終わり?と始まり?
今年最後の夜勤から
「しかし、随分余裕ですね皆さん……まだ戦争は終わっていませんよ」
不意にアーシャは意味ありげに含み笑いをした。
決して、レイナから聞かされる竜斗の魅力を聞き飽きた訳ではなかった。
刹那、ホッと緩んでいた緊張感が再び張りつめだした。
「どういう意味です?」
レイナは、未だ横たわったままのアーシャを鋭く睨んだ。
「言葉の通りです……私はレイナに敗けました、それは紛れもない事実です」
アーシャの言葉に、レイナや七大悪魔王はチラリと七極聖や極聖隊を見つめた。しかし、アーシャを含め誰もこれ以上の進軍を開始しようとする者はいなかった。
「私にはとても貴女方がこれ以上攻撃してくるようには見えないのですが……」
「ふむ、森の方も落ち着きつつあるみたいだしな」
サラとガオウは冷静に答えた。
ガオウの言った通り現在は、竜斗や他の魔族を迎えにゼータとルルが転移しこの場にはいなくなっていた。誰もが感じていた。取り敢えずこの侵攻戦は間もなく終わりを迎えると。
「……甘いですね。貴女方は一体誰と戦争をしているのか忘れたのですか? まさか七極聖を倒して終わりとでも?」
アーシャのこの言葉に、七極聖は一瞬だがビクリと体を震わせた。七極聖はアーシャが何を言いたいのかを理解した。
「それは……」
「忘れましたか? 私は七極聖ではなく、ギルドマスターですよ。つまり、ギルドとして依頼を受けてここにいるのです」
レイナだけではなく全員が言葉を詰まらせるなか、アーシャは言葉を続けた。
「女王ディアネイラ・スレイヤルですか?」
レイナの額に少しばかりの汗がつたった。
「そうですね、概ね正解です。ですが、まだ理解はできていないようですね」
「「!?」」
「私達、ギルド【魔族狩り】は……女王からではなく、神国のある大臣から依頼を受けました。それは魔族を捕らえるというもの……私は破れましたが、ギルドとしては依頼はまだ継続中です」
「まさか!?」
「今頃は我がギルドの最高幹部が貴女方の国に潜入している筈です」
「くっ……!」
「姫さん、今すぐ城にっ!!」
「くそっ、転移を全てゼータに任せたのは迂闊だった!」
「そ、そうですね……私達も転移の神器をいくつか持つべきでした……」
皆が慌てるなかレイナは冷静さを保っていた。
「陛下?」
「大丈夫ですガオウ将軍、ヒュースが全て読んでました」
「「!?」」
「今頃は竜斗様、ゼータ、ルルを含む森にいる皆は城に向かった筈です」
「な、なんと……いつの間にその様な作戦を……」
「知っているのは、ヒュースと私、ゼータとレインバルトです。だから七極聖とは私達が戦い、ゼータにはあまり戦闘には参加させず、基本的には竜斗様の近くで転移だけに集中させました。いつでも城に転移出来るように。城にもヒュースとレインバルトが皆を護ってくれています」
「ちょ、ちょっと待て! 今なんつった!? 今あんた……レインバルト……って言ったのか?」
ヒレンは慌てながらレイナに尋ねた。
「はい、そうですよ。レインバルトは私達の国にいます」
「「!?」」
七極聖全員がレイナの言葉に驚愕した。
「な、ならレインバルト殿は……我々を裏切ったのか……?」
クリスは悔しそうに呟いた。
「それは少し違います風王」
「? どういう意味です?」
「レインバルトは竜斗様の下につきましたが、今でも神国に忠誠を誓っています。その証拠にこの戦が終わればレインバルトにはまた七極聖の水王の座に就いてもらいます。だから余計な疑いがかけられないよう、この戦に直接介入させなかったのです」
「意味……分かんない……」
プリンガは率直な気持ちを呟いた。
「まぁ戦が全て終われば全部話します。だからこれだけは覚えておいて下さい」
レイナはプリンガだけではなく、七極聖全員を見つめた。
「レインバルトは味方です。どちらのではなく、皆の味方です」
レイナはニコッと微笑んだ。
「…………」
七極聖は、まだ納得できない様子ではあったが取り敢えずは納得することにした。
「はははははっ、どうやら私達の完敗のようですね」
アーシャは清々しく高笑いした。
「確かにギルドの最高幹部といってもAランク……Sランクのレインバルトさんに待ち受けられては手も足もでないでしょう」
「そんな事はありません。私達はつい1か月前に貴女方のギルドの襲撃を受けたのです。それこそSランクが3人もいたのにも関わらず兵士から死者が出ました……」
「…………」
レイナのこの言葉に、ガオウ、ルキ、サラは嫌な事を思い出し、何も言えなかった。
「ですから同じ鉄は踏まぬよう、竜斗様には魔力を温存して頂き、今度は直ぐに城に戻れるようにしたのです」
