パフェと推測
「ここが魔族の国ですか? 我々(おねえさま?)がした事とは言え……もうほとんど直っているようですね」
アーシャ・スレイヤル……スレイヤ神国第2王女である彼女は辺りを見渡しながら、微笑ましそうに呟いた。
「ガーハッハッハッ! ふむ、見事ですな! 小さいと伺っていましたが、活気もあるし中々に華やかな街ですな」
ガイノス・シュティンガー……スレイヤ神国・七極聖の一人である。
「…………」
髪をツインテールにした少女は黙したままだった。
「おや? どうしました、プリンガさん? 今日はずっと黙ってますね?」
アーシャは少女に尋ねた。
「何でも……ないです……これ……任務……」
プリンガは任務で仕方無くここにいるアピールをした。
「そうですか。私はてっきり、ヒレンさんと離されたから怒っているのかと」
アーシャは微笑しながら冷やかした。
「別に……」
「なんじゃ? プリンガは馬鹿孫が好きじゃったのか?」
ガイノスはプリンガの顔を覗き込んだ。
「好き……じゃ……ない……任務……面倒……」
プリンガは顔を背けた。
3人が街中で話していた時だった。
「お待ちしておりました」
この国の総隊長を任された男……機人族のヒュースが3人を出迎えた。
ヒュースの後ろには大臣のローゲ、ララ、ルルがいた。
◆
ここは、アルカ大森林の奥地にある魔族の国……アルカディア。
一年中、空は黒雲に覆われ、太陽の光が射すのは稀な場所。
だが……森の中なのに作物はよく育ち、資源は豊富な場所であった。
おまけにアルカディア国は……霊峰アルカという天然の要塞に護られ、神を祀る国スレイヤからは手出しがされてこなかった。
「なるほど……数百年間、隠れて暮らすには持って来いの場所ですね」
「アルカ大森林は別名【神のお膝元】。前の戦の時みたいに魔族がいると分かっていなければ、おいそれとは侵攻出来なんだ」
「好……立地……」
アーシャ、ガイノス、プリンガは、歩きながらアルカディア国の説明を受けていた。
説明するヒュースやローゲ、ララにルルは、それほど3人に対して嫌悪感は抱いておらず、普通に会話をしていた。
◆
城の中の客室へと案内されたプリンガは、ララ、ルルと話をしていた。
「いちご……パフェ……ですか?」
ルルの問いにプリンガはコクリと頷いた。
「美味しい……神の1品……」
「ふふっ、それは是非食べてみたいですね」
ララも笑いながら答えた。
ララとルルは幼い頃、長年神国の奴隷だった。
ディアネイラ……いや、ガブリエルの政策により神国に魔族の奴隷はいなくなり、2人は隠されるように地下で酷い目にあってきた。
ネムリスに仕えていたナスカを除けば、神国最後の奴隷でもあった。
神国を最も恨んでいる2人……だが不思議と今の2人に神国への恨みはなかった。
勿論、全くではない……ある男だけは絶対に許さないと誓ってもいた。
「今度……案内する……お金は…………ヒレンが出す!」
プリンガは、ララとルルに親指を立てて、パフェをご馳走すると約束した。
「「楽しみにしてます」」
3人は微笑みあった。
◆
アーシャ、ガイノス、ヒュース、ローゲの4人は、いつの間にか神妙な面持ちをしていた。
城の中にある会議室に到着すると、プリンガ達とは別れ、アルカディア国の防衛について会議をしていた。
粗方、防衛についての話が決まると、不意にアーシャはある人物達の事を話し出した。
「竜斗さんとレイナ陛下が!?」
ヒュースとローゲは驚いた。
「ええ、まだ確証はありません……今、部下達に調べさせています。ですが、プリンガさんとヒレンさんを問い詰めたところ、恐らく間違いはないかと……」
「馬鹿共が……それであやつら2人を引き離したのですな?」
アーシャはガイノスに向かってコクリと頷いた。
「ホウライ王国……」
ヒュースは歯軋りしながら呟いた。
「ヒュ、ヒュース殿……?」
ローゲは、普段は絶対に見せない様な表情をするヒュースを恐いと感じた。
「!? も、申し訳ありません……」
ヒュースは我に返り、首を振った。
「やはり恨みは消えませんか、氷剣のヒュース……」
「!?」
ヒュースはバッと勢いよく、アーシャに振り向いた。
「昨年の王国で開催されたオークションを潰したそうですね? 機械王アトラスの賞金は跳ね上がり、貴方にも賞金が懸けられていますよ」
「正確には……オークション自体が目的ではなかったのです……」
「四傑の一人……【死神】クウマ・ランドベルですね」
「知っておられましたか……」
ヒュースは俯いた。
ヒュースは思い出すように話始めた。
「アリス・ベルフェゴール……私がかつて仕えた御方です」
「絶世の美女、機械王、着物の作製者、彼女には様々な通り名がありましたね」
「そう、ですね……」
「彼女はSランクだったと噂がありましたが?」
ヒュースはコクリと頷いた。
「私には2つの特殊スキルがあります……1つは【占術眼】。そして、もう1つが【邪眼】です」
「なるほど、それでアリスのステータスを変えていたのですね?」
