第柒話 眠森野望
いよいよ敵の本陣に乗り込んだ玄武同盟の三人。しかし総大将護衛隊に囲まれてしまう。そこへ心強い助っ人が登場して形勢が一気に逆転かと思いきや?
雲麻国内。城へ進軍を続ける仄と塔上だったが、現在の状況を疑問に思い始めていた。
これは流石におかしい。本陣を発ってから一度も伝令がこない。それにさっきの門が開かれた音も気になる。もしかして茨木が率いる軍も攻め入って来たのではないか、と考えたのだが、一向に誰かがくる気配などない。
「(やはりここで、一度立ち止まった方がいいのでしょうか……)」
仄は立ち止まって、顎に指を当て考える。雲麻の『トルーパー』兵を一人打倒した塔上が歩み寄って来て問いかけてきた。
「どうするんじゃ? ここで百庫様の命令を待つかいの?」
そんなこと、こっちが訊きたいくらいだ! と言いたかったが、ここで身内で口論してもなんの意味もない。
静かに頷いた。
「それにこれ以上戦闘を行っても無意味でしょうしね。兵が減りすぎた……」
そう。彼女らの軍はかなり悲惨なことになっていた。多くの人物が傷を負い、動けないものまで出ている。それに数名『トルーパー』と相打ちになり命を落としたものまでいた。
ここまで手こずってしまうことも珍しい。ただの役会直属の兵士どもをを相手にしていただけのはずなのに。
「塔上、如何思いますか」
「何がじゃい?」
先程質問されて腹を立てたのに、今度は自分がそうしてしまう。そして分かった。この不気味とも言える状況で、誰かに答えを求めなければ不安で仕方がないのだ。怖いのだ。
「いまだ本陣からの連絡もなし。茨木の動向もつかめない。貴方はこれをどう読みます?」
「そうじゃな……。そもそも百庫様は争いごとをあまり好まない方。この領土拡大のための進軍すら疑問なんじゃよ、儂は」
「それについては同感です。では……、百庫様が今回の進軍を決めた理由はなんなんでしょうかね? こんなこと今まで……」
二人はお互い心に蔓延っている疑問を吐露し、少しでもこのもやもやを晴らそうと考えていた。だが気が付けば、そのもやもやはさらに広がっている。相手に質問するたびに解決せずに新たな疑問が生まれてくる。早くこのスパイラルから出たいと思うも、そう考えるごとに渦の中へどんどん流されていく。
二人が難しい顔をして考え込んでいた、その時だった。
すぐ近くを誰かが通る気配がした。この辺での戦闘は大方終えたと思っていたし、まさかまだ戦闘可能な兵がいたとも考えにくい。
二人は素早く気配のした方へ視線を移動させた。
そこには――。
「ご、ごめんなさい……。助けて、お願い、殺さないでぇ」
まだ年端もいかぬ童女がいた。そこで仄と塔上は思い出した。今まで自分達が戦っていた場所は街中であったと。
普段は多くの人で賑わっている歓楽街の中だ。きっと何処かの店の中にいたが外で戦闘が行われていたために出てくることが出来ず、逃げる機会を窺っていたのだろう。そして『白虎大軍』の兵達が動きを止めたのをみて、この隙にと外へ出て来たのだろう。そして運悪く見つかってしまった。
仄と塔上は互いに目配せする。二人はもともと好戦的な性格ではない。相手が間違いなく『敵』だとみなせば容赦はしないが、このような民間人、しかも童女に手を挙げるほど残忍なことはしない。
頷き合うと、仄がゆっくりと彼女の前へと歩み出た。
「大丈夫だよ。わたし達は貴女を傷つけたりしない」
だが、それを聞いた童女は大きく首を横に振った。
「嘘だ! さっき貴方達いっぱい人殺してた……。あ、やだ……来ないで……」
そうして後退りを始めてしまう。恐怖で歯をカチカチと鳴らし、目も黒く濁っていっている。
流石にこれは二人も堪えられなかった。多くの人に恨まれるであろうことをしてきた実感はあった。だがここまで敵意をむき出しにされたことは初めてだった。これが現実なのだと、認めざるを得なかった。
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
彼女は、最後は背中を向けて叫びながら逃げ去ってしまった。
それを複雑な気持ちで見送りながら、仄は呟く。
「結構――辛いものですね。あのような目で見られることは」
「そうじゃのう。これまで決してほめられるようなことはしてきておらぬ。じゃが慣れる気がせぬの……」
無意識のうちに拳を握る力が強くなっていった。悔しくて仕方がない。
如何してこんなことになってしまったのだろうか? 改めて自分の記憶に問いかける。数年前まではここは弱小ギルドだったはずだ。あの頃は幼い華菜ではなく、白雪がギルドリーダーを務めていた。彼女の目的は、かつてこの日ノ本の象徴として栄えた一族の末裔である華菜を再び頂点へ祭るためだったはずだ。決して今のように武力で他国を捻じ伏せ、支配するようなやり方ではなく、日ノ本全てに平和をもたらすために色々な活動をしていた。
なのにいつから――ここは血の匂いの取れない場所になってしまったのだろうか? そもそもなんのためにこんな侵略行動をしていたのか?
