覚悟と決意
「け、契約ですか?」
「はい、契約です」
レイナの表情はいつのまにか元に戻っており、可愛らしい笑顔で即答した。
俺は無い頭をフル回転させ、どうすればいいか必死になって考えて、恐る恐る口を開いた。
「け、契約の前にですね、ここがどこなのか? どうして俺はここにいるのか? 知っていたら教えて欲しいんですが……訳がわからなくて……」
もしかしたらここはまだ地球で、遠い国に拉致されたのかもしれない。
自分のいた世界なら、うまくいけば帰れるかもしれないと淡い期待を抱いた。
「まぁ私としたことが失礼いたしました。そうですよね。いきなりこちらの世界に召喚されては混乱しない方がおかしいというもの。竜斗様があまりにも平然とされていたので、気づきませんでした」
この可憐な悪魔は一瞬にして俺の淡い期待を砕いてくれた。
漫画だったら鏡が砕けるような表現がされるだろう。
「ここは恐らくですが、竜斗様がいた世界とは別の世界です。そして私たちが神器と呼ぶものを使い、竜斗様をこちらの世界に召喚したのです」
やっぱ異世界に来ちゃったパターンか……
そりゃそうだ……
目の前の2人はどう見ても人間じゃないし……
漫画みたいなことが現実におこったと嘆いていると、あることに気づいた。
「恐らく?」
「はい……実は竜斗様を召喚した神器はとても貴重な物で、この世に1つしかないのです。私たちも使用するのは今回が初めてでしたので、本当に竜斗様が異世界の住人なのか確定は出来ません……」
まだ望みは消えていなかった。
遠い国ではなく、ここが日本だという可能性が。
日本国内の中に人が踏み入れたことのない未開の地があるのか、またはまだ発見されていない島があるのではと。
それならこの2人が日本語を話せるのも納得できる。
まだ一縷の望みがあった。
「えっと……ならここは日本って国ですか?」
レイナとガオウはお互いの顔を見合わせた。
レイナが首を横に振ると、ガオウも同じ様に首を横に振った。
「竜斗様のおっしゃる日本という国は存じ上げません。ここはアルカディア国と呼ばれる魔族の住む国です」
一縷の望みも断たれた。
一刀両断である。
ここは俺がいた世界とは別の世界で、この2人によって神器と呼ばれるアイテムを使い、魔族の住むアルカディア国に召喚された。
俺は混乱した頭で今までの会話を思い返した。
「ははっ……マジか……異世界か……」
俺は苦笑いし、ボソッと呟いた。
「竜斗様……」
「あの……もう1つだけ聞いていいですか? こっちに来たのがその、神器?によってなら、俺の世界に行く神器ってのもあるんですか?」
「…………申し訳ありません。私たちは異世界に行く神器を持っておりませんし、存在するかも分かりません」
「…………そうですか」
俺は多分この時諦めたような絶望したような顔をしてたと思う。
レイナは心配そうにこちらを見つめていた。
泣きたいのはこっちなのに、なぜかレイナの方が今にも泣き出しそうであった。
彼女の泣き出しそうな顔を見ていると、自分は何も悪いことはしていないのに、なぜか胸が痛んだ。
俺は咄嗟に胸を抑えた。
彼女の泣いてる顔を見たくない衝動に刈られた。
辺りは真っ暗で何も見えないが、恐らく天井があるであろう上の方を向き、ゆっくり目を閉じ、深呼吸した。
正直、帰りたくないって言ったら嘘だ。
家には大好きな家族、兄貴や姉貴もいる。
もっと剣道もしたいし、漫画の続きも読みたいし、彼女も作りたい。
やりたいことも沢山ある。
だけど目の前の女の子が困ってそうな顔をしてるし、正直契約するのは不安だけど、俺を必要としてる。
それにもしかしたら元の世界に帰れる手段が在るかもしれない。
神器でこっちの世界に来たならあっちに帰れる神器も在るかもしれない。
諦めるにはまだ早い。
とりあえずは2人の機嫌を損ねず生き残ることを考えるんだ。
深呼吸し終わると目を開き、先程とは違う表情で2人を見つめた。
「わかりました……俺は……君と契約します」
俺はこの世界で生き抜く覚悟を決めた!!
「契約について詳しく聞いていいですか?」
「竜斗様?」
レイナは急に表情を変えた俺を見て少し戸惑っていた。
「先程あなたは俺が欲しいって言ってましたけど、俺は初対面の人に言われて自惚れる程バカではないつもりです。正確には俺じゃなくて、神器でしたっけ? その神器で召喚された異世界の人が欲しいって事ですよね?」
俺が喋り終わると、ガオウは(バカではないようだ)といった顔で、「ほう」と呟き、品定めするようにこちらを見ていた。
レイナは少しだけ黙ったあと質問してきた。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「えっ!? あ、はい……」
俺は覚悟を決めたはずなのに、思わず間抜けな声を出してしまった。
まさか逆に聞き返されるとは思わなかったからだ。
「竜斗様は凄く困った顔をされていましたし、元いた場所に帰りたいのではと……そ、それに……わ、私とは契約したくないのかと思いました……」
なぜかレイナは顔を少し赤らめ、照れていた。
「あっ! でも説明した後で契約が嫌なら嫌だとハッキリ言ってくださいね…………無理強いはしません」
「へ……?」
また間抜けな声を出してしまった。
NOって答えていいんだ。
てっきり有無を言わさずなのかと思ったが、どうやら俺が想像してたよりかは少し甘いらしい。
あの悪魔の微笑みはなんだったのかというように、レイナはオドオドしながらこちらを見ていた。
俺はコクンと頷き契約について聞くことにした。
「契約というのは……」
どれほどのエグい契約なのか……俺はゴクリと唾を一飲みする。
「魔族の国を安定させたいのです! 竜斗様にはそれを手伝って頂きたいのです!」
「………………は!?」
俺は困惑した。
魔族の国を安定?
