屋敷と連想
ホウライ王国にある、とある屋敷の一室。
質素でもなく、綺羅びやかでもなく、実務的な部屋。
壁一面にある棚には、持ち主の性格を表すように、大量の本が綺麗に整頓されて並べられていた。
「体調はどうですか?」
その持ち主は自室にも関わらず黒いフードを被っていた。
部屋にある椅子にゆっくりと腰掛けると、目の前の女性に尋ねた。
「悪くない……これなら少しは動けそうだ」
その部屋の真ん中に置いてあるソファに横になり本を読む女性は答えた。
「……ここにあるのは粗方読まれたのですか?」
「ああ、これが最後の1冊だ。どれも中々面白かった、暇潰しにはなったな」
「それはなによりです」
「冒険物? この類いの書はよく解らんが、歴史の書は面白かった……この世界の歴史をいちいち我がスキルで調べるのは些か面倒だからな」
「ですね、あなた様の役に立てたのなら書も本望でしょう」
黒いフードを被る男は茶を淹れ、女性に差し出した。
女性は当たり前のように受けとり、丁寧に茶を啜った。
「それでメタトロン様……先ずはどういたしますか? 霊峰に行かれますか?」
男性は尋ねた。
「いや……それも考えたが、先ずは我が妹サンダルフォンに会いに行く」
「どこに居られるか解ったのですか!?」
「先刻、我がスキル【天智】に聞いた……アーク帝国と呼ばれる場所にいるようだ」
「なんと……」
「確かSランクの1人で【六花仙】と呼ばれているそうだな」
「!? ま、まさか……【桜花】!?」
「だったかな……まぁ会えば分かる。我らには【天眼】がある、一目視れば解ることだ」
「では……ミカエルさんより先に、ガブリエルさんとラファエルさんを復活させると?」
「そうだ……【天智】によればミカエルの奴は些か面倒な事になっているようだ……先にあの2人を甦らせる」
「わ、分かりました……」
メタトロンは男性の様子を見て微笑した。
「ウリエル、ガブリエル、ラファエル、ミカエル……お前達は【四大天使】と呼ばれ仲が良かった記憶がある……他の三柱の事が心配かウリエル?」
「い、いえ……そのような……」
まさにその通りで、心の内を読まれたようでウリエルは困惑した。
「安心しろ、神の加護は我々にある。我々、七柱が目覚めれば今度こそ【七大悪魔】共を根絶出来る」
「し、しかし……奴等が【七大罪スキル】に目覚めれば、また歴史は繰り返されるのでは?」
「心配するな……あれは【悪魔】が使って初めて本領が発揮されるスキルだ。【魔族】では到底無理だ、恐らく【その力】に飲み込まれるだろう」
「なら……よいのですが……」
ウリエルは一抹の不安を覚えた。
この国の古い書にある、【フラグ】……そんな言葉が脳裏を過った。
ーコンコンッー
不意にウリエルの部屋の扉を叩く音がした。
「入れ」
ウリエルは部屋の中から応えた。
「はっ、失礼致しますクウマ殿!」
一人の鎧を纏った男はゆっくりと扉を開け数歩だけ部屋の中へと入った。
「どうした?」
クウマは尋ねた。
「は……その……」
男性はチラリと女性に視線を送り、答えづらそうにした。
何故この女性は偉大な【四傑】の部屋のソファで寝そべっているのかと……
しかも下手をしたら、その持ち主よりふてぶてしい態度をとっていた。
「……客人だ、構うな」
男性の視線が気に入らなかったのか、ウリエルは少しだけ機嫌を悪くした。
「はっ……間もなく【闘王祭】が開始されます。その……今年も参加はしないので?」
「ああ、今朝方の音は闘王祭のものか…………そうだな……今年は拳聖が出るのだろう? 私は用事がある、それが済めば顔くらいは出す」
「わ、分かりました……貴族の方達にはそのように……」
男性は部屋から出ようとしたが立ち止まった。
「? まだ何かあるのか?」
「……そ、それが……今年は【守護神】殿と【英雄】殿も観に行かれるとの報告が……」
「そうか……よく、あの【王】が【守護神】の外出を許可したな……」
「な、なんでも【英雄】殿が口添えしたとか……」
「分かった……もう下がってよい」
「は、失礼致します!」
男性はゆっくりと扉を閉め、足早に去っていった。
「大変そうだなウリエル……いや、【死神】殿」
メタトロンは微笑しながらウリエルをからかった。
「止めてくださいメタトロン様……ガブリエルさんの【天啓】ではないですが、これがクウマと私との契約です。私がメインで動ける代償に、この国を支える事が条件ですから……」
ウリエルはクウマと契約していた。
ウリエルの意識がメインで動く代償が、ホウライ王国を守ることだった。
だが、それはただの口約束。
破ろうと思えばいつでも出来た。
しかし、それをするとクウマの意識が再び現れ、ウリエルは今よりもっと思うように動けなくなるであろう。