「そうじゃった、あれは……」
塔上がハッと顔を上げた。両目が大きく開かれ、そこには怒りの色が宿っている。
そんな彼の表情を見た仄が心配そうな声を漏らす。
「如何しました? 大丈夫ですか?」
「いいや、大丈夫なもんかいな! 思い出したんじゃよ、むしろ今の今まで忘れていたことの方が驚きじゃわい!」
彼は声を荒げ、空を見上げながら怒鳴り散らす。
「五年前じゃ、このギルドが変わり果ててしまったのは!」
「五年、前? ――そういえば、ちょうどその頃に奴が……」
「そうじゃい。これまでの儂らの行動はきっと彼奴の掌で踊らされていたに過ぎんのじゃ!」
少しずつ、脳裏に記憶が蘇って行く。しばらく放置されたままだったDVDを久々に再生したように。
その映像はもうぼろぼろで、誰が何を言っているのかなんてさっぱり分からない。だが一つだけはっきりと見えるものがあった。それは、ある男の顔だった。まだ年若い細身の青年。そうだ。こいつが来てからこのギルドが荒れていったのだ……。
独断専行だが、塔上は自分の部隊へ撤退命令を下した。そして河菜の国にある自軍の本陣を目指す。
それに仄も続いて撤退を始めた。狙うはただ一人である。
「茨木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
✿✿✿
「そんな……。あと少しなのに」
水奈月は絶望の表情を浮かべていた。否、水奈月だけではない。奏人に菊子もそうだった。
『白虎大軍』の本陣へと切り込もうと動いていた『玄武同盟』の三人。そして彼女らはついにある丘の上に敵の本陣を見つけたのだった。しかし、先程田園地帯での戦闘があったせいだろう。この国へ誰かが忍び込んできているということは既にばれていたようだ。
そして目の前に敵の親玉がいるかもしれない、という所で足止めを食らってしまった。見る限り敵兵の数は十人ほど。三人がかりで相手をすれば太刀打ちできない数ではない。だがこんな所で戦闘をしては本陣に突入する前に疲労してしまう。そんなことでは勝てるかもしれない戦でも負けてしまう。体力を削がれることだけは避けたかった。
「頭。こいつらは百庫華菜直属の兵隊、通称『唐傘部隊』。気を付けて。さっきの連中とは比じゃない強さのはず――!」
菊子がそう説明した刹那。敵の一人が赤い傘のような形状の武器を突き出しながら切りこんで来た。
それに素早く反応した菊子が薙刀を振いそれを払った。連係して奏人が動き、相手を蹴り飛ばす。
三人は再び円陣を組むと、敵の出方を窺った。
本来ならばここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。一刻も早く本陣へ辿り着き、大将を撃たなければならないのに――。
その時だった。何もしていないのに突然、敵の半分の人数が苦しみもがき出した。
「えっ、何⁉ 何が起きて――」
倒れた五人は全員が首元を押さえている。これは一体如何いうことなのか。
その場にいる者達全員が、訳が分からずに棒立ちになっていると。突然何処かからか声が聞こえてきた。
「良かったわ、間に合って。貴方達がこんなところでやられてしまったら、アタクシ達がわざわざ出向いた意味がないもの」
奏人はその声に聞き覚えがあった。と言うより、先程会っていたばかりである。
いくつかの足音が聞こえてくる。少なくとも一人ではない。二人~四人くらいはいるだろうか。
「このアチシが手を貸してやるんだ。有難く思うことでござんすね」
今度は別の声がした。これが数日前までなら全身に鳥肌が立ち、恐怖で身体が震えたことであろう。だが今は違う。敵に回すと恐ろしいが、味方となるとこれほど頼もしい人物が他にいるだろうか?
