魂魄と叫び
「こ、ここ……は……?」
私は気づくと見知らぬ場所にいた。
正確には誰かの掌の中だった。
私の声は虚ろで、姿も虚ろ……剥き出しの魂に靡く風が突き刺さる。私の魂を握る手は、優しく私を包み込み、その風から私を護ってくれている。
だが、私は自覚した。
ー私はもうじき消滅するのだとー
剥き出しの魂のまま、気を失う前の記憶を思い出す。
私は敗けた。それも護るべき人間の手により。
神の怒りを彷彿とさせる雷をその身に浴びた。
私の魂は焦がされ、まさしく風前之灯だった。
直に私はこの世界から消滅する……
「大丈夫です」
ふと、魂を優しく握る手の持ち主から声がした。
私は魂のまま、その者を見上げた。
「あ、あなた……は?」
私は尋ねた。
彼女は甘い果実のような桃色の髪を後ろで纏めており、吸い込まれそうな程の鮮やかな紫色の着物を纏っていた。
「……悲しいですね、私の事を忘れてしまわれるとは……」
「!?」
その言葉に私はハッとした。
そう……私は知っている。遥か昔からこの者を知っている。
「ま、まさか貴女様は……!?」
見ると、私を握る手とは反対側の彼女の肩に見知った人物が担がれていた。
「思い出して頂けましたか……お久しぶりです、ガブリエルさん」
彼女はニコリと微笑んだ。
「め、目覚めておられたのですね……!?」
嬉しい誤算だった。
「はい、訳あって隠していました…………それにしても、間一髪でした」
彼女は先程の戦闘の事を言っているのだろう。
「も、申し訳ありません……【神託】を全う出来ず、世界から消える私をお許しを……」
私は懺悔した。
「先程も申しましたが大丈夫ですよ……私のスキルをお忘れですか?」
「!?」
私は思い出した。確かにこの方のスキルならまだ望みはある。
「それにしても……とんでもない【人】が現れたものです」
きっとあの若者の事を言っているのであろう。
「…………はい」
「あと僅かに遅れていたら、貴女の魂は本当に消滅するところでした」
「…………も、申し訳ございません」
「いえ、いいのです。お陰と言ったら失礼なのですが、あのタイミングだったからこそ、気づかれる事なく貴女を助ける事が出来ました。それに……」
「それに?」
「収穫もありました」
彼女は肩に担いでいる人物に視線を送った。
なんとも恐れ多い事を……気を失っているとはいえ、堕落しきったその体型で、この御方に触れるとは……自国の者だったのが恥ずかしい。
「ん? 収穫ですか?」
「ええ、彼のランクは低いですが……適正としては申し分無いです……」
まさかカスみたいな人間だったのに、この御方の眼に止まるとは。
「迷宮を見つけなければ話になりませんが……ラジエルさんでどうでしょう?」
「…………異存ありません」
ふむ、流石だ。ラジエルさんの器としてなら申し分無いかもしれない。
「うっ……!!」
魂に痛みが走った。
「すみません、長話し過ぎました」
「い、いえ……」
「ガブリエルさんが助かる道は2つです。迷宮に転生し直して器を待つか、私のスキルで器を待つかです」
即決だった。
「貴女のスキルでお願いします」
「分かりました……では私が器を見つけるまで暫しの休息を」
魂だけの存在だが、私は目を閉じ、この方に身を委ねた。
「ひ、1つだけ……【四傑】の【死神】が、ウリエルさんです……」
これだけは伝えておかなければ。
「ありがとうございます、では…………スキル【天檻】」
この御方に感謝されるとくすぐったい。
私は見えない檻へと吸い込まれた。
そこは世界から隔離された別空間……何処までも黒く染まった世界。魂だけが存在できる世界。
私の【天水】【天啓】と同じ、神より授かりしこの御方だけのスキル。
ふと私は強烈な睡魔に襲われた。
眠い……
「ゆっくりと傷ついた魂を癒してください」
世界の外から声がした。
「す、すみま……せ……ん…………サ……ダル……フォ……さ……ま……」
消え行く意識の中、私とは別の魂の存在がある事に気づいた。
(だ……れ……?)
