異常と暴行
久々更新
空は快晴。
時期的にはぼちぼち初雪がきそうな季節。そんな昼過ぎ頃、スレイヤ神国・聖都スレイヤでは、近年まれに見る大賑わいとなっていた。祭りの準備でもしているかの様に、人々は忙しなく準備に追われ、あちこちで混雑が起こっていた。
だが人々は、その忙しさをどこか楽しんでもいた。
現代日本で生きてきた竜斗が見たら異常の一言だった。
聖都の中央広場には、沢山の男達が舞殿にも似た舞台を設置していた。円形に出来た広大な広場、その中央に設置された長方形の舞台。
「先輩、取り敢えず出来ましたけど……」
頭に布を巻き、汗が目に入るのを防ぐ一人の若者が、舞台上にいる一人の男性に声を掛けた。
「応、なら少し休憩にするか……皆にも伝えろ」
屈強そうな、逞しい腕をした、人一倍肌の焼けた男が舞台を降りて、舞台を設置していた皆に休憩するよう促した。
広場の隅の方で何人かの男達は、疎らに休憩をとっていた。中には今頃、飯を食べる者もいた。
「ふぅ……疲れたっす」
若者は頭に巻いていた布をとり、その場に座り込んでいた。
「たく、だらしないな……これぐらいでへばりやがって」
「無茶言わないで下さいよ先輩、そもそも今日は休みだったのに……」
「それは悪かったな……だがこいつは……」
「わかってますよ、陛下のご命令ですからね……」
「……わかってんならいい」
「にしても先輩……いつも思うんすけど、なんで毎回いちいち最初から設置を? ばらして袋の神器に突っ込んどきゃいいのに……毎回毎回、最後には舞台毎燃やしますよね?」
「ああぁ~……それか……理由は簡単さ」
先輩は頭をポリポリと掻いた。
「?」
「誰が魔族の血が付いた舞台を管理すんだよ」
「……ああ確かに…………でもそれなら……」
「馬鹿かお前! 地面に直接魔族の血なんか付いてみろ、それこそ俺らが陛下に殺されっぞ」
「うっ……確かに……」
「陛下は魔族の痕跡すら嫌いだからな……」
「で、今回はどんな?」
「さぁな……確かダコバス様が今回の取り仕切りだから、どんな処刑方法かは後で指示してくれる筈だ」
「今回は結構、(数が)いるみたいっすね?」
「らしいな……ド派手な処刑になりそうだ……」
二人は話ながら、処刑の準備に賑わう街の人々を見つめた。今回の処刑はどんな方法なのか考えながら、この後の準備の為に静かに英気を養っていった。
皆、笑顔で忙しながらも楽しそうにしている、異常な午後の昼下がりであった。
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ある屋敷の地下。
神国内でもかなり大きな部類に入る巨大な屋敷。その地下は蝋燭の火がポツポツと点いただけの、薄暗い部屋だった。
床はボコボコの石畳で出来ており、壁には苔が生え、なんとも言えない異臭を放っていた。
そこに数人の魔族の姿があった。全員が首に鎖の付いた首輪を巻かれ、ずっと黙りこんでいた。
「大丈夫ですかララさん?」
蟲人族のリリスは普段通り自身の羽を折り畳み、傍で体を震わせている兎人族の女性ララの心配をしていた。
「…………すみません、ちょっと……大丈夫では……ないですね……」
ララは苦笑いしていた。顔は青ざめ、あれからずっと体を震わせていた。
「……もしかしてあの男のせいですか?」
リリスは、ララを見た瞬間に高笑いした人物を思い出した。
「…………はい」
ララは、思い出したく顔を思い浮かべながら小さく呟いた。
「もしかして……いえ、何でもないです」
リリスは口を噤んだ。
何故ならリリスも元・奴隷……大体の理由を察したからだ。リリスは強くララを抱き締めた。
「リリスさん……?」
ララは戸惑いを隠せなかった。
「大丈夫ですララさん、きっと竜斗様が……お兄ちゃんが、皆さんが助けにきてくれます」
リリスは微笑んだ。その顔は絶対に助かると、不安など微塵も感じさせない顔だった。
「…………はい」
ララはギュッとリリスを抱き締め返した。体の震えは少しだけ治まっていた。
暫くすると、ララの耳がピクッと僅かに動いた。ララはリリスから離れた。
コツコツと、石で出来た階段を数人が降りてくる音をララの耳は聞き取った。
1つしかない扉が開くと、下卑た笑いを浮かべた男性を筆頭に、何人かの灰色の鎧を纏った騎士達を引き連れて入ってきた。
「くくくっ、懐かしいだろララ……お前が住んでいた場所は?」
先頭の男は、真っ先にララの傍に歩み寄った。
「ダコバスっ……」
ララはギリリと歯軋りしダコバスを睨み付けた。
2人のやり取りを、その場にいた魔族も、ダコバスが引き連れてきた騎士達も黙って様子を窺っていた。
「お前と妹、ルルだったか? お前らを逃がした時は腸が煮えくり返りそうになったが……またこうして会ったんだ、私を楽しませてくれ、よ!」