「蓮明さん……。鬼灯さん……」
気が付くとそこには、『花色屋』の遊女達がいた。そう言うとまるで大人数で攻めてきたかのように思えるが、実質この場に来たのは三人。奏人と面識のある蓮明、鬼灯、悟里だった。
「最強の力――篤とご覧になりんせ!」
威勢よく啖呵を切ると、真っ先に蓮明が飛び出して行った。彼女の手には、扇のような、包丁のような、何かが握られている。
彼女がそれを振りかぶると、まるで松明のように炎を纏った。幻想的で美しい、金色の炎だ。
「食らえ……。一閃!」
そう叫んだ瞬間だった。空気が震え、見えない刃、カマイタチが駆けた。
一瞬の出来事だった。これまで対峙していた相手の一人が縦一文字に切り裂かれた! しかし血が噴き出すかと思いきや、そんなことはなかった。裂かれた傷口は静かに発火を始め、その死体を焼き尽くしたのである。
「なななななな、何なんだ貴様は⁉」
まだ立っている唐傘兵がどよめく。
「二閃!」
蓮明――火燐は続けて技を放つ。よく見てみると武器の刃が二枚になっている。彼女の武器は五枚の刃が重なっており、扇のように一枚ずつ展開していくことにより技の繰り出し方を変えるのだ。
今度は二枚の刃で同時に二つのカマイタチを起こしたのだ。
そんなことは分からない『唐傘部隊』の連中は無残に裂かれて火葬されていく。
火燐の圧倒的な力の前に成す術などなかった。
「すげぇ……。俺ホントによく生きて帰って来られたな……」
以前手合せ(とは言っても一方的に叩きのめされたが)した経験のある奏人は、あの夜のことを思い出して、身体中に鳥肌が立った。もしかしたら自分もあんな風になっていたかもしれない。そう思うと生きた心地がしない。
「奏人くん? 大丈夫ですか?」
隣に立っていた水奈月が心配そうに彼の顔を覗き込む。だが返事がないので仕方なく引き下がった。
そして気が付いた頃には、既に戦いは終わっていた。『唐傘部隊』はほぼ無抵抗のまま一掃されてしまったのである。
火燐は「ふぅ」と一つ息をつくと、奏人の元へ歩み寄って来た。
「おまいさん、結局アチシの忠告は聞き入れんかったんね。生意気」
そう言いながら畳んだ刃を向けてきた。奏人は一瞬たじろいだが、それを見ると彼女は優しく微笑み、武器を下した。
「よくここまで無事だったでありんすね。と、言うより、『白虎大軍』の本陣警備がザルなのかね? ここまで人がいないとは……」
彼女はまず最初に旗で囲われている本陣を見て、それから丘から窺える景色を一望した。
確かにそうだ。改めて言われてみると本陣や国の護衛兵が少なすぎる。雲麻に攻め込んできた軍は本当に切り込み役と思えるほどの数だった。せいぜい五十人程度だ。そしてこのギルドの総勢は三〇○人程である。先程戦った足軽達は二十少し。そして今の『唐傘部隊』は十人。
まだ二百人以上残っているはずだ。こんなもので終わるわけがない。
「如何します? こちらの人数は六人。このまま本陣へ突撃しますか?」
水奈月が火燐を見上げる。だがそこで、もう一人の声が上がった。
「酷いよ。六人じゃなくて七人だよ」
随分と聞き覚えのある声だった。奏人、水奈月、菊子は一斉にそちらへ目を向ける。
そこには、ついさっき負傷して離脱したばかりのジラがいた。
「ジラ――。貴女!」
足には包帯を巻いているが、特別辛そうには見えない。まるで何もなかったかのように駆けてきた。
「ちょっと! 走っちゃ駄目ですよ! 折角姐さまが治そうとしてくれたのに」
戦闘時は後ろに控えており、ぶっちゃけ空気状態だった悟里が彼女を諌めようとする。
だがそんな制止も聞かず、ジラは水奈月に飛びついた。
「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だよぉー!」
「気にしなくてもいいんですよ。仲間じゃない。足なんていくらでも引っ張り合えばいいんですよ」
先程の失態を悔やんでいるのか、ジラは必死になって謝罪してくる。別にあれは彼女の責任でもなんでもないのだが、如何やら重く受け取っているようなので、水奈月が優しくあやしてやる。
奏人はそんな二人から少し離れて、火燐の元へと向かった。
「貴女か? ジラの傷を治療してやったのは?」
「へえ。そうでありんすよ。彼女の応急処置は、誰がやったでありんすか?」
「え、水奈月と菊子が――」
「助かった。止血しておいてくれたおかげであの子は無事だったでありんすよ。下手をすれば失血死したり脚を壊死させるくらいの傷だったからな。おかげでちゃんと治療してやれた」
「そうか……。ありがとう、仲間を助けてくれて」
照れくさそうにお礼を述べると、火燐は豪快に笑った。
「はははっ。傷ついた人を助けるのは医者として当然でやんしょ。まぁ、医者と言っても自称ですがいな」
この間は見ることのなかった、すがすがしい笑いだった。これが彼女の素顔なのだろうか?