誰かは判らず、私はそのまま深い眠りに落ちた……
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スレイヤ神国・聖都スレイヤ【純白の神城】
俺達はそこの最上階に位置する【王の間】へと向かっていた。
「もう大丈夫」
俺の体を支えながら歩くレイナから少し離れた。
「ホントですか?」
レイナは心配し、まだ俺の体に手を添えてくれていた。
「ああ」
本当に大丈夫。体に力が入るし、もう痛みもない。
「ふふ、クラスとは裏腹に甲斐甲斐しいですね魔神王レイナ」
先頭を歩くアーシャが微笑ましそうにこちらを見ている。
「……そういう貴女はどうなのです元・光王アーシャ……」
「どういう意味でしょうか?」
「いい歳なのに男気の1つもないのでは?」
「年齢を出してくるとは、喧嘩を売ってるのですか?」
「ええ、私よりも年が上のようですがどうなのです?」
「3つしか違わないでしょう」
「……おばさん」
「なんですって……?」
アーシャは23か…………それにしても……恐い……女の喧嘩がこれ程とは……二人とも立ち止まり、その場で眼に見えない火花がバチバチと散り合っている……何故こうなった?
「お言葉ですが……こう見えて男性経験は豊富ですよ」
「見栄を張らなくていいのですよ」
「ギルドの長で、姉王と同じ血が流れているのです……多少は顔に自信があります……そんな私を男が放っておくと?」
ま、まさか……
「逆ハーレムか!?」
「……意味は分かりませんが、あまり良くなさそうな響きですね」
「貴女の言葉が本当なら当然です、男を取っ替え引っ替え……不潔です」
「初心ですねレイナ……貴女の方こそ男を知らないのでは?」
「し、失礼な!」
えっ!? まさか知っているのか……? そうだとかなりショックなんだけど。
「おやおや、焦るところを見ると……」
「た、確かに私は竜斗様しか知りません! ですがそれで充分です! なんせ竜斗様は最高なのですから!」
良かった……しかし、ちょっと待ってくれレイナ……それ以上は褒め?ないで欲しい……段々俺の方が恥ずかしくなってきた。
「と、取り敢えず王の間に行こうぜ……皆待ってんだろ?」
俺達は再度歩き出した。
「大体貴女はーー!!」
「貴女こそーー!!」
まだ続いてる……いい加減にして欲しい……まぁ皆と合流すれば、後は皆が宥めてくれるか……それまでの辛抱……
そうこうしていると俺達は王の間の扉の前に到着した。しかし、二人は未だに言い争っている……ここに来るまでが異様に長く感じた。
「あ、開けるよ……?」
俺が尋ねるが二人は無視して言い争っている。疲れた……
俺は二人を無視して、重たそうな扉をゆっくりと開けた。
中に入ると……そこは……
「貴様ら魔族の分際でっ!!」
赤い服を纏った複数の男達が、対峙している魔族に暴言を吐いていた。
「なんだとっ!!」
赤い髪の竜人族の女性……いや、ルキが反抗しており今にも飛びかかりそうだった。
暴れそうな者、それを抑える者、宥める者や、一緒になって言い争う者、我関せずを貫く者……神聖な城は大混乱だった。
「…………」
うるせー。
「大体っ……!」
「貴女は……!」
「貴様らっ!」
「殺してやる!」
「まぁまぁ」
「み、皆さん……」
「だから僕は言ったんだ!」
「落ち着けお前ら」
「やれやれ……」
「黙っていろ!」
「なんだとっ!」
「…………!」
「…………!」
「…………」
もう訳が分からない……隣でも王の間でも皆がわめき散らしている。しかも終わる気配がない。
「……うるせーーっ!!」
俺は叫んだ。