処刑?と到着?
聖都スレイヤは、人々で賑わっていた。
中央広場には聖都の全国民が集り、各地方からも沢山の人が訪れていた。
ー魔族の処刑ー
この国にとってそれは、祭事を意味していた。神を崇め、神に供物を捧げる、とても神聖なものだった。
中央広場に設置された、巨大な舞台を取り囲む人々。収まりきらない人々は建物の中、或いは屋根の上など、あらゆる場所から処刑台を眺めていた。
処刑には沢山の種類があった。
処刑を取り仕切る者は、王に魔族を捧げた栄誉ある人物が行うこととなっている。
それは、この国では最大の誉れであった。
そして、取り仕切る者次第で処刑内容は千差万別であった。
1度にまとめて一気に行うもの、ゆっくりと1匹ずつ行うもの、中には数日もかけて行うものもあった。
女王の言葉から始まって、処刑、そして後夜祭……その全てが終わって初めて、神に清浄なる世界を献上したと言えた。
不定期に行われる祭事はここ数年は行われていない。最後に行われたのは数年前のララとルルの両親を含む数匹だけの処刑。
取り仕切ったのは、神国の大臣……ダコバス・サウズ・ヒュバイン。
無数の槍による串刺し刑……数多の血が吹き出し、狂喜と歓喜に包まれた処刑だった。
だが今思い返してみると、少し物足りないものだった。たったの数匹……過去には100匹近い魔族を処刑した大規模なものもあった。
そして今回は30匹近い、近年では稀に見る大処刑。人々は興奮し、聖都は熱気に包まれていた。それは老若男女問わずだった。
捕捉だが、唯一この処刑に参加しなかった一団がいた。
神国のギルド【刀剣愛好家】の面々であった。
少人数の小さなギルド……参加しなかった理由はたまたまであった……が、それでも彼らにとっては、まさに天運といっても良かった。
今回の処刑に参加しなかった……これが彼等の運命を変えたとは、この時点ではまだ誰も知る由もなかった。
「今回も仕切るのはヒュバイン一族か~」
「いやいや、正確にはその中のサウズ家な」
「これでサウズ家がまた恩賞を貰えそうだな」
「景気のいいこった」
「ならお前さんも、軍かギルドにでも入れば?」
「いやいや、俺なんてDランクのカスだぜ……迷宮攻略すら無理ってもんよ」
「ならEランクでも……」
「おや?お兄さん迷宮攻略ならウチで神器買うかい?」
「バカ言うな」
「今なら安くしとくよ」
「だから、んな金なんてねーよ」
「ちぇっ……」
処刑台の周りではそんな会話もあった。
朝が終わり、昼になる前……一人の男が重たそうな体で処刑台へと上がっていった。
「ゴホン……これより魔族の処刑を執り行う!」
赤い服を纏った男は咳払いを一つすると、大きな声で叫んだ。一昨日つけられた顔面の傷は、治癒の神器により綺麗に治っていた。
その声で神国民は、始まったのだと口を閉じ始めた。
「先ずは女王陛下より、お言葉がある!」
処刑台に立つダコバスのこの言葉で、国民は全員が漏れなく黙りこみ、聖都は静寂に包まれた。
中央広場と神国のお城【純白の神城】の間にある、数メートルはある巨大な観覧席。
職人達がたったの2日で建てたにはあまりに立派な観覧席。だが、そこの中央に座す唯一人の人物……女王にとっては些か似つかわしくないものだった。
左右にはダコバスと同じ大臣達が、女王より少し低い位置の席に座していた。
女王ディアネイラ・スレイヤルは、ゆっくり立ち上がると数歩前に出て、ダコバスの立つ処刑台を見下ろした。
「聞きなさい我が民らよ。今日我らはまたこの世界を清浄なものとします。それはとても素晴らしいことです。何故なら神託による、悪魔を駆逐する崇高な使命を、今我らは執り行うのだから……今日という日を、尊き主に捧げるのです!」
ディアネイラの声は聖都に響いた。
「だが忘れてはいけません。穢らわしい魔族は聖なる森にまだ、ごまんと溢れ返っているのです。主は見ています。遥か高みより我らの行いを。根絶するのです。穢らわしい魔族の痕跡を。それが我らの使命です!」
「誓いなさい! 神の名の元に!」
「「神の名の元に!」」
「「神の名の元に!」」
「清浄なる世界を献上すると!!」
「「清浄なる世界を!!」」
「「清浄なる世界を!!」」
割れんばかりの歓声を、女王はその身に浴びた。
(ふふふフフフふふふフフフ! 主よ、我が主よ、見ておられますか? 今日、私はまたあなた様のお造りになられた世界を、清く美しい世界に戻してみせます!!)
