夢見と変化
「ねぇ翔兄、この漫画の続きは?」
俺は今、兄貴の部屋の中にいる。
引きこもりの兄貴で、部屋に親も姉も入れないが、何故か俺だけはいれてくれる。
風呂とトイレ、通販の受け取り、コンビニ以外は部屋から出ない。
あれ? 割りと出てるな……
現在親は2人とも海外と日本を往復しながら働いている。
兄貴の事は諦めているのか、関与しない。
まぁ俺も最後に親と話した内容は「大学にはいっとけ」くらいで、元々子供にあまり関心がない……こともないが、最近は放置気味だと思う。
家にいない親、専門学生の妹、高校生の弟、兄貴はまさに家を守ってくれる自他共に認める自宅警備員だ。
「あ~、それか……確か……来週最終巻がでる筈……」
カタカタと物凄い速さでキーボードを打ちながら、パソコンの画面とにらめっこしながら俺の相手をしてくれている。
「マジ!? 次で終わりかよ……結構面白かったのに」
俺の手には、兄貴に借りていた漫画がある。
「続きが見たけりゃ棚にラノベがある」
兄貴はこっちを向かずに本棚を指差した。
そして以外にも兄貴は綺麗好きだ。本棚の本は綺麗に整頓され、ゴミと言えばコンビニの袋くらいだ。それも弁当を買う度にきちんと捨てている。
「げ~……小説かよ……」
俺は少しだけ嫌そうな顔をした。
嫌いではないし、普通に読むが……ただ絵がある方が好きなだけだ。
「ば~か、その後からが面白くなるのに」
「そうなの?」
「……ネタバレしていいなら言うけど?」
「あ、お願い」
俺は諦めた。
「ったく、お前はもう少し字を読め」
「いや~嫌いじゃないんだけど、ちょっとめんどくさくて……で、どうなるの?」
「ん~確か、種族を纏めた主人公が魔王を倒して……」
兄貴は手を止めずに、簡潔にその後を話してくれた。
「へ~……で、最後は神様と戦うのか」
「ああ、まぁ異世界転生物の定番ではあるな」
「そうなの?」
「まぁ大体、魔王か悪魔か天使と戦って、最後が神様だな」
「ふ~ん、テンプレってやつ?」
「どうかな……最近は変わったのもあるし一概には言えねぇな」
「そっか……ところで他(の漫画)は?」
「竜斗が好きそうなのだと……これなんかどうだ?」
兄貴は机の横に置いてあった1冊の本を渡してきた。
「さっき読み終わったばっかで、まだ1巻だけだけどな」
「ん、サンキュー」
俺は表紙を見て微笑んだ。
「これって刀で戦う系?」
「ああ、それも転生物だけど主人公が刀で無双して、日本の食べ物や文化を異世界で広めて、ヒロイン達と異世界を謳歌するって話」
「ふ~ん、後半はあんま興味ないかな」
「そうか? そっちが醍醐味で、寧ろ刀がおまけだろ」
「いやいや、折角の異世界なのに日本の文化広める意味が分からん」
「でも日本の食べ物、食べたくなるだろ?」
「そうかも知んないけど、転生した奴らどんだけ日本好きなんだよって話……異世界を日本みたいにしたらもう異世界じゃなくていいじゃん」
「あくまで食べ物とかって話で……別に日本にする訳じゃないだろ」
「ん~でも、兄貴から借りた本の主人公は大体、中世レベルの異世界を、現代知識で今風にするよね」
「まぁ現代人に中世は不便で暮らしづらいって事だろ」
「……あ~そう言われたら少し納得したかも」
確かに家電製品とか便利だもんな。
「ふっ、俺の勝ちだな」
「……いや、まだだっ!」
その後も色々話して結局論破された。
「そういや兄貴はもう漫画書かないの?」
俺は不意に尋ねた。
「…………ああ、諦めた」
「ふ~ん……兄貴、絵上手いのに……」
俺は美術と体育の成績だけはいいし、絵を書くのは好きだが、そんな俺から見ても兄貴の絵は上手だ。
充分プロレベルだ。
そして俺は知ってる……
「まぁ上手いだけの奴ならごまんといる……俺もその程度って事だ」
「…………」
兄貴はまだ諦めてない。パソコンの中に書きかけの漫画がある。しかも昨日もずっと描いてた。今は多分ネットで調べものかな?
