帝国と王国
予告詐欺、申し訳無いです……
「ちっ、あと少しだというのに……」
男はその場で嘆いていた。
「まだ、足りぬのか……!!」
小さく怒鳴るように呟くと、自身が座る椅子の肘掛けを思いきり叩きつけた。
すると重たい扉がゆっくりと開かれ、一人の女性が前方より足早に近づいてきた。
「どうした?」
男は近づく女性に尋ねた。
「はい、至急お耳に入れておきたい事が……」
「申せ」
「はっ……」
女性はある程度近づくとその場で歩みを止めた。
「……何? ディアネイラが崩御しただと?」
玉座に座す男、アーク帝国皇帝アーサー・アーク・ベオウルフは訝しげな表情を浮かべた。
「はっ……密偵からそのように……間違いないかと……」
女王の崩御を伝えた女性、【六花仙】の一人、【桜花セツナ】は表情を変えずにいた。
「…………そうか」
皇帝はそう呟いた。
「いかがいたしますか?」
「神国は荒れるな……好機なのだが…」
「それと……」
セツナは皇帝の言葉を遮った。
「……構わん、続けろ」
「はっ、不確定でまだなんとも言えず報告しようか迷ったのですが……どうやら神国は戦争に敗けたそうです」
「なに? どういう事だ?」
「それが、どうやら魔族の国を攻めようとして逆に敗れたそうです」
「魔族の、国だと……? ドラグナー……? いやあそこは既に廃墟と化している……なら、機械国か? まさかアトラスが……?」
皇帝は呟きながら思案していた。
「…………っ」
セツナは皇帝の口から出た名に一瞬だけ眉を吊り上げた。
「いや、有り得んな……あの国が機械国を攻めたとして、アルカ大森林に侵入する筈がない……それに迂回するなら確実に【桔梗】か【拳聖】の地は通らねばならん筈だ」
「はい、そのような報告は【桔梗】からはなにも……」
「だろうな」
「……もしやゼータが?」
「…………可能性としては無くもないが、ゼータが神国に機械国を売る理由がないな」
天城【王の間】は僅かに静まり返った。
「それで?」
「はっ……どうやらディアネイラには妹がおり、彼女が次期女王になる可能性があるとの事です」
「元・光王アーシャか……」
皇帝は顎を擦った。
「いえ、更にその下がいたらしく……名はネムリス・スレイヤル」
「三姉妹だったか……隠していたなディアネイラめ」
「そのようです……密偵からは彼女が女王につき、アーシャが再び光王の地位に就くのではと」
「厄介だな、あの女も油断ならん……その妹となるとネムリスとやらも相当かもしれんな」
「そ、それが……」
「?」
皇帝は訝しげにセツナを見つめた。
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「な……魔族と……和解だと……!?」
黒いフードを被った男は驚きを隠せずにいた。
「……珍しいな貴公がそこまで驚くとは……」
隣にいる精錬された鎧を纏う男は、滅多に無いことに少しだけ口角を上げた。
「バカな……有り得ない……あそこは神を祀る国……それが悪魔の……魔族との和解だなんて……」
黒いフードの男は体をワナワナと震わせた。
「それは俺も驚いている……定例ギルド会談でもまだ上がってきていない、ランクSS以上の極秘情報だ」
鎧を纏う男は腕を組み小声で話した。
「いや絶対に有り得ない……あそこの……女王ディアネイラがそのような政策を…………」
「ディアネイラなら崩御したそうですよ」
「「!?」」
二人は別の声がする方に振り向いた。
「お久しぶりです、【英雄】殿、【死神】殿……」
褐色の肌に、黒い髪をサイド三つ編みにした女性が二人に近づいてきた。
「久しいな【拳聖】ミロク……いつ前線より帰還を?」
「先程です、エンマ殿」
拳聖ミロクは答えながら、チラリと死神と呼ぶ男を見つめた。
「ば、バカな……ディアネイラが……崩御……しただと?」
死神はその場で膝を折った。
「本当に珍しいですね……あの【死神】クウマ殿が膝を折る程とは…………神国と何か縁が?」
ミロクは内心面白いものが見れたとほくそ笑んだ。
だが、それほどまでに死神が動揺する所など見たことがなかったからだ。
