無知と天智
ホウライ王国の最西端。
砂浜が白く美しい海岸。
そこからずっと南へ降っていけば、かつて【機械国】があった場所に辿り着く。
そんな海岸に2人の人物が佇んでいた。
「こ、ここですか?」
白い衣を纏った女性は尋ねた。
「ええ、そうです」
黒いフードと黒いローブに身を包んだ男性は答えた。
女性は緊張し唾を飲み込む。
「大丈夫ですよ。私がいるのです……貴女は何も恐れる必要はない」
顔は隠れて見えないが男性はニコリと微笑んだ。
「し、しかし……未だ信じられません……Eランクの迷宮に特別な迷宮があるだなんて……」
女性は何も知らなかった。
「それがあるのです。私もそのお陰で【力】を手に入れる事が出来たのですから」
「た、確かに……王国の【四傑】と言えば、4人ともがSSランクになれるのではとの噂が流れる程ですから……」
「まぁ残りの3人は違いますがね……私は彼らより上です」
男性は不敵に微笑んだ。
「あ、あの【英雄】よりも強いのですか……?」
女性は恐る恐る尋ねた。
「ふっふっふっ……さぁどうでしょうかね? まぁ憎き魔族を殺せる力が手に入るのは間違いないです」
「!?」
男性の言葉に女性の拳に力が入った。
「ふふ……では行きますか」
男性は1歩だけ前に出ると、飲み込まれる様に砂浜へと沈んでいった。
それを見た女性は少しだけ躊躇ったが、殺したい相手の顔を思い浮かべると、意を決して数歩前に出た。
女性も男性と同じ様に沈み込んでいった。
女性はゆっくりと目を開けた。
「こ、ここは……?」
砂浜から沈んだ先は、透明な結晶で出来た様な場所だった。
女性は自分がそこに立っているのが信じられなかった。
それ程までに美しく幻想的だった。
「迷宮にこの様な美しい場所があるなんて……」
女性はキョロキョロと辺りを見回した。
「ふふ……では、行きましょうかねハクアさん」
女性の眼前には、先程の男性が立っており、道案内するように前を歩き出した。
「は、はい……クウマ殿……」
ハクアは、男性の後を追った。
ハクアとクウマが迷宮を暫く歩くと、大きな扉が目に入ってきた。
「ま、魔物が1匹も出てきませんでしたね……?」
ハクアは尋ねた。
「いえ、私が駆除してました」
クウマは事もなげに答えた。
「い、いつの間に!? 全く見えなかったです……魔物の気配すら感じ取れませんでした……クウマ殿は一体どれ程の速さをお持ちで?」
「ふふ、安心して下さい。今のは私の特別なスキルによるものです……まぁ多少は速さに自信が有りますが、それでもサンダルフォン様やラファエルさんには遠く及びません」
「す、凄まじいのですね……その様な御方がおられるとは……」
ハクアは何も知らなかった。
天使の名前も……
Eランクの迷宮に特別な迷宮がある事も……
この扉の先に待ち受けているモノが何なのかを……
ランクZEROすら知らなかった……
無知な少女だった。
「では、開けますよ」
クウマは、静かに小さく呟いた。
込み上げてくる笑みを必死に抑えながら。
ハクアは頷いた。
ハクアが頷くと、クウマはゆっくりと扉を押した。
大きな扉が、ゴゴゴッと音をたてながら開かれる。
中は暗闇だった。
一切の光を通さない。
結晶で出来ていた綺麗な迷宮が嘘のように、ボスモンスターの間は、暗く闇で覆われていた。
ハクアは足を踏み出すのを躊躇った。
「大丈夫ですよ、何も恐れる事はありません」
クウマはニコリと微笑んだ。
「…………はい」
ハクアは覚悟を決め、ゆっくり中へと入っていった。
クウマも後へ続いた。
2人が中へ入ると、扉は自動でゆっくり閉められた。
ー闇ー
ハクアの眼には何も写らなかった。
何も見えない。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
「ク……」
ハクアがクウマの名を呼ぼうとした瞬間、部屋の中は一瞬にして灯で照らされた。
「きゃ……!?」
余りの眩さでハクアは目が眩んだ。
ゆっくりとゆっくりと、徐々に明るさに慣らすようにハクアは瞼を開いた。
ハクアの目の前には何やら巨大な物体があり、ハクアは確認する様に、それをゆっくりと見上げた。
「えっ…………ド…」
それがハクアの最後の言葉となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ハクアは手をニギニギし、自身の手の感触を確かめていた。
その少し後ろではクウマが片膝をついて、頭を垂れていた。
「女性体か……」
ハクアは呟いた。
「は、お気に召しませんでしたか?」
クウマは少し緊張気味に尋ねた。
「いや、悪くはない……が、スキルの相性は余りよくなさそうだな……」
「も、申し訳ございません……」
