神国側と帝国側
後半、かなりの会話回です。
アーク帝国とスレイヤ神国の国境には、深い木々に覆われたアルカ大森林が広がり……更にその南には、大森林よりも更に広大な平原が広がっていた。
穏やかな気候で、緑の草花が、風に靡く、美しい土地であった。
【アルカ大平原】
アルカ大平原の西側……アーク帝国側には柔らかな風が吹き、穏やかな時が流れていた。
人影はなく、時折迷宮から這い出てきた一角兎が、草原の隙間から顔を覗かせている程度だった。
半年前だと両国は争い合い、更に竜人が治めていたドラグナー国も存在していた。
が、今はドラグナー国は廃墟と化し、帝国側にあった3つの城からも兵達は撤去していた。
神国側では、七極聖の3人が防衛しているが、侵略する意志も今はなく、ただただ駐屯しているだけだった。
◆
「ふむ……暇じゃな」
「暇ですね」
「不謹慎ですよ、2人とも……」
神国側のアルカ大平原にある防衛拠点の屋上で、並んでボーッと空を眺める2人を見て、七極聖の1人【風王】クリスティーナは呆れていた。
「しかし、クリスよ……儂らが攻めなくなったのは当然じゃが、あちらも攻めてこんのじゃから仕方あるまい?」
七極聖・筆頭の【地王】ガイノスは、戦いたくてウズウズしていた。
「はぁ~……ガイノス様は筆頭なのですから、親和を唱える神国を貶める発言は控えて下さい」
クリスはため息を吐いた。
「しかし……不気味だな……」
不意に【雷王】ライガは呟いた。
「どういう意味です?」
「嵐の前の静けさと言えば分かるか? 間違いなく帝国は何かを仕掛けてくるぞ」
「それは……」
クリスも薄々は感づいていた。
長年に渡って王国と神国を攻めてきた帝国が、ここにきて何も起こさない方が不思議……いや、不気味でならないのだ。
「っ! ですから、油断などしないよう……!」
クリスは、ハッと我に返った。
さも自分が油断していた様に言われたからだ。
「ガーハッハッハッ! バレたかのぉ!?」
ガイノスは高笑いした。
「バレましたね……」
ガイノスとライガは、迷宮から這い出る魔物討伐を部下達に任せ、完全に暇を持て余していた。
「…………はぁ~、直に彼らが迷宮攻略へ出立します。ガイノス様はぼちぼちアルカディア国の防衛に向かって下さい……」
「おおぉ、そうじゃった!」
「プリンガとアーシャ様も、あの国の防衛だったな?」
「そうですよ……聖都をレインバルトさん、王国側がヒレンさんで、こちらは私とライガさんだけなのですから……本当に油断しないで下さい」
「了解した」
「ふむ……」
一転してガイノスの面持ちが変わった。
「どうされました?」
「聖都を守るのはアーシャ様の方が良さそうじゃな」
「どうしてです?」
「もし、帝国がこのタイミングを狙っていたとしたら……儂じゃったら一気に本丸を狙う!」
「!? しかし、今の帝国には薔薇のゼータがいません。大部隊を転移出来る者など……」
「じゃから、ここを一気に攻め落とし、そのまま聖都へと攻めるのじゃ。そうなれば神国は最早立て直すことは出来ん」
「それでアーシャ様を聖都に?」
「ふむ、帝国がアルカディア国を攻めるとは到底思えんからのぉ」
「それは帝国に対してではなく、天使に対しての防衛ですので……」
「天使が乗り移ったディアネイラ様は強かった……そのディアネイラ様を倒した天原竜斗がいると予想されるあの国を、今の段階で攻めるとは思えんな。仮に攻めれるだけの力があるなら何故今まで攻めなかった?」
「た、確かに……」
「恐らく天使の数は少ない……或いは戦うだけの力がまだないか……ガオウ達には悪いが、警戒するなら帝国だ」
「りょ、了解しました」
「まぁ1番最悪なケースは……帝国と天使が結託している事じゃがな」
ガイノスは小さく呟くと、帝国側をじっと見つめた。
もし天使がアルカディア国を、帝国が神国を同時に攻めてきたらと……最悪を想定していた。
◆
丁度その頃……
