ、これは……レーナ選手を取り囲む他の選手達に対して、観覧席からブーイングの嵐です!? ちらほら嘆く声も聞こえております……ま、まさかの波乱の10グループ目となりました!!』
クナは耳を塞ぐような仕草を取りながらも、実況を続けた。
『私もレーナ選手の実力がいか程かは知りません。しかし、女性であることには変わりません! 武王の部は殺されても文句が言えません!! レーナ選手、一体どうなってしまうのでしょうか!?』
闘技場は不穏な空気が流れ始めた。
例年と同じく、盛り上がって応援する者。
レイナを心配して祈りを捧げるファン。
他の選手に罵詈雑言を浴びせる野次馬?達。
「そ、それでは……暴動が起きる前に……は、始めたいと思います!!」
舞台上にいる全選手が魔力を神器に込める。
「ち、無様な事には変わりないか……」
「ああ、ここまでしたんだ……敗けたら終わりだぜ……っ!」
「武王に……俺はなる……!」
「先ずは……」
「「拳姫からだ!!」」
選手達は鋭い眼光でレイナを睨んだ。
対するレイナは、目を閉じ静かに佇んでいた。
『ぶ、武王の部……よ、予選……第10グループ……』
クナの声は緊張からか若干震えていた。
「発動!」
「発動!」
「発動!」
「発動!」
レイナを除く全員が一斉に各々神器を発動させた。
『し、試合……始めっ!!』
開始の合図と同時に、ロケットスタートの如く全選手がレイナに向かって襲いかかった。
殴ろうとする選手、蹴飛ばそうとする選手、飛び掛かる選手……
レイナはゆっくりと目を開き、スローモーションで見るように、自分を襲う全選手をみつめた。
そしてレイナが神器【大和】を発動させた刹那……
竜斗を除く全ての観客達の視界から、レイナを除く全選手が一瞬にして姿を消した。
ーー魔神牙(極弱)ーー