メタトロンの言葉はそれを踏まえての事だった。
「スキルの相性が良くても、体に馴染まなければ意味がないな」
メタトロンはハクアとのスキルの相性は良くなかったが、体の相性は良かった。
今、ハクアの意識は殆どなく実質メタトロンが支配していた。
「ですが、思うよう力を発揮できなければ奴等とは戦えません」
ウリエルはまさにその逆だった。
だが口約束によりウリエルは表立って行動出来ていた。
「ふむ……こうなるとガブリエルのスキル【天啓】はかなり便利だな」
「ですね……彼女は【意識】も【スキル】も思うがままでしたよ」
「使い勝手は悪いが、中々に強力なスキルだった訳か……」
メタトロンは思い出すように呟いた。
「サンダルフォン様はどうなのですかね?」
ウリエルは尋ねた。
「どうだろうな……」
「今まで隠していたと言うことは……桜花の意識がメインで、サンダルフォン様の意識がないのでは?」
「分からんな……それだとガブリエルとラファエルの魂を保管する説明がつかん」
「……ま、まさかですが、魔族に肩入れし天使を保護ではなく幽閉しているのでは?」
「有り得んな……主の【神託】は絶対だ。これはいかに【天啓】を用いても絶対に覆らん」
「ですね……そもそも【神託】は【天啓】の上位に当たりますからね」
部屋の中に静寂が流れた。
「まぁ会えば分かる……」
メタトロンはスキル【天智】を使えば理由を知れるが、先程の理由で多用は出来なかった。
「いつ向かわれます?」
「直に出よう。人間達の祭りの最中なら好都合だ、表立って行動出来る」
「分かりました……そのように準備致します」
ウリエルは立ち上がり、部屋を後にしようとした。
「にしても……人間とは面白い」
「?」
「1000年の歴史の中で、かくも奇妙な催しをし始めるとはな……これも主のお導きか……」
「…………闘王祭や他の行事、ギルドや各施設、魔族の奴隷制度に物に至るまで様々な起業・開発には必ずある人物の名が上がります」
「ほう面白い人間がいたのだな……まぁ奴隷制度とやらは関心せんがな」
「ええ……かつてのこの国の王族に見初められた人物です」
「名は?」
メタトロンの問いにウリエルは少しだけ間を空けた。
「ショーマ・H・クラフト……英雄エンマの祖にして、かつての英雄トウマの父親です」
「! なるほど……それほどの人物だったか……だからか……」
「ショーマを知っているので?」
「いや、会ったことはない……が、我々と無関係ともいえん」
「どういうことです?」
「我らの同胞、ミカエルは……其奴と共に眠っている、霊峰アルカにな」
「なっ!?」
「くくっ、思わず笑みが溢れるな……ミカエルを封印出来る程の人間か……ガブリエルを復活させれば、ついでに其奴を仲間に引き込めるな」
「う、上手くいくでしょうか……」
「やけに弱気だなウリエル……理由は?」
「……ガブリエルさんも、ある人間を仲間に引き込もうとして失敗しました」
「そうだったか……その人間は?」
「申し訳ありません……【サタン】と共に行方が定かではなく、何とも……」
「名は?」
「天原竜斗……とてつもない人間です……ラファエルさんも彼にやられたみたいで……」
ウリエルは悔しそうにした。
「…………ふむ、天原竜斗か……」
「何者なんですかね……天使や龍を倒せる人間など……」
「サンダルフォンに会った後で調べてみるか……」
「了解です……では、出立の準備を致しますので暫しお待ちを」
「了解だ」
メタトロンの返事を聞くとウリエルは部屋を後にした。
メタトロンは再度本を手に取り、続きを読み始めた。
「ホウライ王国……クラフト家……ショーマ……霊峰アルカ……ミカエル……天使……」
書を眺めながらメタトロンは、連想ゲームでもするかの如く、大事な単語を1人呟いた。
メタトロンの癖みたいなものでもあった。
「悪魔……サタン……悪魔王……七大罪……スキル……神器……迷宮……魔物……遊技場……神……アルカ……世界……ZERO……ランク……スキル……魔眼……神眼……神……世界……」
メタトロンは器用に、眼では文字を読み、脳では別の事を連想させていた。
スキル【天智】を使用すれば何でも知れる。
だが、メタトロン自身気づいていないが、実は自身で考えるのも割りと好きなのであった。
「世界……世界…………異世界?…………世界……大地……大海……大空……空……空間……転移……転生……天魔戦争……転生……龍……魔族……人……人……人……天原…竜斗……天原、竜斗……天原リュ…!?」
メタトロンは勢いよく体を起こした。
新たな転生を果たし……今まで読んだ書から、その言葉が出てきた。
「異世界転生かっ!?」
惜しかった。