アルカ大平原の帝国側では、ある人物が久方振りの再会を果たしていた。
ガイノス達の本当に目と鼻の先にて、草原に咲く草木が風に揺れる中、2人の人物と相対していた。
「お久しぶりですね、御二方」
その人物はニコリと微笑んだ。
桃色の髪を束ね、紫色の着物に身を包む女性……【六花仙】が1人、桜花のセツナであった。
「ははっ、貴女でしたか……お久しぶりです」
黒色のフードを被り顔を隠す男性も、再会を喜んだ。
「ふむ……どうやら意識もお前の様だな……」
若い女性は、セツナを注視していた。
「ええ、あなた様も目覚められていたのですね?」
「ふむ」
「改めて……お久しぶりです。メタトロン兄様、ウリエルさん」
「お前もな、我が妹サンダルフォン」
「本当にお久しぶりです、サンダルフォン様」
三柱は数百年ぶりの再会を果たした。
「それにしても……まさかあの桜花が貴女様だったとは?」
「すみません……事情があり、隠していました」
「事情?」
「はい。ウリエルさんと似ていると言えば分かりますか?」
「まさか……セツナの意識が!?」
「はい。新たな転生を果たしたものの……私の意識はほとんどなく、セツナの意識がメインでした」
「やはり、そうでしたか……」
「ですが、今はセツナの意識はありません。この肉体は完全に私のものです」
「!?」
「もしやスキル天檻か?」
ウリエルが驚く中、メタトロンは冷静に分析していた。
「そうです。メタトロン兄様……いえ、姉様?」
「……どちらでも構わん」
「数年前の戦でセツナはアーシャに瀕死の重傷を負わされました」
「まさか……サンダルフォン様のスキルを有しながら敗れたので?」
「アーシャは強かったですよ。それに人間が天使のスキルを完璧に扱うことなど不可能です。ですが、お陰で魂の傷ついたセツナを天檻に封じ込める事が出来ました」
「なるほどな……」
「それならそうと……」
「申し訳ありません……私1人で魔族を根絶やしに出来るとは思えなかったので、慎重に行動する他ありませんでした……」
「まぁ我が目覚めたのも先刻……仲間の所在も分からないまま迂闊な行動は出来ないからな」
「そ、そうですね……」
ウリエルは反省した。
王の命に背き魔族を殺した結果、一時は行動を制限された履歴もあってか、ウリエルは黙した。
「で、本題だが……」
「分かっていますメタトロン姉様。ラファエルさんと、ガブリエルさんですね?」
「…………あ、ああ」
メタトロンは妹から姉呼ばわりされた事に少しだけ戸惑った。
「大丈夫です、きちんと保護してありますよ」
「っ!!」
サンダルフォンの言葉に、ウリエルは声にならない声で歓喜した。
「しかし器となる肉体をまだ見つけてません……」
「それなら私が既に選定済みです! すぐにでも……!」
「まぁ落ちつけウリエル……」
「!? し、失礼しました……」
「なら後は2人の傷ついた魂が治ればいいだけですね」
「そ、そんなに酷いのですか……?」
「ラファエルさんの魂は完治しています。ただ……」
「ただ?」
「ガブリエルさんの魂の破損が想像以上に酷いです……」
「…………くっ!」
ウリエルは歯軋りした。
「なるほどな……なら先ずはラファエルからだ」
メタトロンはウリエルの肩に手を添えた。
安心しろ、そういう眼差しでメタトロンはウリエルを見つめた。
ウリエルはメタトロンがいて頼もしく感じた。
自分1人だったら、ガブリエルが死んだと知った時みたいに取り乱していたと……
「ちなみに私はラジエルさんの器を選定済みです。ガブリエルさんからも了承は得ています」
「成る程……なら後で【天智】でラジエルの迷宮を探すとするか」
「ところでミカエルさんは?」
「彼女は最後だ……我々六柱が揃わなければ封印を解く事は出来そうにない」
「封印? 目覚めているのですか!?」
「霊峰アルカだ」
「!?」
サンダルフォンは、2人からミカエルについての話を聞いた。
既に目覚めていた事。
