堕竜と風光②
「どうしました? 先程の威勢はっ!」
風王クリスティーナはダガーのような双剣の神器で、ルキに何度も斬りつける。
戦いの中にあってもクリスの動きは流麗で観るものを魅了した。
神器の能力【伸縮】により、その刀身は様々な長さへと様変わりする為、クリスと相対する者は間合いが掴めず苦戦を強いられる。
まさしく風王の名に恥じない強さであった。
「…………拍子抜けだ」
だが、ルキはそんなクリスの攻撃を造作もなくあしらっていた。盾と槍で事も無げにクリスの連撃を捌く。
「言いますね……なら、これならどうです!」
クリスは一旦間合いをとると、戦いの最中にも関わらず目を閉じ集中力を高めた。
ルキはただ黙ってその様子を伺っていた。
「剣舞…」
クリスは目を見開くと、腰を低めて駆けた。
瞬、という言葉が似合いそうな歩法。その場から一瞬で姿を消し、一瞬で間合いを詰めてきたと相手が錯覚するような速さ。
実際にクリスは先代の風王を師と仰ぎ、その技を受け継ぎ、今まで数々の模擬戦や、迷宮攻略で相手を破ってきた。
プリンガとまではいかないが、若くして風王隊に入りトントン拍子で風王の座に登り詰めたエリートであった。
「…坂東!……西川!……若柳!……藤間!……花柳!!」
凄まじいほどに華麗な連撃であった。ただ斬るのではなく、風と共に踊りながら相手を魅了し、一切の隙のない連舞。双剣も一舞いごとにその長さを変え、ルキの体を斬りつけた。
傷はどれも浅いがルキの体には無数の切り傷が出来、その体を紅く染め始めた。
「その程度ですか、竜の槍が聞いて呆れますね」
剣舞が終わるとクリスは神器を元の長さに戻し、再度ルキから間合いをとった。
「……確かに見事な舞だ」
だがルキはそれすらも意に介していなかった。
「それはどうも……」
「だが……弱いな!」
「なっ!? 強がりを…!」
「技が綺麗すぎる……魅せる分には申し分無いが、相手を倒すことを考えて出来てはいない」
「…………神国の長い歴史の中……代々の風王から受け継ぎし剣舞が……弱いと……?」
クリスはワナワナと体を震わせた。
「ああ、凡そ実戦向きではない。聞けば風王、雷王は女王の護衛が主な任務だそうだな、久しく戦場に立っていないのではないか?」
「だから……どうだというのです?」
「型に囚われすぎだ……確かに見事な舞だが、一定のリズムで繰り出され続ければ馬鹿でも目が慣れる。それはお前が今まで同格の者と戦っていないか、実戦に慣れてない証拠だ」
「っ!!」
ルキの指摘はほぼ合っていた。勿論、クリスが今まで同格の者や、実戦に慣れていない訳ではないのだが、それはクリスの生まれに起因していた。
クリスティーナ……そうクリスの生まれは貧しく、家名などない平民の生まれだった。
貴族主義の国でもあったスレイヤ神国にとって、家名のないクリスは風王隊にいた時から劣等感に苛まれてきた。
先代の風王に見初められ、風王の技を伝授されたクリスのとって、それは誇りであり名誉であった。
歴代の風王は剣舞だけで戦ってきた訳ではない。実戦になれば思うように技が決まらないのが必然。だからこそ、たゆまない試行錯誤の中、ここぞという時に剣舞を繰り出すのであった。
だが、クリスにとっては剣舞だけが全てであった。平民出のクリスにはそれが全てだった。だから、実戦においても剣舞だけで戦ってきた……最初から最後まで。
「訂正しよう……その剣舞が実戦向きではないのではない! それに頼りすぎ、それしかしないお前が実戦というものを分かっていないのだ!」
ルキの咆哮が戦場に響いた。
傷だらけなのはルキの方のなのに、何故か追い詰められているのはクリスの方だった。
「だ……だったら……だったら貴女はどうなのです!マモン・ルキウス・ドラグナー!!ドラグナー国には代々、槍術が受け継がれていると聞いてます!貴女……貴女だってその技に頼っているのでは!!!」
怒りと焦りの入り交じった声でクリスは叫んだ。
「当然だ!!私は幼い頃よりドラグナー家の槍術を学んできたのだ!寧ろこの技しか私は知らん!!」
ルキは堂々と言い放った。
「な…………」
先程までの言葉は何だったのかとクリスは唖然とした。
「だが私とお前とでは実戦に対する経験値が違いすぎる……言っておくが私が今までどれだけゼータに敗けてきたと思う! その都度、私は研鑽に研鑽を重ねてきたのだ! そう……幾度敗けようとも、竜の槍(魂)は決して折れぬのだ!!」
