六魔と猿王
「ふぅ……」
ガオウはゆっくりと息を吐き、斧の神器を解除した。
「お疲れ様です」
サラはゆっくりとガオウの元へ歩み寄った。
「ふむ、皆無事のようだな」
アトラスは、辺りを見回すように警戒しながら2人へと近づいた。
「やれやれだね……」
バアルは余裕そうにフヨフヨと宙に浮いていたが、疲労は明白だった。
普段より明らかに口数が少なくなっていたからだ。
「……これほどとはな」
ルキはその場に座り込んで呟いた。
「どういう意味だ?」
ルキと背中合わせに座るゼノが尋ねた。
◆
ここは……迷宮47階層。
種類は【山】。
マンホールの様に地面に設置された扉を降りた先は、まさに異界という他なかった。
降りた筈なのに6人は、気づくと山岳の麓に立っていた。
見渡す限りの果てしない空。
迷宮だからか、登れども登れども頂上に辿り着けない山。
外にいるのか閉鎖的な空間にいるのか分からない感覚と、湧くように現れる無数の猿の軍団に襲われ……6人の疲労は限界だった。
そして今は、罠により現れた100体以上の猿種の魔物を退けたばかりであった。
ランクはB、名はバトルコング。
アトラスより大きく、サラのように華麗に動き、ゼノのように変則的な動きもし、ルキのように洗練され、ガオウのように力強く、バアルのように思慮深い……おまけに群れで襲う習性もあった。
6人の体力と魔力は限界で、その場で休息をとることにしたのであった。
◆
「竜斗とレイナがいないだけで、ここまで苦戦するとは思わなかった……」
「元々、魔物は強い。竜斗のスキル【魔曲】があったからこそ、最近の迷宮攻略は楽だったんだ」
ルキとゼノは、簡易的だが休むための場所を設置していた。
「勝利を呼び込むだっけ? もしかしたら魔物の弱体化も含まれてるのか?」
「どうかな……けど竜斗がいるとなんかこう……負ける気がしないって気になるな」
アトラスと共に辺りを警戒するバアルがゼノに尋ねるが、答えは出なかった。
「確かに……かつて陛下とゼノとルルと我の4人でAランクの迷宮を攻略した時は、何度諦めそうになったか……」
「ははっ、鬼種か……確かにあれはヤバかったな……生きてるのが不思議だったな」
ガオウとゼノは過去を思い出した。
吸血鬼と戦った時は、本当にギリギリだった。
「そして今は私達だけ……これが迷宮の本来の強さなのでしょうか……」
「サラさんは迷宮2度目だっけ? 確かに竜斗との迷宮攻略の速さは尋常じゃなかったな」
料理の下拵えをするサラの手がふと止まった。
「先程の魔物達もそうでしたが、42階層のSランクの魔物も凄まじく強かったです……」
「あいつらか……」
◆
サラ達が42階層で戦った魔物……
Sランクで、数は2体……
名は【狒狒】と【猩猩】。
大型の魔物であった。
6人がBランクの魔物達に苦戦したのも、先にこいつらと戦い消耗した為でもあった。
休息は充分にとるつもりであったが、度々襲いかかる猿達に、否が応でも先に進まざるを得なかったからだ。
「あの時の……羅刹王や夜叉姫よりも遥かに強かったです……」
サラは初めての迷宮で対峙した鬼種を思い出した。
「いえ、それはないです……」
それを否定したのはルキであった。
「そうですか? しかし、以前よりも強くなった私達があれほど苦戦したのですよ?」
「恐らく竜斗のお陰です……実力的にはあまり差はないでしょう。猿の方が強く感じたのは、竜斗の神器【森羅万象】の【付加】の力を借りられたからです」
「つまり?」
「もし竜斗がいなかったら……私達は間違いなく夜叉姫に負けていました……」
「そう……ですね……」
サラは納得した。
「そういや、その時の魔物は神器持ってたんだろ?」
「ああ、竜斗の【神鳴】と陛下の【銀鶴】だ」
ゼノは重い空気を無くそうと僅かに話を変えた。
「ただでさえ、強ぇ魔物が神器も持ってんだ……そりゃ強い筈だぜ」
ゼノは普段みたく、おちゃらけた感じで話し出した。
「神器を持つ魔物か……今まで見たことも聞いたこともないな」
アトラスが呟く。