ヒュースは更に頷いた。
「あの人は美しく、強く、優しく、才に溢れた御方でした。まるで……今の竜斗殿のように……」
ヒュースは懐から1つの小箱を取り出しテーブルの上に置いた。
「これは?」
アーシャの問いにヒュースは首を横に振った。
「分かりません……どの様なスキル、神器を用いても開けることは出来ませんでした……ただ……」
「ただ?」
「気づくとあの人はいつもこの小箱を眺めていました。余程、大事な物が入っているのでしょう……あの人が居なくなってから私の役目はこの小箱を護ることになりました」
ガイノスは小箱を手に取り、クルクルと回しながら眺めた。
「小さいが鍵穴があるのぉ」
「はい」
「鍵は?」
「恐らく皇帝が」
「皇帝!? アーク帝国のか!?」
「はい」
「な、何ゆえ!?」
「…………アリス様と皇帝は将来を誓いあった仲でした」
「「なっ!?」」
3人は驚いた。
「不思議なものです……アリス様と皇帝、レイナ様と竜斗殿……人間と魔族……恐らくアトラス様も感じていますが、アリス様と竜斗殿はとてもよく似ておられる……」
ヒュースは小さく微笑んだ。
「……親類? いや人間と機人族、それは有り得ないか……」
アーシャは思案するように呟いた。
「生前、アリス様は言っておられました。ある2人を探していると……機械国から殆ど出ていなかった頃からそう仰られていました」
「何故?」
「分かりません……今思えば、まるで前世の記憶があったかのような言い方でした」
「アトラスは知っているので?」
「いえ、当時は知らなかったと思います。私がアトラス様にこの話をしたのは竜斗殿に出会った時なので」
「……無関係とも思えませんね」
「はい」
「皇帝は?」
「分かりません……知っているのか、知らないのか……」
「アーシャ様……」
ガイノスは問うように呟いた。
「ええ……皇帝が大規模な戦を仕掛けだしたのはアリスが死んでからだと伺っています」
「おそらく皇帝の狙いも死神じゃな……」
ガイノスは顎髭を擦りながら目を閉じた。
ヒュースは頷いた。
「あの頃……機械国は平和でした……先代の皇帝は過激派でしたが、皇太子だった今の皇帝が抑え……アリス様を通じ機械国とも秘密裏にですが和平を結んでいました……」
「それを……死神が……?」
ヒュースは頷いた後、俯いた。
4人の会話もそこで終わり、しばし沈黙が続いた。
◆
「では……私はそろそろ神国に戻ります。すぐにレインバルトさんが転移してくると思うので、よろしくお願いします」
アーシャはおもむろに立ち上がった。
「すみませんでしたアーシャ殿……私のつまらない話に付き合って頂いて……」
「いえいえ、大変興味深いお話でしたよ」
「そう……言って頂けると助かります……」
ヒュースは申し訳なさからか苦笑いしか出来なかった。
「あ、そうです……」
「?」
「話して頂けるかは分かりませんが、今度ゼータさんに話を聞いてみるといいかも知れませんよ」
「どういう意味です?」
「ゼータとセツナは同期の六花仙です、皇帝についても何か知っているかも知れません。それに……」
「それに?」
「ゼータの家……ハイメナス家は昔から天魔戦争を調べている家系です。悪魔や天使についても何か知っているかもしれません」
「そう、ですか……分かりました……本当に有り難う御座います」
「いえいえ、かつはては世界一の情報通だと自負していましたが……最近はこの体たらくです……ふふっ」
「いえ、今回の防衛の件も本当に助かりました」
ヒュースとローゲは一礼した。
「七大悪魔王……でしたか? 彼らが戻ってきたらレイナや竜斗の件も話してみて下さい。何か力になれることがあれば喜んで協力しますので……」
アーシャは最後に微笑むと部屋を後にした。
「本当に感謝いたしますガイノス殿」
「なぁ~に、ネムリス様は魔族とも和平を望んでおられる。ネムリス様に仕える我ら七極聖も気にしておらん。お主らはお主らの平和を守るがよい」
ヒュースとローゲは顔を見合わせて、小さく微笑んだ。
「ただ……」
「ゲロ?」
「今は天使よりも帝国に気を付けた方が良いかもしれん……」
「分かっております。ここ最近の帝国はあまりにも静かすぎます……あの皇帝がここまで大人しいと、何かあると思って間違いありません」
「分かっておったか……」
「あの方とも付き合いは長いので……」
「それに……」
「なんじゃ?」
「ゲロ?」
「実力至上主義の皇帝が……オルスとイルミナを解任、ゼータを追放した方が可笑しいです……」
「確かに……普通なら極刑も……」
「いえ、そうではありません」
ヒュースはガイノスの言葉を遮った。
「どういう意味じゃ?」
「Sランクを3人も同時にですよ? 有り得ません……たった1度の敗北で、最強クラスの手練れを3人も手放すなんて……」
「た、確かに……」
「ゲロリ……」
「私の推測ですが……皇帝は何か力を得ている筈です……それも……Sランクを有に超える何かを……」
会議室は再び重い沈黙に包まれた……