女王は目を閉じ、心の中で強く叫んだ。
(ふふふフフフふふふフフフ、待っていろ忌ま忌ましい魔族共……いや、これが終われば次は奴らだ! 七大悪魔の化身め……今度こそ転生など出来ない程、跡形もなく魂ごと滅却してやる!!)
「……処刑、開始」
女王は歓声の中、手を翳し、そう呟いた。
どう考えてもスキル【聴力】の無いダコバスに、女王の呟きなど聞き取れる筈もなかったのだが、ダコバスはそう聞き取り女王に向け一礼した。
まさに地位に固執する大臣スキルとでもいうべき、恐ろしい執念だった。
「魔族をここへっ!!」
ダコバスは、観覧席の横の方へ視線を送った。
すると、灰色の鎧を纏った騎士達が、30はいるであろう魔族を引き連れて現れ出した。
だが、いつもとはどこか様子が可笑しい事に気付く者達がいた。
今までであれば、魔族は下を向いたり、体を震わせたり、泣きながら命乞いしたりするのだが……
今回に限っては誰も……唯の一人も俯く者などいなかった。首輪や鎖に繋がれてはいるが、寧ろ全員が堂々と胸を張り顔をあげていた。
歓声の中、一部の者や、女王は少し面白くない顔をした。
順々に舞台上に上がる魔族。ダコバスの横を通りすぎなら更に中央へと歩を進めた。
「ちっ、最後まで無駄な足掻きを……とことん気に入らん奴らだ……」
ダコバスは少しムスッとしながら言いかけて、ある魔族が前を通ると下卑た表情を浮かべた。
「お前らは絶対に、殺してやるからな……殺して、殺して、殺してやるぞ……お前らだけは一際、盛大に殺してるからな」
ダコバスは目の前を通る、ボロボロのララとヒュースを睨み付けた。
「…………」
「…………」
ララとヒュースも、ちらりとダコバスを見ただけで、それ以上の事は何もしなかった。
2人だけではなく、この場にいた魔族は全員信じていた。必ず助けがくると。あの人がきっと助けにきてくれると。
だから怖いものは何もなかった。
「今回は、一匹ずつ様々な処刑を用意しております!」
ダコバスは国民に聞こえるように……正確には女王の耳に届くように叫んだ。
ダコバスは舞台のしたにいる数人の騎士に、顎で合図を送った。
それを受けた騎士達は即座に処刑道具を用意し出した。
巨大な刃……無数の槍……縄に鎖……巨大な重石に、針で出来た椅子……中には見ただけでは用途の解らない物までが多種多様にあった。勿論、その場にはまだ持ってきていない物も当然あった。
それほどまでにダコバスの今回の処刑に対する思いが込められていた。
観客達は興味津々にそれらを眺めていた。
「先ずは……」
ダコバスがそう言いかけた時だった。
「ディアネイラァァァアアアアッ!!」
遥か遠くより怒号が聖都に響き渡った。
気付くと広大な聖都を包む、神器による巨大な半透明・半球体の結界が、硝子が砕けるように音をたてて崩れていた。
全ての神国民が慌てふためき出した。
魔族からは笑みが溢れた。
そして名を叫ばれた女王だけが、表情を変えず、ただ静かに真っ直ぐ前を見つめていた。