ダコバスはララの首輪に付いてある鎖を握り締めると、強く引っ張った。
「あっ!? きゃっ!!」
ララは床に顔をぶつけた。額からは血がツーと流れた。
「ララさんっ!」
リリスは叫んだ。リリスだけではなく、その場にいた全員がララの事を心配した。
リリス達はララの元に駆け寄ろうとしたが、騎士達に阻まれた。
「くくくっ、残念だったな……妹がおれば治癒して貰えたのに、この中に治癒士はおらんのか、ええ? くくくっ、まぁ神器も取り上げたし仮におったとしても何も出来はせんか……それに、どうせ後、数日の命だしな」
ダコバスは鎖を少しだけ引っ張った。
「…………」
ララの頬はボコボコの床に擦れたが、ララは痛みを堪え耐えていた。
「ちっ、無駄に耐えてからに……」
ダコバスは、鞭を取り出すとララ目掛けて何度も叩きつけた。
「貴様は、私を、楽しませれば、いいのだっ!!」
何度も何度も叩きつけた。
「うっ……つっ……くっ………………」
ララは必死に耐えた。体はみるみると痣だらけになっていったが、それでもララは必死に耐えた。
叫べばダコバスを楽しませるだけだと……ララはただただ耐えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ちっ、つまらん!」
ダコバスは息切れすると、鞭を手放した。
ララの体はボロボロで、1番酷いのは顔に当たった事だった。ララの片面は腫れ上がり、痛々しさで誰もが見ていられなかった。
「……なら、仕方無いな……」
ダコバスは振り返ると、扉に向かって歩き出した。ララを引き摺って。
「あぅ……!」
流石のララも終わったと油断したのか、少しだけ声をあげた。
「貴様は、別の場所でもっといたぶってやる」
ダコバスはニヤリと笑いながら出口へと向かった。
「「ララさんっ!!」」
リリスを含め全員が叫んだが、戦士でもない皆に騎士達を振り解く力はなかった。
「くくくっ、先ずは何から……」
ダコバスがどういたぶろうか思案していると、ダコバスに近づく影が背後にあった。
「ん?」
ダコバスは後ろを振り返った。
「らぁ!!」
一人の男が、勢いよくダコバスの顔面に頭突きをお見舞いした。
「ぷぎゃっ!?」
ダコバスは吹き飛ばされ、扉に激突した。鼻は潰れ、顔面は血塗れだった。
「見た目通り豚みたいな声で鳴くんだな……」
男はニヤリと笑い、座り込むダコバスを見下ろした。
「……ヒュース……さま……?」
ララは自分の傍に立つ男を見上げた。
「すみませんララ殿……先程、目が覚めたもので……」
気絶していたヒュースは目が覚めると、真っ先にダコバスをぶっ飛ばした。
「…………」
ララは腫れ上がった顔で小さく微笑んだ。
「……っ」
その笑顔が痛々しくヒュースはそっとララの体に手を添えた。
「き、きじゃま!? わ、わだじに、ぎょんな事をじで!」
ダコバスは片手で顔を抑えながら、ヒュースを睨み付けた。
「おばえら、あいづを捕らえぼっ!!」
ダコバスは騎士達に、ヒュースを捕らえるよう指示した。
だがそんな指示をしなくとも、ヒュースにも皆と同じ鎖が巻かれており、ヒュースにはダコバス達が油断していた最初の一撃くらいしか行動できなかったのだ。
「ぐっ……がっ……」
瞬く間にヒュースは騎士達に袋叩きにされた。元々ボロボロだったのに、更にボコボコにされた。
「き、貴様らは楽には殺さんからな!! 惨たらしい、神国の歴史に残すほどの残虐な処刑方法で殺してやるからな!!」
痛みを堪えきれないダコバスは、わめき散らしながら騎士達に支えられて地下室を後にした。
地下室には魔族だけとなった。
全員が、倒れ込むララとヒュースを介抱しようと傍に駆け寄った。
「だ、大丈夫、ですか……?」
ヒュースはボコボコにされても、なおララの心配をしていた。
「ヒュース、様……程では……」
どう見てもララの方が痛々しかった。
「「……ふふ」」
二人は同時に小さく笑った。自分の方がボロボロなのにこっちの心配をするなんて、と二人ともが感じた故の微笑だった。
「大丈夫、です……きっと……助けがきます……」
「……はい……」
「だから……」
「?」
「だから、それまでは……私がララ殿を……私が命に懸けてララ殿を守ってみせます」
ヒュースは天井を見上げながら、そう決心した。
「! はい……」
ヒュースの言葉にララはうっすら赤面し、動かない体の代わりに心の中で頷いた。
ララはこれくらいの痛みなら耐えられると安堵した。自分は一人ではない……皆がいる……それに絶対に助けが来ると。
だから、いくら傷つけられようが堪えられる……それまでは絶対に最後まで諦めないと決意した。
そして自分の気持ちに気付いた……これから先もずっと、あの人の隣にいたいと。