「恐らくSランクの挑戦者の神器を奪ったんだろうな」
「そんな事が可能なのか?」
「さあ……本人に聞くしかないな」
「確かに……」
アトラスとゼノの会話も結局結論は出なかった。
暫くして6人は食事を取り、交代で休んだ。
◆
「サラ殿、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
今はサラとルキが休み、他の4人が見張りをしていた。
簡易テントの中で2人は少しだけ距離をとっていた。
ルキは臥床し、サラは上体だけ起こして自分のお腹を擦っていた。
サラの着物を締める帯は、いつもより僅かに緩んでいた。
「しかし……まさか……」
「ふふっ、皆には内緒ですよ」
サラは人差し指を口に当て、喋らないようルキに促した。
「余計な心配はかけたくないので」
「他に知っている者は?」
「ララさん、ルルさんだけです」
「ガオウ殿も知らないので?」
「はい、ビックリするかなと」
サラは無邪気に笑って見せた。
「ははっ……」
ルキは苦笑いするしかなかった。
◆
6人は充分に休息を取ると、再度山頂を目指し出した。
休息の間に階層が1つ増えるも、特に気にも止めなかった。
今回の迷宮攻略にて、何度階層が増えたか分からない程、6人は長く迷宮に入っていた。
だが、それは確実に前へと進めている証しでもあった。
神経を研ぎ澄まし、一歩一歩前へと歩を進めた。
6人は間違いなく強くなっていた。
竜斗もいない、レイナもいない……自分達よりも強い者がいない中、己と仲間の力でここまできた。
間違いなく成長していた。
階層が上がるにつれ、魔物と罠の数が激減した。
迷宮は不気味な程静かで、6人の警戒レベルはマックスだった。
次第に6人の口数も減り、ただ1つの事だけを考え、神経を研ぎ澄ましていた。
この先に待つボスモンスター……
SSランクの魔物……
◆
「準備はいいか……?」
ガオウの言葉に5人は頷いた。
山頂へと辿り着くと、そこには何もなく、ただ妖しいほど不気味な鳥居があった。
この先にいると、誰もが確信していた。
そして……光に包まれながら6人は鳥居を潜った。
「キキッ、久方振りの来訪者だ!」
6人の眼前には、胡座をかいて地面に座っている猿がいた。
大きさは自分達とさほど変わらない……
寧ろ人に近い姿をしていた。
胸当を装着して、動きやすそうな服装をしていた。
頭には輪っかを着け、尾はクネクネと動いていた。
猿は楽しそうに笑っていたが、6人は警戒し一斉に神器を発動させた。
「キキッ、勇ましいな。これはオイラも本気でいかないと駄目かな?」
猿はゆっくりと立ち上がった。
座っていた時は分からなかったが、細身でスラッとし手足も長かった。
服の隙間から全身に毛が生えていると窺えた。
髪は逆立たせた様に長く、後ろ髪は腰の位置まであった。
そして何故か一礼し、飄々と前へと進んだ。
6人は警戒し身構える。
「キキッ、礼節をかくとは愚かだな。先ずは……名乗れ」
猿は歩みを止めて6人を威嚇した。
先程までとは打って変わって猿の表情は険しいものとなった。
「……ガオウ・レヴィアタン」
「ルシファー・ゼノブレイズだ」
「サラ・アスモデウスです」
「竜騎士マモン・ルキウス・ドラグナーだ」
「バアル・ゼブル10世……」
「アトラス……ベルフェゴールだ」
6人は威圧され名乗った。
「キキッ、良い。なら今度はこっちの番だな」
猿は一転、ニパッと笑うと棍棒の神器を発動させた。
6人はゴクリと唾を飲み込んだ。
猿は棍棒の神器を片手で持つとクルクルと回転させ最後に構えた。
「オイラはこの迷宮の主にて猿達の王……」
猿はグッと腰を屈めて、両脚に力を込めた。
すると、一気に膨大な魔力が噴き出した。
「「っ、来るぞっ!!」」
6人は神器にありったけの魔力を込めた。
「齊天大聖だっ!!」
何故か、ちょっとテンション上がってしまいました……
続きを書きたい気もありますが、6人については一先ずこれで終わりです(笑)
次話は……アルカディア国かな?
その次は……王国?
で、武王を書きたいと思います。