だから……俺は……夢を追い続ける兄貴を尊敬してる。まぁ、体型はだらしないけど。痩せればカッコいい筈なんだ。いや、今でもカッコいい。
「ただいま~」
ふと、1階の玄関から智姉が学校から帰ってきた声が聞こえた。
「……じゃあ借りてくね」
「おう」
俺は翔兄の部屋を後にした。
「竜斗帰ってたの?」
階段を上がる姉貴と目があった。
「ん、試験期間で部活休み」
「なら、勉強しなさいよ」
「いや、俺は大会で優勝して志望大学に推薦でいくから大丈夫」
「……人生なめてるわね、今に痛い目みるわよ」
「背水の陣と言ってくれ」
「そんな、カッコ良さげな言葉ばかり覚えて……」
姉貴の手には大量の布の入った紙袋があった。
「それって服の?」
姉貴はファッション系の専門学校に通い、ファッションデザイナーを目指している。今日も課題か何か知らないが服を製作する気なのだろう。
「まぁね……で?」
「で?」
「あの翔兄は?」
「…………ひどくね?」
「いいのよ、あんなのブタで……」
ひどい言いようだ。
小さい頃の姉貴の夢は声優だ。
だがある日諦めた。理由は分からない……本人は頑なに話さない。今日び声優を目指す女子は少なくない。恥ずかしい事ではない筈だ。
だが兄貴はそれが気に入らなかったらしい。
だから2人はずっと喧嘩している。お互い今では何で喧嘩しているのかさえ忘れているのではないだろうか?
夢を諦めた妹に対して、働かず引き籠もる兄に対して……2人は譲らない……
「まぁいいわ、私も部屋に籠るから、適当に何か食べてね」
「了解」
「漫画ばっか読んでないで勉強しなさいよ」
「は~い」
家にいない親の代わりを姉はずっとしてくれた。だから俺は智姉に頭が上がらない。凄く感謝してるし、頑張ってる姿を見て凄く尊敬してる。
いつかきっと仲直りできる日が来ると信じるしかない。
俺は自分の部屋へと入っていった。
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「ん……」
目覚めると見知らぬ天井が目に入った。
「…………へ?」
周りを見回すと、部屋一面白く、綺羅びやかな装飾で彩られた家具が置いてあり、俺が寝ているベッドも豪華な造りだった。
「ここどこ?」
俺は体を起こそうとした。
ームニュー
俺の手には柔らかい感触が握られていた。
ームニュムニュー
流石は最高ランク。
ームニュムニュムニュー
100点満点だな。
「んっ……」
その柔らかいモノの持ち主から艶やかな声が漏れた。
俺は何もなかったように、そっと手を放した。
「おはようレイナ」
「ん……おはよう……竜斗……」
ん? りゅう? 今のタメ口……?
「…………す、すみません竜斗様っ! な、なんか……変な夢を見ていたような……」
我に返ったのかレイナは慌てて謝ってきた。
レイナはいつもの看病の時の様に、床に座り込み頭だけ俺の寝ているベッドにつけて眠っていたようだ。俺が体を起こすと、レイナは俺の体にそっと手を添えて支えてくれた。
「つっ……!」
体が軋むように傷んだ。
あれ? おかしい……今回に限って言えばダメージは負ってない筈なのに、体に違和感があり、俺は気になって【神眼<覚醒>】で視てみる事にした。
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【天原竜斗】(18)
種族
【人間族】
クラス
【ZERO MASTER】
ランク
【ZERO】
先天スキル
【剣神】
後天スキル
【王気<覚醒>】【魔曲】【五光】
【神速】【合魔】【変化】
特殊スキル
【神眼<覚醒>】
神器
【絶刀・天魔】<刀/次元/巨大化/ZERO>
【森羅万象】<籠手/炎水風雷地/付加/S>
【1783】<袋/次元/収納/D>
【魔名宝空】<盾/風/守護/S>
【神鳴】<刀/雷/放電/S>
【帰巣本能】<門/次元/転移/S>
【??】
【??】
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お、おぉ…………マジか……
なんかスキルがえらいことになってた。