英祖ショーマにより、共に霊峰アルカにて封印されている事……
「ですが……天原竜斗により一時はどうなる事かと思いましたが、お二人のお陰でなんとか主の神託を全う出来そうですね」
ウリエルは思い出すように呟いた。
「天原、竜斗……?」
「ええ……今の最悪と思われた状況を作り出した、全ての元凶です」
「天原竜斗……天原……天原……まさか……!?」
「知っているのかサンダルフォン?」
「分かりませんが……面白い事が起きるかもしれませんよ、メタトロン姉様」
「どういう意味だ?」
「私の天檻には……ラファエルさん、ガブリエルさん、そしてセツナの魂が保管されています」
「みたいだな」
「それともう1つ……機人族アリス・ベルフェゴールの魂も保管されています」
「なっ!? 馬鹿な!? 彼女は私が殺した筈!! ま、まさか……助けたのですか、サンダルフォン様っ!!」
ウリエルは声を荒げた。
仲間であるサンダルフォンに裏切られたと憤慨したからだ。
「いえ、私ではありませんウリエルさん。貴方が殺したと思っていたアリスは最後、皇帝とセツナに看取られました。その時にセツナが皇帝に秘密で私のスキルを使用したのです」
「なっ…………で、ですが、だったら、そのまま魂を滅すれば……?」
「それが中々……フフッ」
「?」
「なんと、アリスという魔族の肉体から離れた彼女の魂は人間だったのです」
「「!?」」
「人間を殺すのは主の神託には無かったので、放っておいたのですが……よもやこれ程面白い事になるとは……」
「面白い?」
「ええ、彼女の人間としての名は……天原……天原智歌。私にはその天原竜斗と無関係とは思えません」
「魔族の肉体に人間の魂を持った不思議な者……それに天使を斬る事が出来る強者……確かに無関係とは思えんな……」
「でしょ?」
「わ、私には何がなんだかさっぱり……」
「我の推測だが、天原竜斗は恐らく異世界転生者だ。そして恐らく同じ名を持つその女もな……」
「馬鹿な!? 主より【転生】のスキルを許されたのはミカエルさんだけの筈!? そんな事は不可能です!!」
「な、なら、まさか……主が?」
「どうかな……」
「わ、私はなんだか少し怖くなってきましたメタトロン姉様……まるで主が我々を滅する為に、その2人を転生させたのではと……」
「それなら【神託】をお解きになる筈だ……わざわざその者を魔族に転生させる必要はない」
「ですね……それに主なら我々を滅する事も容易い筈……その様な回りくどい事をなさらなくても……」
「その通りだ。なら我々の使命はただ1つ。悪魔共の血を引く魔族を根絶やしにするだけだ」
「「はい」」
「では私は一度王国に戻ります。ラファエルさんの肉体になる者は王国にいるので……」
「なら私は一度霊峰に向かおう。ミカエルの状態を直に確認したい。それが済めば我もウリエルのいる屋敷へ向かう」
「分かりました。でしたら私は帝国に戻り作戦を遅延させます」
「作戦?」
「はい。直に帝国の皇帝は再び侵略を開始します」
「やれやれ……人間同士で……おめでたい奴等だ……」
「ウリエルさんとメタトロン姉様も、ラファエルさんの肉体を確保したら早めの避難を……」
「?」
「皇帝の次の攻撃で間違いなく王国は滅びます」
「!?」
「皇帝の最初の狙いは王国……人も魔族も街も土地も何もかもが蹂躙され、生きとし生ける物は滅びることになるでしょう」
「ところでサンダルフォンよ……」
「なんでしょうかメタトロン姉様?」
「……やはり、兄と呼ばないか?」
「フフッ……遠慮しときますわ、メタトロン姉様」
「…………」
「兄様呼びは飽きたので、今世では姉様とお呼びします」
「…………お前、変わったか?」
「兄様より全然長く人間として生きてきたので、その影響かもしれません」
「なるほどな……それに元々お前は人間達を慈しんでいたからな……」
「はい。ですから、御姉様とお呼びしますわ……メタトロンね・え・さ・ま」
「…………」