七極聖は唖然とし、七大悪魔王もどこか安心した。余裕そうに見えて、実はこの場にいる全員の魔力はもうそれ程残ってはいなかったのだから。
「……ですが、最後の忠告ですレイナ」
「……なんですアーシャ?」
「私は以前言いましたね」
「?」
「姉王の攻めは苛烈を極めると……」
「…………はい」
「油断しないことです……お姉様は……あの人は……本当に恐ろしい人なのだから……」
「概ね正解と言った意味が分かりますか? 七極聖の侵攻も、ギルドの暗躍も、神国の大臣の思惑も、SSランクの私でさえも……神国からしたら、全部、力のほんの一部だと言うことです」
「…………」
誰もが言い知れぬ不安感を抱いた。それは七極聖もであった。
普段の女王は、国民から【微笑みの聖母】と敬われている。だが、こと魔族に関するとき女王は【断罪の魔女】と言われる程、畏怖させられる。
終わった筈なのに……未だ勝利を噛みしめきれない、不安感だけが残った。
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アルカ大森林の中にあるアルカディア国の街中は、静けさに包まれていた。街は未だ建築途中の建物だらけで、人っ子一人いなかった。
そんな中、城の正門から堂々と城の中に入る3人の男の影があった。
「どうするナーガ?」
長髪を束ねた男が、耳を澄ます男に尋ねた。
「地下だな……そこから声が聴こえる」
耳を澄ます男は視線を下に向けた。
「流石スキル【聴力】……ギルマスが頼りにするだけはある」
体格のいい男は不敵に笑っていた。
「いや……俺には罠のようで不安が拭えぬ……1度退かないか?」
「馬鹿言うな! それこそギルマスの期待を裏切ることになるぞ!」
体格のいい男は小さい声で怒鳴った。
「だがハヌマン……」
「それに情報ではSランク以上の奴らは全員戦場にいるんだろ? 何を心配する必要がある」
「カーマ……」
「カーマの言う通りだぜナーガ。それに依頼を遂行出来なけりゃ俺らの信用問題に関わるぞ」
「…………仕方ない、な……依頼は兎も角、アーシャ様の期待を裏切る訳にはいかないからな」
「そういうこった、腹をくくれナーガ」
「我々3人は最高幹部の中で、特にアーシャ様から重宝されている……依頼失敗などもっての他だ」
「そう……だな……」
3人は覚悟を決めた。
「いつ以来だ? 俺ら3人が組むのは?」
「最高幹部になってからはないな……久方振りとだけ言おうハヌマン」
「答えになってないぞカーマ。なら、昔みたいに指揮は俺がとるがいいか?」
「「おう」」
ナーガの指揮で、3人は城の地下を目指そうとした。
すると階段横の通路よりカツカツと歩いて近づいてくる音が聞こえだした。3人は身構えた。
「やれやれだな……ヒュースの言った通り……別動隊がいたか……」
「!? マジかよ……」
「てっきり死んだとばかり思っていたがな……」
「やはり、待ち受けられていたか……」
「正面から堂々と入ってきてよく言う……まぁ大方Sランクがいないから安心したというところか……」
男は更に3人に近付いた。
「七極聖……」
「水王……」
「レインバルト……か……、こんなところにいたとはな……」
3人の額に冷や汗が流れた。
レインバルトは神器を発動しながら階段前に立つと、3人に対峙した。
「ありきたりだが……ここより先へは行かせん!」
レインバルトはSランクに相応しい魔力を放った。
「ぐっ……」
「くっ……」
「っ……!」
3人はたじろいだ。
「どうする……やはり退くか……?」
「それしか……ないな……Sランク相手は流石に想定していなかった……」
「……ちっ、魔族にさえ近づけれたら……後は俺ら3人のスキルコンボで……」
3人はゆっくりと後ずさりし、隙をみて転移にて逃げようとした。
「何故逃げるのです? 魔族は地下にいるのでしょう?」
不意に3人の後ろから女性の綺麗な声が聞こえた。3人は驚きバッと後ろを振り返った。
「!? あっ…」
その瞬間3人は意識を失った。
「ま、まさ、かゃ……あ、貴女……しゃ、様が……な、なじぇ、何故……こ、こ、こに……」
レインバルトはその女性を見て口がうまく回らなかった。
「それはこちらのセリフです、この裏切り者……」
女性は手をレインバルトに翳した。瞬間、レインバルトは一気に後方に吹き飛ばされた。後ろにあった階段は轟音と共に半壊し、レインバルトは壊れた階段にて踞った。
「ふふふふふふふふふふふふ、本当に、本当に久しぶりです! 魔族をこの手で蹂躙出来るなんて!! ああ楽しみです!!」
女性は、透き通る程綺麗に光輝く金に近い茶色と、何処までも深い黒色の入り交じった長い髪を靡かせながら、嬉々としてゆっくりと城の地下を目指した。
今年も残すところ2日。皆様、よいお年を。
追伸 投稿出来ればします(笑)