過去には、自国の王から捕らえよと命じられた魔族をその手にかけた程、大胆な事をしでかした男が、ここまで動揺することなど無いと思っていたからだ。
「わ、私は少し失礼する…………」
死神クウマはフラフラと立ち上がると、その場を後にした。
「中々に面白いものが見れました、帰ってきた甲斐はありましたね」
拳聖ミロクはフフと小さく笑った。
「はぁ……やれやれ、それで今回は?」
英雄エンマは呆れて、1つだけため息を吐いた。
「そうでした、王に報告があり一時帰還したのです」
ホウライ王国、【真王城】
アーク帝国【天城】、スレイヤ神国【純白の神城】と同格以上の、この世界最大の城であった。
その最上部に位置する、広大な【王の間】には、現在、エンマとミロクの2人と、主なき玉座だけが置かれていた。
「王なら……奥だ……」
エンマは嘆かわしそうに呟いた。
「やれやれ……例のアレですか……本当に我が国の王は屑ですね」
「異論はない」
「いいのですか? 私は今、王を罵ったのですよ?」
「構わん、事実だ……我が身にも幾ばくかの王家の血が流れているかと思うとゾッとする」
「やれやれ……仕える国を間違えましたかね?」
ミロクは呆れて肩を竦めた。
「どうだろうな……」
「そういえば【守護神】殿は?」
「彼女なら【塔】だ」
「まだですか……一体いつまで……この国の王妃ですよ?」
「仕方あるまい……なんせ王がアレだからな……」
「…………」
ここ数年王国は……終わっていた。
王の特殊な趣味により、王妃であり【四傑】の一人【守護神】でもあった女性は【塔】と呼ばれる場所に隔離されていた。
そして王は堕落し、ほぼ一切の政治を行わない。戦にも関与しない。ただただ己の快楽を満たすだけの生活を送っていた。
つまり現在、実質的にこの国を回しているのは、【英雄】エンマ、【死神】クウマ、【拳聖】ミロクの3人であった。
これが本来3国で最強であり、広大な土地を有し、様々な偉業を成し得てきたホウライ王国が、アーク帝国とスレイヤ神国に手を焼いている実状であった。
貴族が横行し、奴隷の売買は活発化し、土地は荒れ、民は税で苦しみ、一部では暴徒とまで出てきていた。
ホウライ王国は荒んでいた。
それでもギリギリ保てていたのは【四傑】のお陰であった。
守護神は、王の守護。
拳聖ミロクは、国境にて帝国と神国からの防衛。
死神クウマは、国都にて代理政治。
英雄エンマは、数多あるギルド管理、迷宮攻略、魔物駆除。
時に四人でカバーしあいながら国を護ってきていたが、その内の一人が数年前から幽閉される始末。
王国は風前之灯であった。
「この国は……もう……」
「ダメかもしれませんね……」
二人はこの国の行く末を案じ、ただただ憂いた。
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(バカな……バカな……バカな……バカな……まさか……ガブリエルさんが…………死んだなんて…………病気?…………いやそのような気配などなかった…………だが確かに彼女の気配が感じられない……)
死神クウマ……いや、天使ウリエルは、【真王城】にある自室に入ると、壁にもたれ掛かった。
「くそっ……折角メタトロン様の迷宮を見つけ、最高の依り代も手に入ったというのに……ラファエルさんに続いてガブリエルさんまでも…………」
「ラファエルさんを倒した若者……まさかガブリエルさんまでも? 厄介だ……下手をしたら……いや、間違いなく七大悪魔王どもより厄介だ……!」
『おい、約束は守れよ!』
ウリエルは、自身に直接語りかける声を聞いた。
「ち、クウマめ……こいつがいなければもっと自由に動けるものを……」
ウリエルの額は今にも血管が切れそうな程であった。
「いや、こんな時こそ慌てずに……冷静にだ…………先ずはメタトロン様だ……そしてミカエルさんの迷宮を見つけ、同時にサンダルフォン様とラジエルさんも探さなければ…………1つずつ、1つずつだ…………」
ウリエルは自分に言い聞かせるように呼吸を整えようとした。
「……………………くそがっ!」
ウリエルは自室にあるものを手当たり次第に蹴り飛ばした。