意味が良く分からないのもあったが、想像してたよりエグくないなと。
「え、えっと、もうちょっと詳しく教えてもらっていいですか?」
レイナが続きを喋ろうとした時、ガオウがレイナの肩に手をおいた。
「姫様、続きはこのガオウが」
ガオウがパチンッと指を鳴らすと辺りに灯がともり、周辺が照らし出された。
それはまさに、お城の中の【王の間】といった感じであった。
2人の後ろには少し離れて、少ないが階段みたいな段差があり、そのてっぺんには2人は座れるであろう玉座があった。
左右を見渡すと窓がいくつもあった。
そこから見える景色は、辺り一面木々が生い茂っており、森のなかであった。
空には雷雲が立ち込め、止みそうにない雷が鳴っていた。
あっ、やっぱここ日本じゃないな……
キョロキョロと辺りを見渡していると、ガオウが咳払いを1つした。
俺は2人に向き直るとガオウが続きを話してくれた。
「ここはアルカディア国と言ったが、正確にはアルカ大森林と呼ばれる森の中にある小さな国なのだ。人間の地図にはアルカ大森林とだけ書かれており、人間にとっては存在しない国なのだ」
「存在しない国ですか……」
レイナは少し俯き、悲しげだった。
「この世界で人間といわれる種族は圧倒的にその数が多く、世界を支配してると言ってもいい。我ら魔族は人間に比べごく僅かであり、迫害されるか、奴隷にされるかしている……みなそれぞれ隠れるように暮らしているのだ」
「奴隷……」
「人間に捕まり奴隷にされた者の末路は悲惨なものだ……アルカ大森林は広大で人が足を踏み入れぬ未開の地だからな。我々、この国に住む魔族も人間から隠れるようにして、この地で暮らしている」
話を聞く限り、この世界では奴隷は当たり前の様に存在し、人はそれを当たり前のように受け入れている。
人間じゃない者(種族)は人と同じ扱いではないらしい。
確かに自分達がいた世界でも過去にいくつもの国で奴隷制度はあったが現代社会においては、そんなものはなかった。
「て、抵抗はしないんですか?」
「したさ。だが数にまさる力はない。といったところだ。確かに我々は人間に比べ身体能力は若干高いが、神器を用いればそれは大した問題ではないからな。その圧倒的な兵力差と神器により俺も昔は手酷くやられた」
ガオウは少し遠くの方を見つめていた。
俺は驚いた。
ガオウは体がでかく、自分が束になっても勝てる気がしないが、神器と呼ばれるものを使えばこの屈強そうな獣人すら圧倒できるのかと。
「アルカディア国のような魔族の国がいくつかあるが、そのほとんどが我々と同じ様に、人間から隠れるようにして暮らしている。現在、人間と正面から堂々と戦っている魔族の国は2つだけだな」
しばしの沈黙を破りレイナが口を開いた。
「ちなみにですが、実際には魔族と呼ばれる種族は存在しません。人は人間以外の種族を総括して魔族と呼んでいるのです。私も正確には魔族ではなく魔人族と呼ばれる種族なのです。魔族には獣人や亜人等といった様々な種族の者がいますが、みながみな戦える訳ではありません」
「……存在しない国に、存在しない種族ですか……」
俺が呟くと、レイナは無理矢理作ったような笑顔で少し笑った。
「正直どうすればいいか全然わかりません。それでも私は魔族にとって安心して暮らせる国を作りたいのです。もう人間から逃げるような生活をみなにして欲しくないのです…………出来たら、出来たら人間と魔族みんなで笑って……手を取り合っていける様な……そんな……そんな国を…作り…たいの…です……」
レイナの声は震えていた。
最後には大粒の涙を流して泣き崩れた。
きっと色々な事があって、色々な思いがあるのだろうと俺は感じた。
人間である俺は、それを見てるしか出来なかった。
レイナがある程度落ち着くと、ガオウが睨むようにして聞いてきた。
「それで小僧、どうする? 我々はこの世界について、この国について大まかではあるが話した。姫様は契約は断っても良いと言った。後はお前がどうするか決めろ」
ハッキリ言って無理な感じはする。
この世界において魔族が安心して暮らすには、人間の奴隷に対する意識の改革--大袈裟に言ったら世界の変革が必要だ。
いや、人間の意識だけではない。
魔族が今後どうしていきたいかもだ。
人間と戦う魔族を説得し、意志も統一しなければいけない。
でもレイナの涙を見て俺の想いは決まった。
「やるよ、魔族の国の安定! 俺なんかに何が出来るのか分かんないけど、レイナの傍でその手伝いが出来るならなんだってするよ!」
「竜斗様……い、いいんですか?」
「ああ、もう決めたんだ。レイナと契約するって。この世界で生きてくって」
かなりのドヤ顔で決めた。
元の世界に帰ることを忘れて、単純にレイナの力になりたいと……俺はカッコつけた。
「竜斗様……」
レイナはまた涙を流していたが、先程とは違い嬉しそうに笑いながら泣いていた。
「気に入ったぞ小僧……いや……天原竜斗よ」
俺はレイナと契約することにした。
そして、ガオウに気に入られた……