だが以前の雰囲気よりは、こちらの方が断然よく感じる。
「ああ。でも俺は貴女より素晴らしい医者を知らないよ」
「そうですかい。有難いこといってくれやんすね」
敵陣を前にして、こんな談笑が続いていた。
そして、残された菊子と鬼灯――香紅陽はと言うと。
「――お久しぶり、ですわね。お姫様」
「もうアタシは青龍菊之嬢じゃない。清琉菊子よ。お姫様だなんて呼ばないで」
「そう、――菊子ちゃん。まさか再会できるとは思わなかったわぁ」
「そんなことを言って。アタシがこのギルドに居ることは知っていたんでしょう?」
「まあね。『雲麻のギルドの娘が行き倒れていた風来坊の娘を保護した』っていう噂は訊いていたから。でも確証を持ったのは、あの坊やの口から貴女の名前を聞いたからかしらね」
香紅陽は不敵な笑みを浮かべる。釣られて菊子も怪しげな表情になった。
「でも……。生きて、また会えて嬉しい。もう二度と巡り逢うことはないと思っていたから」
「それはアタクシも同じよ。運命に感謝するしかないわね」
――そう。菊子の正体は遠い東国の姫君である。そして彼女が想っていた付き人こそが、香紅陽の正体だったのだ。
本当ならばこの再会を喜んで抱き合いたいところなのだが、今は合戦中だ。しかも敵の本陣のすぐ目の前である。こんな場所では流石にやめておいた方がいいだろう。
菊子は倒れている『唐傘部隊』の連中を見ながら問いかけた。
「最初に攻撃を仕掛けたのは貴方?」
「ええ。毒針をこいつらの首筋に打ち込んであげたの。注入した部分は猛烈な熱さを感じるからそれで首を押さえていたけど、本当は心筋を弱めるための薬。心機能を停止させてあげたのよ」
当たり前のように恐ろしいことを淡々と語る香紅陽である。だが彼が暗器使いということは菊子も知っていたし、驚きはしない。
むしろこんな物騒な会話が懐かしく感じてしまうくらいだった。
「さて……。踏み込みますかね……」
ようやくジラを振りほどいて立ち上がった水奈月がそう宣言する。その言葉に、少しだけ和んでいた一同の表情も引き締まり、緊張感を孕む。
各々が武器を握り締め、狙うは総大将百庫華菜の首。そう心に刻んで、一斉し走り出した。
「突撃ぃぃぃぃ!」
本陣までは傾斜の緩い坂道になっているため、多少の走りにくさはあるのだが、そんなことはお構いなしだ。
ここまで来れば猪突猛進、全力で戦い抜くだけである。
叫び声を上げながら正面からぶつかっていく。
もうすぐこの戦いは終わる。ここにいる誰もがそう考えていた。
✿✿✿
『玄武同盟』、『花色屋』の面々の姿は、『白虎大軍』の本陣から確認された。
「お嬢。来ました!」
「招致した。砦兵のみなさん! お願いします!」
華菜の呼びかけに応じ、何処かからか鎧を着こんでいる武者、軽装の弓隊、唐傘兵がぞろぞろと出て来た。これが『総大将護衛部隊』だ。
いくら日ノ本最大のギルドの総大将とはいえ、華菜はまだ幼い、齢十一の童女だ。そんな彼女がここまで来れたのも、守ってくれる者達があったから。白雪が傍に居てくれたから。それに、仄が、塔上が、茨木が居たから――。
多くの人が自分の元に集まってくれたからだった。かつて日ノ本のすべてを収めていた自分の先祖、その時の一族の栄光を取り戻したい。その一心を支えてくれた人達のお蔭だ。
だからこの戦には、必ず勝つ。そう心に決めた。
カカァン! と金属音を高らかに鳴らし、遂に『玄武同盟』『花色屋』連合と『白虎大軍』が交わった。
最初は数の面で見てこちらが優勢かと思っていたのだが、個人の実力に差がありすぎた。すぐに兵は倒れて行き、数が減って行く。