「謝るなウリエル、そなたも解っているだろう? この娘の魔族に対する怨み・怒りは最高だ……うむ、よく馴染む……」
「それなら良かったです……」
ハクアの言葉にクウマは安堵した。
ハクアはクウマの方に振り返った。
「久しいな我が同胞……ウリエル」
ハクアは微笑んだ。
「はい、あの戦争以来ですね……メタトロン様」
クウマは面を上げた。
「それで……状況は?」
メタトロンは尋ねた。
「はい……奴らの数は減っているのですが……あまりよろしくはありません……」
ウリエルは申し訳なさそうに答えた。
「ふむ……七大悪魔王か……」
メタトロンは顎に手を当て、思案した。
「はい……奴ら全て目覚めております……」
「七大罪スキルもか?」
「いえ、それはまだのようです……」
「ふむ……こちらの戦力は? 我らの2柱だけか?」
「そ、それが……はい…………ガブリエルさんとラファエルさんが消滅してしまい……」
ウリエルは悔しそうに呟いた。
「そうか…………確かに2柱の気配は感じないな……」
メタトロンはそこから辺りを見回す様な仕草をした。
「大変申し訳ありません!! 私が目覚めていながらこのような……ガブリエルさんやラファエルさんが…………!?」
突如ウリエルは大声で謝ろうとしたがメタトロンはそれを止めさせた。
「メ、メタトロン……様?」
「安心しろ……何があったかは知らないが我に任せよ、まだ終わっていない」
メタトロンはウリエルの肩にそっと手を添えた。
「メタトロン様……」
ウリエルはすがるようにメタトロンを見つめた。
「何にせよ情報が足らないな……」
メタトロンはウリエルから距離をとると、両手を広げた。
「スキル【天智】!!」
メタトロンが叫ぶと1冊の本が現れ、パラパラと自動で開かれていった。
「おぉ~……主より授かりしメタトロン様だけのスキル……」
誰に言っているのかウリエルは独り言を呟いた。
「ふむ……応えよ【天智】!」
『…………オ久シ振リデス……メタトロン……』
「ふむ、早速で悪いが答えてくれ」
『ナニヲデショウ?』
「七大天使は何柱目覚めている?」
『……4柱』
「バカなっ!?」
ウリエルは叫んだ。
天智の答えが信じられなかった。
「正確に聞こう……誰が新たな転生を果たした?」
『メタトロン……ウリエル……サンダルフォン……ミカエル……』
「な…………」
ウリエルはそれ以上言葉が出なかった。
「ふむ……後の3柱はどうなっている?」
『サンダルフォンノスキル【天檻】ニ、ガブリエルラファエルノ魂アリ…………ラジエルハ未ダ迷宮……』
「まだ消滅はしていなかったのだな……ラジエル?」
『ルシフェルガ裏切、メタトロンノ死後、新タ二加ワッタ七大天使』
「そうだったな、ルシフェルが裏切ったのだったな……いや、今はルシファーか……」
メタトロンは遠い過去を思い出すように微笑した。
「妹……サンダルフォンも目覚めているのか?」
『是』
「そうか……ミカエルはどこに?」
『霊峰アルカ』
「なるほど……ミカエルが目覚めているなら話は、早、い…………!?」
メタトロンは突如バランスを崩し片膝をついた。
スキル【天智】はフッと消えた。
「…………まだ完全には馴染んでいないか」
ハクアの体は小刻みに震えていた。
「ウリエル……」
「!? は、はい、何でしょうかメタトロン様!?」
メタトロンの呼び掛けに、ウリエルはやっと我に返った。
「直ぐに行動したいが……まだ体が思うようには動かないようだ……暫く休める場所はあるか?」
「はい」
ウリエルはメタトロンの傍に寄ってしゃがみ込むと、肩を貸した。
「私が拠点にしている屋敷があります、一先ずそこへ……」
「すまない……」
ウリエルはメタトロンを抱えながら立ち上がると、転移の神器を発動させた。
「案内します、ホウライ王国へ……」
ハクア「こ、ここは?」
クウマ「目覚めましたか……ここはホウライ王国の私の屋敷です」
「お前は!?」
「四傑の一人、死神クウマ」
「な!?」
「魔族との戦争に敗れた貴女は重傷だったので、ここへ運びました」
「ほ、ホウライ王国だと!? ふざけるな! 今すぐ私を神国へ戻せ!!」
「ふふふ、安心して下さい。ガブリエルに貴女の事を任されています」
「へ、陛下が!?」
「ふふふ、ハクアさん……力が欲しくありませんか?」
「!?」
「魔族を根絶やしに出来る力が……」
「そ、そんな力が…………て、手に入るのか……?」
「ええ手に入りますよ、何故なら貴女には素質がある。だからディアネイラは貴女を七極聖(笑)に任命したのです」
「…………」
「ふふふ、任せて下さい……悪いようにはなりません……私以上の力が手に入るのですから……ふふふ」
的な、やり取りがあった後のお話です。