ミラと結界
「あ、どうも」
取り敢えず見上げた先にいる女の子に挨拶する俺。
「ど、どうもです……」
女の子ミランダは戸惑いつつも挨拶を交わしてくれた。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
取り敢えず依頼対象は捕獲したから、依頼主の女の子の元に連れていくか。
「あ、じゃあ俺行くから」
ミランダに挨拶をして、俺はそのまま塔から飛び降りようとした。
流石にいつまでも、刀の柄にぶら下がった状態はツラい。
片手には大人しいイエロースライムが抱き抱えられている状態だし。
「あ、ま……」
女の子は慌てたように何かを言いかけて、口をつぐんだ。
「あま?」
俺は首を傾げた。
「あの……部屋に上がって……少しお話していきませんか?」
ミランダは意を決したように、自分の部屋へと俺を誘ってきた。
「ええと……」
この子はあの【四傑】の一人……ん~話くらいならしてもいいかな。
「じゃあ、お邪魔しようかな……」
俺はお呼ばれされることにした。
「は、はい! 是非!」
ミランダは嬉しそうにし、乗り出していた体を引っ込めて、部屋の中へと入っていった。
俺はイエロースライムと顔?を見合わせた。
こいつ……大人しいな。
逃げ出す気配もない。
ちょっと懐かれたのだろうか?
兎にも角にも、俺はイエロースライムを抱き抱えたまま、窓へと飛翔した。
窓に足を乗せると、刀と盾を解除して部屋の中へと入った。
「……お邪魔します」
「はい」
ミランダは部屋の中央で立ったまま出迎えてくれた。
部屋の中を見回すと、綺麗に整えられていた。
置いてある家具も可愛らしく、年相応な感じがするのだが……微妙に違和感を感じた。
なんか……生活感がないような。
綺麗に整えられ過ぎて逆に気持ち悪い。
「やはり変ですか?」
「!?」
心の中を読まれた様で俺はドキッとした。
「この部屋から出ることはないので、掃除しかすることがないのです」
ミランダは苦笑していた。
ん~……今のは嘘だな。
それなら寧ろ生活感が出てきそうだし。
この部屋は……どの家具も全く使っておらず、ただ置かれているだけの飾り物の気がする。
綺麗なベッドすら使っていないのか?
そんなこと有り得るのだろうか?
「あ、自己紹介がまだでした……」
「そういやそうだな」
「私の名前はミランダです……ミラって呼んでいただければ」
「俺はリュート、よろしくミラ」
「!?」
「どしたミラ?」
ミラは驚いた顔をしている。
「い、いえ……そう呼んで頂けたのは久しぶりでしたので……」
「そうなんだ」
「それに……」
「それに?」
「私の名前を聞いても驚かないんですね?」
「だってミラはミラだろ?」
「そ、そうですね……」
まぁ内心はドキドキしておりますよ。
神眼を使ったから、ミラのステータスは確認済み。四傑の一人……【守護神】。
彼女のスキルを視たらそれがよく分かる……防御特化と言えばいいのだろうか?
激強だ……
プリンガといい……ミラといい……この世界の15歳はどうなっているのだろうか……
「あの……リュートさんは王都の人ではないのですか?」
「ああ、違うよ。【刀剣愛好家】ってギルドに所属してて、神国から来た。王都には今日到着したばかり」
そう考えたら疲れてきた。
そろそろ帰ろうかな。
イエロースライムは俺の頭の上に移動してるし、部屋の中を動き回る気配はない。
ほんと大人しいなコイツ。
なんで迷子になってたんだ?
「神国から……それで私のことを?」
ミラはぶつぶつと小声で呟いている。
「ミラ?」
「は、はい……!?」
ミラは焦ったようにこっちに視線を戻してくれた。
「ミラはどうしてこんな【塔】に? ここが家なの?」
「あ……いえ……それは……ちょっと事情があって……」
「ふ~ん、そうなんだ……」
ふむ……分からん。
てっきり【守護神】の名に相応しく、ここから王都を守護しているのかと思ったけど、そうではないみたいだ。
だって彼女、神器発動してないし。てか、ミラの持つ神器の名前が気になる。
ナイチンゲールって……
「ところでリュートさんはとてもお強いのですね」
「あ、分かる? 鍛えてるから、今日も1日街の中走り回ったし」
「い、いえ、そうではなくて……塔の周りには【結界】が張られていたと思うのですが……あんな簡単に砕くなんて……」
「ああ、あれか……」
刀を投げたら簡単に砕けたやつね。
そこまでの結界ではなかったな。
「ミラが出した結界なの?」
然り気無く探りを入れる。
「い、いえ……私のでは……」
だろうな。
恐らく彼女が張る結界ならもっとエゲつない結界になってる気がする。
さっきの結界は精々ランクAかそこそこ……
ならミラはここに閉じ込められてるのか?
「ミランダ様っーー!!」
突如、入り口の外より叫び声がした。駆けながら近づいてくる。
「ど、どうしましょう……もう見張りの方が来るなんて!?」
ミラは慌てている。
ならそろそろ、おいとましますか。
イエロースライムも俺の頭の上でグッタリしてるし。
「なら、俺行くね。イエロースライム飼い主に届けないといけないから」
俺は入ってきた窓から身を乗り出した。
「あ、そうだったのですね……」
ミラは少し寂しそうな表情を見せた。
「また遊びに来るから」
「!? ほ、本当ですか?」
「ああ、あの程度の結界なら簡単に砕けるし……それに」
「それに?」
「またミラとお話したいし」
「!?」
ミラはそのまま俯いた。
ん?
どした急に……
「や、約束ですよ……」
「おう、了解。ギルドの依頼がない時は遊びに来るよ」
そういやソラちゃんとルークとも遊ぶ約束やらなんやらしたけど、神国戦からすっかり忘れてた。
怒ってるかな……?
「ミランダ様ぁああ!!」
近づいてくる見張りの方とやらが、迫ってきている。
「じゃあ、またね」
「はい、お待ちしてます」
俺が小さく手を振ると、ミラも嬉しそうに小さく手を振ってくれた。
俺は魔名宝空を発動させて、一気に【居住区】まで飛翔した。
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「ミランダ王妃様っ!!」
大声と共にミラの部屋の扉は勢いよく開かれた。
「どうしたのです?」
ミラは窓際に立ち、何事もなかったかのように佇んでいた。
「あ、いえ……し、失礼致しました…………その……塔の結界が破壊されたもので……何かあったのではと……」
若い兵士の男は、ミラのあまりに堂々とした立ち姿に、ただただ圧倒された。
「あの程度の結界、大したことないでしょうに……いつ砕けてもおかしくないのでは?」
「も、申し訳ありません……【守護神】様……」
ミラが作り出す結界と比べたら、児戯に等しいレベルの結界。それが分かっているから兵士はそれ以上何も言えなくなった。
「そろそろ休みたいので、出ていって貰えるかしら?」
「は、はい……失礼致しました……」
兵士は入ってきた時とは逆に、ゆっくりと扉を閉め、その場を後にした。
ミラはそのまま窓から街の方を見下ろした。
夕日が沈みかけ、街には灯りが灯り始めた。
ミラはそれがいつもより綺麗に見えた。
「リュート様……」
ミラは頬を赤らめて小さく呟いた。