「ごめんなさい――。ごめんなさい――」
華菜は必死になって謝る。自分のために命を散らしてくれている者達がいる。彼らが倒れて行く光景を見ていると、華菜の心は抉られていくように感じた。
「お嬢。人が死ぬのは戦国の習いです。仲間から目を逸らすなんてそれこそ彼らの冒涜にあたりますよ」
その光景をあまり目に収めないように俯いたのだが、すぐに白雪が手を握って来てそんなことを言った。
それに対し静かに頷くと、彼女に言われた通りに目を向けた。いくつもの苦しそうな顔がある。
だが誰も、戦うことを躊躇していない。必死になって武器を振りかざしている。
「(皆、私のために。ありがとう……)」
自分の独りよがりな夢を叶えるために、多くの仲間がその命を懸けてくれている。そうだ――自分の命は一つではないのだ。
だからこそ――。
「(この戦には、負けられない!)」
その時だった。何処かからか別の部隊がやって来たのだ。だがその先頭に立ち、指揮をしているのは。
「茨木!」
『白虎乃國 知将』の通り名で知られる茨木氷睡だった。彼は十人程の自分の部隊を引き連れて増援に来てくれたのだ。
茨木が手にしている刀を天へ掲げた。そうして衝撃の一言を放ったのだ。
「総員――玉砕せよ」
「……え?」
華菜は一瞬唖然とした。彼は今何と言った? 玉砕? 全員死ね、と?
しかもさらに驚くべきだったのは。
仲間であるはずの『白虎大軍』のメンバーまで手に掛けられていることだった。
「そんな、何で――? 茨木、茨木!」
そこにあったのは、これまでよりもずっと恐ろしい光景だった。仲間内で殺しあうなんてこんなことがあっていいはずがない。
なのに如何してこんなことを。
「くっ、四閃!」
『花色屋』の須咲火燐が咄嗟に動いた。扇の刃を広げ、大きく扇ぐと、その勢いで周りの人間達は吹っ飛ばされていった。
その隙を突いて火燐は素早く茨木の元へ飛んで行った。彼女の刃と茨木の持つ刀が交えられる。
「貴様! これは一体如何いうことでありんすか⁉」
「それはこちらの台詞だね。あれだけの金を出して雇ってやったというのに、まさか契約破棄とは。まったく、驚いたよ」
鍔迫り合いは、火燐の方が若干押されていた。彼女はこれ以上続けては負けると判断したのか。バックステップで一度距離を置いた。
二人がそうしている間に、兵の数は随分と減っていた。
『白虎大軍』の雑兵達は既に全滅している。立っているのは奏人、水奈月、菊子、ジラの『玄武同盟』の四人と、火燐、香紅陽、悟里の『花色屋』の三人。そして華菜、白雪、茨木の『白虎乃國』の三人。計十人だけだった。
辺りを見渡し、茨木は口角を上げて不気味な笑みを浮かべる。
「『妖刀 六道』の五振りがここに――! 素晴らしい、俺の計画もあと一歩ではないか。ふふふ。あはあっはははっはははは!」
顔を手で覆いながらも、堪えきれないという風に呵呵大笑する彼の姿は、得体の知れない恐怖を与えてきた。誰もがこの場所から遠ざかりたいと考えていた、その時。
水奈月がか細い声で信じられないようなことを漏らした。
「あ、に。――さま?」
その一言には誰もが耳を疑った。
だがそれに対する茨木の反応で、それが事実ということは決定してしまった。
「愛しい俺の妹よ。迎えに来たぞ。さぁ、行こう。戦国の先へ、俺達だけの世界へ――」
次回は水奈月の過去について触れていきたいと思います。彼女の心に穴をあけたのはいったい誰なのか。また拝読していただけると嬉しいです。