赤髪を靡かせながら槍を携える堂々としたルキを見て、クリスは少しだけカッコいいと思ってしまった。
「ハクラ!!」
ルキは叫んだ。
「えっ!?」
混戦の最中、誰もが一瞬ルキの方に振り向いた。光王ハクアでさえ……
突如、上空より一匹の竜種が物凄い速さで滑降してきた。ルキが跳躍すると、竜種ハクラはルキを背に乗せ空を駆けた。
「ド、ドラゴン!?」
誰もが空を見上げ驚愕していた。戦場の空を舞う竜は優雅で、多くの騎士達を魅了した。
ハクラは更に地面スレスレまで滑降すると、今度は騎士達の隙間を抜うように低空を駆けた。
ドラゴンの速さは凄まじく、羽を羽ばたかせる度に巻き起こる風は圧倒的であった。巻き上がる砂埃に騎士達は目を開けられないでいた。
ハクラとルキの視界はクリスの姿を捉えた。
「竜の一撃をその身に喰らい、特と知るがいい!」
ルキはハクラの背を踏み台にして、その勢いのまま更に跳躍した。ハクラも少しのズレもなく体を振るいルキの跳躍を手助けした。決してその勢いが衰えないように。
「なっ!!」
クリスは構え直し、迎え撃とうとするが竜の勢いに圧倒された。
「聖竜水槍!!」
一筋の紅い流星が戦場に流れた。
ルキが竜斗と共に新たに編み出した槍術が、技名の咆哮と共にクリスの腹部を貫いた。その槍はクリスだけではなく、一直線に戦場を貫いていった。
それに巻き込まれた多くの騎士達は、ただただ可哀想と言うしかなかった。
流星は地面を抉り続け、そして勢いが止まると、そこには凛とした竜騎士だけが立っていた。
「これが私とお前の違いだ…………それは技ではなく、私達自身がいかに戦場で戦ってきたかだ」
「あらん、ルキウス?」
不意にルキはよく知った人物に声を掛けられた。
「ゼータか?」
「確かゼノちゃんと一緒に転移させたと思ったんだけど、なんでこんなところにって……ええっ!?」
ゼータは一直線に抉られた地面を見て驚愕した。何故ならルキウスが立っている場所から抉られた先が見えなかったからだ。
「ちょっと……貴女、一体どんな技をしたらこんなになるのよ……」
「まぁな。認めたくないが……(竜斗考案の)この技は私でも凄いと思うぞ」
「ははっ……正直今の貴女がドラグナー国にいなくて良かったと思ったわ」
「そうだな、戦が終われば是非もう一度手合わせを願いたいな」
ルキの言葉にゼータは顔を引き攣らせた。
「ところでここは戦場のどの辺りだ?」
ルキはキョロキョロと戦場を見渡した。
「ガオウ様が地王と戦った辺りです」
「ルル殿か?」
ルキの質問に答えたのはゼータと行動を共にするルルだった。ルキの一撃は戦場の反対に位置していた、ガオウが戦っていた場所まで貫いたのであった。
「ちょうど良かった、風王の傷を癒してくれないか」
「…………」
ルルは横たわるクリスを見下ろした。
「かひゅ…………は…………ひゅ…………」
クリスからの腹は貫かれ大量の血が吹き出し、今にも息絶えそうであった。
「…………神国には恨みしかありませんが、ここまでされると流石の私でも引きます……」
ルルは即座に籠手の神器を発動させ、クリスの治癒に取りかかった。
「す、すまない……彼女の剣舞が凄くて手加減出来そうになかったのだ……」
ルキは、あのルルでさえ引かせた自分の技に焦った。
「……で、ガオウ殿は? 先程、地王と戦っていたと聞いたが……勝ったのか?」
ルキは話をそらした。
「ほんの先程……見事に勝利なされました。今は森の中……別の場所で休息されています」
「そうか、流石だ。レイナを除けば我々の中でガオウ殿が1番強いであろう…………!?」
戦場で話す3人はいつの間にか騎士達に囲まれていた。
「ク、クリスティーナ様をどうする気だ……?」
「あれは……治癒か?」
「穢らわしい魔族め……」
騎士達はクリスを取り戻そうと神器を発動させ3人に襲いかかった。
「やれやれ……まさか、こうしてお前と共闘することになるとはな」
「ええ、そうね。あの頃だと信じられないでしょうね」
ルキは槍を構え直し、ゼータは鞭の神器を発動させた。ルルを庇うようにして2人は騎士達を迎え撃った。
ルルは治癒を続けながら、2人の嬉しそうな背中を、微笑ましく優しく見つめていた。
1日3話は無理でした……書いて読み直して書き直してたら、0時回ってた……